勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:市場龍太郎
ソルディース祭で開催される闘技大会、宴闘にはいくつかのルールがある。
使える武器は刃を持たないもの、鋭利では無いものに限る。
使用できる魔法は殺傷力の少ない初級クラス、或いは補助系統の魔法。該当するもの以外の魔法を使った場合は失格。
二人以上での参加は不可。
などなど、そのルールの多くは命を危険に晒さないための決まり事ではあるが、それでもやはり当たりどころが悪ければ大怪我に発展する事も少なくない。
実際に俺はその事故を何件か知っているし、毎年の恒例行事みたいなものとされている。それもまた、活動期終わりの風物詩だ。
ただ、やはりそういった野蛮な祭ごとに参加するのは控えめに言って血の気の多い馬鹿か暇人が多い。そのため力を持った優秀な傭兵、ないしに冒険者が参加する事は殆どないのだ。報酬も効果が眉唾物の神器が一つ。そのためだけに時間を無駄にする人間など居ない。
そういうわけで俺は今回の宴闘でオルガニアの力を使って無傷で突破しようと考えていたのだ……が。
ソルデ騎士団、副団長ミネルヴァ=スカーレット。
彼女の出場が確定した事によってその望みはあっさりと砕かれた。
団長ローガンに次ぐ権限と力を持ち、女性で史上初めてとなる副団長就任を遂げたかなりの実力者だ。
有名な人らしく、調べたらあれよあれよと記事が出てきた。寧ろ知らないのは常識知らずと言われるほどの人物らしい。
その人となりは厳格にして冷徹。しかしそれでいて尚、優雅。
他人に厳しく、それ以上に自分に厳しく規律に従い生きる彼女は正しく騎士の鏡。彼女を慕い、憧れる人間は少なくないどころか多い。滅茶苦茶多い。ビビるくらい多い。
近頃女性が騎士団に志願する事が多くなってきているらしいが、その背景にはもちろんミネルヴァさんがいる。
趣味は絵画。自身で描くこともしているようで、やたら可愛らしい動物の絵しか描かないらしいが彼女の描く絵には質とはまた別のベクトルで価値がついている。
後、光り物が好きらしく綺麗な石やアクセサリーを集めているようだ。その辺りは女性らしい所と言える。
更に黄金の騎士という肩書きを持ち、光に質量を持たせる魔法を操る勇者。騎士であり、勇者でもあるという完璧な職業が彼女の人気の一部でもあるのだろう。
「調べれば調べるほど無傷で勝てなさそうだなこの人」
ふっと鼻で笑ってから俺は新聞を閉じた。
ここまで来るといっそ清々しい程濃い人だと思う。
ミネルヴァさんの存在が色々とベタ過ぎる感じがするが、それこそが彼女の持つ魅力なのだろう。正直俺には甚だ理解できない。
俺が調べていたのは、過去ソルデ騎士団の紹介として書かれていたコラム。そこにはこれでもかと言わんばかりに騎士団のことが記されていたが、それと同じくらいミネルヴァさんの記事で埋まっていた。
俺は国立図書館の一角で椅子にだらしなく腰掛ける。
こうして調べ物をしたのはいつぶりだろうかとぼんやりと考えるも、その思考に意味はない。
『なるほどな。その女は
「ん? ああ、そうなるか。びっくりだよなーミネルヴァさんが勇者だったなんて。……勇者として認めないって、そういう意味だったのかね……って、あ。なぁオルガニア、食う?」
口をついて出た悪魔のような提案をする自分に嫌気が指し、俺は言った直後に頭を抱えた。
宴闘の時に使う武器は
『無論だ……と言いたいところだが、今回は姿を現すのでな。勝手に魔力を吸収すれば当然騒ぎになる。それは我の本意ではない』
「……そうか。それを聞いてちょっと安心したわ」
『取るのは次の機会でだ。焦らずとも良い』
しかし機会があればやはり魔力を吸収するらしい。今更文句を言う気はないが、またオルガニアの世界の魔法道具か何かが転がり込んでこないだろうかと思わずにはいられない。
『……しかし、お前はどうやってあの女に勝つつもりだ?』
「え? そりゃまたオルガニアの力を貸してもらって……え、ひょっとして俺の中にいないと力が使えないとかあるか?」
『いや魔力の受け渡しは可能だが……契約の内容はお前が命の危険に晒された時に守る、というものだ。そんな遊びに我が付き合うと思っているのか?』
「……え?」
顔が硬直し、背中に冷や汗が伝う。
完全にやる気がなさそうなオルガニアの声に俺は頭から血の気が引くのを感じた。
「え、えーと。でもほら、危ないことに変わりはないだろ?」
『命の危険がない事は確かだ』
「いや、大怪我するかもなんだぜ?」
『そんなもの魔法か何かで治してもらえ』
ダメだ。完全に取り付く島もない。オルガニアは本当に今回俺に力を貸してくれないようだ。
確かに試合中は医療班が待機していて無償で傷の手当てをしてくれるし、危なくなったら試合が止まる。
怪我の危険は高いが命の危険は殆どないと言っても過言ではない。オルガニアのいう事は正しい。
という事は、つまり。
「よし、逃げる準備をしよう。さらばホームシティ生活」
『お前は……少しは成長したかと思ったら相変わらず腑抜けのままだな』
「無理ゲーにも程があんだろマジで。誰だよこんな事提案した奴」
唯一の打開策が潰れた今、俺は素早く逃走を敢行。荷物をまとめてしばらくほとぼりが冷めるまで姿をくらます予定を立てる。
騎士団の監視の目から逃げ出すには国境を越える必要があるだろうが貯蓄はあるから問題はない。
『国中に支部を置く騎士団なのだろう? お前如きが逃げられるものか』
「……ですよね」
俺は諦めたように嘆息して椅子に座り直した。
そのままもう一度資料に目を通そうとしたところで……俺の目の前に影が差す。
「そうだな。国中に散る私達騎士は貴方を逃すつもりなど毛頭ない」
「……は?」
唐突に上から降ってきた声に俺は反射的に顔を上げた。
目の前に立っていたのは……今まさに調べ物をしていた人物、ミネルヴァさん本人。
なぜここに居るのだろうか。というよりも真っ先に出てくる疑問がある。
今の口ぶりからするに、こいつは俺たちの話を聞いていたのか?
俺は目を見開いてミネルヴァさんを見る。
「……最初は聞き間違いかと思った。けれど、そうではなかったようだ。……オルガニアと呼ぶその存在、一体何者だ?」
その視線から俺が何を思っているのかを察したのか、ミネルヴァさんは俺を一瞥してそう尋ねてきた。
この聞き方。ミネルヴァさんには、オルガニアの声が聞こえていると考えていいだろう。
「……い、一体どこから話を……」
「私は強化魔法を得意としているからな。……聴覚の強化など造作もないことだ」
なるほど、そういうことか。
納得しつつも俺は心の中で舌打ちをした。
オルガニアとの会話は最大限注意を払って小声でしていたつもりだったが、強化魔法は盲点だった。
これではオルガニアの事を説明しないわけには行かなくなる。
しかし聖職者でもないミネルヴァさんがどうしてオルガニアの声を聞く事が出来たのだろうか。
いや、そもそも聖職者が声を聞けるという俺の解釈が違ったのかもしれない。
現にシスターさんや他の神官さんはオルガニアの声が聞こえていないようだった。
という事は、オルガニアの声を聞く条件は――。
「何を考えているのかは知らないが、私の事を調べるより先にやるべき事があるんじゃないか?」
「はぁ……なんでしょう?」
「体力作りのランニングだ。騎士団の訓練は甘くないからな」
「ま、負ける事前提かよ……」
ミネルヴァさんの表情はどこまでも真顔だ。俺の事を見ているようでまるで見ていない。一種の不気味さすら感じられる威圧感だった。
俺は彼女の顔をじっと見つめ、その雰囲気に飲まれないように睨みつける。
すると、ミネルヴァさんの顔を見ているうちに一つ発見があった。
「あ……泣きぼくろ」
少し長めの髪の毛に隠れて見えなかったが、ミネルヴァさんの目尻の少し下には可愛らしい泣きぼくろが付いていた。
新聞記事の写真でも気づかなかったし、面白い発見をした気分になる。見つけられたのはちょっと嬉しい。
しかし口に出してしまったのは失敗である。
この空気の中そんな事を言えるほど俺の肝はすわってはいない。
俺はミネルヴァさんの顔を見ていられなくなった。
……俺を刺す視線が一層険しくなった気がする。
さておき、女の人に言われっぱなしというのはなんだかつまらない。
俺も何かを言い返してやろうかと口を開きかけたところで、それは別の言葉によって遮られた。
『ならばお前は、今から土下座の練習でもしておくべきだな』
「へぁ?」
「……なんだと?」
その声の主は、なんとオルガニアだった。如何にも挑発的な声色で挑発的な言葉を言う。
『勝負に十割は存在しない。その事も分からんケツの青い餓鬼が、活きるなよ』
「……っ。……失礼。その通りだ。余計な御世話だったようだな」
意外にも、ミネルヴァさんはオルガニアの物言いに言い返す事なく、一瞬面食らったかのような表情をしてあっさり引き下がった。
そういえばこの二人、雰囲気といい言葉遣いといい何処か似ている節がある。偶然だろうが、全く奇異な偶然だ。
「なら、貴方の顔が引きつる瞬間を想像しながら力を磨いていよう。異界の貴方に現実を突きつけるために」
『……ほお?』
本当に、偶然にもこの二人はとてもよく似ている。
皮肉に皮肉で返す所とか、挑発し合う所とか、色々。
ともかく、そんな二人に板挟みにされる俺としては勘弁していただきたいという一心だ。
俺は無理矢理でも早々に会話を切って、すぐに宿屋へと帰る事に決めた。
「……例え貴方が闇の力を使っても、私には勝てない。……いいや、勝たせはしない」
小走りで去ろうとする俺に囁きかけるミネルヴァさんの言葉が、少しだけ頭に残った。
「なぁ、オルガニア?」
『……む、なんだ』
図書館を出てから暫く。
3度目くらいの呼びかけでようやくオルガニアが反応を示した。
オルガニアは何か別のことを考えているのか、心ここに在らずだ。
「なんか、さっきはサンキューな。助かったっつーか、寧ろ焚付けちゃったわけだけど」
話をすげ替えてくれたおかげで無理やりとはいえ特に何も説明することなく立ち去ることもできたわけで、良かったのやら、良くなかったのやらだ。
いずれにせよ、こうして接触してきたということはミネルヴァさんはこれからも俺の元に訪れることだろう。オルガニアの事を聞きに……そして、俺の監視のために。
『我が我の言いたいように言っただけだ。……しかし、我らしくはなかったな』
「……? らしく?」
オルガニアのいう言葉の意味がはっきりと分からず、俺はおうむ返しのように聞き返す。
『少し、そう少し。カッとなっただけだ。気にするな』
「……ふぅん」
オルガニアがカッとなった、ね。
俺は今までのオルガニアを思い出しながらなんとなくその事を疑問に思う。
オルガニアは喜怒哀楽の中で取り分け怒るような事があまり無い。どちらかと言うと怒るというより呆れる方だ。
長年生きているから怒ることもなくなったのかと勝手に思っていたが、案外そうでも無いらしい。
「なんにせよ、あんな啖呵切っちまったら勝たないと、だよなぁ……」
『ふん、分かっている。責任を取れとでも言うんだろう』
「はは。その通りだよ」
幸いにしてオルガニアに力をねだるいい口実が出来た。オルガニアも少し引け目を感じているようだし、ここは遠慮なく図々しくならせていただこう。
『まぁ少し検証したい事もある。それを今回するのは吝かでもないのだが……そうだな。我はこれからお前に3つの魔法を教える』
少しだけ考えてから、やがてオルガニアはそう言った。
「3つか。少ない方が覚えやすくていいよ。オルガニアの魔法は詠唱なっがいからなー」
『それと同じように、渡す魔力も3回分だ。どれを何時使うか、巧く考えてみろ』
「……え? いやいや、ちょい待って……」
「教えるのは冷皮の魔法。極光の魔法。そして
オルガニアの出した条件に何か言おうかと言いかけるも、直ぐに次の話に移ってしまった。
完全に言うタイミングを逃した俺は、黙りながら頷くしかない。
冷皮の魔法、極光の魔法については前にオルガニアが使った事があるので知っている。
前者は身体から冷気を迸らせ、熱などから身体を保護する魔法。
後者は超光る魔法だ。
殺傷力のまるでないこの二種の魔法は、正しく試合向きであるのかもしれない。
……しかし、烈破の魔法とはなんなのだろうか。
名前からして何かを破裂させる魔法……だとしたらそこそこ危険だ。効果を聞いて危なそうだったら使用は控えることにしよう。
『となると初めの詠唱と継ぎの詠唱を説明せねばならんな……あー面倒くさい。ともかく宿に帰ってからまとめて説明するとしよう』
「ありがとな。また今回も世話んなるよ」
『礼を言うのなら、少しは強くなる努力をしたらどうだ』
オルガニアのお小言を適当に笑いながら受け流す。
お生憎様、努力がトラウマの俺はもう一度何かを頑張ってみようとは思えないのだ。