勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第22章「ニーアとお呼びください」

「……これでいいのか?」

 

「ああ。サンキューな、ガスト。ほんとに助かったよ」

 

「いやまぁ、俺は元々狩りのために戦えるようになったから慣れてるっちゃ慣れてるんだけどな。だが、ほんとに上手く行くのかよ?」

 

「行く……と思う」

 

 時は来たれり。という奴だろうか。

 俺とガストの目の前には必要なものが全て揃っていた。

 もちろん人目に着くと騒ぎになる可能性がかなり高いので今は比較的安全になった王都の森の奥深くで作業を開始している。

 地面に突き立てられているのはオルガニアの杖。禍々しい気を放ち、その先端を凝視すれば空間が湾曲しているのが分かる。超高濃度の魔力が存在すると空間が歪む現象が起こるというが、なんとも空恐ろしい話だ。

 

 そして、杖の目の前には数々の魔力を宿したアイテムと、熊型の魔物が一匹。

 ブラッドグリズリーと呼ばれる爪と毛が赤い肉食魔物で、王都の森で出現する魔物の中ではトップクラスだ。グランウルフがいなくなったことにより縄張りに帰ってきたのだろうという所をガストが魔法で麻痺させて捕獲した。

 

 危険な存在から身を隠し、やっと家に帰れると安堵していた所にこの仕打ちである。ちょっと可哀想な気持ちになってくるが、あまり考えないようにした。

 

「……オルガニア」

 

『うむ、良くやった。では始めるぞ。杖を握れ』

 

 俺はオルガニアに言われた通りに杖を握る。

 持ち上げているわけではないのに、俺の腕にはずっしりと嫌な重量感が伝わってきた。

 今すぐに手を離して汚れた腕を切り落としてしまいたいと思う程の嫌悪感が全身を走る。

 

「うっ……わ!?」

 

 俺は反射的に手を離し、爪が食い込むほど拳を固く握りしめる。

 ひやりとした感触に驚き、背に手をまわすと、びっしりと冷や汗が滲んでいた。

 たった数瞬、手に取っただけでこの結果である。この杖はいったいどれ程の呪物なのかと考えるだけで手が震える。

 

「どうした!?」

 

 俺の反応にガストが慌てて走り寄ってくれる。

 俺は肩で息をしながらも大丈夫、と震える声で答えた。

 

『手を離すな、馬鹿者』

 

「……そうは、言うけどなぁ……なんだよこれ……」

 

『はぁ……。10数えろ。それで終わる』

 

「…………分かったよ」

 

 まるで子供をあやすような言い回しに俺は複雑な思いを抱きながら息を吐く。

 そして、もう一度。

 今度は強く、しっかりと杖を握りしめた。

 

「……い、いち……に……」

 

 なるべく心を鎮めるように、淡々と数字を数えていく。

 俺がカウントを始めると同時に、オルガニアもまた詠唱を開始した。

 

『先駆の魔法。奔る未知を欲すれば、今一度還る既知を回視せよ』

 

「さん……よんっ……ご……」

 

『次ぐ屈折の魔法により、現は写り、幻は映る』

 

「ご…………! ろく……! なな……」

 

『……雑ぜる顕現の魔法により、異のまぐわいは空と時の証憑とならん。影、目ざさんとするならば返照を受け入れよ――』

 

「はち……きゅ……っ!?」

 

 俺が10を数え切る前に、全ての詠唱が完了した。

 ――その、瞬間。

 

 俺の握る杖が赤黒く暗い輝きを放ち、地面に置かれたブラッドグリズリーとアイテム達を全て包み込む。

 水の中で泡が立つような鈍い音が辺りに響き、もがくブラッドグリズリーの抵抗を嘲笑うかのようにみるみる光――というよりも、暗い赤黒の波が呑み込んでゆく。

 

「ど、どうなるんだ……!? おい、アルス! これ、うまくいってんのかよ!?」

 

「わ、わかんな……」

 

 俺もガストも、ただ目の前の現象の威圧感に圧され、動けずにいる。

 全てを呑み込んだ赤黒い波はやがて少しずつ一つの形を作っていく。

 それはさながら人の形のようで、俺はその形に少しばかり見覚えがあった。

 

「…………!」

 

「んだぁ……? ひ、人……!?」

 

 

 自身の存在を確認するかのように大地を踏みしめ、現れたるは、齢10歳ばかりの小さな人間。

 

 血と、肉と、多量の魔力を貪り、この世へと顕現した。

 

 燃え盛る火炎の如く煌る真紅の髪はさながら鮮血の如く。

 

 強い意志と野望を持った眼は身体が揺れるたびに怪しく蠢めき――その光は寒気を覚えるほどの美しさを孕む。

 

 全ての生物の頂点に立ち、全ての生物とは逸脱した威圧感、覇気、魔力を以ってして全ての生物を支配し、転がす者。

 

 誰1人として一度見ればその存在を忘れない。この世に顕れた唯一にして絶対の存在。

 

 畏れよ。忌むべきその名は――「魔王」なり。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 暫し、時が固まった。

 風が吹き、草木が騒めく。

 しかしそれが止めば訪れるのは無音。

 緊張感ではない。圧迫感ではない。ただ、口を開くことのできない空気が辺りを支配していた。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、少女は動き出す。

 静かに、おぼつかない足取りで、しかしはっきりとした目的の場所へと向かう。

 やがて辿りついた彼女は、その小さな手で身の丈以上の杖を掴む。

 

「……。ふ」

 

「…………?」

 

 一瞬、少女の口角がつり上がった。

 そして、次の瞬間。

 

「ふっ……はーっはっはははははは!!!!」

 

「んなっ……!?」

 

 森全体に木霊する高らかな笑い声が耳を貫いた。

 

「お、おいアルス。あの子は……なんだ? あれがお前の召喚したかったものか? どう考えても異界の悪魔かなんかだろありゃ。どっか頭のネジ吹っ飛んでんぞ」

 

 いえ、悪魔ではなく魔王です。

 とは流石に言わなかったが、あの姿、声。間違えるはずがない。あれはオルガニアだ。

 問題は、意志の疎通ができるかどうかだが……。

 

「……オル、ガニア?」

 

 多少詰まったが、俺はいつもの様にオルガニアの名を呼ぶ。

 するとオルガニアは予想外なほどにあどけない顔を俺に向けて、ちょこんと首を傾げてきた。

 

「なんだ、そんな情けない声を出しおってからに。我が顕現したのだぞ。拍手喝采で喜べ!」

 

 そしてオルガニアはまた嬉しそうに笑う。

 俺は胸を撫で下ろし、全てのプレッシャーを消すかの如く深いため息を吐いた。

 

「……何もんだ、あの子は?」

 

「あ、ああ。ええっと……俺が今までずっとお世話になってた昔の人の姿……っていうか、様はその……なんて言えばいいのかな」

 

「昔の人だぁ? 様はお前は還魂的な魔法を使ったってことかよ?」

 

 適当にはぐらかす言葉も動揺で思う様に出ず、結局ガストの解釈に丸投げしてしまった。

 いや本当に、顕現するなりオルガニアが俺のことを殺すとかそんな事件が起こらなくて良かった。本当に何事もなさそうで安心した。

 

「さてアルス。細かな説明がまだだ。ああ、お前はもう帰っていいぞ小僧」

 

「は、はぁ? いきなりなんだよ小僧って……おいコラ、アルス。後で説明はあんだろうな。わからねぇことだらけだぞ」

 

「は、ははは……」

 

 後で体の良い言い訳を考えておかなくてはと密かに決意を固めてから、ひとまずは王都へと戻る。

 道中のオルガニアは杖をしきりに撫でたり満足げにニヤニヤしたりと、正直気持ちが悪かった。見た目が幼女でも禍々しい杖とセットになると些か恐ろしい物がある。

 

「ま……借りは返したって事でいいよな。さっきはあんな風に訊いたが――答えたくなきゃ、別にいい」

 

「え……?」

 

「やんごとなき理由があんだろ? そんな目をしてんぞ」

 

 自分は絶賛魔王と精神ルームシェアしてて、その魔王の命令に命惜しさで従いました。

 

 本当に簡単に要約すると3行も要らない。肩の荷を下ろしたいという意味でこれを今すぐ暴露してしまいたい。

 ……まぁそれは叶わぬ事なのだが。

 

 急なガストの掌返しに戸惑いながらも、結局俺は一言お礼を言って頭を下げた後、ガストとは別れる事にした。

 

「ただいま戻りましたっと」

 

「あ、アルスさん! おかえりなさい!」

 

 オルガニアの事をどう説明しようかと考えながら宿屋の扉をくぐった俺を出迎えたのは浄化される程に眩しいエミィの笑顔だった。今日も元気そうにパタパタと玄関まで迎えに来てくれる。

 態々客に対してそんな風に出迎えなくてもいいのにと思うが、エミィは必ず俺を迎えてくれる。

 

 すると、すぐにエミィは俺の後ろに立つオルガニアに気づいた。

 

「あ……えと、アルスさん、こちらの方は?」

 

 エミィが恐る恐ると言った風に尋ねてくる。

 俺と一緒に入ってきた事から俺の知り合いだと判断したのだろう。

 

「えーと、俺の実家から来た知り合いの子だよ。暫くこっちで面倒みてくれって言われてて……うん」

 

 雑でしどろもどろではあるが、疑われはしないだろう、という俺の予想は割と予想外なほどに当たっていた。

 

 エミィは満面の笑みを浮かべてオルガニアに会釈をする。

 顧客に対し余計な詮索はせず、余計な疑いは持たず。エミィは本当に宿屋の店主としては鏡のような存在である。

 

「そうでしたか! 宿屋の店主のエミィと申します。よろしくお願いします、えっと……」

 

「名前は、オルガニ――」

 

「ニーアとお呼びください。よろしくお願いいたします、エミィさん」

 

「ん!?!?!?!?」

 

「ニーアちゃんですね! ……どうしたんですか、アルスさん?」

 

 俺が紹介するのを遮るようにオルガニアが華麗に一礼する。

 その振る舞いは見た目とは打って変わって淑女的で、穏やかで優しい声色はさながら本当に王族の娘か何かのようだった。

 

 当然俺はそんなオルガニアを見て絶句するしかない。

 ちょっと待て、お前は誰だとこの場で叫びたい衝動に駆られる。

 俺は歯を食いしばってその言葉を飲み込むと、首を傾げるエミィを置いて足早にオルガニアを自室に連れて行った。

 

「ちょっと待て、あれは誰だ!!??」

 

 そして、扉を閉めるなり開口一番。俺はオルガニアに問い詰める。

 オルガニアは慌てる俺とは対照的に落ち着き払った様子で面倒臭そうに首を回すと、さも当然のように語りだした。

 

「世話になる宿主にある程度の敬意を持つのは当然の事だろう」

 

 そう言うオルガニアの声はいつもと変わらない適当かつ威厳を纏わせる物で、先ほどのエミィとの会話で見せた姿など影どころか塵芥すら見当たらない。

 

「お前の中にそんな定義があったという事に人生最大の驚きを感じてるよ。つーかその理論からするとずっとお前の宿主やってた俺に対する敬意はどこいった!!」

 

「そこは、アレだ。親しき仲だろう」

 

「いつ俺とお前が親しき仲になったよ!?」

 

 俺とオルガニアの関係はいつだって利用され利用する契約を元にした関係であるという事を忘れるわけがない。

 調子のいい事言って誤魔化されると思ったら大間違いである。

 

「……まぁ本当の所を言うと、あの場で色々と見たあの小僧はさて置き、公共の場において我は余り正体を明かしたくはないという事だ」

 

「そんぐらいお前全然気にしなさそうだと思ったんだけどな……」

 

「まぁ、いざという時のための備えと――我が自由にこの世界を歩き回るためだ。納得はせずとも理解はしろ」

 

「……お、おう」

 

「……特にあの小娘を巻き込む事はお前としても本意ではないだろう」

 

「…………そりゃ、まぁ」

 

 オルガニアの指摘に俺は黙って頷くしかない。

 確かに異世界だ魔王だ神器だと、色々と面倒な問題なんてエミィは知らなくていい事であるはずだ。一般人であるエミィを不用意に巻き込むべきではない。

 もしかしてオルガニアなりににエミィの事を気遣ってくれたのだろうか。

 

 俺は少しだけ胸を撫で下ろし、ちょっとだけ気になった素朴な疑問を投げかけてみることにした。

 

「それにしてもお前、あんな仕草できたんだな。結構慣れてたりするのか?」

 

「…………。そうだ」

 

「……?」

 

 オルガニアの反応に俺は少しばかり疑問符を浮かべる。

 王として当然の振る舞いだー、などと俺を小馬鹿にしながら答えるかと思いきや、返ってきたのは少しの間と、一言だけだった。

 

 そんな珍しい反応にいい気になってしまったのか、俺は少しばかり調子に乗った。

 つい数分前の出来事を思い出して俺は腹を抱えて押し笑う。

 

「いやー、結構可愛かったと思うぞ? ぷくく、ニーアって名前も似合ってると思うしなー」

 

「…………」

 

「くっくく……つか、あれってお前軽くどころかだいぶキャラ崩壊してるんじゃんぬぁあああああああああっっっちぃいいいいい!!!」

 

「炭になりたくなければ地べたを這い、命を乞え」

 

「ごめんなさい。調子に乗ってごめんなさい。魔王様は魔王様です」

 

「ふん」

 

 俺の床にめり込まんばかりの土下座を一瞥し、オルガニアは嘲るように鼻を鳴らした。

 こいつ、俺の身体の外に居てもこの熱を持たせる力は使えるのか。その事が油断の種だったとは言え、本当に冷や汗ものである。考えてみたらこの世に顕現し、また誰かに憑依できようになった今、こいつが俺を生かしておく理由なんてもう殆どないのだ。

 

 その数少ない理由の一つに、平和に暮らしたいという願望があるのだろうが。

 

「という事でだ。我の事はこれからニーアと呼べ。説明したかった事とはその事だ」

 

「……分かったよ、オル……ニーア」

 

「……間違った時は直ぐに訂正しろ、いいな」

 

「イエス、マム。細心の注意を払います」

 

 ズゴゴと再び魔力が漲り始めたオルガニア……ではなくニーアを宥めるために俺は必死に敬礼をする。

 

 その姿勢に満足したのか、なんとか魔力を収めてくれたニーアことオルガニアは扉のノブに手をかける。

 

「で、出かけるのか?」

 

「ああ。少しでも多く見ておきたいのでな。ついて来いアルス。我を案内する権利をやろう」

 

「俺は付き人かっての……いや、まぁ行くけどさ。ほっといたら何されるか分からないし」

 

 俺はオルガニアの後ろを文字通り付き従うかのように歩く。

 魔王の顕現。それだけでなんだか一つ大きなことを成し遂げたような感覚に見舞われる。

 

 そのせいでなにかを忘れているような気がするが、気のせいに違いない。

 折角だからオルガニアに色々と紹介できればいいだろう。俺は伊達にホームシティ生活を送っていないから、割と穴場と言える店や場所を知っている。

 

「っきゃあああああああ!!!」

 

 などと考えていたところで、宿屋の外から空気を切り裂くような甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

「…………えぇ」

 

 俺の外に出る気がこれだけで一気に削がれてしまった。

 辺りそこら中が騒がしくなってきているし、何か問題が起きたということは猿でも分かる。

 

「なぁオルガニア。出かけるのはまた今度にしないか?」

 

「なにを腑抜けた事を言っているんだお前は」

 

「アルスさん、何かあったんですかっ!?」

 

 奥の部屋から異変を聞き取ったエミィが俺の元に駆けつける。

 窓越しから外を見たエミィは顔を青白く染めて、口を手で押さえた。

 

「大変……人が、大怪我を……! すみませんアルスさん、倉庫から担架を持ってきてください! 私は応急処置をします!」

 

「え、あ、お、おう!?」

 

「ニーアちゃんは、アルスさんの部屋にいてくださいね。アルスさん、お願いします!」

 

 そう言うなり、エミィは宿屋に備え付けてある救急箱を持って外へ走り出す。

 俺は暫し呆気に取られてしまっていた。

 

「小娘のが幾ばくか頭の回転が早いな。それじゃあ、騒ぎが収まるまで我は上にいる。終わったら呼べ」

 

「……もう、分かったよ。なんだってこう色々と面倒ごとが起こるかな!」

 

 倉庫の場所は前に働いていた時に確認した事がある。場所は大丈夫だ。

 俺は悪態をつきながらも、とにかく言われた通りに倉庫へと急ぐのだった。

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