勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:SK43
森の異変騒動が起こってから2日が経過した。
未だ活動期真っ只中ということもあるので俺とガストはギルドには行かず、朝早くから宿屋の食堂で向かい合っていた。
ちなみに宿屋というのはもちろん、俺御用達のエミィが経営する宿屋の事である。
「色々試行錯誤してみたが、やっぱ森にもっぺん入る事は出来なさそうだ。タイミング悪けりゃ即座に帰り道がなくなる」
「そうか……こっちでオルガニアが……じゃなく俺が調べた魔物の数だけど、増えてるっぽいんだ。随時補充してるらしい……と思う」
1日各々で森を外から観察し、情報を交換する。空間把握能力や歩き慣れしてるガストは森の道の規則性を。オルガニアの力を借りて魔力を探れる俺は中の生き物の数を調べた。
「……なぁ、シルクはやっぱり街には見当たらないか?」
「あいつが泊まってる宿行っても帰ってきてませんの一点張りだし、ギルドは一度窓口で救難要請を出されたっきりとしか聞けなかったからな。……やっぱあいつ……」
ガストがここで俺に協力してくれる理由はこれだ。
あの日街に戻った俺たちは泊まっている宿を教え合ってから別れたのだが、ガストのその後の話を聞くにどうやらシルクが見つからないとの事。
ああいうのも何かの縁だしと、ガストはシルクを捜索するために森に目をつけたわけだ。
「あんまチンタラはしてられねーからな。俺は明日あたりまた森の周りの調査に行こうと思うんだが……お前さんはどうするよ?」
「えーと、俺は……」
『待て、アルス。少し落ち着いて話がしたい。色々と考えたことがある』
一緒に行こうか、とも考えたが横というか身体の中からオルガニアが割り込んできた。
俺は一拍思考した後、すぐに答えを変えた。
「なら、俺は……ちょっと気になる事があるから別行動で」
「そうか、分かった。なんかあったら言ってくれ。ま、お互い死なねえように気をつけようぜ」
ガストが嘲笑するような口調で空恐ろしい事を言う。
しかしガストならばケロッとした顔で生き延びてそうだが。
宿屋から立ち去るガストを見送り、俺はゆっくりと息を吐き出す。
思えば、他の冒険者の人とこうしてゆっくり話すのは初めての事になる。
俺もこうしてペラペラと喋れてるわけだから、ガストは相当取っ付きやすい性格をしているようだ。
「あの、お疲れ様でした。アルスさん、紅茶、いりますか?」
「え? ああ……ありがとな、エミィ」
一息ついた俺の後ろから小柄なエミィがひょっこりと顔を出す。
エミィは持っていたティーセットを机に置いて紅茶を淹れると、心休まる紅茶の注がれる音と共に暖かそうな湯気が立ち上る。
「森の立ち入り禁止の知らせ、わたしも聞きました。アルスさん……無理はしないでください」
「ははは。俺は無理出来るほど勇敢な人間じゃないけどな」
「それでも、です。気をつけてください」
「……分かった、ありがとな」
エミィの心配が胸に染み込んでくるかのように伝わってくる。
こうやって俺に帰るところを提供してくれるエミィは本当にいい子だ。仕事づくめだった彼女にとって唯一とも言える友人が俺だけだという事もあるのだろうが、それでも心強い事に変わりはない。
俺の中に少し、ほんのちょっとだけやる気が湧いてくる。
なんとも俺は都合のいい生き物だと自分で自分が浅ましく感じるが、まぁいいだろう。
俺はゆっくりと紅茶に口をつけた。
『格好つけとる場合か。部屋に戻らなくていいのか?』
「……あ。ああ、うん、戻るわ。ごめんエミィ。紅茶、部屋に持ってっていいか?」
「はいっ、構いません。……あの、アルスさん」
足早に上に上がろうとする俺をエミィかわ呼び止め、少し考えたかと思うと……何かを思い出したかのようにパッと顔を明るくした。
「……貴方様に女神の加護がありますように」
エミィは少し拙いながらも片方の手で半円を作るように弧を描き、もう片方の手でも反対から半円を描く。
繋がった一つの円は女神が与える全てを包み込む慈愛と祝福の表れ。
円を描き終わると、水を受け止めるかのようにお椀型になる両手は全てを受け入れ許すセイクリアの姿である。
誰かの無事や幸運を願う時、セイクリア教徒達のお決まりの祈り方だ。俺も見たことがある。
ただ、言葉は少しだけ違ったような気がする。
「えへへ……お父さんとお母さんがセイクリア教徒だったんです。わたしは最近なったばかりでまだよく分からないんですけど……合ってましたか?」
エミィは恥ずかしそうに笑いながら可愛らしく頬をかいた。
合ってるかどうかは分からないが、少なくとも俺の心は温まった。考えたこともなかったが、他者に贈る祈りとはこういう力があるのかもしれない。
信仰心を欠片も分かっていない俺がこんな気持ちになれたのだから、それで十分なはずだ。だから――
「――合ってるかどうかってよりかは、信じられるかどうかだよ」
だから俺は、精一杯優しい声で玉虫色な解答をしたのだった。
――合ってるかどうかとか知らん。
だって俺、勇者だけどセイクリア教徒ってわけじゃないから。
俺の言葉に感動したように目を輝かせるエミィを見ながら、俺はふっと嘲笑気味な笑いを自分に向ける。
俺は勇者であるはずなのに、セイクリア教には属していない。
これは極めて異例の事であり、世界で俺くらいなものなのではないだろうか。それほどまでに勇者が受ける女神の恩恵は巨大なのだ。
その不信心者の俺が宗教の真似事をしようとは、焼きが回ったという奴だろうか。
俺はエミィに倣って両手で円を描く。
「……えーと。そして祈る貴方にもまた加護がありますように」
「え?」
「……いや、なんかそんなんあったなって思ってさ」
俺が照れ隠しに頭を乱雑にかき、恥ずかしそうにそう言うと、エミィはにっこりと笑ってお礼を言ってくれた。
ちなみに今の返しはうろ覚えなので、絶対所々間違えていたと思う。
円を描く順番とか、大きさとか速さとか。色んな意味でややこしくて面倒だからあんまり好きじゃないんだよな、宗教って。
◆
エミィに見送られながら俺は紅茶を片手に部屋の椅子に腰掛けていた。
オルガニアは待ちくたびれたように深く息を吐いてから話し始める。相変わらず待つのが嫌いな奴だ。
『さて――まず敵についてだが、目的はなんとなく分かった』
今現在で特に特定の情報だけを探らなければならないという事はなく、オルガニアは自身の考察全てを俺に話すつもりらしい。
俺は話を聞くためにオルガニアの言葉に静かに耳を傾ける。
『敵の目的は、誘導と隔離。そして森の閉鎖だろう。王都に最も近いあの場所を拠点とする事が出来るのならば魔王にとってこの上なく有益だからな。ついでに調査に来た人間も異界の魔法があるならば正体を知られる事なく殺せる』
「……俺らが逃げちゃってっけど、そこはどうなんだ?」
「そこはひとえに運だな。それほど広くない森だというのもあるか。……敵方は転向の魔法の真髄を理解していないように思える。だからこそ、自身が見つからないようにする事だけを念頭に置いている使い方をするのだろう」
転向の魔法、というのは森の道を滅茶苦茶に入れ替えていたオルガニアの世界の魔法の事だったはず。
しかし道を入れ替える魔法の真髄とは、一体なんなのだろうか?
俺は頭に思い浮かんだ疑問を率直にオルガニアに投げかけてみる。
『転向の魔法は入れ替える魔法ではない。決まった範囲の空間を幾つかの正方形で切り取り、1ブロック毎に回転させる魔法なのだ。……道をパズルのように組み替える事はできんが、一つ一つの方向を変えることができる』
「ふ、ふむ……? 待て待て。だとしたら俺の眼の前にいきなりグランウルフが現れた事が説明できないじゃ……」
『そこだ。そこに転向の魔法の真髄がある。転向の魔法の効果範囲は正方形。だがその正方形は仕切りがなく、全て繋がっているのだ。故に、大きめの物などは二つの正方形を股にかけて存在している事が少なからずある』
そろそろ分からなくなってきた俺の問いを待ってましたと言わんばかりにオルガニアは即座に口を挟みこむ。
俺は流石に意味不明になってきたので、自分の頭の中で図を描いていくことにした。
一つの正方形の透明な箱にぴったりと隣り合うようにもう一つ同様の箱置く。この密接した二つの箱が森だと仮定しよう。
空間はあくまで空間であるため、箱の触れている面の仕切りはないものとして……二つの箱をまたぐようにしてちょっと長めの板を入れる。
すると板は橋を渡しているかのように二つの箱両方に半分ずつ存在する事になる。
……そこまでは理解した。
しかしそれの何が真髄なのだろうか。
『操作した範囲の方に少しでも触れている物体は、存在を全て持って行かれるのだ。身体半分他の範囲にあろうとも、一時透過の力を得て回転する空間に巻き込まれる。問答無用で自分の立っていた場所が回転し、別の場所とくっつく。そうなれば目の前は一瞬で別世界だ』
「ん? あー、うん。なぁオルガニア。3行で頼むわ」
『少しは考えろこのヘタレ馬鹿』
「ヘタレ馬鹿ってなんだよ!?」
でも、その罵倒には割と反論できない!
結局俺は声をあげる事しか出来ずに頭を抱えた。オルガニアの世界の魔法は少し複雑すぎやしないか。
「まぁザックリとそう言うものだと割り切れ。実際アレはしっかり考え正しく使ってみれば分かる。本来は遠視だとか空から辺りを見れる魔物と連携して使い、空間の仕切りの狭間に入った人間をどんどん別の場所に運び、餓死させる魔法だからな』
「うわなんだそれえっげつねぇ……不規則に目の前の景色が変わりまくって永遠に出口にたどり着けないとか生命削りきる前に精神ぶっ壊れるだろ」
オルガニアの世界の魔法は中々複雑な物が多い気がする。特に原初魔法。
1から理解する必要もないし、取り敢えずはそう言うものなのだとしておこう。
……その空間の回転の速度が滅茶苦茶早かった場合、かなりの長い距離を強制的に移動させる事ができるのではなかろうか。
空間の向きを回転させる転向の魔法は効果が転向なんてチャチなもんじゃあ断じてない。何を言ってるのかわからねーとは思うがこの世で最も恐ろしいものの片鱗を見た気がする。
相変わらずやる事がチートすぎるのは流石にそろそろ慣れた方がいいのだろうか。いや、無理だ。
『敵が勘で魔法を使っているのなら、大方物音で近くに人がいるのかどうかを察知しているだけだろう。となれば音さえ立てずに行動すればいいだけだ』
「音を、か。うーん、静かに動くのには限界あるし、グランウルフがいるからな。無理じゃね?」
『そこは、アレだ。お前たちの魔法でなんとかしろ』
「てきとーだなー最後……」
ただ、オルガニアの出す対抗策がそこそこ効果的であるということは分かる。
魔法には魔法で対抗しなければ勝ち目などないのだから、その結論に至るのも納得だ。
音を消す魔法。俺はその名前を知っている。
「……防壁【ミュート】なぁ。俺は魔法殆ど使えないし、ガストが使えればそれが一番なんだけど」
それは障壁魔法の一種だ。自身の周りにボール状の膜を張って音が外部に漏れないようにする魔法。密会だとか、隠密行動など、闇に紛れた汚いお仕事をする時に好んで使われる。
……のだがこの魔法、使っている間は自分の周囲が青白く光る。【ミュート】だけで使おうものなら即座に見つかること必至だろう。
ガストは森で使ったような落雷を発生させる、紫電【フォールボルト】(という名前だった気がする)のような攻撃魔法一辺倒の魔法使いではないと言っていた。
けれど防壁『ミュート』はそこそこ難易度の高い魔法であり、障壁魔法しか使えないシルクに頼んだ方がまだ希望はありそうだが、そのシルクは残念ながらここにいない。
「……なぁ、オルガニア。お前が気になってるってのはさ、やっぱり犯人の事か?」
『そうだ。……我の世界の住民が、この世界に来ているのかもしれん』
音を消す方法を考えるついでに俺が話題を変えると、オルガニアは沈痛な声で頷いた。
「へ、へー。なんかあれだな。異世界ってポンポン来れるもんなんだな」
『いや、我とて長い時間の準備と膨大な魔力を使って来たのだからな。……それほどの力を持つ者がこの世界に来たとするならば……』
「この世界危ないだろそれ。え、マジで? なんか旅立っていきなり魔王と遭遇してる気分なんだけど」
『魔王は我だが』
「いや、ちげえよ例えだよ! 俺、もうちょっと小っちゃい話かと思ってたんだけどなぁ……?」
確かに危険な話ではあると認識してはいたが、どうせオルガニアの方が強いだろとタカをくくっていた。
しかし今の話を聞くに恐らく犯人はオルガニアと同等、或いはそれ以上の力を持った存在だ。
「……なんとかなるのか?」
『なんとかならん話をしている気は無いが』
「……なら、いいんだけど」
『いいのか?』
意外だ、という呟くような独り言とも取れるオルガニアの声が聴こえる。
大方、また俺がごねてヘタれるかとでも思っていたのだろう。
俺だって自分がこんなことしてるのが意外だが、乗りかかった船は沈没するまでは乗り続けようかと思ってるだけだ。
「まぁなんかあったらオルガニアに全部ぶん投げてどうにかしてもらうだけだからな!」
『…………いや、何も言うまい。一歩成長と言ったところだろうからな』
もちろん俺は沈没する船からは救命ボートで悠々逃げ出そうかと考えている。
ただそれだけの事だ。
『……アルス。出かける準備をしろ。森に行くぞ』
「え、なんでだよ。音を消す方法なんてまだ無いぞ?」
『無いなら無いで我がなんとかする。お前は一先ず下手人を特定する事だけに集中しろ』
「あぁ……そうなのか。……分かったよ。頑張ってみる」
覚悟なんて格好いいものを決めたつもりはないが、俺は重い腰を上げて鈍い足取りで動き出すのであった。
◆
「あ? なんだ、オメェもこっち来たのか」
「ガスト。ここにいたのか」
森の入り口にさしかかった辺りで、何やら一本の木を睨んでいるガストを見つけた。
ガストは近づく俺に気がつくと振り返ってから挨拶代わりに軽く手を挙げる。
「おーう。お前も森の調査か?」
「ああ、そのつもり。ガストも一緒に……」
『待て。そいつが居てはかえって邪魔になる。そいつが音を消す魔法を持っていなければ置いていけ』
ガストに森への同行を頼もうとしたところ、オルガニアからストップが入る。
ガストがいれば千人力なのだが、仕方がない。俺は言葉を飲み込んで、すぐに別の言葉に変えた。
出来れば音を消す魔法を覚えていてほしいところなのだが、果たして。
「……ガストは、音を消す魔法を使えるか?」
「あ? 音消すだ? ……そりゃ流石に俺じゃキツイな。いや少しくらい障壁も使えんぞ? そこはシルクと一緒にすんなよな」
俺の唐突な質問を訝しげに思ったようだが、ガストは答えてくれた。
しかしその答えはやはり芳しくはないもので、これで俺は1人で森に特攻する他なくなったわけだ。
「何するのかは知らねぇが、なんかする時は俺に言えよ?」
「ああ、もちろん。俺、基本1人じゃ何にもできないからな」
「ハハッ。嘘つけよ勇者サマ」
俺の言葉を謙遜として受け取ったガストの不敵な笑みに対して、俺は苦笑いしか返すことができなかった。最後にありがとう、とだけ付け足して。
俺はガストに一旦事情を説明して、森に入ってみることにする。ガストには異変があったらすぐにギルドに戻れるように、外で待機してもらうことにした。
木漏れ日の差す一見平和で静かな森に1日ぶりに足を踏み入れると同時に、オルガニアの詠唱が始まる。
俺は、息を飲んで森の先を見据えるのであった。