勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第23章「そしてまた不安は募り――」

「ふっ……!」

 

 カウンターの下にある鍵を取った後、俺は急いで離れの倉庫へと向かう。

 古ぼけた倉庫の鍵は古い南京錠というタイプの鍵で、慣れないうちは開錠に軽く戸惑う。

 

 俺は決して慣れているとは言えない手つきで南京錠を開け、埃っぽい倉庫の中から担架を引っ張りだした。

 

 ……外で大怪我をしている人がいる。

 俺自身窓の外は確認していないが、エミィの言っていた事は本当だろうか。

 まぁ特に疑っているわけではないが、こんな日中に一体全体どういう訳で傷だらけになったんだ?

 もしや通り魔でも出たのだろうか。このご時世に。

 

 エミィは窓の外を見て顔を青くするなりすぐに救急箱を持って外に出てしまったし、オルガニアも俺の部屋に行ってしまった。

 

 俺はくだらない考察を打ち切り、ともかく駆け足で担架を運んだ。

 

「エミィ! 持ってきたぞ!」

 

 担架の大きさから倉庫から出すのに多少悪戦苦闘したものの、俺はなんとか宿屋を出て声を挙げた。

 周囲には人だかりができていて、その中心には止血を行っているエミィと、倒れている被害者と思わしき男がいた。

 

 男は齢40かそこらの中年で、血で濡れた顎髭が目を引いた。

 

「あっ、ありがとうございます! そしたら急いで病院に運びま――」

 

 エミィは包帯を縛り終えたところで立ち上がり、俺の元へと走り寄る。

 俺は頷いてからもう一度倒れている男に目を向け――

 

「その必要は無い――」

 

 ――たところで、俺の意識は倒れている男……の目の前で静かに佇んでいる男に奪われた。

 

 つばの広い帽子を目深に被り顔を隠し、長身ではあるが何処となく華奢な身体つき。

 それにそぐわない無骨な手は……腰の剣の柄に添えられていた。

 

 こいつは何時からここに立っていた?

 と、若干間抜けた問いが俺の頭に浮かぶ。

 俺がエミィから……倒れた男から視線を外したのは一瞬。本当に、文字通り瞬間の出来事であった。

 この男はそのコンマ数秒の内にこれ程の人混みをすり抜けてここに立ったのだろうか。

 

 だとしたらこいつ、タイムセールの市場とかでかなり強いんじゃなかろうかいやいや。そんな事はどうでもいい。

 

 重要なのはそこではなく、佇む男の言った言葉だ。

 

「あの……?」

 

 エミィが警戒するかのようにおずおずと尋ねる。

 

「そう不安そうな顔をするな、娘。……俺は――悪しか斬らん」

 

 そう、言い終わるや否や。

 

「……え」

 

 俺の前髪が一房、はらりと地面に落ちた。

 

「……っ!?」

 

 慌てて切れた髪に手を当てる。少しばかり額が熱い。痛い。

 当てた手を見やると、べったりと血がこびりついた。

 

「宣戦布告はこれでいいか? 次は頭を切り落とす」

 

「いっ……!?」

 

 静かで、淡々とした男の声が空間に染み渡る。

 この男から向けられるのは本気の殺意。

 

 それを肌で、傷で感じ取り、俺の頭からら血の気が引き、一気に身体が弛緩した。

 シルクのような純粋な闘志とも違う。グランウルフのような相手を獲物と考えている感じとも違う。

 

 ただ単純に、淡々と相手を殺すと決めた

 顔。

 その空気はまるで経験したことの無いもので――俺は呼吸すらも忘れる程の感覚を覚えた。

 

「あ……アルスさんっ!!?」

 

 俺の異変を察知してか、エミィは狼狽える俺を見て額の傷に気づく。

 派手に切られた訳では無いが、頭の傷というだけあって血が派手に出る。

 血が入らないよう片目をつぶって目の前を見ると男を精一杯鋭い目で睨みつけるエミィがいた。

 

「これは公開処刑だ。この男も、君も――そして、この場にいる煩い人間共も」

 

「な、なにを……っやめてください。アルスさんに、なにをするつもりですか……っ」

 

 俺を庇うように立って尚も男を睨むエミィの声は震えている。

 泣き出してもおかしく無いほどの威圧感を持った大の男を前にしているのだ。怖くないはずがない。

 現に俺は怖い。めっちゃくちゃ怖い。

 

 俺はたまらず自身の頼れる相手……魂の中の魔王に話しかけ、すがった。

 

「お、オルガニア……なんなんだよこいつ、やばくないか……?」

 

 しかし、オルガニアからの返答はない。こんな時に眠っているのだろうか。洒落にならないからそういう冗談はもうちょっと平和な時にしてほしい。

 

「なぁ、オルガニア……? ……あ」

 

 2度、呼びかけたところで俺はようやく自分の愚かさを理解した。

 

 やってしまったと思った時には時すでに遅し。

 俺の()には今、オルガニアは居ない――!

 

「魔王様のような魔力に地味な顔つきの勇者……壁の娘が言っていたのは君だな。なるほど、中々の力を感じる」

 

「いや、地味て」

 

 まぁ地味だけどな?

 否、そんなツッコミはどうでもいい。いやどうでも良くないけど良いことにしておく。

 

 こいつ、今なんて言った?

 ()()()? それに、壁の女って……もしや、シルクのことだろうか。その言い方だとシルクのとある部位が絶壁というか戦闘力皆無のまな板みたいに聞こえる気がする。

 

「お、お前……魔王の……幹部、とか、か?」

 

「さぁ、な……君が知る必要のないことだ」

 

 男はゆっくりと、柄に添える手に力を入れて……声のトーンが、一つ落ちる。

 

「今から死ぬ君には、な」

 

 見えないほどの剣の速度。防ぐ手段も、避ける手段もない。

 正に万事休すの状態に俺はぎゅっと目を閉じた。

 

「……君」

 

「……っ」

 

俺の首が飛び、あわや大惨事。となる前に、男はエミィに話しかけた。俺は閉じた目を少しだけ開けて、目の前を確認する。

 

「退かねば、君ごと斬る」

 

「っ!! ……どき、どきません……ッ!」

 

目尻に涙をためるエミィは尚も歯を食いしばって立ちふさがる。男は、静かに息を吐くと、心底残念そうに、首を振った。

 

「善人よ。このような出会いでなければ語る時間もあっただろう」

 

キラリと、鞘から刃が姿を見せる。

俺は視線を交互に動かし、エミィと男を見る。

完全に折れかけていた心が、俺の体を衝動的に動かした。

 

「……なんの真似だ」

 

俺の足が、数歩前に出て、エミィの前へと動く。

 

「アルス……さん……」

 

「は、はは。……どうしよコレ」

 

今日も俺の中途半端な正義感は絶好調である。

どうしろっつーんだよ、本当に。この状況を打開できる方法があったら教えてくれ。窓からオルガニアがこっち見ててギリギリになったら助けてくれないかなぁとか期待してしまう。

 

……でも、前に出た。エミィのおかげとは言え、あの俺が命の脅威を前にして勇むことができた。

俺は喉を鳴らし、腰に下げていた剣に震える手をかける。

 

男は冷めた目で俺を睨み――再び凍えるような声で、一声。

 

「……。死ね」

 

男の剣が完全に解き放たれた瞬間を見た、その時。

 

「伏せろッ!!」

 

「なっ……!!」

 

 俺の命を救ったのは、外野から飛んできたその一言だった。

 いや、正確には一言というよりその言葉を発した本人だろうか。

 俺の事を押し倒すように人が覆いかぶさる。

 そのおかげで男の剣閃は空を切るだけに終わった。

 

 俺は慌てて自分を押し倒した相手の姿を見る。

 そこにいたのは……。

 

「み、ミネルヴァ……!」

 

「すぐに彼女を連れてここから離れろ」

 

 何故ここに、という疑問は言わずもがな。騎士団は俺を見張っている。この騒ぎを発見した騎士の誰かがミネルヴァさんを呼んだのだろう。

 

 さんを付けずに呼んでしまった事に今更気付くが、訂正する暇もなくミネルヴァさんは明後日の方向を指差して逃げるように指示する。

 しかし逃げようにも周囲は人だかりで先が見えない。簡単に走り抜けられるわけではなさそうだ。

 

「ソルデ騎士団副団長――ミネルヴァ=スカーレットだな」

 

「だったら、何だ」

 

「今はまだ君と戦うべき時ではないな。引かせてもらう」

 

「……私が、逃すと思うか?」

 

 有無を言わせずゆらり、とミネルヴァさんの身体が揺れ――爆ぜるように地を蹴る。

 最初の一歩で低く跳び、幅跳びの要領で瞬く間に男と距離を詰める。

 息を止め力を込めるミネルヴァさんは腰の剣を迷わず引き抜き、振り上げた。

 

「んんっ〜〜!!」

 

「っ……!」

 

 電光石火とも呼べるその速度に半歩遅れて反応した男は光を纏い始めるミネルヴァさんの剣を見て、即座に逃げの一手を取った。

 

「ッ――ゃぁぁぁぁああっ!!!」

 

 そして一気に吐き出される酸素と、パワー。

 剣は光の弧を描き、上空から地へと斬撃を奔らせる。

 その刃は空高く飛び上がった男のフードの端を切り裂き、地に落とし、破壊力を失わぬまま地を穿った。

 

 男は頬の冷や汗を拭うと剣の柄から手を離し、口の端を引きつらせる。

 

 勢いのまま剣を受け止めた地面は爆音と共に崩れ、剣先はめり込んでいる。

 ミネルヴァさんはことも無げにそれを引っこ抜くと、土埃の隙間から再度男を睨んだ。

 

 新聞などにも紹介がされていた気がする。

 ――騎士ミネルヴァの放つ一撃は豪胆なフルスイング。剣の重みを最大限に活用し、身体全体で振り下ろす一撃必殺の刃。

 その名は『撃剣』。彼女が生み出した独特の体重移動方と跳躍によって繰り出される文字通りの必殺技だ。当たれば死ぬ。慈悲はない。

 

「……女らしくない随分と重みのある剣技だ。少しばかり驚かされた」

 

「人を見た目で判断すると碌な事がないだろう?」

 

「……ふん……。大人しく今日は退こう。近いうちに来る戦いの時を楽しみにしている」

 

 男は呆気ない程早く首を横に振って撤退の意思を示した。

 それに警戒を抱かないミネルヴァさんではない。

 

「…………」

 

 だからこそ深追いは危険と判断したのか、ミネルヴァさんは大人しく剣を鞘に収めた。

 

「…………私は、逃げろと言ったはずだが」

 

「っ……」

 

 二人のやり取りにすっかり見惚れていた俺を咎めるような口調で俺を睨んだミネルヴァさんは、人混みを掻き分けてやってきた騎士達に何か指示を出すために俺から視線を外した。

 

 俺は、完全に頭がショートしていたようだ。

 今更になってようやく身体がまともに動くようになる。

 

「あの……アルスさん。宿に、戻りませんか? あの方は騎士さん達がなんとかしてくれますし……傷の手当をすぐにしないと……!」

 

 まだ顔を青くしているエミィが俺の方を見て、提案する。

 その意見には大賛成だ。さっきから額の傷がかなり痛い。怪我をするというのは何度目かになるが、たったこれだけでも耐え難い苦痛だ。

 

「やはり、お前は勇者でいるべきではない」

 

「…………」

 

 エミィに手を引かれ宿屋へと足を向ける直前。ミネルヴァさんの口からそんな言葉が聞こえてくる。

 おっしゃる通りだと、俺は少しだけ肩を落とした。

 

「あの」

 

それでも、今日の俺はちょっとだけ言い返す。

俺は振り返って、ミネルヴァさんの背に声をかけた。

情けなく声は震えているが、俺は確かに自分の言葉で宣言した。

 

「俺は――――」

 

 

 ◆

 

 

 

「……で、盛大に啖呵を切って帰ってきたのか。中々無謀だなお前も」

 

「その通りだよ。はぁ……やっちまった。つーか一体何者なんだ? あの男は……」

 

 頭に包帯を巻いた俺はまだ少し痛む頭を押さえて項垂れる。

 オルガニアは嘆息しながら小さな足を組み替え、首を横に振った。

 

「馬鹿者。何故、我の渡した魔力を使わなかった? 呪文を忘れたわけではないだろう」

 

「え……? あー……もう貰えてたんだ」

 

「そのすぐに真っ白になる頭をどうにかする事だな。それに――」

 

 オルガニアは更に説教を続けようと口を開くが、それは俺の部屋の戸を叩く音に遮られた。

 オルガニアは開いている口を一度閉じて、ドアを見る。

 

「あの、アルスさん。エミィです。入っても……大丈夫でしょうか?」

 

「あ、ああ。いいよ」

 

 俺が扉に向かって返事をすると、控えめな音を立ててエミィが顔を覗かせた。

 

「アルスさん、お怪我の様子は……」

 

「これは….まぁ、軽い傷だったみたいだしさ、大丈夫」

 

「アルス兄さんをありがとうございました、エミィさん」

 

「ニーアちゃん……。いいえ、私は、何もできませんでしたから」

 

「そんな、馬鹿な」

 

 と俺の口からは咄嗟に否定の言葉が飛び出した。

あの時、俺が前に出ることを、戦うことを選べたのはエミィのおかげだ。あの場に俺一人だったならば、きっと即座に尻尾を巻いて土下座なりなんなりして命乞いでもしていたところだろう。

 

「……ありがとう、ございます。何かありましたら、すぐに呼んでください。すぐに、ですよ?」

 

「ありがとうな、エミィ。そうさせてもらうよ」

 

 やはりどこか元気のないエミィを心配にも思うが、俺がかけるべき言葉が見当たらない。

 俺は部屋から去るエミィを静かに見送った。

 

「…………」

 

「……あの日、成長のきっかけはあった。お前はそこで片鱗を見せた。何事も僅かな時では完全には変わらない物だ」

 

 オルガニア椅子から立ち上がり、俺の目の前へと歩み寄ってくる。

 その語調はいつか俺がグランウルフを下した時のように力強く、勇ましい。

 

「かつて一瞬見えた成長。今後こそ我が物とするかどうかは……お前次第だろうな」

 

 そう言い残したオルガニアは眠いから寝る、と俺のベッドに寝転がり目を閉じてしまった。外への散歩はどうしたのだろうか。……ひょっとして、似合わない事を言ったことに対する照れ隠しのつもりか。

 

 部屋に一人取り残された俺は額の傷に手を当てて、静かにため息を吐く。

 

「……俺は」

 

 ミネルヴァさんの言葉が頭の中でぐるぐると回っている感覚。

 一度、変わりかけた自分。

 更に変わりたいと思う自分。

 変わるのが怖いと思う自分。

 本当に変われるのかと諦め半分の自分。

 このままではいけないと叫ぶ自分。

 

 結局、俺ってシルクと戦う前と殆ど変わってないな、なんて笑い事にもならない事実に俺の目頭が熱くなる。

 

 しかし抱えた不安と疑問を解消することなく、無情にも祭りの時はやってきていた――。

 

 

 

 

「……ところでお前、アルス兄さんってなんだよ」

 

「我はお前の血族と親しい設定なのだろう? ならばその呼び方が妥当だ。よろしく頼むぞ、に・い・さん」

 

「うわぁ……ときめかねー」

 

 

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