勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:市場龍太郎
「あたしの父さんは人間。で、母さんは悪魔……アークデーモンって魔物だったわ」
宙に浮かぶシルクは静かに語りだす。
衝撃の事実にすっかり度肝を抜かれてしまった俺もガストも今は黙ってそれを聞いている。
それはまるでおとぎ話のような物語。
人里に住む優しい魔物は1人の男と出会い、愛し愛され結ばれた。
いくら人の形をしているとはいえ、この世に魔物を受け入れる人が何人いるだろうか。
強いて言うならば常に刃物を持って殺人衝動にかられるかもしれない狂人と一緒に暮らすのと同義だ。
「でも嘘って絶対ばれるものなのよ。……あたしが10歳の時に、母さんは、村の人に刺されたの。……いったいどこからばれたのか、あたしには分からなかったけどね」
「殺され、たのか……?」
「ここいらの小さな村なら不思議な話じゃないわ。母さんは魔物なんだから、殺されて当然。……それから父さんは……あたしを残して自殺した。」
「う……」
不幸が不幸を呼ぶとは正にこの事だろう。
シルクは親の死を2度もその目に焼き付けている。しかも10歳となれば物心も付いているだろうし、最悪の経験になって当然だ。
「……ほんと、父さんも母さんも……大っ嫌い」
話途中でシルクは過去を思い出すようにして吐き捨てた。
「なんであたしを普通の人にしてくれなかったのよ……! 子供だったあたしも殺されかけたわ。命からがら逃げ出しても、母さんがいなかったから自分の姿を変えることもできなかったし! 行く先々で殺されかけて……!」
魔物と人間の混血、というのはつまるところ人類の敵を意味し、この世界では堕ちた人間の象徴なのだ。
セイクリア教が最もメジャーな宗教だという事は覚えているだろうか。
セイクリア教は女神の敵である魔王……ひいてはその手先である魔物を完璧に敵対視している。
つまり、その魔物の血を継いだ人間などというのは異教徒どころか化け物扱い。
セイクリア教はいたる地域に山ほどいるわけで、居場所なんてどこにも無かったことだろう。
『…………』
「……?」
徐々に感情が激昂していくシルクにつられるように……オルガニアが立ち上がったような……気がした。
「挙げ句の果てには母さんはあたしに障壁魔法しか教えてくれなかったのよ! 反撃もできないで……半分人間だから魔物にだって襲われるし!」
『……長い』
「へ?」
『敵の身の上話ほど退屈な物はないな。危うく貴重な原初魔法でも使って早送りしようかと考えたくらいだ』
「いやちょっ……こういう時くらいご清聴をだな……てか俺、続き気になるし……」
緊張感と雰囲気をぶち壊しにかかってきたオルガニアを小声で諌めるも、聞く耳を持ってくれない。どうやら本当に痺れを切らしたみたいだ。
『魔物と人間の混血。なるほど女神を信仰するこの世界では生きづらいだろう。だが自らの出生を呪い恨む事は意味のないと知れ』
聞こえもしないのにオルガニアはシルクに鋭い声色で言葉を紡ぐ。
これはひょっとして……シルクのことを、叱ろうとしているのだろうか。
『己の過去を、生い立ちを、意味のないものに変えるのは何時でも己である事を知れ』
「あ……」
オルガニアはシルクに向かって言ったのだと思う。
だけど俺にはその言葉はとても他人のことだとは思えなかった。
「……己の過去を……」
「…………なんですって?」
ぽつり、と俺の喉から言葉が漏れ、シルクが訝しげにこちらを見やる。
何度目かのこの感覚は俺の中にある殻を破ろうと心の中を叩き、込み上げてくるかのよう。
「己の過去を意味のないものに変えるのは何時でも己である事を知れ……ってさ。……
「……!? 何をわけのわからない事を……!」
シルクには命をかけた苦しい過去があったのだろう。
それが理由となって人間に敵対していて、そんな重たい歴史に比べたら俺の過去なんて軽いもんだろう。
何故だろうか。
俺はこいつに、無性に負けたくない。
「俺だって同じだ。嫌な事ばっかだったよ。だけど……確かに無意味な物には、したくないって、最近思うようになったんだ!」
「……っ。変えられないものなんていくらでもあるのよ……あたしを理解してくれるのは、居場所をくれるのは……魔王様だけ……!」
「ガスト! ……色々思い出すから、5分くれ!」
「……りょぉかい、勇者サマ。飛び切りの打開策頼むぜ」
「『護れ』!! 『護れ』、『護れ』ぇ!!」
シルクの叫びにも似た詠唱に応えて障壁が3枚現れる。更に大きな規模の攻撃を行うつもりだろう。
「俺にゃお前らみたいなワケありな昔話はねぇけどよ。……何が正しいのかは、分かってるつもりだぜ」
ガストは背から大剣を引き抜き、空を薙ぐ。
「5分だな、マジで頼むぜアルス! 『在りし力よ、須く虚無となれ』!」
ガストが魔法の詠唱に入ると同時に俺はもう一度建物の陰に隠れる。
一度は覚えた物だ。思い出す事は絶対に不可能ではないはず。
『……アルス』
「えっと……って、なんだ?」
手近にあった小石を引っ付かんで地面にメモを取ろうとしたところで、オルガニアが俺の名を呼ぶ。
『奴が持っているのは我の杖。あれは内に宿す魔力もあるが、魔力を増幅させる力が大きい。まずはアレを奪え。全力で奪え』
「……大丈夫。それもきっとできる」
『それからもう一つ……』
「な、なんだよ? 俺早く……」
『奴の衣服の下に身にまとっているもの。あれは神器の一つだ。後で奪え』
「あー、はいはい、分かったよ! 衣服の下……」
落ち着いて言葉の意味を確認して、俺の中の焦燥感が一気に冷める。
衣服の下に身にまとっているもの。それってもしかしなくても……下着、という奴ではなかろうか。
確かに女子の下着ともなれば見てもよし被ってもよし投げてもよしの三拍子揃った神器だが、それを実際に奪えと言うのか。しかもこそこそしたりせずに、身につけているものを剥ぎ取れ、と。
「いや、お前魔力吸収するなら近づけばいいだろ! なんでわざわざ……」
『……前にも少し言ったが。我が魔力を奪えるのはお前の近くにあり、尚且つ殆ど露呈しているものだ。人の魔力が奪えないのは人体組織に包まれているから。下着の魔力が奪えないのは衣服に隠れているからだ』
蓋のついた料理をどうやって食べるのか。
いつだったかオルガニアが言ったことだが、その蓋を開けというのか。
今のシルクはローブを除けば胸部や腹周り、足もかなり露出している軽装だ。剝ぎ取るのは難しくはなさそうだが、相手が相手故にいかんせん抵抗がありすぎる。
『迷っている時間はないのではないか』
「だあああ、分かったよ、取り敢えずは了承するから! とにかく、思い出す!」
結局俺はその場の勢いに任せて会話を打ち切ってしまった。今は本当にそれどころではない。
「『護れ』、『拡がれ』、『霧散せよ』、『穿て』!』
「『守護神よ、迫る脅威を拒絶せよ』」
四つの魔法を同時に
あっという間に砕けてしまう障壁も、逃げる時間を作るのにはかなりの仕事をしてくれる。
「ちょこまか動かないでよ……! 『護れ』、『拡が――」
「『在りし力よ、須く虚無となれ』!」
防戦に徹したかと思えばシルクの魔法を早口で詠唱した魔法で中断させ、反撃に転じる。
阻害【バニシュスペル】は詠唱を強制的に中断させる阻害魔法だ。
「『我が志は折れぬ鉄剣と心得よ』。行くぞオラァ!!」
強化【フィジカルビルド】で身体能力を引き上げ、空を飛ぶシルクの元へと跳躍。そのまま力任せに大剣を振るう。
こうなればシルクの展開していた障壁は防御に使わざるを得なくなり、ガストが流れを引き戻す。
オルガニアの魔力によって強化された障壁は壊れないものの、それならば正面にしか貼れない障壁の裏から攻撃すればいい。
数秒も経たず戦況を理解し、相手の魔法に対して有効な魔法を正確に撃つ。
後手に回っているように見えるが、無駄な動きが一切ない後出しじゃんけんのようなものだ。
魔法の素人が見ても、ガストは強いと映る事だろう。強化、攻撃、阻害、障壁、回復、操作。とにかく使える魔法の幅がべらぼうに多い。
俺はよしんば魔法の知識があるため、それを一層強く感じた。
ガストはこちらに攻撃が来ないようにシルクの詠唱を
俺はその戦いから視線を外して、自分のやるべき事へと頭を向けた。
「……絶えること無き力の流れは、弱者と強者を隔てる壁也……えーと、次は……いや、これじゃ順番逆だったか……?」
実に10年ぶりにもなる詠唱で俺は呪文を思い出すことに苦労する。
思い出せる場所は疎らで、忘れているところを見つけるたびに冷や汗が頬を伝う。
手を動かし、地面に傷をつけながら呪文をメモして記憶を掘り起こす。
「……静かなる囁きは神の力」
少し前に聞いたシルクの言葉が俺の中で反響する。
「……騒然たる叫びは悪魔の力」
なんであたしを普通の人にしてくれなかったのか。
シルクはそう言った。
俺も同意見だ。なんで俺は普通じゃなかったのか。ずっと考えて、悩んでた。
「……汝、弱者の……違う。汝、強者と……ん? どっち先だ……? あれ? ……後につけんの、のとか、とだっけ?」
そんな中、シルクは魔王に必要とされたのだ。
必要としてくれる人の為に、恩返しの為に戦っているのだ。
何が正しいのかは分かってるつもりだと、ガストは言った。
普通の教育を受けた人ならばそうだろう。俺も分かってるつもりだし、きっとシルクもそうだったはずだ。
それでもどこかで正義の方向性は変わって、考え方が変わった。
シルクは復讐のために生きてはいない。
過去を憂いて恨み、人とも魔物とも知れない中途半端な自分を変えるために戦っている。
そして、自身を認めてくれる人のために戦っている。
「――――……」
――アルスさん……無理はしないでください。
数日前までは弱気であった俺がいて。
――飛び切りの打開策頼むぜ、勇者サマ。
数日前までは戦う覚悟すらなかった俺がいて。
――誇れ。その力は、誰もが持つ物ではない。
数日前までは、変わりたいとも思わなかった俺がいた。
「なぁオルガニア。こんな時だけどさ」
『ん、なんだ?』
「いや、その……ありがとな。お前のおかげで俺は――戦える」
『…………。勝ってから言え。ヘタレが』
「そりゃそうだ。まぁ諸々アドバイスのお礼だよ。素直に受け取っとけっての。……ともかくさ」
――アルス、前を向け。……今度こそやれるな?
「今は、俺も……誰かの為に、負けられない!」
小石を放り投げて完成した呪文を再度確認する。
間違いは……ないはず!
「ガスト、できた!!」
「終わったか! んじゃ頼むぜ!」
「なんだか知らないけど……やらせないわよ!」
「させねぇよアホが! 『在りし力よ、須く虚無となれ』! 『紫電伝う空の霞、一条の矢よ、落ちて砕け』!」
ガストの唱える魔法がシルクの詠唱をキャンセル。阻害してから、魔力を全力で乗せた特大の紫電【フォールボルト】で即座に追撃する。
俺が詠唱を始める隙は十分にできた。
「やるぞ……『絶えること無き力の流れは弱者と強者を隔てる壁也。静かなる囁きは神の力、騒然たる叫びは悪魔の力……」
詠唱がものすごく長く感じる。
けれど一言一句間違えるわけにもいかないので、俺は慎重に、急ぎすぎずに口を動かす。
「なんの魔法……!? ともかく、あんた邪魔しないで!」
「そりゃこっちのセリフだっての……!」
「この……! 転向の魔法! 定められた空間は我が手のままに揺れ動く! そんでもって……『包め』ぇ!」
「は? なんだそれ……なぁぁぁっ!?」
唐突に景色が変わったかと思えばガストの姿が視界から消えている。
運悪く転向の魔法で移動させられる範囲に立っていたのだろう。あるいはそこに立たされたか。いずれにせよ初めて聞く詠唱のやり方に戸惑って阻害ができなかった事は明白だ。
慌ててガストを探すと割と近いところに飛ばされていたようで、数メートル先で見つかった。
視線の先ではガストがボール状の障壁の中に包まれ、閉じ込められてしまっている。
あれは、障壁【スフィア】という魔法だが……上級魔法であるはずだ。
シルクは上級魔法すらも三文字で詠唱を済ませてしまった。これがオルガニアの杖がもたらした力なのだろうか。
「…………!」
ガストが障壁を叩いて怒鳴り散らしているが、障壁はビクともせずにガストの声は聞こえない。
目の前では何故かローブが消え、露出度の高い服一枚になっているシルクが肩で息をしていた。
『……空間魔法の代償は、自身の身につけている物が一つ、どこかに飛んでいく、だ。我の杖でなくて良かった。探す手間が増えかねん』
「はっ……はぁっ。無理、してるわよ……でも、あんたらなんかに……負けられないのよ……!」
『ふん――――』
「……っ、汝、強者を討たんとするならば、声を聴き、力を求めよ! 汝、弱者を理解せんとするならば、耳を塞ぎ、力を捨てよ!」
こうなったらもう最後まで行くしか無い。
動揺を抑えきり、俺は詠唱を続ける。ここで止めてしまっては全てが崩れ、無駄になる。そうなれば本当に勝ち目は無くなるだろう。
「残念だったわね……! 『護れ』『霧散せよ』……『穿て』!!」
シルクの作り出す障壁の霰が現れる。
怪我をするのは承知で、俺も詠唱を無理やり続けようと覚悟を決めて息を吸い込む。
やがて霰が降り注がれ、俺を貫こうとしたその時。
『……雑ぜる盾嵐の魔法により――巡れ、咆哮』
突然の突風。
俺の身体から吹き荒れた風は文字どおり盾となり、襲いかかる障壁の粒をまとめて押し返した。
「きゃっ! な、なに!?」
俺が魔法を詠唱中に他の魔法が飛んでくるとは想像もつかなかっただろう。
盾嵐の魔法は、音すら完璧に遮断する程の豪風を放つオルガニアの魔法だ。
かつて音すらも搔き消した風の盾は、今の俺にとって、全てを完成させるための追い風に他ならない。
最後の隙を得た俺は、オルガニアに心の中でお礼を言ってから呪文を締めくくるために口を開く。
「汝、両者にならんとするならば――動を棄て、等しき人間として壁の上に立つがいい』!!」
長い詠唱を終え、俺の魔法がいよいよ姿を表す。
淡い灰色の光が俺の手のひらに収束し、膨れ上がっていく。
「っ……! 『護れ』――」
「無駄だ……!! 喰らえ俺の超必殺奥義ぃ!! 封印――ゼロ・フォォォオオオオス!!!」
突き出した右腕から爆ぜるように光が拡散し――この瞬間、俺を除いた空間、人間の持つ全ての魔力は……零になる!
「まさか……っきゃああああ!?」
魔力がゼロになるのだから浮いていられるはずがない。
シルクはなす術もなく重力に従って地面に叩きつけられる。
更には全ての障壁もけたたましい音を鳴らして砕け散った。
技量によってその効果時間は変わるというが、俺の場合、効果時間は8秒。
8秒という短い時間は、俺がシルクの元へ走り、杖を奪った上で喉元に切っ先を突きつけるのには、十分過ぎる時間だった。
――それは俺がまだ8歳と少し経ったばかりの頃。
簡単な魔法の教科書に載っていた物の一つも習得できなかった俺は、ある時親父に買ってもらったクソ難しい魔法の本を読んでいた。
難しすぎて理解どころか読めもしなかったが、何故かたった一つだけ習得できた物があった。
封印【ゼロ・フォース】。
敵味方無差別に自分以外の魔力使用を一定時間完全に封印する魔法使い殺しの封印魔法。
要求される魔力量も比較的少なく、難易度がそれ程高いわけでもないのに、上級魔法に認定され、熟練の魔法使いが数百人に一人しか会得できないらしい。……ではそれは何故か?
曰く、魔法使い界隈でそれは「人を選び過ぎる魔法」。「これを習得するために人生を使ったのが馬鹿らしくなった」。「作った精霊は絶対に性格悪い」。と言わしめる魔法。
この魔法は、