勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:市場龍太郎
「くそ……せめてオルガニアに行き先を聞いておけば良かった……!」
宴闘襲撃の予告の存在を知って、その後。俺はガスト、ソナー、エコーの3人と別れ、エミィとオルガニアを探しに観客席までやってきていたのだが、捜索はやはりというか、案の定難航していた。
オルガニアはともかくエミィは観客席にいるものと踏んでいたのだが……予想外なことにエミィはそこにいなかった。連絡手段や集合場所のような物を決めておかなかったのはこちらの落ち度だと頭を抱えるも、完全に後の祭りである。
「くそ……休憩時間終了まであと10分……そろそろ戻らないと本気でまずいな」
息を切らせ、額に汗を浮かばせながらも俺は周囲を仕切りに見渡す。
何も時間ぴったりに控え室にいないといけないわけではないが、休憩が終わればまた試合が始まる。試合開始直前にいなければ棄権扱いとなり相手の不戦勝だ。それだけはなんとしても避けなければならない事項であるため時間には慎重にならざるを得ない。
「……いざって時にはオルガニアがついてる……はずだよな」
あいつも休憩が終われば席に戻るはずだ。
俺はその事を半ば無理やり信じ込んで、後ろ髪を引かれる思いのまま控え室へと方向転換するほかなかった。
「ぜぇっ……ぜぇっ……」
「おう、アルス。ちょうど一個試合終わったところだぜ。……嬢ちゃん達は?」
「……見つけられなかった、けど。はぁ……ふぅ。ニーアが付いてくれてるはずだから……多分大丈夫」
ようやく控え室に辿り着いた頃には俺は息も絶え絶えになっていた。
首尾を訊いてくるガストにも要点だけ伝えて、倒れるように椅子に座り込む。
どうやら頑張って走ったつもりだが人混みのせいも相まって休憩明けの試合が終わってしまっていたらしい。
「アルス君、お水いるー?」
「さ、サンキューモイヤ!」
モイヤの大きな手から手渡された水を受け取り、一気に喉に流し込む事でようやく俺は落ち着いた。
酸素不足だった頭が冴えわたり、ようやく落ち着こうという気持ちになれる。
「武器、運営に預けなくて良かったなぁ」
「確かに、な。奇襲を受けてもこれならなんとかなるぜ」
「……? なんのお話しー?」
「ああ、いや。なんでもないよ」
宴闘は運営が支給する武器でも戦う事が出来るわけだが、今回はそうしなかったのが不幸中の幸いだと思う。まぁ俺に至ってはどっちでも良かったのかもしれないけど。
ともかく話を聞かれる控え室ではこの話題はもう出さないことにした。モイヤか誰かにバレてしまう可能性も十分にある。……別にバラしてしまってもいいと思うのだが、大人の面子やら都合はよく分からない。
『さぁーーて――ようやく――』
「っと。どうやら一回戦が全部終わったようだな」
「やっと、か」
心配事はままあるが時間は無情にも進んでいる。
控え室のモニターを見ながら呟くガストを横目に、俺は水の入っていた紙コップをなんとなく見つめた。
「エミィ……なんともない、よな?」
さっきから胸騒ぎが凄い。虫が駆けずり回って頭の中に氷をまいているようだ。ミネルヴァさんと対峙する事の緊張感とはまた違った嫌な感じが俺を苦しめている。
気持ちを落ち着けるためにモニターを見ると、どうやら一回戦のダイジェストのようなものが写っているようだった。
画面の中の俺が氷の太刀を振るっている。
俯瞰して俺の姿を見てみると、なんだか完全にのぼせたような顔をしていて恥ずかしい。
――得体の知れない力はいずれ身を滅ぼす。
その光景から思い出されるオルガニアの言葉がちくりと胸に刺さり、また胸騒ぎ。
ああ、本当に考えてみたら解決していない問題が山積みだ。
「――い、おいアルス!」
「ぁいって!」
冷や汗を感じつつ奥歯を食いしばっていると、背中をガストに引っ叩かれた。
すわ何事かと慌てて振り向くと、呆れた表情のガストがため息混じりに腕を組んでいた。
「あんま考えすぎんなよ。心配なのはわかっけど、どうにもできねぇだろ?」
「そう、かも、しれないけど……」
「もっとどっしり構えとけってぇの。俺らができることなんて……それくらいだろ」
「…………」
自分でも気づいているのか分からないが、ガストは眉間にしわを寄せていた。
ガストにも守りたい人はきっといるんだろう。あの2人か、それとももっと別の人か。
「心の準備、か」
俺はぎゅっと硬く目をつぶり、何度も逃げない、逃げないと呟く事で恐怖と戦い続けることにした。
「アルス君、アルス君」
「え、え? どうしたんだモイヤ?」
「アルス君は剣の形を変える勇者様なの?」
「え……あー」
モイヤにとっては素朴な疑問だったのだろうが、俺にとっては意表をつかれる質問。なるほど、それは盲点だったと目を見開く。
「あ、ごめんね。答えにくかったー?」
「ああ、そういうわけじゃなくて。俺、自分の力ってよく分かってないんだ」
「ほぇー……そうなんだ。凄いねぇ」
「はは……凄いっていうか、ダメダメな気がするけどな」
自嘲気味に笑いながら、俺は考えを巡らせる。
冷皮の魔法は別の使い方もしようと思えばできたし、剣の形を変えるのはあくまで1つの戦法に過ぎない、よな。
でも剣の形を変える能力とかちょっと勇者っぽい気がするな。仮に別の魔法でも実現可能ならば一考の価値がある。
「……あと2戦までに、ミネルヴァさんと当たるかな」
「お前の事情を知ってるかどうか知らねぇけど……宴闘は全部で4回戦しかねぇし、大丈夫だろ」
自分の出番が終わったのはやはりつまらないのか、ガストの励ましもどことなく適当だ。俺はようやく始まる2回戦の対戦テーブルを祈るように眺める。
やがて表示された番号には――8、と記されていた。他ならぬ、俺の出番を告げる番号だ。
「相手は……」
ガストが眉をひそめ、意気込むように息を吐く。まるで自分が試合に出るかのようだ。横を見やるとモイヤも「わぁー」と目をキラキラと輝かせている。
「やっぱり、来た」
そんな2人の様子から、俺はすぐにそれを察することができた。対戦相手は言わずもがな、ミネルヴァさん。
噂をすればというが……本当に来たな。
「アルス。気ぃ抜くなよ」
「あ、アルス君。頑張ってー!」
「う、うん。おう、大丈夫。ダイジョブ……」
震える足と手で控え室の扉を開き、2人に背中を押されながら俺は重い足取りで闘技場へと向かう。
勝算は考えて来たにせよ、やっぱり痛いのは、嫌だなぁ……。
「アルス=フォートカス様ですね。こちらへどうぞ」
「ああ、はい……」
闘技場と目と鼻の先である扉の向こう側からは会場の騒めきが聞こえてくる。
俺は頰をひっ叩き、無理やり気合いを入れ直した。
「っし! やってるさ、こんちくしょう!」
多少涙ぐむほど強く叩いたのを軽く後悔しながら、俺は剣の柄に手を添えて一歩を踏み出した。
まだ太陽は爛々と輝き、薄暗い室内との格差に一瞬目が眩んだ。
『それではいよいよ第2回戦! 激闘を制した面々の更に激しい戦いを期待しましょーう!!』
初戦同様、ミネルヴァさんが闘技場に現れた事による歓声が会場を包み、俺はたまらず耳を塞いだ。人の声で地が揺れるとはこの事か。
その歓声を一身に浴びるミネルヴァさんは刺すような視線で俺を睨みつけている。
お互いが意気込みを聞かれ、軽く答えた後に俺はミネルヴァさんに殊更訝しむようにして尋ねてみた。
「……偉いトントン拍子に事が進みますね」
「本当は初戦で貴方と当たる予定だったのだが――
「おぉう……」
やはり対戦テーブルは弄られていたかっていうか、それを上書きするガスト……というよりもソナーとエコーの権力が恐ろしい。あの2人はただのラジオパーソナリティではなかったのだろうか。
ともあれミネルヴァさんは意味ありげな事を喋った。
俺は確信をつくように迷いなくその事を問う。
「急いでいるのは、宴闘に襲撃予告が出たから、ですか?」
「……何故それを?」
「質問に答えてくださいよ」
なんだ、何を俺はこんなにイラついてるんだ。
無意識に語調が強くなった事に自分でも驚いた。今の俺は一体どんな表情をしているのか分からないが、眉間に皺が寄っているのは確かだ。
「……その通りだ」
「俺は、友人にその事を聞いた。どうして何も言わないんだよ。祭りなんかやってる場合じゃあ……!」
「口出しは無用だ」
それでも、ミネルヴァさんは断固として俺の言葉を拒絶した。
「我々騎士団が、誰一人として傷つけさせはしない」
「っ……」
威圧感と、確かな決意を感じる言葉。
口出しは無用、なんてキツイ事を言った裏には、信じろ、と言っているように聞こえた。
俺は諦めて口を噤み、喉まで出かかる言葉を飲み込む。
「1つ訊く」
「……?」
「私にとって……いや、世界にとって勇者とは――世界中の人を分け隔てなく救い、護る誇り高き戦士だ。私達はその力を与えられ、その資格をもたらされる」
前置きとして、ミネルヴァさんは自身の胸に手を置いて、勇者のあるべき姿を語る。実際その通りだ。勇者は女神セイクリアに世界の人間を護れるだけの力を授かる。
だから勇者はいざという時に、人々を護ってくれる。それが、一般常識。
「貴方にとって、勇者とはなんだ」
ゆっくりと剣を構え、これが最後の質問だという事を示す。
俺はミネルヴァさんの問いに目を伏せ――そして
「……分からない」
答えることは出来なかった。
「そうか」
ため息混じりの言葉の直後、ミネルヴァさんの身体がゆらりと傾く。
「やはり私は、お前を認めない!!」
「えっ――」
怒号が響いた刹那、ミネルヴァさんの姿が消える。
「っ、どわぁ!?」
気付いた時には、俺は思いっきり吹き飛ばされていた。
「ぐっ……!」
「はぁぁあ!!」
「うわぁっ! っぐぁ……! げほっ!」
『うぅわ……痛烈な蹴りが勇者アルスを捕えました……痛そうー!』
荒削りで強烈な袈裟斬りを必死に転がる事で紙一重で回避し、続けざまに放たれる蹴りに鳩尾をえぐられる。
「貴方が今回の案件を案じる必要もない。……意味もない」
「げっほっ!! ぐ……」
マズイ、出鼻を完全にくじかれた。肺から息が漏れ、鳩尾を蹴り抜かれた事による激しい嘔吐感で詠唱がままならない――。
「勇者としての誇りを持たない貴方には――誰かを護るなどとは言わせないッ!!」
「ッ……!!」
もう一度振るわれる剣を――
『……あっ!』
俺は初めて、自分の剣で受け止める。
受け止めるとは言っても、力はミネルヴァさんの方が上だから、殆ど押し込まれてしまっているのだが。
「怖いんだ」
「……何?」
「怖いんだよ。どいつもこいつも簡単に命狙いやがって……魔物も、あの変な男も、襲撃予告も……滅茶苦茶、怖いんだよ」
俺は口元に伝っていた唾液を乱雑に拭き取り、震える足で地を踏みしめる。
漏れ出る弱音とは裏腹に、固めた決意は変わらない。俺の語調は怒りの感情を孕んだままだ。
「怖い、けど。せめて――」
腕に力を込め、俺は鋒をミネルヴァさんに突きつける。そして――叫んだ。
「せめて雑魚の俺を信じて応援してくれてる
そうだ、俺はもう言われっぱなしでは終われない。
ミネルヴァさんは、世界の人間を隔てなく護り、救うのが勇者だという。
だけど俺はそれだけが勇者だとは思わない。
俺は、仲間の為なら戦えるということを、ここで証明しなければならない。
震える足と腹の痛みは歯を食いしばって耐える。この人にはせめて一矢報いたい。
俺とミネルヴァさんは互いに一度距離を取り、仕切り直す。
こうして俺の一世一代の大決戦は始まった。