勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:SK43

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第31章「転機の予告」

 

 モイヤ=タンへ。アルス。

 稚拙ながらもなるべくはっきりと俺は色紙に宛名と名を記す。

 人生で初となるサインの贈呈に俺自身も興奮とは違った感情を抱かざるを得なかった。

 一方でモイヤは爛々と目を輝かせて俺からサイン色紙を受け取る。

 

「あ……ありがとうー! 僕、これずぅっと大事にするね!」

 

「は、はは……喜んでくれて何よりだよ」

 

 感極まれりといった様子のモイヤは俺の名前が書かれた色紙を砕けきった表情で見つめている。

 ここまで喜んでくれるのなら、俺も釣られて和やかな面持ちになってしまう。

 

 さて、俺とモイヤの試合が終わり、今は別の人の試合が執り行われているところだろう。

 この後何試合か続いた後、1時間の昼休憩となる。2回戦はその後だ。

 

「はぁー……」

 

「どうしたよ? んな気ぃ抜けたような声出してよ」

 

「……いやさ、結局俺の勇者の力って、なんだったんだろうって」

 

「ああ……アレか」

 

 俺の試合はガストも見ていてくれたようで、俺が嘆息している理由をすぐに察してくれた。

 俺が使ったのはオルガニアの魔法であって、俺の魔法じゃない。だというのに何故あれほどまでの力を発揮し、あまつさえ操り方を熟知していたのか。

 いざ興奮が冷めてくれば疑問に浮かぶことなどいくらでも湧いて出た。

 やはりこの事は一度オルガニアに相談するべきだろうか。

 

「勇者の力は女神セイクリアにまつわる光の力……ってのが通例だったが、おめぇのはありゃどう考えても光要素はねぇな」

 

 ガストの指摘に俺は黙って首肯する。

 そうだ。オルガニアの魔力という点を考えればある意味闇の力とも言えるほどだ。間違ってもあれを勇者の力とは呼べないが、あの感覚は確かにそうだと俺の頭が告げている……が、自信が伴わない。

 

「うーん、休憩時間が待ち遠しいな」

 

 宴闘中オルガニアと会えるタイミングはそこだけだ。俺はすでに始まっている他の人の試合を観察しながら、今か今かとその時を待つのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 あれから試合が2本終わった。

 両試合ともやたらに長引いてしまったようで、指定の試合数を終わらせることなくソナーのアナウンスが流れる。

 

『ただいまより、1時間の休憩となりまーす。みんな、ちゃんと5分前には自分の席に戻っといてねー! ……っあー、疲れた!!』

 

『ソナーちゃん、マイク、切らないと……』

 

 あの二人も喋り通しで大変だな。エコーの方は試合中殆ど喋らないけども。

 

 さて、そんなアナウンスもほどほどに聞き流しながら俺は素早く立ち上がり、控室を後にしようとした。

 そんな俺の背中にガストの声がかかる。

 

「おう、アルス。外行くなら俺も行くぜ」

 

「あ、うん。了解。モイヤは?」

 

「えへへ……あ、僕? 僕はまだしばらくここにいるよぉー」

 

 未だに俺からのサインを夢見心地な面持ちで眺めていたモイヤは置いといて、俺とガストは一路、会場の外を目指した。

 

「にしても……どうやって合流したもんかな。アイツらここまで来んのかよ、ったく」

 

 外に出たところで人の多さにガストは悪態を吐いた。実際その気持ちが分かってしまう程の混雑具合で、この国における宴闘の人気が伺える。……みんな刺激というか、娯楽がないのだろうか。

 

 オルガニアはどうだろう。あいつは体が小さいからこの人混みだと潰されてしまう気がする。

 

「……潰されようものならこの会場が潰されかねないな。エミィと一緒に居てくれてるから大丈夫……だよな」

 

 いや、待てよ。実際エミィも潰されそうだ。

 

「…………」

 

 俺の中で途方も無い不安感が焦燥となって湧き上がってくる。

 ついには居ても立っても居られなくなり、慌てて駆け出そうとするが――。

 

「……ちょ、ちょっと俺探しに行ってくるぁぁあああっっっつぁーーーーーーーー!!!!!」

 

 焦げるような身体の熱に俺は膝から崩れ落ちた。

 

「うおっ!? おいどうしたアルス!」

 

「ああ、いたいた。……ではない。アルス兄さん、大丈夫ですか?」

 

「無茶、すな……」

 

 心配してるフリして冷ややかな目でこちらを見やるオルガニアを俺は精一杯怨念を込めて睨みつけた。

 やりやがったな、と。

 

「げっほっ……だい、だいじょうぶ。ありがとうなガスト」

 

 ふらつきながらも立ち上がる俺に肩を貸してくれるガストに礼を言う。こういう良心を頼むから少しくらい見習ってくれないだろうか。お願いだから見習え。

 

「ん……? ところでオ……ニーア。エミィはどこにいるんだ?」

 

「まぁまぁ兄さん、取り敢えずちょっとこっちに来てくだ……さいっ!」

 

「は!? おい、ちょっと……わ、悪いガスト! また後で!!」

 

 予想外なほど強い力で強引に腕を引っ張られ、半ばさらわれるように人混みを掻き分けるオルガニア。

 ガストにまともに言葉を伝えることもできないまま、俺は人気のほぼない場所まで連れてこられた。

 

 俺の手を離してから開口一番。祭りの陽気から漏れた薄暗い道の壁に寄りかかりながら、オルガニアが問う。

 

「さ、て。アルス。説明してもらおう。あれはなんだ」

 

「説明って……お前の魔法使った時のか? そんなん、俺が聞きたいって!」

 

 結局あれは俺の勇者の力だったのか。聞きたいのはそこであり、期待しているのもそこだけだ。

 けれどもオルガニアは首を横に振るだけで――俺の期待する答えをしてはくれなかった。

 

「冷皮の魔法は、少なくともあれほど強大な魔法にはなり得ない。お前の力も残念ながら未知数だ」

 

「でも、あの時確かに……」

 

「ああ。お前は迷いなく冷皮の魔法を手繰ってみせた。……あれがお前の力である事は間違いないだろうが――得体の知れない力はいずれ身を滅ぼす」

 

 ピシャリ、と。

 静かに力を込めたオルガニアの忠告に俺はそれ以上言葉が出なかった。

 

「我がお前の力を見定めるまで、お前は不用意に戦闘するな。いいな」

 

「それは……願ったり、だけど」

 

「話はそれだけだ。今回の宴闘も……危険ならば我が会場を壊してでも止める」

 

「おまっ!? それは勘弁しろよ!?」

 

 俺が抗議をしてもオルガニアはやると言った時はやる。現に俺の懇願にオルガニアは無反応だ。それほど深刻な話なのかは分からないが……まだ使い方が分かるのならセーブの仕方も分かるはずだ。

 俺はなんとかなることを信じて、口をつぐむ。

 

「話は終わりだ。いけ」

 

「……分かったよ」

 

 先に戻れ、という意味なのだろう。素っ気なく背を向けるオルガニアをしばらく見つめた俺は、何かを言えるわけでもなく、ただその場を去ることしかできなかった。

 

「……もし」

 

 去り際に、かすかにオルガニアの声が聞こえた。

 

「もしも、我の魔力を操る力でなく――()()()()()()()()()だとしたら――」

 

 オルガニアは、肩越しに不安そうな背中を向ける俺を見た。

 

「アルス。お前は――なんと不憫な星の元に生まれてきてしまったのだろうな」

 

 けれどもその言葉は、俺に届ききる事はなかった。

 

「あ……そういえば、エミィはどうしたんだろう」

 

 取り敢えず、ガストが待つであろう人混みまで戻ってきたあたりで俺はぼんやりとそんな事を考えた。

 オルガニアと一緒にいたはずだが……一体今はどこにいるのだろうか。

 

 そう考えつつも、オルガニアの怒りとも、同情とも言えない曖昧な表情が頭から離れない。

 

「つーか、あいつエミィの事置いてったってことか? どんだけ焦ってたんだよ……」

 

 祭りの時とはまた別のベクトルでオルガニアの様子がおかしい。

 エミィのことも心配だが、俺はひとまずガストの元へと戻った。

 

「……あれ?」

 

 完全に意識は上の空だったが、しかしある程度進んだところで、やたらと人だかりが出来ていることに気づく。

 さっきから前に進めているようで全然進めてないのがその証拠だ。

 

「な、なん……だ?」

 

 人混みをかき分け、なんとかその渦中をのぞいてみると……。

 

「もーーガスト! だから言ったんじゃん無茶だって! あれ凄く危なかったんだよ!?」

 

「だぁああ、分かった、分かった話聞くからちょっとお前は……場所ってもんをだな……!」

 

「……手遅れ、ね」

 

 そこに見えたのは、がなり立てる少女と、辺りを見渡しながら何かを探す少女。そして……騒ぐ方をなんとか宥めるガストの姿だった。

 

「えーと、ガスト? 何やってんの?」

 

「アルスか! お前も間の悪い時にくんじゃねぇ!」

 

「え、ぇえええ!?」

 

 完全に蚊帳の外だったのにいざ中に入ろうとすると滅茶苦茶怒られた。

 というより、ガストの近くにいる二人、あのラジオパーソナリティとやらじゃなかったっけ?

 

「ぁ……っ」

 

「へ?」

 

 そんな中、静かな方の少女……エコーと目が合う。

 エコーは目の色を変えたかと思うと、ソナーとガストの手を取った。

 

「……ソナーちゃん、こっち。ガストも」

 

「あ? ああ、おう。おいソナー! 行くぞ!」

 

「……貴方も、こっちに来て」

 

「お、俺も!?」

 

 この場に取り残される事が一番厄介なことだと踏んだ俺は素早くエコーの後ろをついて行くことに決め、逃げるように走り出す。

 出来ればエミィを見つけてあげたかったが……それはまだ無理そうだ。

 

「ちょっ……人すんごい来るんだけど!? どんだけ人気!?」

 

「やだもー! そんな人気だなんて!」

 

「褒めてねぇよ馬鹿! エコー!」

 

「……『黒鉄の門。波打つ音は悠久の時を経て尚硬く閉ざれん』」

 

 ガストがソナーの頭に手刀を叩き込み、指示を受けたエコーは涼しそうな顔のまま詠唱を行なった。

 

 エコーの魔法が起動し、俺たちの周囲はドーム状の結界に守られる。攻撃を防ぐような分厚い壁ではない。これは――防音のための魔法。まさか、と俺は声を上げるが、エコーの詠唱はまだ終わらなかった。

 

「『命ず。宵闇の暗殺者よ、風に溶け込み、地に埋まれ』」

 

 そして、継いで起動する魔法でドーム型の壁は暗幕によって完全に包み込まれる。

 

「っし。取り敢えずこれでめんどくせぇ奴らは追ってこねぇだろ」

 

「防壁【ミュート】と操作【ブラックカーテン】って……どっちも上級魔法じゃないか……凄い」

 

「……ありがとう」

 

「うぉあ!?」

 

 魔法に気を取られている間に数センチまで距離を詰められていて俺はたまらず声を上げて飛び退いた。

 魔法を使ったのはこの人形のような少女、エコー。いつものように無表情で……しかし明らかに熱のこもった目を俺に向けている。

 

「……私は、エコー。貴方の事を、教えて欲しいの……」

 

 後ずさってもにじり寄って来る。なんだこの子は。俺が今まであった事のないタイプの人種だ。

 

「えっと……お誕生日、とか」

 

「そして聞くのは個人情報なのか……?」

 

 下から覗き込まれるような目線に俺はしばし意識を奪われる。

 その目は例えるならば黒真珠。どこか濁っていて、でも思わず手にとってしまいそうなほどに美しい。

 

「あぁ……貴方の事が何もわからないわ……いつ産まれてきたのかも、どうやって育ったのかも……とっても素敵な事……」

 

「え、えぇっと……」

 

「ほぉら、そのくらいにしときなよエコー。アルス君困ってるわよ?」

 

「んきゅ」

 

 熱に浮かされたようなエコーにどう対応していいか困り果てていたところで、迫る首根っこをソナーが掴んで強引に引き剥がした。

 その軽々しさは人形というよりぬいぐるみに近いかもしれない。

 

「ごめんねー、エコーは自分が興味持てる事が大好きなの」

 

「……ソナーちゃん、くるしい」

 

 なじるような視線で抗議するエコーにソナーは平謝りしながら手を離す。

 

「んなことより、お前らどうしてあんな人目のつくとこに来たんだよ?」

 

「やだなぁ、ガストが心配だったからに決まってるじゃなーい! っていうのと……エコーがね」

 

 この人、終始おどけた調子でどうにも言葉の真偽が分からない。

 そしてソナーに名を呼ばれ、ようやく落ち着いた様子のエコーがおずおずと前に進み出た。

 

「……ガスト、この子達と知り合いなんだな」

 

「んぁ? ああ、まぁな……んで、エコーがどうかしたのか?」

 

 歯切れは悪いがガストは俺の問いに首肯して、なるべく早くに話題を変える。なるほど、今回ガストの対戦テーブルを変えた内通者はこの2人だったのか。

 

「エコーの用事はアルス君にだけよ。ガストは別件」

 

「は? なんだよ全く……」

 

「え、あ。ちょっとー――」

 

 結局俺はエコーと二人かよ……。と、げんなりする間もなく、先程よりもいくらかしおらしくやったエコーが俺を見上げる。

 

「えっと……その、びっくりさせてごめんなさい」

 

「ああ、いやいや。気にしないでよ。誕生日くらいなら教えるしさ……」

 

 この子は、ちょっと情緒が不安定なのかもしれない、なんて思いながら、ガストとソナーは何を話しているのかが気になった。

 俺はエコーと緩やかなペースで会話しつつ、2人の会話に聞き耳をたてる。

 

「……間違いねぇんだな?」

 

「ええ。既に――通してあるんだけど……」

 

 ……ある程度距離が離れているせいで、聴こえにくい。

 

「これ、――てもいいか?」

 

「――けど、私達が――してよね」

 

 などと暫く聴いてみても話の顛末が分からなかったが……ガストがこちらに歩いて来ていた。もしや盗み聞きがバレたか……と思ったが違うようで。

 

「おいアルス。宴闘に襲撃予告が出てやがる」

 

「何話してたのって……は?」

 

 そう告げるガストの声色は聞いたことがないくらいに深刻なものだった。

 

 しん――と、結界の中が静まり返る。

 半笑いの俺の表情は凍りつき、すぐに無表情になった。

 

「い、いや……嘘だろ? だって、活動期は終わって……今は魔物の力が落ちてるはず……」

 

「理由は知らねぇが、最近のお偉いさんをピンポイントで狙った通り魔事件の事もあるし、無下にはできねぇ。……宴闘はギャラリーやゲストにその手の人間が多く集まるからな」

 

「え、えぇ……」

 

 突然の転機に頭を殴られたような錯覚を覚え、俺の頭はしばし固まる。

 あまりにも唐突過ぎる――いや、その前兆は既に合って、俺が目を背けていた、のか。

 

「宴闘の運営側にその襲撃予告状が来て……一応、騎士団には話を通してあるわ。ただ、どうなるか……」

 

「ミネルヴァさんもこの事を知ってるのか……」

 

 ガストの説明をソナーが受け継ぎ、俺は顎に手を当てて考える。

 ともすれば、試験だなんだと言っていられないんじゃないだろうか。

 

「……騒ぎになるから、伝えられない」

 

「そ、そうなのか?」

 

 ゆっくり近づいて来たエコーが付け足してくれる。これだけの人数が一同に動けば、そりゃ混乱もするということなのだろう。

 

「取り敢えず騎士団がいるなら少しは安心だ……が、お前は嬢ちゃんらを先に逃がしてやらねぇとだろ」

 

「そっ、そうだ。エミィにはこの事を伝え……」

 

 そうと聞いては黙っていられないと、慌てて結界の外に出ようとしたが、ソナーの手が強引に俺の身体を引き戻した。

 

「って、ストップ! これは運営の内通者と騎士団しか知らない情報だから、あんまり色んな人に言いふらさないで欲しいの」

 

「そんな事言ったって……!」

 

「……申し訳ないけど。でも、何かしら理由をつけて外に出てくれればいいわ」

 

「……分かった」

 

 大人の事情。

 ソナーの言外にはそんな言葉が含まれていた。表情を歪めて心底申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「……休憩時間は、まだ20分くらい、あるから……」

 

「だな。アルス、一旦嬢ちゃんらの所まで戻ろうぜ」

 

「う、うん」

 

 何事も起こらないというのはないだろう。

 できることなら普通に祭りを楽しみたかったのだが……その時間はもうおしまいのようだ。

 

 まだささくれが残っている額に手を置いて、俺はそんな事を思った。

 

 

 

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