勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:SK43

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第17章「日常は――」

「しっかり反省してくださいっ!」

 

「……はい。すいませんでした」

 

 全部が終わってから数時間後。

 王都の冒険者や傭兵たちが協力してグランウルフも殲滅し、今では行方不明者や怪我人、瓦礫等の下敷きになってしまっている人達の救助活動を王都の騎士団が行っている。

 

 シルクと戦っている間も含めてグランウルフの数が少ないと思ったら、反対側で大量発生していたそうだ。百を超えるであろうグランウルフの軍勢とは、なんとも凶悪すぎる陽動だ。

 

 ……で、俺はというもの、こうしてエミィの宿屋で正座をさせられているわけだが……これにはちゃんと理由がある。決して俺がエミィに叱ってくださいとかいう変態的な所望をしたわけではなく、ちゃんと理由があるので安心して欲しい。

 

 事の発端は勝負がついた後だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「…………」

 

「…………っ」

 

 数秒、時が止まっていたような気がする。それほどの静けさが辺りを包んでいた。

 俺は黒の剣をシルクの喉元に突きつけたまま動かない。

 

「……なんで、止めるのよ」

 

「…………」

 

「あんたの剣なら、振ればあたしを殺せるんでしょ。……なんでやらないのよ」

 

 うな垂れたシルクは俺から目を逸らしたまま動かない。

 波動の魔法を纏った剣は、確かに触れたものを皆無へと帰す。

 だが、今の俺にシルクを殺す気など欠片もなかった。

 

「……魔法学者バリス=ミネルが監修した教科書――導入部分にはこう書かれてる」

 

「……え?」

 

「障壁魔法は、凡ゆる障害に対し壁を以ってして拒絶する力であり、戦うための力ではない。戦火の中、尊い命を護るための力である。力を手に入れる前に、心優しい精霊がこの魔法を作り出した意味を、考えてみて欲しい――」

 

「それって……」

 

「読んだことあるだろ。有名な言葉だ。……お前のお母さんは、シルクに護る力を身につけて欲しかったじゃないかって、俺は思うんだ」

 

 《障壁魔法基礎》。というなんの変哲もない名前の教科書がある。

 障壁魔法は攻撃の力にできると考える学者は多い。というより、各国と戦争だらけだった昔は実際障壁魔法は攻撃魔法として扱われていた。

 

 そんな中、道徳的な意見を出して負のイメージを払拭し、今の障壁魔法の常識を作り出した教科書が《障壁魔法基礎》だ。

 俺はもう何十回も繰り返し読んでいるため、その内容の一部分なら思い出すことができる。

 ……当然、中に書かれている簡単な障壁魔法は一つも習得できなかったわけだが。

 

「……生き方にどうのってわけじゃないけど……えーとな、だからもう、そういう使い方はしないほうがいい……と思う」

 

 人を諭すように話したことなんてないせいか言葉が詰まり、しどろもどろだ。

 シルクは眉根を潜めて、下を向いている。今、何を考えているのだろうか。

 

「……あんたは、嫌じゃなかったの」

 

「……何がだよ?」

 

「……人の倍以上に不完全だったことよ。あんたも、あたしと同じって言ったじゃない」

 

 そう尋ねられて、俺は少しだけ言葉を考える。

 嫌かと問われればもちろん嫌だった。嫌じゃなければ俺は村を飛び出して不貞腐れていなかっただろうし、もう少し勇ましかったはずだ。

 

 俺は、シルクのこの問いに真摯に答えなくてはならない。

 それだけを決めて、口を開く。

 

「超嫌だったよ。何年やっても魔法の一つも覚えないし、やっとこさ覚えた魔法は馬鹿の証明みたいなひっどい魔法だったしな。おまけに勇者になっても力の一つも使えなくて……いやほんと、俺何やってたんだろうな」

 

 昔の愚痴ならばいくらでも出てくるってくらい努力した。

 俺は実らない努力ほど虚しいものはないと思う。

 

「……そう」

 

「…………」

 

「そう思ってもあんたは……恨まなかったのね」

 

「恨んださ。俺はそこまで聖人じゃないからな」

 

 中途半端に逃げても、俺のやりたい事は、結局の所変わらなかったのだ。

 即ち俺が恨んだのは自分。シルクが恨んだのは世界といったところだろう。違ったのはたったそれだけの事だ。

 

「……アルス」

 

「あ……ガスト。怪我、大丈夫か?」

 

「一応、な。治したがおかげで魔力はすっからかんだわ」

 

 首を回しながらガストが歩いてくる。

 血は止まっているようだがその顔色は青くなっている。魔法の使いすぎだろう。

 

「……で、こいつどうすんだ?」

 

「ああ、それなんだけどさ……逃がそうと思うんだ」

 

「は、はぁ? そりゃどういう……」

 

 ガストに尋ねられて、俺は最後の仕事をする決断をする。

 シルクを殺す気はない。更には王都の騎士団にも渡すつもりはない。

 何故なら――俺にはまだやるべきことがあるから。

 

「シルク」

 

「……なに」

 

「先に謝っておく。ごめん!!」

 

「は、はぁ? なによそれ、どういう……」

 

 シルクが怪訝そうな顔をするや否や、俺はシルクの服に鷲掴むような勢いで手をかける。

 薄い服を強引に引っ張った後、素早く剣で留め具を引き裂いた。

 剣はいつの間にかただの刃に戻っているが、怪我はさせないように細心の注意を払う。

 

「ぇ……ぁ」

 

 その結果、シルクのそれほど豊かでもない双丘と下着が露わになる。

 か細い悲鳴のような声が聞こえるが、気にしている場合ではない。

 

 罪悪感と良心の呵責で死にそうになったが、歯を食いしばってなんとか耐える。こうしないと俺が殺されるのだ。オルガニアの熱で。

 

 シルクどころかガストもなにが起こっているのか理解できないようで、口が開いたままだ。

 俺はそれを当然のことと思いながら心を鬼にして更に下着も切る。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 剝ぐところまで剥いだシルクはもう見えるところまで見えてしまっている。

 いつもの俺ならばこういうのは図らずも見てしまうところなのだろうが、それをゆっくり観察する余裕すらない。

 

 シルクの玉肌を守る最後の一枚を取ったところで俺はようやく額の汗を拭う。

 

「…………ふぅ」

 

「なっ……ななななな」

 

 狼狽え、顔がみるみる朱に染まっていくシルクを横目に、俺は手に収まったフリル付きの可愛らしい白ブラジャーを見る。

 これで全てが終わった。この戦いも、俺の社会的な立ち位置も。

 

「なな、なに、なになになにすんのよ……この、変態ぃいいいい!!!」

 

「ほぶぁあああ!!」

 

 エクスタシーにも似た達成感を半ば現実逃避気味に味わうこと数秒。

 シルクのグーパンチが俺の頬を捉え、空高く吹っ飛ばしたのだった。

 

「変態変態っ! 変態っっ!! あんたなんか魔王様に殺されちゃえ! うわーーん!!!」

 

 俺は大の字で地面に転がったまま泣き叫んで逃げるシルクを見る。

 その顔は真っ赤なトマトのようで、意外と泣き顔可愛いな、などと取り留めのない事を考えた。

 

「……これで満足っすか」

 

『ああ、十全な結末だ。ふふっ、ふふふふ……我の杖……やっと戻ってきたぞ」

 

 俺が必死になって手に入れたシルクの下着もそっちのけでオルガニアは完全に杖に夢中である。

 

 ゆっくりとぶん殴られた頬を手でさする。口の中が切れているようで鈍い痛みが走った。

 やはり殴られるのも罵られるのも嫌なものだ。

 俺は変態と言われて殴られる事に快感は感じないノーマルな人間なのだから。

 俺は唖然としているガストを視界から外すようにして起き上がりながら空を仰ぐ。

 

「はぁ……もうめでたしって事で勘弁してく」

 

「アルスさん」

 

「……ださいませんでしょうか?」

 

 しかしそんな事許される筈もなく。後ろを見れば、目から光が消えている無表情な少女が一人。

 

 俺の戦いはこれからだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 で、時間は今に戻る。

 事の顛末をバッチリ見ていたエミィは全く表情を動かさないままに俺が持つシルクの下着をひったくった。

 その後宿屋で俺の怪我を気にかけながらも真っ赤な顔でお説教する姿を見ると申し訳なさで心が押しつぶされそうになるのだから、エミィは天然の説教上手と言ったところだろう。

 ははは、笑えない。

 

「いやまぁ、正直止めなかった俺も悪かったからな。その辺にしといてやってくれよ、店主さん」

 

 流石に長時間の説教を食らっている俺に同情してくれたのか、はたまた呆れて見ていられなくなったのか、ガストが仲裁に入ってくれた。

 エミィは納得いかなさそうに頬を膨らませたが、やがて諦めたようにため息を吐いた。

 

「……ごめんなさい。疲れているのにこんなに長々と。あの、でも本当に、ああいう事はいけないことなんですからね!」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 そう言い残して去っていくエミィに俺は再び頭を下げたのだった。

 反省するのは俺のほうだというのにエミィは俺の体を気遣ってくれたようだ。本当に、よく出来た子だと脱帽せざるを得ない。

 

「……にしても驚いたな。急に何事かと思ったぜ俺ぁよ」

 

「いや、うん。説明してる暇がなかったんだけどさ……」

 

 ガストにはシルクの下着が神器であったこと。そしてそれを剥ぎ取ったのはシルクの弱体化を狙っていた事を説明した。

 側から聞いたらただの見苦しい言い訳なので、エミィには説明しなかった。きっと納得はしてくれたんだろうけど、それでもエミィは怒ったと思う。

 

「やれやれ……ま、お疲れさんだったな勇者サマ。助かったぜ。ゼロ・フォースなんて隠し玉持ってるたぁ恐れ入ったわ」

 

「ひょっとして馬鹿にしてる?」

 

 戯けた言葉遣いのガストに俺は詰るような視線を向ける。

 しかしガストは言葉の雰囲気とは裏腹に、首を横に振った。

 

「あ? 褒めてんだよ。ゼロ・フォースが馬鹿にしか習得できない魔法っつってもなんの努力もなしに使える魔法じゃねぇってことは誰でも知ってる」

 

「……ガスト」

 

「……へっ。まぁ今日くらいきっちり休んどきゃいいんじゃねぇか」

 

「ん……そうだな。ありがとうなガスト」

 

 一瞬ガストの言い方に疑問を感じたが、気のせいだろう。

 ガストには悪いが、俺は暫く勇者として働く事はしないつもりだ。のんびりとまた平和な生活を送らせてもらう。

 という事を説明する必要はなく、俺はガストに別れを告げてから疲れた身体を引きずるようにして部屋へと戻った。

 

「……っ、はぁっ!」

 

 ベッドに身を投げて、息を勢いよく吐き出すことでようやく俺の緊張の糸は解けた。

 とても、とても長い1日だった気がする。

 外では夜の帳が落ち、もう街灯が付き始めていた。

 

「……なぁ、オルガニア?」

 

『ふふふっ……どうした、アルス?』

 

「お、おう……相変わらず上機嫌だな」

 

 杖を取り戻してからというもの、オルガニアはずっとこの調子だ。

 ちなみに俺はオルガニアの杖を部屋の隅に立てかけている。

 後々回収する、と楽しそうに言っていたが、はて、どういう意味なのだろうか。

 

「……あのさ」

 

 俺は1日……引いてはこの日までの大変だった日を思い出す。

 

 自分のためとはいえここまで協力してくれたオルガニアには聞いて欲しい事があった。

 

 俺は、静かに深呼吸してから語りだす。

 

「俺はさ、強い勇者になりたかったんだ」

 

 始まりはあの言葉から。

 勇者に憧れる言の葉を言ったその瞬間から、俺の夢はそれだけだった。

 

「誰でも助けられて、どんな敵にも勝てる……そんな勇者にって。……俺はそれに今日近づけた気がしたんだ」

 

『…………』

 

 浮かれ気味だったオルガニアは、静かに言葉を聞いてくれている。

 俺は一息入れて、話を続けた。

 

「物理的な強さってのもそうだけど。気持ち的な意味でな。だからまぁその……言いたいことはだな」

 

 最後を締めくくろうとしたところで、俺の言葉は詰まる。

 言いたいことはまとめていたつもりだったが、いざ言おうとすると小っ恥ずかしい。

 お礼も何度か言っているもののこれは少し訳が違う。

 

「……うーん。うん、あのさ」

 

『……なんだ』

 

「……あーーー!! やめ! やっぱやめだ!! なんでもない!」

 

『……はぁ?』

 

「魔力が戻るまでこれからもよろしくってこと! それだけな!」

 

 羞恥心が限界に達した俺は早々に話を切り上げてそのまま枕に顔を押し付けた。

 魔王に感謝する日が来るなどと誰が想像しただろうか。

 

「…………」

 

 しばし、部屋に静寂が訪れる。

 

『まぁ、よくやったと褒めておこう。神器は手に入ったし、杖を取り返したおかげで我の魔力は完全ではないにしろ大きく戻った。それだけで充分と言えるだろう』

 

「……杖、ね。そんなに大事なもんなのか?」

 

『無論だ。ふふっ、なにせこの杖は我がまだ、に――』

 

「……? なんだよ」

 

『……なんでもない。ともかく大切な物なのだ』

 

「……ふーん。なら戻ってきてよかったな」

 

 まだ、に――。とはなんだろうか。

 オルガニアは何かを言いかけたようだが、明らかに慌てて口を噤んだ。

 そういえばなんとなく一緒にいるけど、俺はオルガニアの事をまるで知らないままだ。

 

 オルガニアには、どんな過去があるのだろうか……なんて事を想像しながらまどろみの中に意識を落とそうとしたところで――しかしその眠りは扉が勢いよく開かれる音によって妨げられた。

 

「おい、アルス! お前にこんなモンが届いたんだが……」

 

「え、な、なんだよ? 届け物? 実家からか?」

 

 突然の事に頭が回らなかったが、取り敢えずガストは一枚の紙を持っていた。

 紙は見るからに人工的と分かるはっきりとした赤で塗られていて、実家からの贈り物にしては趣味が悪すぎる。

 一体なんなのだろうかと、俺はガストから紙を受け取って紙に記された内容に目を走らせた。

 

「え…………たい、ほ、じょう?」

 

 その紙には、広告の見出しのように大きく逮捕状と書かれていて、その下には細かな字が記されていた。

 

 逮捕状。

 

 この意味が分からないほど俺は馬鹿ではない。

 

「なんだこれ、どういう……」

 

「と、いうわけです。突然で申し訳ありませんが、ご同行願えますか?」

 

「……っ!?」

 

 俺と同じように困惑の表情を浮かべるガストの後ろから、凛とした雰囲気を持つ女性が入ってくる。

 

 胸元に華の文様が刻まれた銀の鎧。

 さらりと伸びた長い銀の髪の毛。

 大きく女性らしさがあれど、鋭さを感じさせる朱色の目。

 

 そんな女性が、俺をまっすぐに見つめて逮捕宣言をしていた。

 

 

 

 

 俺の日常は――まだまだ壊れ始めたばかりである。

 

 

 




ここまで読んでいただきどうもありがとうございました。
これにて第一幕は終わり、第二幕へと突入いたします。
今後ともこの作品をよろしくお願いします。
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