勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:市場龍太郎
所変わって、再びエミィの宿屋。
俺自身の部屋にて、オルガニアは俺に紙とペンを持たせていた。
『我の世界の魔法の詠唱とは、つまるところ水を沸かすような物だ。体内にある魔力を一気に爆発させ、言霊によって体外に射出する』
「へぇ……精霊とかは存在しないのか」
『一概にそうとは言えんかもしれんがな。さておき、魔法は使えば沸騰した体内の魔力を冷却、休ませる必要があるのだが、つまり魔法は連続して撃てない』
魔法の使い方をメモするために俺はペンにインクをつけて紙に走らせる。
魔法は連続で使えない、と。
書き終えたところで、俺はオルガニアがチラリと言っていた単語の意味が少しだけ分かった気がした。
『そこで魔力を二分化して連続起動するのが継ぎの詠唱。二つを混ぜて別の物を作り出すのが
二つは使わない、と。
俺はなんとなくオルガニアの詠唱を思い出す。ぼんやりとしか覚えていないが、最初の
長く面倒な言い回しにも意味があるものだと俺は頷くことで納得を表す。
「……ん? でもだとしたら俺に初めの詠唱だけを教えりゃ良かったじゃないか」
俺は最もらしい質問を投げかけるも、オルガニアは呆れたようにため息をついた。
『お前が我の真似事をして事故を起こす光景が目に見える』
「いやそこまで馬鹿じゃねぇからな!?」
あんまりなオルガニアの言い分に俺は勢い良く声を張る。
自慢じゃないけど俺は君子危うきに近寄らずを信条に生きるタイプだ。そんな好奇心に身を任せた愚行をするわけがない。
……本当に自慢じゃない。チャレンジ精神というものを俺は少年時代で落としてしまったのだろう。
『では、呪文を教えよう。一度しか言わんからしっかり覚えろ』
「ん、りょーかい」
オルガニアが言う三つの呪文を正確に記し終わった俺はペンを置き、背中ごと大きく逸らした伸びをした。
読み直してみると、やはり長い。が、覚えるのに支障はなさそうだ。俺の隠し玉、封印【ゼロ・フォース】よりかは全然短い。
俺は守るべき自身の日常、心の安寧のために重い腰をあげる事を再び決意する。
『さて、では取り掛かるとするか』
「取り掛かる? 何にだよ」
『顕現の魔法だ。今のうちから準備をしておこうと思ってな』
顕現の魔法。
その名を再度聞いて、来たか、と俺は思った。
只でさえ俺の中にいても世界最強の爆弾なのだから大人しくしていて欲しかったが、まぁ今回は祭りを楽しむだけらしいし、大丈夫だろう。
我ながら楽観的な考えだと思うが、何かないように俺も見ておけばいい。それくらいはしよう。
しかし実を言うとこの魔法をオルガニアが使うと宣言してから俺の中では一抹の不安があった。
顕現の魔法を使うということは、もう一つ、憑依の魔法とやらが使わなければならないという意味でもあるはずだ。
当然、外に出た後のオルガニアはそのうち誰かの魂の中に帰らなければならない。そうでなければ魔力は回復しないし、そもそもこの世界に存在できないのだから。
そして憑依の魔法が対象とするのは眠っている「誰か」。オルガニア自身が選べるかどうかはさておき、恐らく、夢の中でオルガニアの申し出を受諾したら憑依されるのだろう。
その時、オルガニアは俺の中に戻ってきてくれるのだろうか?
「…………」
そこまで考えたところで、俺は首を振って思考を無理やり断ち切った。
逆だ。
俺はオルガニアを追い出したかった。
仮にこれでオルガニアが外に出てくれて、役立たずで適当な俺を置いて他の人に鞍替えしてくれるのであれば万々歳。正に願ったり叶ったりだ。
その筈なのだが、俺の心は素直にそれを喜べなくなっている。これが所謂、焼きが回ったというやつだろうか。
『どうした、アルス』
「いや、なんでもないよ。やるんだろ? その顕現とかいうの」
様子のおかしい俺に気づいたのか、オルガニアが尋ねてくる。
俺は努めて何事もなかったかのように振る舞い、それを軽く流して誤魔化す。
何か踏み込まれる前に俺はすぐに別の話題に切り替えた。
今、俺はだいぶ曖昧な表情をしている事だろう。
オルガニアに恐怖をあまり抱かなくなったのは、何時からだったか。
こいつがちんちくりんの少女だという事が分かった時なのか。
それとも取り留めのない話をするようになった頃からなのか。
こいつの人格がなんとなく分かってからなのか。
なんにせよ、オルガニアは多少……というより滅茶苦茶わがままだけど、悪い奴ではない。
そういう印象が確かに俺の中にあった。
こんな事を考えてはいけないと分かってはいるが、俺の思考回路は勝手にそれを考える。
『まずは触媒だが……そうだな、人間一人生贄に捧げるのもいいが……アルス、あの召喚士の餓鬼の行方は分かるか?』
「召喚士のガキ? って、もしかして森で会った?」
『そうだ』
尋ねられて俺は顎に手を当てる。恐らく彼はとっくの昔に騎士団に保護されてるか、捕まってるだろう。
オルガニアの言う召喚士の餓鬼というのは、ついこの間の事件でグランウルフを召喚していた少年の事だろう。
名前すらも知らないが、結局あの後の動向は分からない。
『そうか……ならばアルス、何処かからか魔物でもなんでも捕まえてきてくれ。できるだけデカくて生命力の強い奴がいいな』
「うげ……なにすんのか大体予想たったけど。やめてくれよ、まさか俺に外に出ろってのか?」
『そのまさかだ。原初を二つ合わせて作る魔法には代償として命がいる。生命が強ければ強いほど魔法は強くなるのだ』
「うーわぁ……」
『だから魔物を寄越せと言っているのだ。我の善意と譲歩に感謝しろ』
確かに同族でもある魔物を殺すために寄越せというオルガニアの気持ちも考えると納得を……いや、待て。そもそもこいつのわがままであるという事を忘れてはいけない。
オルガニアは同族が死ぬ事にそれほど頓着していなかったはずだが、無為に命を奪うというのは俺自身罪悪感を感じざるを得ない。
「いや無理無理無理! 俺が魔物なんか捕まえられるわけないだろ!?」
『お前を使ってもいいのだが……』
持ち上げた重い腰を再び下ろそうとすると、久しぶりにオルガニアが熱を発する予兆をちらつかせてくる。俺は分かりやすく慌てふためいて首を横に振った。
「ちょ、待て! 分かった、分かったって! うーん……どうすりゃ……って、あ」
そして慌てた頭にふと、一つの案が浮かぶ。
背に腹は変えられない。やはり気は進まないが、魔物を捕まえる方向で動こう。
「……だとしたら、来るのを待つか。なぁオルガニア、それって急ぎか?」
『……いいや。祭りが始まるまでに整えばいい』
「分かった。まぁ、来るだろ……ほんとお前は怖い奴だよ……」
『なんだ今更』
疲労感を拭うように俺は深く息を吐く。
恐怖感を抱かなくなったのは最近偶然たまたま俺がこいつの気分を害さなかっただけの事。こいつは相も変わらず魔王なのだ。
◆
それから3日後。俺は束の間の日常を過ごしたり、オルガニアの要求で魔力を宿したマジックアイテムを大量購入するなど、それなりに色々とあった。
一つだけ奇妙な事があったとするならば、外出をした途端に妙な視線を感じるようになった事だろうか。
恐らく、ミネルヴァさんではなく騎士団の誰かだろう。ミネルヴァさんは副団長だし、早々こちらに来れるわけではないはずだ。
そんな疲れる日々を過ごしていた時、ようやく待っていた人間が宿屋に訪れた。
「よーう、久しぶりだなアルス。あの後はどうだったよ?」
「ガスト……待ってたよ」
「あぁ? 待ってたってのぁどういうこった」
ガスト=グラディエルス。
俺が待っていた人物とはガチムチの魔法使いであるこいつだった。
傭兵稼業をしているガストであれば、魔物の捕獲経験もあるはず。
今度討伐の依頼についていかせて貰えないかと頼みたいのだ。
討伐する魔物を捕獲して、それをオルガニアに渡す。それならば結果としては変わらない。
「実はさ、今度何か魔物を討伐するような依頼があったら連れていって欲しいんだ」
「はぁ? 普段あんまり動かねぇお前がんな事言うとは……ほんとにどうした」
ガストは俺の座る席の向かい側に腰掛けながら、訝しげな視線を俺に向ける。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。それほど長い付き合いではないが、ガストは俺という人間をなんとなく察してきたようだった。
まぁまだあんまり働かないぐーたら人間、程度の認識で済んでいるようだが。
「たまにゃ勇者らしいことしねぇとカッコつかねぇってか? あ、よう店主さん。景気はどうだよ?」
「あ、ガストさん。こんにちは。相変わらず微妙です!」
「微妙って、そんな朗らかな顔で言われてもな……。で、何か理由があるんだろ?」
カウンターで熱心に何かを書いていたエミィと軽く挨拶を交わしてガストはすぐに本題に入った。
来客に気づかないなどエミィにしては珍しい。アレは何を書いているのだろうか。
後で聞いてみようか、と考えつつも俺は頷いて、少しだけ誤魔化しを交えながら説明を始める。
「新しい魔法を試してみたくてさ。そんで……魔物が必要なんだ。だから、ちょっと狩るついでの魔物を貰えないかなって」
「何……? 魔力以外の代償を求める魔法なんて聞いた事ねぇぞ」
「……俺が作った魔法でさ。試してみたいんだ」
「……なにができる?」
突っ込んでくるか。そこまでは想定内だ。
ガストは俺が魔法を作ったと言った途端に目を細めた。その魔法がどんな物かを疑問に思い、また俺のことを警戒している。冗談ではないかという疑念もありそうだが。
というのも魔法を作るのはそれなりに大変だし、なにより命を代償にする魔法なんてそもそも存在しない。
「召喚魔法みたいなもの、かな。ゆくゆくは魔力だけで使えるようにしていきたいけど、今は無理みたいで……」
魔力だけで使えるようにする予定はないが、取り敢えず警戒を解くために今回の試みは飽くまで試験的なものである事を強調しておく。
精霊のワガママ、とでも捉えてくれれば楽なのだが、さて、どう来るか。
「……魔法を使うにあたっては、必ずなにかしらのリスクを伴う。それで起きた不祥事が元になって豚箱行きになった人間なんて山ほどだ。……大丈夫なのか?」
ガストの怪訝そうな目つきは中々変わらない。この場合の大丈夫は俺の身を案ずるというよりも、協力しても巻き添えは食わないのか、的な意味を孕んでいる。
ここは根拠のない自信をかざすよりかは、少しだけ不安を煽ってみたほうが現実味が増すだろう。
「危ない事がないわけじゃないかな……だからガストの力も借りたいんだ」
「魔法を試したい気持ちは分かるがよ……あー……まぁお前にゃでけぇ借りもあるし……うーむ」
でかい借りと言ってもガストも俺の命を助けてくれているわけで、チャラであるはずなのだが。その辺りはガサツなくせに律儀だ。
ガストは暫く悩んだ後、決心したように頷いた。
「分かった。手伝ってやる。ただ……危ないって思ったらすぐ止めるからな」
「あ、ありがとうガスト!」
「魔物を生贄になんて、お前更に勇者っぽくなくなってきたなぁ。グロいぞ」
「……仰る通りっす」
「しかしまぁ、魔法使いとしてそういうブラックな感じは興味があるぜ。安全そうならやり方教えてくれよな。生贄召喚とか魔法使いっぽい」
まぁ、協力してくれる理由としてはそんな事だろうなとは思ってた。
俺は軽く息を吐いて立ち直り、意気込むようにして歯を食い縛る。
また魔物の前に出るのは怖いが、ガストと共に行くのならなんとかなるのかもしれない、などと甘い事を考えながら。
「えーと、そしたら日程は……」
俺はガストに日取りを教えて討伐依頼を探してきてもらう。
――この時の俺は完全に油断していた。というより、失念していた。
この魔法を使うことが、とんでもなく面倒な事を招くという事を。