勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第29章「かませ犬の決着と……」

 俺の持っている大剣について触れてみよう。

 神器というには力不足であり、しかし普及品というには余りにも強大な力を持っている。

 俺の家の蔵に眠っていたそいつは祖父か祖母……どっちかは忘れたが、形見だったらしい。

 

 握れば誰しもが膨大な魔力を手に入れる――っていうインチキめいた性能を持つのが神器。

 では、高級品であるこの大剣の力はなんなのか。

 

 答えは、使用者が既に持っている魔力を倍にしてくれるという物。

 だから持ったからって使える魔法が増えたりしないし、たかだか倍だから魔法の威力が差して変わるわけでもない。

 唯一の特典としては、魔法の使用回数が増えることくらいだ。

 

 で、剣を捨てた上でなんでそんな事をわざわざ説明してるのかというと――

 

「『紫電伝う空の霞――」

 

「……『消えせしめよ』」

 

「『奔れ、琴線』!」

 

「っ……!」

 

 紫電【フォールボルト】で阻害【バニシュスペル】を釣り、その下位互換である魔法、電撃【ショックライン】を放つ。

 躊躇うことなく頭を狙った雷の速度を捌けるのは身体強化がかかっていたとしても勇者の光だけだろう。

 

「ハッ!」

 

 白い勇者の光がミネルヴァの身体から吹き出て、【ショックライン】を打ち払う。そろそろ反撃に出るだろうと踏んでいた俺は追撃はせずに、一度立ち止まって様子を見ることにした。

 

 その判断はどうやら正しかったようで、ミネルヴァの身体がゆらり、と静かに揺れる。撃剣の構えだ。

 

 俺は全速力で走り、ミネルヴァの懐へ突っ込む。

 

『は、走りました!! これは勝負を決めに行ったか!?』

 

 俺の決断に会場が一気にどよめく。

 もちろん考え無しの突撃ではないことは言わずもがな。

 俺は掌を突き出し、撃剣に合わせて詠唱を始める。

 

「〜〜〜〜」

 

 数秒、世界がスローモーションになったかのような錯覚を覚えたが、かくして雌雄は決する。

 

「っ……ゃぁあああああああ!!!!」

 

 俺が放った魔法と超威力の剣がぶつかり合い、弾け――結果、その爆風が俺を空高く吹き飛ばした。

 

『危ないっ!』

 

 ソナーの口から悲鳴にも似た叫びが放たれる。あいつめ、相変わらず仕事を忘れる上に単純な女だ。そのうち怒られんぞ。

 ただ悲鳴をあげるのもそのはず、俺は先ほどとは比べものにならないほど高く飛ばされているし、このまま頭から落ちでもしたら脳漿をぶちまけて会場に美しい花を咲かせる事だろう。

 

 しかし勘のいい人、というかミネルヴァとソナー以外の人間はもう気づいている。

 何故にソナーにも効いてしまったのかは不明だがこの際それは割とどうでもいい。

 

 さて、ではここらで話を戻すとしようか。

 俺の武器の強みは魔法を使える回数を増やすこと、というのは前述の通り。

 ではその増えた魔力で何をするのかと訊かれれば当然、消費魔力の多い魔法の行使だ。俺の戦術は基本、ある魔法を起点として回っている。

 

 で、その魔法を自然に使うにはある程度相手と交戦する必要があるし、疑われないような状況を作らねばならない。

 魔法使いの大半は所謂十八番という奴があるわけで、俺の場合はそういう面倒臭い魔法だったってわけだ。

 

 俺は今まさに空中をかっとんでいるであろう()()姿()を傍観者の様な目線で送り届けた。

 そしてゆっくりと、ミネルヴァの元に歩み寄る。

 

「まるで時が巻き戻ったかの様な。瞬間移動したかの様な――そのどれも違くて、俺の得意魔法ってのはもっとカッコ悪くて使いにくい魔法なんだよ」

 

 ()()()()()()()()()()大剣を突きつける。

 

「それじゃ問題だぜ。俺の十八番――」

 

 時間が来たと同時に、俺は魔法を解く!

 

「いつ使ったでしょーか?」

 

「ッ――!?」

 

 裏を取る、とはよく言うがこれほど綺麗に決まる事が歴史上にあっただろうか。

 まぁ多分あると思うが、それレベルにはうまくいったと自負している。

 

 俺の十八番は操作【イリュージョン】と言う名の操作系魔法。読んで字のごとく幻視の魔法なわけだが、この魔法にはいくつか問題点がある。

 

 まず騙せる五感が視覚と聴覚のみ。それ以外は残念ながら誤魔化せない。防御に剣を使えば触覚の観点からバレてしまうため、止むを得ず最初に剣を捨てて見せたのだ。重く硬い剣を持ってるのに回避しかしないのも不自然だしな。

 

 そして、使うタイミングと呪文。

 これ見よがしに詠唱してしまえば当然阻害されて終わるし、ミネルヴァは起動後の魔法すら打ち消せる【マジックディスペル】なんてものも使えた。【イリュージョン】に向けてそれが使われてしまっては意味がない。

 そこで俺はまず、精霊にお願いして呪文を変えてもらうことに決めた。自分が考えた呪文を弄られることは相当奴らの琴線に触れるタブーらしく、かなり渋ったがこの試合だけの限定だと突き通した後、【イリュージョン】の呪文は『生きてみせよ』となった。

 

 これにより俺がいつ魔法を使ったかも判明する。言わずもがな【グラビティ】を使った時である。ついでに【グラビティ】の呪文もちょっと弄って、あたかも一つの呪文である様に見せつけたわけだが、こんなに無理を通してしまったのだから精霊には暫くお願いを聞いてもらえなさそうだ。具体的には1年くらい。

 

 仕上げに、これらの戦法を実現させたのはもちろん魔法を繋げて間隔を開けずに起動する技法、連鎖起動(チェインタスク)。ここでも練習の成果が遺憾なく発揮された。

 

「……なるほど」

 

「っとぉ動くなよ。あんたの身体強化の魔法はもう切れてる筈だ。今の撃剣で時間切れ、だろ?」

 

「……ふん」

 

 俺の指摘にミネルヴァは無感情に鼻を鳴らす。

 それも問題なく時間を計算していた。

 ミネルヴァが何か対抗しようとしても俺は制する事ができる。

 

『あ、えーと、こ、これは決まったぁーー!! 怒涛の魔法合戦を制したのは操作魔法で裏をかいた傭兵ガストの勝利! このまま騎士ミネルヴァは成すすべもないのでしょうか!?』

 

 思い出したかの様にというか、慌てて取り繕うかの様に叫んだソナーの声が現状を正しく観客に知らせる。

 大方エコーかスタッフに諭されて我に帰ったのだろう。

 

 そんなソナーの声を呆れ気味に笑いながら、俺はミネルヴァに話しかけた。

 

「早い所降参してくんねーか? 俺もあんま女は殴りたくねぇんだよな、気分的に」

 

「…………」

 

「……ってオイ。なんとか……」

 

 言えよ、と続けようとしたが、目の前の光景に俺は息を飲んだ。

 

 ミネルヴァの懐が青白く光ったのだ。

 一瞬だけ、けれどもはっきりと。

 

 

 俺は全身の血の気が一気に頭から引くのを感じた。

 

「……油断したな」

 

「オイオイ……クソッタレ、そういうことかよ!!」

 

 今更になってミネルヴァがどうやって身体強化をしたのかを理解し、様々な思考を放棄してとにかく距離を取る事に専念する。

 平静を取り繕う事すらもできない。自分の愚直さに嫌気なら差すが。

 

 端的に言えばミネルヴァは再度、強化【フィジカルビルド】を使った。

 詠唱いらずの魔法の正体は間違いなく……。

 

「遅いッ!」

 

 撃剣ではない、強化魔法により跳ね上がった膂力を活用した縮地で距離を一気に詰められる。

 俺は歯を食いしばって衝撃に備えると……ミネルヴァの動きは今度は急激に減速した。慣性の法則もあったものではない動きに流石に反応が遅れる。

 

「『奔れ、琴線』」

 

「げっ!」

 

 身を強張らせ、防御に徹していたのが災いし、俺はまんまとミネルヴァに詠唱を許してしまう。

 放たれた電撃を防ぐ手段はもはや無く――。

 

「ぅぐあ!?」

 

 直撃。

 バチンという嫌な電撃音に続いて全身が大きく痙攣し、視界が明滅を繰り返す。

 怪我とまではいかないがこの隙はあまりにも大きかった。

 

「せいっ!」

 

「おぉっ!?」

 

 そのまま足を払われ、慌てて起き上がろうとするも眼前には既に鋒が突きつけられていた。

 

「……ダメだこりゃ。ギブアップ」

 

「話が早くて助かる」

 

 俺の強化魔法は直に効力を無くす。魔法は詠唱しても意味は無く、ミネルヴァの様な便利道具を持っていなければ逆転不可能だ。

 俺は嘆息し、大人しく白旗を上げた。

 

『しょ、勝負ありーー!! まさかのどんでん返しで、長くに渡った初戦はミネルヴァ=スカーレットが制しました!』

 

 俺の言葉を受けた主審が旗を掲げ、それを見たソナーが宣言する。

 会場のミネルヴァ信者共が一斉に沸いた。

 

「……ケッ。随分コスい真似するじゃねぇかよ。騎士道精神どこ行った」

 

 俺の喉元から剣を引き、立ち去ろうとするミネルヴァに最後の負け惜しみをしてみる。

 するとミネルヴァはこちらに振り向く事もなく、肩越しに語り出した。

 

「人を護る為には、戦いに必ず勝たなければならない」

 

「あ?」

 

「その為ならば、私のプライドなど幾らでも斬って捨てるさ」

 

 それが私の騎士としての覚悟だ、と。最後にそう言い残してミネルヴァは去って行った。

 

「……わっかんねー女。まぁいいか。問題は……やっぱアレの存在だな。……あいつは気づいたかね?」

 

 モニターに映る映像ではしっかりと映らなかったかもしれない。

 どうせならば最後までかませ犬の役目を果たしてやろうと、俺は観客の惜しみない拍手に見送られながら控え室に足を向けるのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……な、何が起きたんだろうねぇー」

 

 ()の隣で一緒に試合を見ていたモイヤはその優しそうな目を見開いて唖然としていた。

 試合はほぼガストの勝利だったはずだ。強化魔法が切れる時間の計算も完璧。地力の差はあれど事前の準備と戦略でガストはミネルヴァを下した――ように見えた。

 

 あの土壇場で起こった出来事はたった一つの道具によって引き起こされていた。

 

「……精霊石、かぁ」

 

「精霊……の石ー? そんなのがあるんだねぇ」

 

 モイヤが間延びしたような声で俺の呟きに首をかしげる。

 まさかとは思っていたが、やはりミネルヴァさんはそれを所持していた。

 ちらりと出店に立ち寄った時にサファイアが置いてあったのを見て一抹の不安を抱いていたのだが案の定。

 

「精霊石は精霊を閉じ込めておくための道具で……ほら、詠唱って精霊を集めるためにする行為だろ? そもそも精霊が詰まってる精霊石を用意すればそれを省略できるんだよ」

 

「あ、そっかぁー……でもそれって、精霊さん窮屈じゃないかなー」

 

 窮屈とはつくづくモイヤらしい表現の仕方だが、しかし言っていることは的を得ている。精霊は自由を束縛されるのが大嫌いなのに違いはない。

 つまり無理やり押し込むことは不可能なわけだが――。

 

「だから、お願いで自主的に精霊石に入って貰える程仲良くなるのは相当キツい筈だけど……やっぱあの人って色々規格外なんだな……」

 

「そうだな。ったく情けねぇ話だぜ」

 

「ぅっわ! びっくりした!?」

 

 背後から急にドスの効いたガストの声がして俺の身体は跳ね上がる。

 どうやら控え室に戻ってきたらしい。

 

「ガスト……怪我は?」

 

「お生憎様、ほぼ無傷だぜ。個人的にはメンタルの方が痛え」

 

 そりゃ勝ったと余裕を見せ、フラグを立ててから思いっきり反撃されて負ければそうなるだろう。俺はなんとなくガストがかわいそうになってきた。

 

「ま、ここまでお膳立てしてやったんだ。なんか分かったんだろーな?」

 

「……なんとか」

 

「なら良いんだよ。まぁ取り敢えずミネルヴァとぶち当たるまで負けんなよ」

 

「……分かってる……うん?」

 

 はた、と俺の思考が停止する。

 そういえば、騎士団の方で対戦表でも弄られるのかなと思っていたが、そんな話は聞いてない。

 もしかしてもしかするとだが――。

 

「……三回までに当たらないと……詰む!」

 

 宴闘の試合はトーナメント制たが次の相手はさっき見た対戦テーブルの発表方法のように公布されない。

 相手によって対策を打ったりするなど公平性を欠く可能性があるとかどうとかいう話は聞いたことがあるが……。

 

 ミネルヴァさんの勝ち星はこれで1。どのみち俺がミネルヴァさんと戦うには何が何でも次の試合に勝たなければなくなった。

 

 オルガニアからもらった魔力は魔法3回分と余りにもな物なのだから、もう不安しかない。

 

「ぐ……俺の日頃の行いがここで生かされるときか……!」

 

「お前そんな真面目に生きて来たのか?」

 

「最初の10年くらいまでなら!」

 

「……短くね?」

 

 ガストは片眉をあげて俺をなじるような目で見てくるが、それは聞かなかったことにしよう。

 多分、物心つかない3年くらいの間はノーカンだと思う。女神様は相変わらずケチくさい。

 

「なんにせよそろそろ次の試合が……お」

 

「……え? あ、俺の番号だ」

 

 俺の後ろにある画面を見てガストが声をあげたので釣られて見てみれば、画面には無機質な文字で8と書かれていた。

 その隣には同様に20という数字が。

 

「俺の後か……ミネルヴァじゃなくて残念だったな。まぁ軽く行ってこいよ」

 

「ぅうわ……腹痛くなって来たな……相手どんな人だろ」

 

「僕だねぇー」

 

 隣でずっと沈黙を保っていたモイヤの声に俺はぎょっとして振り向く。

 モイヤの顔はいつものように笑顔ではあるが、その雰囲気からは確かな闘志を感じられた。

 

「よろしくね、アルス君っ!」

 

「あはは……よ、よろしくなー……」

 

 溢れんばかりの笑顔だがその巨体はやはり威圧感がヤバい。

 気のせいかガストも少し顔を引きつらせているようだ。

 モイヤはそのままニコニコと控室を後にする。

 

「……もしかしたらあいつも何か弄ってたのかもな」

 

「弄るって……俺と当たるように?」

 

「俺がしたみたいにな。内部に関係者がいりゃ難しいことじゃないし、例年必ずあるんだよな」

 

 モイヤは生粋の勇者オタク。

 そこまでするのも頷けるが、モイヤはそういうことをするタイプではないと思うんだよな……うーん。

 

 いや、とにかく今は確証のないことを考えている場合ではない。

 俺は腰に挿してある剣の柄を祈るように逆手で握りしめた。

 

「んじゃ頑張ってこいよ!」

 

「いってッ!! ……行ってくるよ」

 

 ガストに背中を思い切り叩かれ、咳き込みながらも、俺は文字通り背中を押されるような感覚を覚えていた。

 そうして少しだけ勇気を持ったまま、俺は控室を出る。

 

 来たる宴闘の第一戦。

 この戦いは、俺の予想とはちょっと違った形で荒れる事となる。

 

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