勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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そういえばこの作品にはみんな大好き肌色成分があんまりないなと思い、いっその事ここはいっちょ健全でピュアな作品を目指してもいいかなと熱り立ったもののその案は秒で却下されたというのが3日前の出来事です。

肌色大好き市場です。これからもどうぞよろしく




第15章「黒幕」

「てりゃっ!」

 

 軽い気合の声と共に剣を振るうと、突進してきたグランウルフは音もなく斬り裂け、消滅し、その命を儚く散らした。

 

 本当に空気を斬っているような感覚だ。手応えも何もないので返って不気味にすら感じる。

 

 刃には血もなにも付かない。

 音もなにも発しない。

 ただ触れた所が黒く染まり、無へと帰す。

 無とは黒に見えるのかと疑問に思ったが、光すらもないから人間には黒に見える、とはオルガニアの言葉だ。考えてみたら当然なのかもしれないが、光さえも消滅させる黒が一層恐ろしく思える。

 

「よし……よし……!」

 

『噛み締めている場合ではないだろう。敵は更に奥だ。王都の中心か……その辺りだな』

 

「中心、か」

 

 エミィのいる大通りから少し離れた場所でなくてよかった。あそこは潜伏も出来そうなほどの場所だが、敵の親玉は今は交戦しているのだろうか。

 

「みんな、待ってろよ……!」

 

 黒塗りの剣の柄を握りしめて、俺はもう一度走り出す。息は切れ、肺が酸素を求めているが、止まっている暇はない。

 

「エミィ! いるか!? 生きてるかー!?」

 

 宿屋に着くなり俺は声を荒げて呼びかけた。

 避難しているならば良し。しかし、もしも怪我をしているのであれば……必ず助けるつもりだ。

 死んでいたら、という仮定が頭によぎるが、俺は必死にそれを振り払う。

 

 建物は壊れていない。グランウルフは餌である人にしか見向きしないからだ。

 

 俺は宿屋の中も駆けずり回ってエミィの名を呼ぶが、反応はない。

 

「オルガニア、この辺に魔力は……!?」

 

『……ないな。というより、あの小娘は魔力を持っているのか?』

 

「誰もが必ずちっちゃくても魔力を持ってるんだ。でも、そうか……ここにはいないとなると……」

 

『食われたか、逃げたかのどちらかだろう』

 

「だあああ、真っ先に食われたとか言うな! 嫌がらせかお前は!」

 

 頭をかきむしってエミィの無事を信じ、俺は先へと進む。避難所も確認したいが、どこにあるのかが分からない。

 宿屋で発見できなかったのであれば、今はとにかく信じるしかないだろう。

 

 ……ただ、真っ先に避難誘導されるはずの子供がまだ避難が間に合ってなかったわけで、信じはしても安心はできない。

 血痕は無かったから、少なくとも宿屋で襲われてはいないようだが。

 

「くそ……どこだ、エミィ!」

 

 立ち止まっている暇は正直に言って無い。エミィは無事だと自分に言い聞かせて、宿屋に後ろ髪を引かれるような思いを抱きながらも先へと進むことに決めた。

 

「お……おい! そこの奴!」

 

「え?」

 

「戦える者か……!? 良ければ手を貸してくれ!」

 

 オルガニアの言われた通りに更に王都の広場に近づくと、血だらけの重傷者を背負った中年の男が俺に呼びかけてきた。

 男も頭に怪我を負っているようで、顔の半分ほどが痛痛しく血で濡れている。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「俺たちの事はいい……! この先の救援に向かってくれ。あの魔女は、化け物だ……!」

 

「魔女……? 魔王軍の幹部とかか?」

 

「ああ……自らを魔王軍幹部だと……っ。今は複数人の市民をかばいながら1人の冒険者が戦っている! どうか助太刀を……」

 

「わ、わ、分かった。この先だな! なぁ、今戦況はどうなってるんだ!? 冒険者と傭兵以外に怪我人は!?」

 

 言い終わる前に俺は慌てて頷いて引き受け、矢継ぎ早に質問を投げる。

 

「怪我人は多数出てる……が、一般人の死傷者の報告は今の所出ていない……」

 

「そ、そうか……」

 

 警戒態勢だったのが功を奏したのだろう。冒険者や傭兵の被害がゼロとはいっていないようだが、一先ずは良かったと胸をなでおろす。

 

「俺たちは町外れの地下避難所に移動する……どうか、頼む」

 

「……ああ、分かった。やってみるよ」

 

 冒険者と別れ、俺は全てを終わらせるために前を向く。

 敵の大将を倒せば、それで終わりなはずだ。この剣で叩き切るだけ。たったそれだけの事だ。

 

「よし、行こう……!」

 

 ただそれだけの事がどれほど大変なのか。この時の俺には分かりもしなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「え……?」

 

 俺はその目を疑った。

 必死に目を凝らして、何度も目を瞬かせてはこすって、また見るもそこに映っているものは変わらない。

 

 空を飛んでいるそいつは、見るからに凶悪そうな杖を持ち、悪役らしい黒のローブを羽織っている。

 あんなあからさまな風態では、自分が悪役ですと言っているようなものだ。そして実際それは合っていた。

 

『あれは……我の錫杖か! あの小娘、一体どこであれを……!?』

 

 オルガニアが驚愕の声をあげ、歯噛みするが、俺の耳にはそんな声は全然入ってこなかった。

 

「なぁオルガニア……あれ、なんだよ」

 

 最初は小さくて見えなかった。それでもなんだか嫌な予感がした。

 近づけば近づくほどにその予感は膨らみ、そして……確信。

 

『あれは……ヘプタグラム、という我の作り出した錫杖だ。この世界の神器数十本に匹敵する魔力を持ち合わせているが……なるほど、誰が教えたか知らんが転向の魔法が使えたのはアレのおかげだったということか』

 

「……勘弁しろよ」

 

 心の底から思う。

 

 俺は、折角知り合いになった奴と戦いたくはない。

 オルガニアの杖を振りかざし、詠唱を行いながら数多の()()()()を展開するその少女は……たった数時間ではあったが、俺が行動を共にした少女ととてもよく似ていた。

 

「……シルク」

 

 シルベル=シュレイク。

 俺が最初に森から脱出してからというものずっと、行方を眩ましていた駆け出し冒険者が空に浮いていた。

 

「シルク!!」

 

 俺は居ても立っても居られなくなり、シルクの元へと走る。

 空に浮くシルクは駆けつけた俺を一瞥すると、膝をついているこれまた俺の知り合いに笑いかけた。

 

「あははっ。良かったじゃない。援軍が来てくれたわよ?」

 

「ハッ……なら形勢逆転させてもらうぜ……」

 

「はっはーん。残念でした。今のあたしに勝てる奴なんかいるわけないわ」

 

「ガスト! 大丈夫か!?」

 

 グランウルフを数体相手にしても怪我すら負わなかったガストが頭や足から血を流して苦しげに呼吸している。

 空でほくそ笑んでいるシルクの笑みはいつか見たような気もするが、その空気感は全く違う。

 

「あ……アルスさん……っ!」

 

「……って、エミィも……良かった無事……って言えないよなこれ」

 

「アルスさん……良かった、怪我は、してないんですね……」

 

 俺の姿を見てか、少し距離が離れた家の影にはエミィがこちらの様子を心配そうに見ていた。見る限り怪我はしていないようだ。一安心である。

 

 他にも数人が不安げにこちらの様子を伺ったり祈りを捧げたりしている。

 あれらは全員逃げ遅れた人たち…ということか。恐らくシルクは単独で転向の魔法を使い、王都の中心に飛び込んで来たのだろう。

 

「アルス、来てくれてサンキューな……ワリィ、正直きつかった」

 

「いや、その前にこれどういう事だよ! なんでシルクが……」

 

「にっぶいわねーあんた。あたしがこうして悪人ヅラしているだけで気づきなさいよ!」

 

 空からシルクが誇らしげに胸を張る。

 そして渾身のドヤ顔を決めながら、高らかに名乗り上げた。

 

「あたしの名は、シルベル=シュレイク! 魔王軍防衛隊隊長! 幹部よ幹部! ふふん、恐れ慄き跪きなさい!」

 

「調子にのる性格は素なのか……にしても、やっぱり魔王軍の幹部……! 全然そんな風に見えなかった……」

 

「そりゃ、あたしのパーフェクトな演技の力よ。潜入捜査の時はガストのおかげで街の構造がよく分かったし、森ではアルスを使って転向の魔法が上手く使える事が分かったし。まぁちょっとあたしも襲われかける誤算もあったけど概ね完璧よ!」

 

 シルクは大層嬉しそうに空中で飛び跳ね、ガストは舌打ちをしてそれを睨みつける。

 

「だから、後の邪魔はあんた達だけ……粗方片付けて、早く援軍呼ばないといけないのよ」

 

 シルクが錫杖をこちらに向けて、口を開く。詠唱をするつもりだ。一体障壁魔法だけで何をするというのだろうか。

 いや、もしかしたら障壁魔法しか使えないという事がそもそも嘘だったり……。

 

「『護れ』『拡がれ』……『穿て』」

 

「あ、そこは本当なのか!?」

 

 一番嘘っぽいところが本当だった事に驚くが、それどころではない。

 巨大な障壁が高速でこちらに突進してきている。三つの魔法を極限まで切り詰めた詠唱で連続発動。魔法の応用技術でもあるこの技術の名は、連鎖起動(チェインタスク)

 

「アルスさん!!」

 

 エミィの悲鳴が後ろから聞こえてくる。

 俺は、肩越しにエミィを見て、震える口を歪めて笑みのようなものを作って見せた。

 

「今日の俺は、もう――逃げない!」

 

「潰れて消えなさい!!」

 

「チッ……避けろ、アルス……!?」

 

 俺は右手に握りしめた黒塗りの刃を構える。

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

 迫る巨大な障壁を迎え撃ち……触れた範囲を無へと帰す。

 真っ二つになった障壁はそのまま左右に別れ、勢いを無くして消え去った。

 

「ぶふっえええええーーー!?!?」

 

 いきなり自分の魔法を消し去られた事でシルクが吹き出して目を見開く。

 

「ちょっ!? ちょっと待ちなさい何よそれ!? なんなのよその……呪物は!! 禍々しすぎるでしょう!? あんた何!? 魔王様!? あんた一体……何者なのよ!!」

 

「お、おいアルス……お前そりゃあ……」

 

「……俺は」

 

 シルクやガストの驚きも当然のことだろう。俺が使っているのは正に未知の力を。誰1人として見たことがないのだから。

 

 俺は2人の声を無視して、切っ先をシルクへと突きつける。

 そして、震える声を今度こそ制し、力強く言い放ってみせた。

 

「俺は、アルス! 勇者、アルス=フォートカスだ!!」

 

「勇者……嘘でしょ、勇者って……なんだったっけ……!?」

 

「すまん、俺もそれは疑問に思わざるをえねぇ」

 

 そりゃそうだろう、勇者というのは女神の光の力を色濃く持っている存在だ。

 もちろん俺にそんなものはない。今の俺にある力は……異世界の魔王の力。それだけだ。

 

 だがそれがどうした。光の力を使わないと勇者として認められないなんて法律は聞いた事がないし、そもそも存在しない。

 

 どんな力を使おうとも女神に認められた俺は勇者。お前達(魔王軍)の敵だ。

 

「くっ……! 嘘をついてたのはお互い様ってところね。いいわ! あたしの障壁魔法の真骨頂、見せてあげる!」

 

『向こうも本腰を入れてくるようだな。アルス、油断するな。あいつが持っているのは我の錫杖。強さは先の畜生共の比ではないぞ』

 

「ああ、分かってる……やってやるさ!」

 

「『護れ』! 『霧散せよ』! 『穿て』!」

 

 素早い三つの詠唱が終わるや否や、無数の粒状へと化した障壁が雨のように降り注ぐ。これではさっきみたいに全部を消滅させることはできない……!

 

「アルス、こっちこい!!」

 

「ぐえっ!?」

 

 覚悟を決めて横っとびに逃げようかと思ったところでガストに首根っこをつかまれて引っ張られた。

 人外の力で引き寄せられ、俺とガストは障壁の雨の範囲外に出る。

 

 そのまま引きずられるようになりながら建物の影へと一旦身を隠す。

 

「障壁【フロントガード】を拡散【マルチバリア】でバラして、仕上げに固定【フックロック】でこっちに突っ込ませる……あの野郎、魔法のチョイスが普通にうめぇ。んでもって見事に全部障壁魔法の一種、と」

 

 ガストが頭で分析をしながらどう攻めるべきかを思考する。

 今ガストが言った三つの魔法は確かに全て障壁魔法だ。いや、厳密に言えば障壁を作り出すのは障壁【フロントガード】だけだが、何も障壁を張るだけが障壁魔法ではない。

 

 拡散【マルチバリア】は障壁のサイズと数を変える魔法だし、固定【フックロック】はいつかシルクが崖で使った時のように障壁を勢いよくぶつけて引っ掛けることで固定する魔法だ。

 

 確かにその三つを同時に連鎖起動(チェインタスク)すれば先ほどのような障壁の霰を降らす事が理論上は可能ではある。

 規模も威力も、オルガニアの世界の魔力を使うことで更に強化されているようだし、とてもではないが真っ向勝負で競り勝つことは不可能だろう。

 

 まぁ、そもそもシルクのように詠唱を何文字かで済ますことは普通はできない。その時点で最初は不審に思ったが、あの時もっと言及していれば良かったと思うのは後の祭りだ。

 

「くそ……障壁魔法を攻撃に使われると明確な対抗手段がねぇ……反射できないのが辛いな……」

 

「ガスト、何か封印系の魔法を使えたりはするか?」

 

「ねぇよ、そんな高等魔法。正直、ガチであいつと俺は戦闘の相性が悪すぎる」

 

 ガストがお手上げとばかりに手を挙げるが、諦めてはいないようだ。俺も必死に頭を巡らせる。

 確かに中級の魔法を使って攻め立てるガストは障壁を破る程の火力は出ない。

 

 それどころか防がれた挙句障壁がそのまま反撃に使われるのだ。

 どう足掻いても後手に回るし、そもそも攻撃をさせてくれなくなる。

 シルクは正しく魔法使い殺し、といったところだろう。

 

 俺が提案したように魔力ごと封印して魔法を使えなくしてしまえばいいのだが……ガストが使えないのであれば良い案とは言えなくなってしまった。

 

「やっぱインファイトしか……って、あぶねぇ!!」

 

「へ? あぎゃあああああっ!!?」

 

 空気を切り裂く音と共に霰が降り注ぐ。

 俺たちは必死に走ることでそれをまたしても回避した。

 障壁が降り注いだ場所の地面はへこみ、抉れている。人の頭にあんなものが当たった日には、即死は免れないだろう。

 

「何かしてくるのかと思ったら……長くない? ミーティングタイム」

 

「うっせぇ! ちょっと待て! 5分寄越せ!!」

 

「はっはーん! やーなこった!」

 

 シルクはちろっと舌先を出してガストを小馬鹿にする。

 こめかみに青筋を浮かべて切れそうになっていたが、ガストはなんとか冷静さを保つ。

 

「アルス。俺が魔法詠唱するから、間髪入れずに突っ込んで障壁をぶった切ってくれ」

 

「え!? あ、お、おう。任せろ!」

 

 突然任務を任されて戸惑ったが俺はすぐに剣を構える。

 数秒、時が止まり……そして動き出す。

 

「『高き炎熱よ、猛虎の嘶きと共に吹き荒れよ』!」

 

「ぉおおおおおお!!」

 

 ガストの詠唱が始まると同時に俺もシルクに向かって突進する。

 

「……ふんっ。『弾け』」

 

 が、シルクは俺の剣が届かない高度まで浮き上がると一拍遅れて詠唱したにも関わらず爆速詠唱でガストの炎の波を防ぎ……そのまま反射される。

 

「どわぁあああっちちちちちぃ!!」

 

『ちっ。冷皮の魔法。湧き立つ血肉は銀の冷気を身に纏う』

 

「つめってぇええええ!!」

 

「悪りぃアルス! 大丈夫か!?」

 

燃やされた直後に冷やされて感覚がおかしくなったが、火だるまになる事は回避された。

俺は大丈夫、と手を上げたが盛大に咳き込んだ。

 

「飛ぶとか反則だろ!」

 

「ルールがあるわけないでしょ、バーカ!」

 

 俺の抗議の声もあえなく切り捨てられる。流石は魔王の手先。なんとも無情なことだ。まぁ魔王の手先的な意味では今の俺も大差ないわけだが。

 

「クソッタレ、魔族なのか人間なのかどっちかはっきりしろっての……!」

 

 空に浮かぶシルクを睨みつけながらガストが憎々しげに悪態を吐く。

 人間なのに魔族側に加担しているから、という意味だろうか。

 

「…………ふん、どっちかはっきりしてたら、あたしだってもうちょっと素直に育ってたわよ」

 

「……あぁ?」

 

 シルクは顔を伏せて吐きすてる。

 ガストの負け惜しみならぬ嫌味がなにかの琴線に触れたのか、その表情は見えないが声色はなにやら悲しげだ。

 

「不思議かしら? 人間が魔王軍にいることが」

 

「……」

 

「あたしは……」

 

 シルクは一旦言いよどんで、けれども意を決したように顔を上げた。

 

「……あたしはね、魔物と人間の混血なのよ」

 

「は……?」

 

『……ほう』

 

 魔物と人間の混血。

 聞いた途端俺とガストは目を見開き、オルガニアが目を細めたような気がした。

 

 魔物と人間の混血。

 聞いただけではあり得るように聞こえるが、俺の世界ではそれはある事を意味する。

 

 ……悪役というのは明確に悪いやつで、与える慈悲など必要ない。

 そんな事を子供の時に思っていたが、そんな事はなかった。

 

 悪者には悪者なりの過去があり、信念を元にして動いているのだ。

 

 この後すぐに、俺はそれを痛感する事になる。

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