勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第26章「ソルディース祭-2日目-」

「……んー」

 

「おい、いつまでぼーっとしておるのだ。我はもう寝るぞ」

 

「んんー。って、それ俺のベッドだからな!?」

 

 オルガニアと祭りをほぼ一周したところで日が暮れたので、俺たちは宿へと帰ってきた。

 そのまま俺は自室でミネルヴァさんから聞いた事を整理し、打開策を考えていたのだが……事もあろうにオルガニアは俺の部屋に一つしか備え付けられていないベッドに寝転がり寝息をたててしまった。

 いよいよ数時間後に決戦を控え、緊張している俺の事など御構い無しにこの野郎、どこまでも図々しい奴である。

 

「……まぁまだ寝ないからいいけどさ。というか、睡眠が必要なんだな」

 

 独り言じみた問いかけにオルガニアは返事を返さない。

 流石に1日人混みを歩き通しで疲れたのだろう。身体を動かすのに慣れてないようだし、当たり前といえば当たり前といったところか。

 

「明日はいよいよ宴闘、か」

 

 祭りの二日目。ミネルヴァさんと戦うことも当然大変なことであるが、それ以前にミネルヴァさんと当たるまで他の傭兵達にも勝たなければならない。

 宴闘のルールは通例でトーナメント形式だ。

 

「なぁ、最後に一個だけ確認なんだけどさ」

 

「……なんだ」

 

 今度はしっかりと質問の意を伝えると、オルガニアはその端正で綺麗な睫毛を揺らし、片目だけを開いて続きを促した。

 

「あの、オルガニアから貰った魔法って、そんなヤバい威力してないよな?」

 

 試合に出て間もなく失格など決してやってはいけないことだ。今回は勇者の力を使うことを禁じられてはいないようだけど、それにしたって限度はある。対戦者を控えめに言ってR18的な見た目に変えてしまっては大問題なのだ。

 

「まぁ平気だろう。使うのはただでさえ色々とセンスのないお前だ。余程相手が雑魚ではない限り死にはしない……ぐぅ」

 

「……なるほど」

 

 今度こそ微睡みの中に意識を落としたオルガニアはもう起きそうにはない。

 それにしても随分適当な答えだと俺は一人静まり返った部屋で嘆息した。

 

「俺がしっかり戦わないとな……。ほんと、これで日常が帰ってくりゃいいけどさ」

 

 一度宴闘の事から意識を離し、俺は眠っているオルガニアの姿を見る。

 オルガニアは布団の中で小さく丸まっている。布団をしっかりと握り、テコでも動かないといった姿勢だ。……恐らくというか十中八九、俺は今日地べたか椅子で寝ることになるだろう。

 

「……そういや、さ。俺ってお前のこと何にも知らないのな」

 

 少しだけ受け答えを期待して、ぽつり、と。そんな事を呟いてみた。

 オルガニアは寝息を立てたまま動かない。

 

「お前の普段の振る舞いを見てると……なんとなく、お前が何を言おうとしてたのか……分かった気がするんだ」

 

 俺がその事を聞いたら、オルガニアはなんて答えてくれるだろう。

 いつものようにはぐらかすか、聞くなと断るか。はたまた、ことも無げに答えてしまうか。

 でもそれを知ってしまったら、俺はお前の事をどう思うようになってしまうのだろうか。

 

「……仲良くなれてる気はするんだよな、うん」

 

 オルガニアは最初とあまり態度を変えていないように見えるが、なんとなく柔らかな感情を表に出す機会が増えた気がする。それはオルガニアの心が開いてきていることに他ならない……はずだ。

 

「…………」

 

 なんとなく。そう、本当になんとなく出来心で、俺は眠っているオルガニアの頭に手を乗せた。

 起こさないように、今にも砕けてしまいそうな程に脆いガラス細工に触れるように。

 優しく、そっと。

 

「お前って何歳なんだ……? お前はどんな生き方をしてきたんだ……? お前の部下は……人との戦争は……」

 

 止めどなく溢れるように俺の口から問いが出てくる。挙げれば挙げるほどの強まっていくそれの名は、興味。或いは警戒。……そのどちらとも異なる気持ちで。

 

 最初にオルガニアは言っていた。

 自分は、手傷を負わされた勇者から逃げてきたのだと。

 

 俺にはどうにもオルガニアが悪人だとは思えない。

 争いの原因はなんだったのだろうか。俺に何か出来ないだろうか。

 考えれば考える程疑問が浮かび、明日に控える大事な宴闘の事など頭の隅へと隠れてしまう。

 

「俺は、もうちょっとだけお前と一緒にいたいのかもしれないな……」

 

 また一つ、少しだけ返答を期待した独り言を投げかける。

 

 だが。オルガニアは依然眠ったままだ。

 

「…………」

 

 ちょっとくらい、調子に乗ってもいいかな、などと甘い事を考えた俺は、さらりと、オルガニアの毛並みに沿うようにして頭を撫でる。

 こいつは風呂にも入らないのに本当に髪ツヤが良い。何かしら魔法でも使っているのだろうか。

 

「…………」

 

 今だけはちょっと生意気で小さな妹を持ったような気分になって、何度かオルガニアの頭を撫で続ける。

 紅い髪の毛は一本一本が透き通るようで……視覚でも触覚でも飽きさせない。

 

「起きねぇな……。結構深く眠ってるのか……なぁっつぁーーーー!!!」

 

 さらさらとした髪の毛の触り心地を堪能していると、唐突に髪に触れていた俺の手が燃え上がるように熱くなった。たまらず叫び声を挙げオルガニアの髪から慌てて手を離す。

 こ、この熱は……。

 

「…………」

 

 オルガニアがその力強い半開きの瞳で俺の顔をじっとりと睨んでいた。

 

「え、えーと……起こしちまってすまん」

 

 取り敢えず何を謝ったら良いのか分からなかった俺は、思いついた謝罪の言葉を溢してみた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………つづけろ」

 

「へ?」

 

 まだ寝ぼけているのか、舌ったらずな口調でオルガニアは続きを促す。

 そしてぽふんと柔らかそうな音を立てて再び寝息を立ててしまった。

 

 ……続けて良いならなんで俺の手を熱くしたのだろうか、と尋ねるのは野暮という奴だろうか。

 

 まぁお許しが出たのなら是非もない。俺は再びオルガニアの頭に手を乗せて、静かに撫で始めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 そのまま、眠るオルガニアを俺が眺めるというゆったりとした時が流れること数分。

 オルガニアが、不意に口を開いた。

 

「……ときが、きたら」

 

「……ん?」

 

「……すこし、はなしてやむ……」

 

 話してやる、と言いたかったのだろうか。最後の方はごちゃごちゃとして聞き取りにくかった。

 

「時か……」

 

 なんとも曖昧な表現の仕方だ。

 俺はピタリとオルガニアを撫でる手を止め、ベッドの隣に自分の寝床を作り始める。

 

 利害だけの関係だけではなく、こいつと共に居てもいいのではないか。

 そんな酔狂な考えが俺の胸の中にじんわりと広がっていく。

 

「今日の俺は……きっと、逃げない」

 

 日付が周り、それと共にどんどん眠気も襲ってくる。確証のない誓いを立てて、俺は最後にオルガニアの頭を数回撫で――まどろみの中に意識を落とした。

 

 俺がオルガニアに抱いている感情は、分からないまま。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 翌日。待ちに待ってはいないが宴闘当日だ。

 

 俺は緊張からか珍しく朝に鳴く鳥の声で目を覚ました。本来なら清々しい朝なのだろうが、俺の胸中は些か清らかではない。寝癖だらけの髪をかきむしり、重たい身体を持ち上げる。

 

「ふっ……くぁ……」

 

 身体を大きく天井へと伸ばし、間の抜けたあくびをしながらベッドの方を見ると、オルガニアはまだ夢の中だった。寝かしておいてやったほうが良いのだろうが、起こさなかったら起こさなかったでうるさそうだ。さて、どうするべきか。

 

「おーい、オルガニア。朝だぞ起きろーー」

 

 念のために、声だけかけておく事にした。

 

「……よし」

 

 案の定起きなかったので俺は静かに扉を開けて宿屋のラウンジへと降りる。

 すると、いつもとは少し違った光景が目に写った。

 

「これは……精霊?」

 

 ふわふわと宿屋の中をせわしなく飛んでいるのは色取り取りの精霊たち。

 見た目は手乗りサイズの人間なのだが、背中に光る羽を持ち舞い踊る様はまるで美しい炎の様。

 で、精霊というのはそれとは別にちょっと変わった特徴を持っている。

 それはこいつらと関わればすぐに分かることだ。嫌でも知ってしまうし、染まってしまう。

 

「おう、アルス。はよーさん」

 

「ガスト……今日も来てたんだな。どうしたんだこの精霊?」

 

 粗雑な挨拶に出迎えられ、俺は首を傾げる。

 魔法使いであるガストが宿屋にいるということは、この精霊たちはガストと契約を結んだ精霊だろう。宿屋にかなりの数の精霊を飛ばせて、一体何を企んでいるのだろうか。

 

「驚いたろ? こいつらには一時宿屋の店番を頼んでんのさ。言葉は通じるしそこそこ働くし、まぁ少なくとも問題は起こさねぇさ」

 

「店番……? どうしてまたそんな事を……あ」

 

 咄嗟に飛び出しかけた疑問を俺は止め、ふとある事を思いつく。どうやらこの男、俺と考えることが同じだったらしい。そういえば昨日俺とオルガニアが祭りに行っている間ガストは宿屋にいたんだっけか。

 

「なるほど……。凄いな、精霊に店番を頼めるのか」

 

「ま、日々のコミュニケーションの賜物って奴よ。対価さえ用意してやればある程度の願いは聞いてくれるのさ」

 

 ガストが魔法を得意としているのは知っていたが、まさかこれほどまでとは知らず、俺は少なからず驚きを示した。

 精霊と仲良くなる、というのは並大抵の事ではない。ガストがどれ程の間精霊たちと暮らしてきたかが分かろうというものだ。

 

「お気遣いをしてもらって……なんだか申し訳ないです」

 

「あ、エミィ」

 

 ガストの影からおずおずと出てきたエミィはいつものエプロン姿ではなく、外出用の衣服を着ている。季節にあった服装に、キャスケット。少し古ぼけてはいるが丁寧に履かれている事が分かる革のブーツがエミィを少しだけ大人っぽく表現している。

 初めて見る姿に俺がしばし見惚れていると、ガストは野性味あふれる笑みを浮かべてエミィの頭をガシガシと撫で回した。

 

「子供が遊べねぇ祭りを人は祭りって呼ばねぇんだよ。いいからここは俺に甘えとけ」

 

「あうあう……ガストさん、ありがとうございます」

 

「……つーわけでだ、アルス。あのお嬢ちゃんはどこだ?」

 

「ああ、オル……ニーアのことか? あいつならまだ寝て――」

 

 寝てるぞ、と言いかけたところで階段からのっそりとした足音が聞こえる。

 振り返ってみると、寝ぼけ眼を擦りながら大きな欠伸をするオルガニアが現れた。

 

「うむむ……アルス、今は何時だ……」

 

(お、おいおいオルガニア。みんなの前だぞ)

 

「……んー」

 

 小声で忠告してやるも、反応なし。ダメだ、完全に寝ぼけている。

 口調を取り繕うこともせずにオルガニアは右へ左へ首を動かし自分のいる場所を仕切りに見渡した。

 

「うふふ……ニーアちゃん、おはようございます。ほら、そんなに擦ったら目に傷ができちゃいますよ?」

 

「んむ……? お前は……あ」

 

 目の前までエミィが近づいた所でようやく気付いたのか、オルガニアは気まずそうに目をそらし、軽く咳払いをした。

 

「お、おはようございますエミィさん……ええと、お見苦しいところを見せちゃいましたね……あはは」

 

「全然、気にしないでください。お顔、洗ってきますか?」

 

「そ、そうします……」

 

 最大の失態だ、と言わんばかりの面持ちのオルガニアはそのまま共用のお手洗いへと姿を消し、エミィはその様子を見て楽しそうに笑っていた。

 

「宴闘は昼過ぎに開催だったな。お前も色々気負うだろうが……余裕持つ程度が丁度いいぜ」

 

 先に外出てるぜ、と言い残したガストは楽しそうに笑いながら宿屋の外へと向かって行ってしまった。

 

「……。よし」

 

 俺は軽く息を吐いてから、気恥ずかしそうに俺を見上げるエミィを見つめ返した。

 

「んじゃあ2日目。楽しもうか」

 

「……はいっ」

 

 ――俺は自分にも言いかけるように、努めて穏やかな声でそう言った。

 

 

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