勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:SK43

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第30章「それは初めから知っていたかのような」

 

 

『さぁ、お待たせいたしました! どんどん行きましょう!! 次の戦士達はー……こいつらだっ!!』

 

 エコーの目の覚めるような声に誘われ、俺は舞台へと立つ。

 相対するは巨人、モイヤ。

 嬉しさからか顔がニヤついていて、昂ぶる心は震えとなって表れている。

 生粋の勇者オタであるモイヤはどうやら俺と戦うのが楽しみで仕方がないようだ。

 

「アルス君、ひとつだけお願いしてもいいかな?」

 

「え、お願い?」

 

 緊張で歯が鳴るのを押さえ込んでいると、藪から棒にモイヤが申し出てきた。

 なんだろうか。手心を加えてほしいとかなら言っちゃなんだが無理だけども。

 寧ろそれは俺がお願いしたい。モイヤには是非ともデコピンだけで戦ってほしい。それで気分的には五分五分とかだよ。

 

 俺が一応聞く姿勢に入るとモイヤは意を決したように吐き出した。

 

「ぼ、僕が勝ったら! サインちょうだい!」

 

「…………は?」

 

 そしてその申し出は俺の目を点にするくらいには高威力の豆鉄砲だった。

 モイヤは緊張したままの面持ちでなおも語る。

 

「お祭りの時に言った時は流されちゃったからもしかしてそういうの苦手なのかなって……でも僕、やっぱり諦められないんだぁー……! 写真とまでは言わないから、お願いー!」

 

「か、勝ったら、な?」

 

 確かにサインは苦手――というより俺ごときのサインなどと恐縮してしまうのであまり書きたくないのが本音だ。

 しかしモイヤのあまりの必死っぷりと懇願に押されて俺はついつい変な受け答えをしてしまう。

 

 これでは自分が勝つことに絶対の自信を持ってるやつみたいじゃないか。冗談じゃないぞ。

 

「や、やったぁ! 僕頑張るからね!」

 

 子供のように、と例えるのがいいだろうか。それにしてはやたら大きな子供だがモイヤはガッツポーズではしゃぎ始めた。

 

『じゃあエコー、今回もよろしくね』

 

『うん……』

 

 ガストとミネルヴァさんの時と同じように俺たちの素性解説が始まるようだ。エコーがのっそりとした動きでマイクに顔を近づける。

 

『おっきいほうが、傭兵、モイヤ=タン。……全身鎧(フルメタルアーマー)の異名を持つ肉体派、よ。後は……勇者大好き。家にあるサインとグッズはほぼ全ての勇者を、網羅してるとか、してないとか』

 

「さ、流石にまだまだ全員とはいかないよぉー」

 

 エコーの言葉に受け答えるようにモイヤは頬をかきながら恥ずかしそうに呟いた。全員分集めるつもりでいるらしいが、一体何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか……。

 

『……勇者、アルス=フォートカス。彼については……分からない、わ』

 

『へぇー……うぇえ!?』

 

 眠たそうなエコーの声での随分雑な紹介のされ方に俺自身こけそうになったがそれ以上に反応を示したのはソナーと……二人のファンと思わしき一団達だった。その証拠に興奮冷めやらぬ観客席の一部の動揺がはっきり聞こえるほど強い。それほどまでにエコーが分からないというのが珍しいのだろうか。

 

『先の王都襲撃以前の活動記録は無し……そして目撃情報によれば、剣を黒くする魔法を使う、みたい。……私は、知らないわ。……とってもミステリアス……』

 

 うっとりと惚けるようなエコーの言の葉に更に騒めく狂信者達。

 そして案の定一部のどよめきは俺に対する殺意へと変わったようだ。一体何が彼らの琴線に触れたのかは知らないがエコーのミステリアスと言う表現が最高の賛辞の言葉である事は分かった。

 

 無事に宴闘を終えられることを祈りつつ、俺は向けられたマイクに向けて軽く挨拶をする。

 ちらりとエミィとオルガニアのいる方に目を向けると、エミィが手を振ってくれていた。釣られて俺も少し振り返す。

 

 同様にモイヤも軽い自己紹介をして、場の準備はようやく整った。

 

『傭兵モイヤは異国の出だし、未知数ってやつね! あたしも話には聞いてるから楽しみだわ! それじゃ早速第2試合目! 行きましょーう!!』

 

 ソナーが元気よく腕を振り上げ火蓋が切って落とされる。さて、いよいよ後戻りはできなくなったぞ。

 

「ようし……いつでもいいよ、アルス君!」

 

 モイヤは手首と足首を入念に回し、ファイティングポーズを取る。

 攻めてくるつもりはないようだが……。

 

「なんだよ、もしかして先攻譲ってくれるのか?」

 

「もちろんだよぉ!」

 

 モイヤの様子はどこまでも嬉しそうだ。ここまで爛々と目を輝かされると少し照れるものがあるな、と思いながら折角なので初撃をもう少し考えさせてもらう。

 

 エコーが言った通りというか予想通りというべきか、モイヤは肉体派。魔法は使わないと見ていい。ガストのような変なギャップはないだろう。テンプレート通り自分の身長というアドバンテージを活かした戦い方をしてくるに違いない。

 

 ではそれを踏まえて俺はどの魔法を選択するべきだろうか。

 

 極光の魔法は却下だ。あれは目くらまししてる隙に相手を場外まで引きずるとかそういう戦略に使えるだろうが、身長差がありすぎる為不能。よしんば時間を稼いだとしても俺の頼みの綱、封印【ゼロ・フォース】もモイヤには意味がない。

 

 烈破の魔法はどうだろうか。オルガニアが言うには小爆発を引き起こすらしいが、それだけでは決定打にはならない気がする。詠唱後数秒の間に触れなければ起動しないのと爆発の規模が分からない不安定さから使うのが躊躇われる。

 

 よって消去法により、使うのは冷皮の魔法に可決された。

 これもどう役に立つか分からないが、オルガニアが言うには周りの気温も少し下がるから相手の動きを鈍らせるらしい。

 

「……よし」

 

 俺は深呼吸をして詠唱に備える。

 

「……ゲッホ!」

 

 そして勢いよくむせた。

 

『あっと、勇者アルス体調不良でしょうか!?』

 

 違います。

 と、心の中でエコーの言葉を否定してから俺は気を取り直して再度口を開く。

 

「――冷皮の魔法」

 

 エコーが俺の魔法を不思議と言っていたのは、呪文の事でもあるのだろうが呪文の改変は可能だからその限りではない。

 

 オルガニアの魔法が不思議だと言われる所以は恐らく、精霊を集める必要がないということ。魔法というのは精霊を操ることと同義なのがこの世界の常識であるはずなのに、だ。

 

 オルガニアの魔法は自身の中にある魔力が世界に直接影響を与える。だから俺の力でどこまでやれるかが心配だが、とにかく信じて唱えるしかない。

 

「湧き立つ血肉は、銀の冷気を身に纏う――!」

 

 詠唱が終了した後、聞き覚えのある空気の破裂音が響いた。

 次第に俺の身体の周りに現れた銀の霧がベールのように漂い始める。

 

 俺の吐く息は白く、肌や服には次々と霜が浮き始めていた。

 ――冷たい。けれども、何故か寒くない。

 身体の気温がどんどん下がるのを感じつつも、俺の心は先ほどの緊張が嘘のように穏やかだった。

 

 まるでこのまま、時でも止まってしまうかのような……。

 

『さっっっっっむーーーーーいぃ!!!!!』

 

 聖者のような静かな心は、しかしエコーの大声量に吹き飛ばされたことにより俺の意識はようやく現実世界に浮上してくる。

 慌ててあたりを見渡すと――殆どの人が身体を縮こまらせて震えていた。

 ……え? ちょっと待て、こんな魔法ではない、はずだ。

 雪こそないから視覚的な寒さはないものの、ただしんしんと染み渡る冷気は確かに会場の気温を一気に下げている。

 

『ちょっと、さむっ!! 途轍もない速度で会場の気温が下がっております! エコーだいじょう……あっ、1人だけ毛布ズルい! あたしにも貸してぇ!』

 

 いつの間にか毛布に包まっていたエコーに飛びつくソナーの声が今の状況を如実に表しているだろう。寒く、冷たく、痛い。決闘場と観客席の間には障壁魔法が張ってあるはずなのだがそれすらも貫通して冷気を伝えているというのか?

 

 これほどまでの冷気、モイヤは大丈夫だろうか。

 

「わぁ……凄いなぁ」

 

 しかし身体がまともに動かなくなってもいいはずなのに、はーっと手に白い息を吐きかけ、モイヤはただ感嘆しているだけだった。

 一体どういう身体の構造してるんだ。

 

「勇者様って、こんな事もできるんだねぇ」

 

「……そう、だな」

 

 モイヤが驚くのは当然のことだが、はて。

 俺の中には一抹の疑問があった。

 

 ――どうして俺は、そんなに驚いていないんだ?

 

 いつもの俺ならば、この突拍子も無い光景に目を見開き、大袈裟に騒ぐはずだ。話が違うとでも怒鳴っただろうか。

 ともかく何かしら物言いする事は賭けてもいい。

 

 身体に染み渡る冷気に乗って、何か別の物が流れてくる感覚。

 そう、まるでこうなる事は知っていたかのような……。

 

「……?」

 

 そして、違和感。

 俺はこうなることを……知っている?

 

 知っている。俺はこの力を、この光景を。

 知っている。見たことがないはずなのに、感じたことがないはずなのに――。

 

 俺は、頭の中で次々と流れる記憶のままに腰に挿してあった剣を鞘ごと引き抜いた。

 ゆっくりと、ゆっくりと天へ剣を掲げる。

 

「……アルス君?」

 

 モイヤはそれを止めるでもなくただ見守っていた。初撃を譲ると言っていたが、それとは別に俺の様子を訝しんでいるのだろう。

 

 知っている。この後何が起こるのかも。

 

 生まれた時から扱えたかのように。息をするかのように、本能で使い方を習得する。

 

 

 そして俺はまるで熱にでも浮かされたような感覚に陥りながらも――心の中で、唱えた。

 

 『固まれ』、と。

 

「っわ……!」

 

『な、なな、剣の周りに……冷気が集って行ってます!? あれは一体……何をしているんでしょうか!?」

 

 空に向けて掲げられた剣はかくして、おびただしいほどの冷気に包まれ始めた。

 包み込む冷気達は何かの形を模し始め……やがて音を立てて凝結を始める。

 気体が固体になるにつれ剣は重量を増し、いよいよ片手では持てなくなってしまった。

 

 どうしてオルガニアから貰った魔法でこうなるのかは分からないが、ただ一つだけ分かる事がある。

 

 それは喜びの感情。

 俺は今まで一度だって実感しなかった感覚を苦節十数年の末に手に取ったのだ。

 

 そう、これこそが正しく――

 

「これが、これが勇者の力の感覚だ!!」

 

 かくして完全に姿を現した新たな剣を両手でしっかりと握り、俺は歓喜の声を上げた。

 やった、ついに俺はやったのだ! 理屈こそ分からないが、勇者の力とは生まれた時から知っているかのように使えると言われている。

 今の感覚こそが俺の中の力であるに違いない!

 

 溢れ出た冷気は全て剣に集まり凝結したようで、徐々に場内の気温は元に戻り始めている。

 それでもまだ寒いのだろうが、俺の身体は興奮で完全に高ぶっていた。

 

『け、剣が……剣が! 辺りの冷気を纏ったかのように――ええと! とにかく何が起こったのか分からないけど! 勇者アルスの片手剣が、氷の太刀に変化したーー!!!』

 

 俺の構える剣は、柄こそ元の姿を僅かに覗かせてはいるものの刃も含めて殆どが氷に埋もれてしまっている。

 代わりに剣に張り付く巨大な氷が新たなる剣としての形を成しているわけだ。

 

 その様はソナーの言う通りの、太刀。

 身の丈以上の刀身は荒削りで無骨だが、猛々しい威圧感を放ち、両手で持ちやすいように柄が氷によって長くなっている。

 宴闘仕様なのか、刃はなだらかで切れはしないようだ。

 

 俺の気分を高揚させるのにこれ以上の演出はいらない。俺の長年の夢が、悲願が、原因も能力も不明だが殆ど達成されてしまったのだ。

 

「……行くぞ、モイヤ!」

 

「うんっ!! いつでもいいよ!!」

 

 再度構えを取るモイヤに俺は……接近せずに太刀を振りかぶる。

 重たいが、心地いい重さだ。

 

「……!」

 

 なにかが来る、と予測したモイヤは受けの姿勢から一転、腰を落として回避する事にシフトしたようだ。その判断は恐らく正しい。

 

「どっ……りゃあああああおらぁあああああ!!!!」

 

 なにが起こるのかも分かっているまま、ただ気合の掛け声で自身の背中を押して太刀を振り下ろす!

 

「ッ――!!」

 

 爆ぜるようにモイヤが地面を蹴り、衝撃で石がえぐれる。

 その抉れた石の破片が凍りつくのは、刹那の出来事だった。

 

「あ……っぶなかったぁー!」

 

『地を這う氷の波が傭兵モイヤを襲うーー!! しかしそれを回避! 良く見ました!』

 

『……ソナーちゃん、なんか今回、騒がしい、のね』

 

『さっきの試合見入り過ぎちゃって怒られたからね!』

 

 地を這う氷の波はミネルヴァさんの撃剣の速度には遠く及ばないものの範囲がかなり広い。……にも関わらず回避できたのはひとえにモイヤの跳躍力が並外れていたからだろう。一歩で5メートル近くは飛んでる。

 

「……それ、なら……!」

 

 俺は今度は太刀を横向きに構える。

 モイヤに攻撃をさせる隙は与えない事が唯一の活路だ。

 

「……そ、りゃあ!!」

 

 太刀の重さに身体が振り回されそうにもなるが、なんとか堪えての横薙ぎ。

 その軌跡に従って今度は氷が半円を描きながら宙に奔りだした。

 丸太ばりの分厚さを持った幅広の氷塊がモイヤへと迫る。

 

 が。

 

「……剛拳――中段。腰を落として……手は、鉄びしっ!!」

 

 素早くフォームを確認しながら繰り出されるモイヤの中段付きが氷塊とぶつかり合う!

 

 氷と拳は激しく火花を……いや、氷の破片を散らし、鍔迫り合う。

 普通なら人間の手が氷を打ち破るだろうが、氷塊の密度はそう簡単に壊れる程脆くはない。

 大丈夫……のはずだ。

 

「……よぉいしょっと!!」

 

 片手では不可能と判断したモイヤはなんと、もう片方の手でも氷塊をぶっ叩いた。

 その結果――迫っていた氷が無残に砕け散る。

 

「うっそだろお前!?」

 

『砕いたぁー!! これぞ全身鎧(フルメタルアーマー)! その拳は鋼鉄の如し!!』

 

 青白い結晶が宙に舞う様はさながら幻想的であっただろうが、それに囲まれて拳を振り抜くモイヤの方が俺には殊更幻想のように見えた。

 

巨人(ジャイアント)の身体って生まれつき岩みたいに硬いんだけど、僕ってそれがもっと硬いみたいなんだぁ。硬く、そして人のしなやかさを兼ね備える古武術、『剛柔拳脚』っていうんだよー」

 

 ギラリと闘志で漲る目を光らせ、モイヤはまたしても地面を抉り、俺との距離を一気に詰める。

 

 まずい、俺の武器の形状から接近戦は滅茶苦茶弱い……!

 なんとか距離を取ろうとしてもモイヤの速度相手では間に合わない。

 

「っ……!!」

 

 ぶん殴られて死ぬ――と来たる衝撃に備えて歯を食いしばっていると、身体が宙に浮く感覚を感じた。

 

「え? ――どぉうわあああああ!!!」

 

 もしやこれはと、目を開けて周囲を確認すると地面が遠い。俺は空に投げられたのか!

 

 なるほど、場外で試合を終えようというわけだ。モイヤらしい勝ち方といえばそれ止まりだが……九死に一生であった。

 

「よし……そりゃ!」

 

 再び太刀を袈裟掛けに振るい、氷の波を生み出す。

 弧を描いたような氷の波は場外の空中からリング内へと流れるようなコースターを作り、俺はそこに足をつけた。

 

「ん、ぁ、すべっ……!」

 

 そのままスケートのようにスムーズに滑ろうとしたところ、予想以上に難易度が高く敢えなく俺は転倒。よって転がり落ちるように顔面からリングに舞い戻る結果になった。

 バランス感覚もクソもない運動不足の体には無理があった。

 

「ぃっ……いってぇ……」

 

「ええとぉ、大丈夫ー?」

 

「も、モーマンタイ……」

 

 慌てて態勢を整えて、顔をブルブルと左右に振って無理やり気を引き締め直した。

 モイヤは追撃にこないし、恐らく俺の力をどこまでも見てみたいんだろう。全く舐められたものだ。

 

 だが気にしない。舐めプされようが心配されようが同情されようが最後に勝った方が勝者。俺は何が何でもこの試合に勝つ。勝たなければならない!

 

「冷皮の魔法は冷気を噴出させる魔法じゃない。冷気を皮みたいに纏わせる魔法だ。その力がもっと強く、広くなっているのなら――」

 

 俺は足元に太刀の鋒をこすりつけ、正円を描いた。描かれた線は冷気を放ち、怪しくゆらめている。

 

 そして太刀を振り上げ、もう一度氷の波をモイヤに向けて撃ち込んだ。

 

「そ、らッ!!」

 

「すぅ……剛拳、中段!!」

 

 やはりそれは砕かれる。モイヤは攻撃を防いでから同じように俺に接近してきた。

 

「ちょっと跳んで、上げる! 剛脚――」

 

 しかし俺の直前でモイヤは跳躍し、驚くほど柔軟な身体で足を大きく振り上げる。ゴリゴリの筋肉つけてるくせに、こんにゃくみたいに曲げてくるな。

 

 俺は一歩だけ後ろに下がる。

 

「――踵落としッ!!!」

 

「固まれぇッ!」

 

 モイヤのしなる鞭……いや、しなる丸太のような足が振り下ろされる刹那、俺の号令を受けて円は想像通りの働きをした。

 

 円を軸として霧散した冷気が急速に集合、結晶化を始める。

 空気中の水分を一気に凍結させ――高密度の氷の柱を作り出す!

 作り上げられた氷柱は見事にモイヤの足を捕らえた。

 

「わっ! ……っと!?」

 

 突然の出来事にバランスを崩したモイヤはそのまま転倒する。モイヤの攻撃がミネルヴァと同じように、モーションが大切なものなのだとしたら……。

 

「ととと、とぉ!?」

 

 途中でそれを崩されれば、リズムが乱れてコケる!

 

「くら……えぇ!!」

 

 再三、剣を振り下ろして最後の仕上げを行う。

 氷を這わせ、今度こそ態勢を崩したモイヤに氷塊がまとわりつき、首から下をすっぽり覆って縛った。

 

「んぐぐ……!!」

 

「わ、割れるなよ。お願いだからもう割れるなよ……!」

 

 モイヤが氷の牢の中で力むのを祈るように見ること数秒。

 

 しかし、俺の祈りも虚しく氷はピシリと音を立てて綻びを生じ始めた。

 割れた欠けらが床を叩き、その音が聞こえるたびに俺の血の気が引いていく。

 

 更に重ねるように氷を作るか――とも思ったが、ダメだ。気づけば俺の太刀は随分と細く、短くなっている。

 冷皮の魔法で生み出せる全ての冷気はこの剣に集まっていた。

 残っている冷気で氷を作ったって焼け石に水だ。

 どれだけ分厚くしようとも流石に氷くらいではモイヤの馬鹿力を止めることはできないか……!?

 

「ん〜〜〜〜……ダメだぁ、抜けないっ! ……参りましたぁ……」

 

 ……と、半分諦めかけていたところで、信じられない事にモイヤは諦めたかのように脱力して首を横に振った。

 

「え……か……った?」

 

 あまりにも呆気なくついた勝負に主審も一瞬判断が遅れ、一歩遅れて旗が上がる。

 それを持ってして俺の勝ちは確定した。

 

『こ、降参!! 勝負ありッ! ド派手な交戦を制したのは勇者アルス!! 肝を抜かすような氷の力で傭兵モイヤを捕えましたーー!!!』

 

 ソナーの宣言が会場に響き、拍手が巻き起こる。

 俺はモイヤを氷の呪縛から解いてからすぐに問いかけた。

 

「モイヤ、どうして……。あとちょっとやってれば割れただろ?」

 

「あはは、そうかもしれないけどぉ……でも捕まっちゃった時点で僕の負けだよー」

 

「そんな事……」

 

 モイヤは俺のサインを本気で欲しがっていたようだった。俺を思いやってくれてはくれても手は抜かないと思ったのだが……。

 

「それを言うならさ、どうして僕を捕まえた時にとどめを刺しに来なかったのさってなっちゃうよー」

 

「……え」

 

「捕まえて、それから剣でタコ殴りにだってできたよー。僕の体は硬いけど、喉元に剣を添えるとか、そうでなくても一撃入れるとか、ね」

 

「それは……」

 

 考えつきもしなかった。というのが本音だ。

 そうだ、今思えばなんで俺はモイヤを固めた後、棒立ちだったのだろう。

 捕まえておしまいなんて事はなく、祈る前にやれることなんて、いくらでもあったはずなのに。

 

「僕、分かったんだぁー。アルス君は、傷つけるのが凄く嫌いなんだね」

 

「モイ……」

 

「やっぱり勇者様なんだな……って。だからあれは僕の負けって事にしておいて欲しいなぁ」

 

「……分かった、そう言うなら」

 

 俺はモイヤにこれ以上は何も言わずに黙って首を縦に振った。あのまま続けていたら負けていたのは俺だし、俺は何か言える立場にない。何か釈然としないものがあるが、それは頭の隅に蹴飛ばしておく事にした。

 

「……モイヤ!」

 

「あ……なぁにー?」

 

「あ、あとで、サイン……書くよ。俺ので、良ければ」

 

 でもあれは、俺が実践慣れしていなかったからだ。俺の頭が馬鹿だったからという意味でもある。追撃の思考に至らなかったんだ。

 

 だからせめてものお礼に。

 俺は明らかにしょんぼりと肩を落とすモイヤの背中に声をかけ、そう告げた。自分のサインをあげるなんて言うのは恥ずかしいが、今はそれすらも頭の隅へと追いやろう。

 

「えっ!! 本当!? やったぁありがとう!! じゃあじゃあ、すぐに行くから、また後でー!」

 

「お、おう。またなー……」

 

 瞬間でいつもの調子に戻ったモイヤは最初に会った時……いや、それ以上に明るく、朗らかな日光のような笑顔で控室まで突っ走っていった。

 

 ……俺も戻る事にしよう。疲れた身体を一刻も早く休めたいのと、人生初の他人へと送るサインを書きに。

 

 

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