勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:SK43

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第27章「全てが始まる数分前」

「魔の剣を背負いし者、我が契約者よ。我ら、汝との契りに基づき闇の帳が降りし時まで人たる者達に対する奉仕を行わん」

 

「ああ、頼むぜ。それから重い物運ぶときはなるべく魔法は使わずに複数人でだな――」

 

 近づいてきた精霊の一人とガストが会話をしている。

 精霊の喋る言葉というのは相も変わらず難解だ。というのも彼ら彼女らの話し方というのは一風変わった方言のようなのだ。

 その場で聞いた瞬間に意味を理解するのは相当な難易度と名高い。

 精霊を呼び出す詠唱が精霊達の言葉に似ているのはこういうところから起因しているのだろう。言っちゃあなんだが痛々しいというか寒いというか、ともかく変な言語だ。

 

 どうでもいいけど流石にガストは精霊との会話は慣れているようで、意味の理解が淀みない。

 

「受諾した――汝に王の光を」

 

「ああ、サンキューな」

 

 胸に手を当てて一礼した精霊はふわりと宿屋の一角へと飛んでいく。

 なんだかこれほど精霊が沢山働いていると変わった宿屋として変な噂が付いてしまいそうだ。1日だけ、それも半日だけなら大丈夫ではあるのだろうが、少し心配である。

 もちろん精霊達の働きぶりという意味で。

 

「ま、あいつらなら心配いらねぇよ」

 

「そうなのか?」

 

「頭いいぜ? 俺らなんかよりよっぽどな」

 

「……そうなのか」

 

 決してそんな風には見えない精霊たちを横目で見ながら、俺は顔を洗ってきたオルガニアを出迎える。どうやら出かける準備は整ったようだ。

 

「お待たせしました。出発しましょう!」

 

 完全に外行き用の口調と出で立ちになったオルガニアが跳ねるような声で出発を促す。俺たちは顔を見合わせてその様子を微笑ましく思いながら、先導するオルガニアについていくのだった。

 

「そういやぁよ、昨日はどこ周ったんだ?」

 

「えーと、街の東の地区までかな。西は宴闘の会場があるし、今日周るとしたら色々都合がいいかなって」

 

「なるほどな。したらまぁ、そうすっか? どうする店主さん。東側もちらっと見てくか?」

 

「ええと……その、できればわたしも雪かき氷を食べてみたいなって……」

 

「!! ……ではそうしましょう! アルス! ……にいさん! 私もいいですよね?」

 

 ガストが尋ね、恥ずかしそうにエミィがかき氷をねだってオルガニアがここぞとばかりに反応する。

 

 俺にとっては本当に新鮮な光景だ。奇妙な光景とも言えるだろうか。

 まさかこんなに大人数で祭りを周る事になるなんて、一ヶ月前の自分は考えなかった事だろう。考えたとしてもそれはただの現実逃避か何かだったはずだ。

 

 どうでもいいけどオルガニア。俺も大概だけどお前もちょくちょく演技崩れて俺の呼び方とか間違えてるの気づいてるからな。

 

「……そういえば」

 

 雪かき氷と聞いて思い出したが、今日もモイヤは祭りに来ているのだろうか。

 特に出店に興味があるようでもなかったし、あいつは一体何の用事で王都に来ていたのだろう。祭りの時期に傭兵の仕事なぞはないと思うし、疑問が残る。

 

 疑問といえばミネルヴァさんの出店も健在なのかと気になるが……それは考えないでおこう。多分、健在だろ。目を輝かせて女性客に石ころを売っているに違いない。分かんないけどきっとそう。

 

「それにしても……なんだか少し人が少ないような気がしますね?」

 

 かき氷を求めて歩く途中、エミィの最もな質問が投げかけられる。

 その疑問には「ああ」と相槌を打ったガストがすぐに答えた。

 

「そりゃ今日は宴闘があっからな。早めに行って見所のいい場所を確保する人が多いんだろうよ」

 

「なるほど……ガストさんはお祭りに詳しいんですね!」

 

「伊達に王都にいねぇよ俺は」

 

 素直に喜べばいいのにと俺は内心で笑みをこぼす。

 大人としての威厳を示したいのか、ガストはなんとなくエミィに対して親身かつ沈着だ。実際に大人なのだから当然かと思われるが、エミィの賛辞を当たり前だと軽くあしらうガストからはどこか得意げな空気を感じる。

 

「初日は出店、2日目は宴闘ってな。こりゃギャラリーはいっぱいだぜ勇者サマよ」

 

「変なプレッシャーかけないでくれよ……」

 

 ガストが野性味たっぷりの八重歯を見せて口の端を吊りあげる。

 俺としてはその眩しい表情を見るどころか肩を落とさざるをえない状況だ。

 弱音を吐くことはしないと決めたが、それでも緊張はするのだ。

 

「さぁ着きました。兄さん、お財布をください」

 

「財布ごと持って行こうとするなってか堂々とたかり宣言かお前は」

 

「だって、お財布持たされていないんですもん」

 

 ですもんじゃねぇよ張り倒すぞっつーか財布ごととかかき氷何個買うつもりだよ。

 などとツッコミを入れる前に俺は先手を取る事にした。

 

「ったく……ほら、二つ分。これでエミィとお前の買ってこい」

 

「えっ!? あの、アルスさん。わたし自分の分は出せますので……」

 

「度量の狭い奴だ……」

 

「今なんつった!?」

 

 小さな声でほぼ聞こえななかったが、恐らく態とギリギリ聞こえるように呟かれた罵倒に俺はガーッと怒鳴る。

 相変わらず容赦がないが金はお前の魔力のように無限には存在しないのだ。

 かき氷二人ぶんのお金を持ったオルガニアは戸惑うエミィの手を引いて昨日よりも少しだけ人の少ないかき氷屋の列へと混ざって行った。

 その場に残された俺とガストは近くに備え付けてあったベンチに腰掛ける。

 

「そういえばガスト、一つ相談したいことがあるんだ」

 

「んぁ? どうしたよいきなり」

 

 さて、エミィが並んでいる間に済ませておきたいことが一つある。

 宴闘やミネルヴァさんの弱点など色々と不安はあるが、俺は決して忘れもしない不安材料をどうにかしたかった。

 

「少し前に起こった殺人未遂の事件って知ってるか?」

 

「……あぁ。襲われた奴は貴族の出なんだってな。それがどうしたよ」

 

「その時の犯人が……かなりヤバい奴だったんだ」

 

「……現場にいたのか」

 

 俺の恐怖を孕んだ物言いにガストの目が細くなる。

 ガストは顎に手を当てて、眉間をひそめながら「その話だが」と前置きをしてから語り出した。

 

「混乱を招くからまだ大々的に報じられちゃいないが……そういう事件は今の所あれだけらしい。下手人の足取りは掴めてないんだとよ」

 

「……そう、なのか」

 

 あの分なら至る所で被害を出していそうだったが、そうではなかったのか。

 俺はほっと胸を撫で下ろし、あの男のことを思い出す。

 光の見えない、冷淡な目。それが一番印象に残っていた。

 

 それにしても現場に居合わせなかったにも関わらずガストはその事件を知っているようだ。そういう情報は一体どこから仕入れているというのだろう。

 

「……いやまぁ、俺ぁメディア関連の人間に知り合いがいるんだよ」

 

 と、訝しげな俺の視線を察してか、ガストは少しぼかしたような言い方で付け加えた。

 メディア関連の人間というのは大体王族の関係者が貴族達だ。そんな層に知り合いが居るとは、もしかしなくともガストは結構凄い人なのだろうか。

 

「無駄な詮索はナシだぜ勇者サマ。ほら、嬢ちゃん達帰ってきたぞ」

 

 話が一区切りついたところでガストの言う通りエミィとオルガニアがかき氷を片手に帰ってきた。

 エミィが持っているのは黒蜜がふんだんにかけられたかき氷。そしてオルガニアが持っているのは……例によっていちごミルク。どうやらあのフレーバーがお気に召したようだ。

 

「別の奴を買ってくると思ったんだけどな」

 

「食べたいものを食べるのが一番です。ひょっとして兄さんも何か食べたかったんですか?」

 

 てっきり味を変えて冒険するものかと思ったが予想に反してオルガニアは堅実だった。

 俺とガストはひとまず二人に椅子に座るよう促し、手持ち無沙汰だったので近くの出店で飲み物を買った。

 

「本当に、今日はありがとうございました。……おいひいです」

 

 宿の番を任せてしまったことに対する後ろめたさもあるのだろうが、エミィは黙々とかき氷を頬張る。一口ごとに口元を綻ばせていく辺り、きっとずっと食べたかったのだろう。

 

 それにしても、美少女が並んでかき氷を食べる姿を拝めるとは……なんとも言い難い気持ちになってくる。

 

「そうだ、ニーアちゃん。これも一口食べてみませんか?」

 

「わぁっ、ありがとうございます!」

 

 暫くたったところで、エミィがオルガニアに一口分のかき氷を差し出した。

 それを断るオルガニアではなく、すかさず目を光らせて喜ぶ。

 普段のオルガニアからは想像もできない微笑ましい光景だと半ば感動を覚えてつつ買ったラムネを口に含む。

 

 その直後。

 

「はいっ、どうぞ」

 

「あーん!」

 

「ブフッ!?」

 

 今までとは格の違うキャラ崩壊を目の当たりにし、口の中にあったラムネが虹を描いた。

 

「あ、アルスさんっ!? 大丈夫ですか!?」

 

「おい……いや、兄さん。もの凄いかかったんですが。ラムネが」

 

 いや、ごめんなさい。そんなマジな声で怒らないでください。

 咳き込む俺の背をさすってくれるエミィにまともに受け答えする事も忘れて俺は悶絶した。

 

 少し高めの可愛らしい声から放たれたるは魔法の言葉(パワーワード)。あーん。

 

 オルガニアの見た目程度の幼い少女ならばなるほど、そのセリフは面白おかしく聞こえるが、ことオルガニアが言うとなればそれは意味を違えてくる。例えるなら百獣の王が野に咲く花に向かってあーんしてるような。面白おかしいというかそれはもはやシュールだ。

 

 オルガニアの本性をちょっと知ってるガストもこれには堪らず苦笑い。あーん。

 

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

 

 俺が噴き出したラムネを頭からかぶったオルガニアは拭きながら頬を膨らませて遺憾の意を表する。

 それにしてもこの魔王、ノリノリである。あーん。

 

「いや、ごめんなニーア。うん、不意打ちだったんだ。俺は悪くない」

 

「ベトベトじゃないですか、もう……」

 

「あ、ニーアちゃん。わたしハンカチ濡らしてきます。それで拭きましょう?」

 

「ありがとうございます、エミィさん」

 

 近くに公衆水道はないかとエミィは忙しなく走っていく。

 俺はというと必死にオルガニアから視線を逸らしていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 今オルガニアの顔を見るのはマズイ。ともすればまた吹き出しかねない。

 

「ほ、ほら。早く食べないと溶けるぞー」

 

「……言われずとも分かっている」

 

 完全に拗ねてしまったようだが、オルガニアは仏頂面になりながらもかき氷をもそもそと食べるのを再開した。

 

「ったく、コントやってる場合かよ。アルス、もう後2時間後あたりに始まる。ぼちぼち移動しようぜ」

 

「あ、ああ。うん。そうだな」

 

 ガストの言う通り、そろそろ宴闘の始まる昼過ぎだ。ぼちぼち昼食を済ませ、備えなければならない。

 迫る決戦を意識すれば俺の心は図らずも張り詰め、心臓が早鐘を打ち始めた。

 

「よし……よーし」

 

 気を紛らわすため、わざとらしい深呼吸を繰り返す。

 その不自然さを見かねてか、ガストは吹き出して笑い始めた。

 

「なんとかなんだろ、勇者サマよぉ。ちょっとくらい俺も手ぇ貸してやっから」

 

「え、ほ、本当か? いやでもどうやって……」

 

「ナイショだ。後々分かった方がおもしれぇだろ」

 

 口をいっぱいに吊り上げて野性味たっぷりの笑顔を見せてから、ガストは「先に行ってるぜ」と言い残して宴闘の会場まで去って行ってしまった。

 

 手伝う、とはどうするつもりなのだろうか。基本的に試合に参加する選手への補助行動は禁止されているはずだ。

 

「お待たせいたしました! はい、どうぞニーアちゃん」

 

「ごめんなさい、助かります」

 

 そんな俺とガストの会話の横でエミィがオルガニアの服や顔を拭いてあげている。

 その光景をぼんやりと眺めながら……ガストのやりそうな事がちょっとだけ分かってしまったかもな、なんて思うのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 さて、宴闘の会場は端的に言うと人でごった返していた。まさかここまで盛況しているとは露ほども思っていなかった俺としては正直目から鱗という奴だ。

 

「す、凄いですね……はぐれちゃいそうです」

 

「ガストは先に来てるらしいけど……どこにいるんだろうな」

 

 俺は小さい少女二人と離れないようになるべく気を配りながらも背丈の高いガチムチを探す。

 すると先に向こうの方から発見してくれたようで、ガストの声が響いてきた。

 

「おーい、アルス! こっちだこっち」

 

「分かった!」

 

 すぐさま見つかった事にひとまず安堵しながら、俺は先導してガストの元へとなんとか行き着く。

 広間のようになっているそこは他と比べて少しゆとりがあった。

 

「さぁて、いよいよだな勇者サマ。の前に、嬢ちゃん二人にゃこれを渡しとくぜ」

 

「ええと……これは?」

 

 出会い頭にガストが手渡したのは二枚の紙切れ。

 これは……整理券、だろうか?

 エミィとオルガニアが疑問符を浮かべていると、ガストは宴闘の会場指し示した。

 

「あそこに行くとその券に書かれた番号ごとに案内されるんだが、まぁ言われた通りの場所に座ってりゃあ問題ねぇ。そこそこ良いとこで勇者サマの勇姿を見られるぜ」

 

「そんな、ありがとうございます。でもこれ、どうやって……」

 

 紙の意味を知ったエミィは恐縮したように尋ねる。それは俺も是非聞いてみたいところだ。

 

「まぁ、知り合いのおかげって奴だ。はっ、今回はあいつに随分と借りを作っちまったなぁ」

 

 特に後悔は感じられない冗談めかした声色でガストは肩をすくめた。

 また知り合いか。その知り合いとは一体どこのお偉いさんなのだろうか。

 

「おっと、んなことはどうでもいいな。お嬢ちゃんら、俺らはちょっと準備があるが……二人で大丈夫か?」

 

「はい。迷いはしないはずです……多分」

 

「任せてください。バッチリです」

 

 自信のなさげなエミィとは裏腹に無駄な自信に満ち溢れるオルガニア。頼むから迷子とかは勘弁してくれよと祈りつつも、常に傍にいるわけにもいかない。

 

 ところで今、ガストがさらりと言った準備があるという台詞だが……。

 

「なぁガスト。やっぱり……」

 

「面白そうだからな。ま、他人の試合をよーく観察すると良いぜ?」

 

「はは……こりゃ頭が上がらないな」

 

 どこまでも面白そうに笑うガストに対して、俺は再三お礼を言う。

 気にすんなとガストは言うが、この男はどこまでも親切だ。

 

「それでは……アルスさん。ガストさん。頑張ってください」

 

 俺とガストは二人の少女に見送られ、会場の別口へと向かう。

 

「あ、あの。アルスさん」

 

 俺が背を向けようと後ろを向きかけたところで、エミィが俺の名前を呼んだ。

 

「ん? どうした?」

 

「そ、その……お怪我、しないでください」

 

「…………善処する」

 

 うつむき、消えそうな声で心配してくれるエミィと視線を合わせ、俺は努めて穏やかな声色でそう答えた。

 

「出場する方々はこちらに整列してくださーい!」

 

 沢山の人に悪戦苦闘しながらも声を張り上げ指示を出す女性スタッフに促されるまま、俺とガストも列に加わる。

 

 直に開会式が始まる。この場の何処かにミネルヴァさんが……そして、ローガン団長がいるのだろうか。

 それに、謎の剣士はあの後どこになりを潜めているのか。

 

「……やってやるぞ」

 

 その三人を探す余裕など今の俺には無い。

 

 様々な不安を抱え、俺の一世一代の決闘大会が今――始まろうとしていた。

 

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