勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第14章「誇るべき物は」

「なぁ……っ! 道合ってるか!?」

 

『問題ない。出口はすぐだ』

 

「ひぃ……ったく、最近走り通しすぎる!」

 

 オルガニアの言う通り、俺は間も無くして森を抜ける。先程の超光る魔法でグランウルフを予想外な程怯ませたようで、追っ手はなさそうだ。

 

「はぁ……はっ、はっ。ガスト! おーい、ガスト! いるか!?」

 

 俺は森を出て道に出るなり声を張り上げた。

 けれど、ガストの姿は周囲にない。

 あるのはやけに規律正しく一直線に伸びるグランウルフの物と思われる足跡だけだ。

 

「……なんだこりゃ。こいつらレールの上でも走ってたのか……?」

 

『敵が王都に仕向けるようにしたのだろう。方法は……』

 

「って、考えてる場合じゃないな……!」

 

 ガストがいないという事も気がかりだが、ガストはまだ自分で戦うことができる。それも、グランウルフを数体同時に相手にしても勝つことができる程の実力者だ。

 

 シルクもガスト程ではないが、そこまで案じてはいない。障壁魔法に長けているようだし、きっと上手く敵を躱して逃げ延びているはずだ。

 

 でも――エミィは違う。

 宿屋を1人で切り盛りしているあの儚い少女は、魔物は愚か、命の脅威にさらされたことなどない一般人だ。

 

 エミィは無事に避難できているだろうか。

 知り合いの安否を確かめる手段がない以上、俺は王都に戻ってそれを確認しなければ気が済まない。

 

「っ……」

 

 だけど、怖い。

 事態を飲み込んで、理解して、現実を目の当たりにする。

 何十体もの強大な魔物の足跡を見て、身体が震えて足が竦む。

 また弱音が出そうになったところで……。

 

『行け、アルス』

 

 オルガニアの声が聞こえた。

 

『勝てる戦いだ』

 

 魔王の発する、短い鼓舞。

 こいつの事だから、どうせ神器がどうのとか言い出すのだろう。

 

 だけどその言葉は、俺に一歩踏み出させるには十分過ぎる物だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 端的に言えば、王都では既に戦闘が始まっていた。

 引っ切り無しに街にサイレンが鳴り、切羽詰まったようなギルド職員の声が現状を説明する放送を流す。

 街の門近くの衛兵の姿は見受けられない。血痕はないところを見ると、街に退いて戦っているのか。

 

 不安感に押しつぶされそうになりながらも俺は一直線に宿屋方面に走り、息が切れるのも忘れて傷ついた王都を駆けた。

 

「うわぁ……」

 

 が、その足が途中で止まる。

 エミィの宿屋に向かうまでの道は正に今戦闘が繰り広げられている場所だったからだ。

 

「くそっ! 避難の時間を稼げ! もうじき援軍も来るぞ!」

 

「洒落んなってねーだろ敵の数! ほんと死ね魔王!!」

 

「俺この戦い終わったら……あああフラグも立てさせてくれねー!」

 

 数人の冒険者が誰へともなく怒鳴り散らしながらも三体のグランウルフと大立ち回りをしている。

 俺はそれに気づかれないようにして横道をすり抜け、更に先へと進んだ。

 

「……あれは……」

 

 戦闘区域から少しだけ走ると、避難途中なのか、道を見失ったのか、4人の小さな少年少女達が泣きながら立ち往生していた。

 やはり奇襲だったためか、避難が間に合っていない。

 

「う……」

 

 放っておこうと考える前に、後ろ髪を引かれるような衝動で俺の足はピタリと止まる。

 

「ど、どうすりゃいい……?」

 

『面倒見切れんのなら放っておけば良いものを』

 

「いや、そうだけど……そうじゃなくてだな……」

 

 またも出てきやがった自分の中途半端な正義感に俺はなんとも言えない気持ちになった。

 だが、あの子供らをなんとか避難場所に送り届けるくらいの事はできるはず。

 

「って、げっ!?」

 

 そう思っていた矢先、不幸はいつもベストタイミングでやってくる。

 さっき冒険者達が戦っていた方向から一体のグランウルフが走ってきていたのだ。……まさかとは思うが、彼らは負けてしまったのだろうか。

 

 このままでは間違いなく俺たちも食われる。

 

「ちょっ……!?」

 

「や……やめろ! ぼくたちに近づくなーー!」

 

 どうしようかとまごついている内に、グランウルフの目の前に4人の内の1人の少年が手を横に大きく広げて立ちふさがった。

 年齢は10歳程度だろうか。あの子達の中では恐らく最年長だ。年上故の責任感か正義感か、叶うはずのない相手に恐怖で足を震わせながらも少年は必死に勇み、叫ぶ。

 

 グランウルフは止まらない。

 一直線に、まずは彼らに飛びかかって食い散らかすだろう。

 

 刻一刻と迫っていく少年達と悍ましい魔物の距離。

 仁王立ちしたまま動かない少年は祈るようにぎゅっと目をつむって歯をくいしばる。

 

 どうしよう。そう考えるのもそっちのけで、俺の頭は全く別のことを考えていた。

 

 コンマ数秒の内に蘇るのは、約10年前の記憶。

 

 まだ背も小さく、わんぱく盛りなクソガキだった頃。

 無邪気な顔をして、宙を見ながら誰へともなく夢を呟く。

 

 

 

 ――――俺も、勇者になれるかなぁ。

 

 

 

 剣は持っていなかったから、アホみたいに魔法の勉強をして、アホみたいな絵空事ばかり考えて、アホみたいなほど魔法の練習をしていて、そんでアホかってくらい身体を鍛えようと頑張った。

 

 いつか、勇者になる日を夢見て。

 

「ぁ……ぁぁぁ」

 

 でも、俺には才能が無くて。

 

 俺は、その殆どができるようにはならなくて。

 

 ある日ぽきりと、心が折れる音がしたんだ。

 

「ぁぁあ……ああああああ!」

 

 けれど何もかもやる気を無くしていたある日、俺の元に、一本の剣が現れた。

 

 現実を呪った。

 もっと早く来いよ、空気読めよ女神。俺には何もできないって俺が気づいてしまう前にそれが欲しかったよ、と。

 

 それでも機会が与えられたのだからと、もう一度だけ頑張ってみても、やっぱりダメで。

 

 良かったね、夢が叶ったね、と涙を流す親の顔を見るのも辛くて、悔しくて何が何だか分からなくなって。

 

 

 やめてくれ、俺は、勇者にはなれない。

 

 そう、心の底から叫びたかった。

 

 

 

 俺の意識は急速に浮上し、過去の世界から現実に帰還する。圧倒的な嫌悪感と気持ち悪さを感じて胸が煮え繰り返りそうになる。

 

 だが。

 

 

「うぉああぁあああああああああああああ!!!!」

 

 

 気がついたら俺は、腰の剣を引き抜いて、叫びながらグランウルフに剣を叩きつけていた。

 

 皮膚を切り裂き、肉を断つ嫌な感触と共に、地に鮮血が飛び散る。

 突然の痛みにグランウルフは突進を止め、数本後ずさって俺から距離をとった。

 

「グルルルルル!!?」

 

「はっ……はっ……はぁっ。クソ……ええ分かってますとも、俺の雑魚っぷりは……」

 

 俺は喉から絞り出すように悪態を吐く。

 いつもの弱音でもなんでもない、本音からくる自分自身への愚痴。

 

「何もしないで逃げられないって、見捨てられないって中途半端さがあるから本当に最悪だよなぁ……!? 一番邪魔なやつだよ本当!」

 

 誰へともなく、俺はただ空へと吠える。

 染み付いた負け犬根性は相変わらず、俺が何もかも諦めたのはいつ頃だったか定かではない。

 

「でもさ、ほんとに、ほんとに何もしなくなっちゃったら俺……昔の自分にぶん殴られそうで怖くてな。このまま何もしないのは……きっと、死ぬよりダサいだろ」

 

 混乱から目が覚め、自身のやった事を盛大に反省する。

 いよいよやってしまった。やってしまったのだ。

 こうなったらもう、逃げられない。

 

 でも、後悔はしていない。

 

「ああ、もう! は、早く逃げろ! できれば俺も逃げたい!」

 

「ひっ……う、うん!」

 

 俺の必死さが伝わったのか、俺の表情を見て顔を引きつらせた少年は全員を引き連れて走り出した。

 

『ふふふふ……あっはははは!』

 

「な、何を笑ってんだよオルガニアぁ……」

 

 目の前のグランウルフは俺をじっと見て狩るべき相手かどうかと力量差を確かめている。

 俺は何故か笑い転げているオルガニアに何事かと尋ねた。

 

『けほっ……フフッいや何、やはり中々面白い事をする奴だな。存外、お前には勇者の才能があるではないか』

 

「あのな、俺に勇者の才能があるなら今頃滅茶苦茶強くなってたっての……」

 

『よく聞けアルス』

 

 俺の文句など御構い無しにオルガニアは言葉を続ける。

 なんだろう。オルガニアは一体何を言おうとしているのだろうか。

 

『我は万年、様々な勇者と出会い、戦ってきた』

 

 魔王(オルガニア)は、不敵に――そして機嫌が良さそうに笑みを作りながら言葉を締めくくった。

 

『――真に才能のある勇者とは、人のために立ち上がれる者の事を指す』

 

「え…………」

 

 ――言葉を、失った。

 

 こいつは今、なんて言った?

 魔王の癖に……否、これは魔王だからこそ言える言葉なのだろうか。

 嫌に説得力のある言葉が、俺の胸に突き刺さって抜けない。

 

『お前は弱い。お前は脆い。お前は恵まれなかった』

 

「オルガニア……?」

 

 そこまで俺の事を罵る必要があるのかどうかはさておき、その言葉に何時もの棘は無く、オルガニアの声のトーンは未だかつてないほどに優しい。

 

『だがお前は勇者の才に溢れている……とまでは言わんが、確かにそれを持ち合わせている。誇れ。その力は、誰もが持つ物ではない』

 

「っ……!」

 

『アルス、前を向け。……今度こそやれるな?」

 

 これもオルガニアのカリスマ性なのか、自然と視線は前を向き、気分が高揚していく。

 

 オルガニアの言うそれが、本当に勇者としての才能なのかは分からない。というより、それもう完全に根性論の話じゃないかとツッコミさえしたい。

 

 しかし、目の前の脅威に対する恐怖は、もう殆どなくなっていた。

 

「……多分な!」

 

『……いい顔だ。では行くぞ。敵は一匹。取るに足らん』

 

 俺は剣を構え直して、グランウルフと対峙する。

 俺が戦う決心をしたのが伝わったのか、グランウルフも同じく姿勢をより低くして襲いかかる準備を整えた。

 

『今から我の言葉を復唱しろアルス』

 

「え? 復唱?」

 

『一から生まれ、一へと消える元素の神』

 

「え、あちょ……イチから生まれ、イチへと変える元素の神……?」

 

 唐突にオルガニアが詠唱を始め、俺は言われた通りに復唱する。

 その途中で、グランウルフはいよいよ俺に飛びかかってきた。

 

「どわぁああああ!!」

 

『零を滅ぼし、零を蘇らせる原初の神』

 

「は!? ちょっと待て! ゼロを滅ぼし……えーと、ゼロを蘇らせる原初の神!」

 

 グランウルフの牙が剥かれ、俺に襲いかかる。それを俺は間一髪で伏せて避け、砕けた建築物の残骸の中を無様に逃げ惑いながらも、オルガニアは言葉を止めず、俺は慌ててそれを繰り返す。

 

『火炎、電撃、冷気、時間、空間、円環は均衡を保ち、世界を維持し続ける』

 

「いや待て待て多い! 火炎、電撃……冷気、時間、空間、えんかんは均衡を保ち、世界を維持し続ける……合ってるか!?」

 

『されど我、円環の理から抜け、無を求めん』

 

「されど我……円環の理から抜け無を求めん! まだ終わんないのかよ!?」

 

 飛んだり跳ねたりしてグランウルフの牙や爪を躱すのにも限界がある。

 長い長い台詞も、次でようやく終わりを迎えた。

 

『壊せ、壊せ、無の力よ。無くせ、無くせ、黒の世界よ。あらゆる理を無へと壊せ』

 

「壊せ、壊せ、無の力よ。無くせ、無くせ、黒の世界よ。あらゆる理を……無へと壊せぇ!」

 

 30秒を超える長い詠唱ののち、俺の持つ剣に異変が起きる。

 

「は……? ぎゃああああああ!?」

 

 剣から黒い何かが迸り、巻きついていく。

 グランウルフも謎の物体に驚き、咄嗟に俺から距離を取った。

 

 俺は改めて、真っ黒になった剣の刃を見る。

 

 黒い。本当に黒い。そこになにもないように思えてしまうほど、恐怖を感じてしまうほど黒い。

 

『――波動の魔法』

 

「……は?」

 

『元素も原初も取り払い、無を操る。我が生み出した我だけの魔法だ』

 

「ぜんっぜん波動っぽくないんだけど。てか、は? 無を操る? 無って無いから無なんじゃないの?」

 

『それはこの魔法の真の力を使った時に分かるだろう……ほれ、来るぞ』

 

 説明も何も殆ど無しのままグランウルフが俺に突進してくる。

 迷っている時間はない。俺はオルガニアの力を信じて剣を袈裟掛けの方向に振るった。

 

 なりふり構わず噛み砕こうとせまるグランウルフ。

 それを迎え撃つ俺の黒塗りの剣。

 

 彼我の距離が迫るのが殊更ゆっくりに見えて、そして――。

 

「うおお……おりゃあ!!」

 

 黒の剣はグランウルフの皮膚を切り……はせずに吹き飛ばし、肉や骨を消滅させた。

 そして音も立てず描かれた無の軌跡はその場にある全てを飲み込んだ。

 突発的過ぎる現象に俺は慌てて剣を引き戻したが時すでに遅い。

 頭から半分ほど黒に染められたグランウルフは既に息絶えていた。

 

 ――やがて辺りを沈黙が支配する。

 

「うっわ……グロ……」

 

 血すらも消滅し、グランウルフの横たわるそこには何も散らかっていない。文字通り頭と身体が半分ない死体だけがそこにあるという怪現象だ。

 

『ふむ……まぁ上出来だ。人の身でここまでちゃんとした形にできるとは驚きだな』

 

「おまっ……え、嘘だろコレなに? 消し飛んだぞ?」

 

『それが無というものだ。万物は必ずこの世の中で循環し、本当の意味での消滅などはありえない。……だが波動の魔法はその理を壊し、本当の意味で消滅させる無の力。文字通り触れたものは消えるのだ』

 

 俺はその説明にただならぬ恐怖を感じ、危うく剣を落としそうになるも慌てて握り直した。

 今の話が本当なら、この刃に触れた物は全て消える。地面に落とした日が最後、容赦なくこの大陸を分断し、無へと帰すことだろう。

 

 途轍もなく強力なだけに、たった今この剣は世界をぶち壊しうる神器と化した。

 

 ……恐ろしいが、今に限ってはこれ以上に頼もしい武器はない。

 

「やっべぇけど……これなら、一応なんとかなる、のか!」

 

 剣による危機が増えたが、魔物による危機はこれでだいぶ薄れた。これがあれば、本当に全てを守る事ができるかもしれない。

 

 まずはエミィの安否を優先して確認。その後にガストやシルクを見つけてどこか安全な場所を見つけよう。

 

 俺は決意を新たにして、目の前を睨みつけた。

 先程と同じ方角から、またしてもグランウルフが走ってきている。

 やはりもうあの道に冒険者達はいないのだろう。

 

『さぁ殺れアルス。今のお前は――この世界で、誰よりも強い!』

 

 

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