勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第33章「試される勇気」

 

「いくぞ!!」

 

 一歩踏み出す気合いを剣に乗せて、俺は力任せに腕を振るう。

 

 その一撃はミネルヴァさんに難なく受け止められ、鞘と鞘がぶつかり合う鈍い音が響かせる。

 が、それだけでは終わらない。

 

「……」

 

「……おぁ!?」

 

 ミネルヴァさんの剣が僅かに傾き押し込んでいた俺は勢いのままいなされ、すっぽ抜けるかのように前のめりに倒れそうになってしまう。

 転倒はなんとか防いだものの、慌てて振り向いた頃には目の前に剣の腹が迫っていて――。

 

 ガン! という音を立てて激突。

 

「あぐぁ! いっ……てぇ!!」

 

『ま、またも痛烈な打撃が勇者アルスを捉えました!』

 

 顔面に叩きつけられた重い一撃に一瞬頭が昏み、激痛の走る鼻っ柱に手をやると掌には痛々しい血がついた。

 なんて容赦のない一撃なんだ……いや、むしろこれは遊ばれてるのか。

 

「もう、いいだろう」

 

「立つ……ての!」

 

 ミネルヴァさんの視線は冷たい。目に光はなく、まるで心を殺して戦っているかのようだ。

 

 怖い。

 

 じわりと、またそんな弱音が胸の中から沸き起こる。

 けれど俺は再度手の震えを制して、ミネルヴァさんと対峙してみせた。

 

「……っ。何度やっても同じだ……!」

 

「こいやぁあ!!」

 

「この……せぇい!」

 

 今度はゴン、ということさら鈍い音が俺の頭蓋骨から鳴った。

 ミネルヴァさんの速さは手加減されているとは言えどもとても素人の俺が反応できる速度ではなく、撃剣を使ってきたという事は身体強化は施してあるのだろうが……今はその効果すらも無くなるくらいの手心を加えられているのが分かる。

 

 そこが好機だ。耐えて、耐えて、耐えて――。

 ミネルヴァさんが痺れを切らしてもう一度撃剣を使ってくれれば……!

 

「ぐぅあ!!」

 

『いっ……! 耐える、ただひたすらに耐える勇者アルス……! 何か、秘策があるのでしょうか……?』

 

 脇腹に横薙ぎの剣が、続いて肩に、そして鳩尾に突きが刺さる。その一連の動作は疾風と呼ぶに相応しく、俺の身体が倒れるのよりも素早い。

 身体中が耐えられない程の激痛に見舞われ、俺は激しく咳き込んだ。

 

 あまりのリンチっぷりにソナーはおろか、会場にも目を伏せるものが現れる程だ。生かさず殺さず。なんとも残忍な試合だ。

 

 なにせ鼻から血は吹き出て、頭からも軽く流血している。口は切れ、膝や腕も擦れて皮が剥げている事だろう。普段の俺なら泣き叫んで逃げてしまうほどの大怪我を負っている。本当に、今日の俺を過去の俺が見たら拍手喝采で勲章を送ること請け合いだ。

 

 よく頑張った。もう十分だ。さぁ、そろそろ逃げようじゃないか、と。

 

「やなこっ……た!」

 

「……!!」

 

 うるさい、ヘタレはちょっと今黙ってろ!

 

 この人からは、逃げたくないと。俺の全神経が始めて戦いを推進する。

 

「くそ……もう、もう……いい加減にしろッ!!!」

 

『あれは――撃剣の構え! これで決まるか――』

 

「そこだ……ぁ!!」

 

 勝負は一瞬、今度こそ俺は惚けることなくミネルヴァさんに向かって突っ込む!

 

 弱者をいたぶる事に耐えかねたのか、時間がないからか。どんな理由かはさておき、ミネルヴァさんは今度こそ悲鳴のような雄叫びをあげて突っ込んできた。

 

 撃剣にはミネルヴァさんが言っていた事とは別に大きな欠点がいくつかあるのはガストの試合を見て分かった。

 1つ目は分かりやすい予備動作。2つ目は体重移動といったフォームが大切であるがために妨害(カット)への耐性が皆無だということ。

 

 最後の3つ目は、攻撃範囲。

 撃剣の破壊力が宿るのは剣の部分だけだ。どんなに早い速度で突っ込んでこようとも、床にクレーターを作ろうとも、衝撃波のようなものが発生しない限り剣に当たらなければ意味がない。

 

 早いが話、実は撃剣はとてもかわしやすい。見てから斜め前辺りに突っ込めば剣には当たらないのだから。

 実際にはあの威圧感を前にしたら接近して回避するという思考にならないため、究極の初見殺しともいえる。

 

 ただ、それだけでは本当にただの残念な技だ。

 そこで撃剣の欠点である反撃への耐性はとある力で強引に補われる。文字通り何も見せないようにできるミネルヴァさんだけの方法で。

 

 言うまでもなくそれは彼女の勇者の力。光に質量を持たせる能力である。

 

 ガストの試合では幻影を見せられていたミネルヴァさんは暫く何もないところに向かって戦っていたのだが、その時にカメラの視点は少し引き気味になった。

 そしてそのアングルのまま、彼女が撃剣を放つ瞬間は映されたのだ。

 

 なんとか俺はそこで撃剣と同時に発する光が攻撃範囲をやたら広げていることが分かった。

 

 そして、予想通り光には撃剣程の威力は伴わない。

 

「剣をかわしても光に吹っ飛ばされるから後隙が狙えない……! だけど、勇者の光は連続して出せない! あんたの本当の弱点はそこだろミネルヴァさん!!」

 

 撃剣を使うときだけでなく、撃剣を使った後のインターバルをしのぐために身体強化は必要だし、逆にそれを封じられればミネルヴァさん唯一の暴れ技は無くなる。

 

『か、かわしたぁー!! 勇者アルス、光で大きく吹き飛びましたが辛うじて撃剣を回避!』

 

「なんとか分かった。あんたのその技、どう考えても未完成だろ! 身体強化してない俺ですらかわせるんだから!」

 

 鋒をミネルヴァさんに向け、答えを突きつける。予備動作もはっきりしていて突進の距離はほぼ一定。だから少し対象が移動しただけで容易く外れてしまう。

 

 そしてかわせれば――こっちのターンだ!

 

「はぁ、げほっ。行くぞ……極光の、魔法ッ!!」

 

 剣を掲げ、俺は声高々に詠唱を開始する。

 自身の必殺技を破られたミネルヴァさんはしかし怯むことはなく、俺の詠唱に目敏く反応した。

 

「日出る空よ――!」

 

「『消えせしめよ』!」

 

 聞いたこともない詠唱でどんな魔法かも分からないだろうが、取り敢えずは、といったところか。ミネルヴァさんは迷うことなく俺に向かって阻害【バニシュスペル】を使う。……だがそれは無意味だ。

 

 阻害魔法は詠唱によって大気に集まった精霊達を散らす魔法なのだ。

 オルガニアの魔法は自分の魔力が行使されるから、阻害の影響は受けないはず!

 

「無に、光を!!」

 

 かくして詠唱は完了し、俺の腕に一筋、電気が走る。どうやら俺は賭けに勝ったようだ。この魔法が阻害されてしまっていたら勝ちの目はいよいよ潰えたことだろう。

 ぱち、ぱち、ぱち。と次第に静電気のような光の筋は増えていき――

 

『な、なんでしょう? 勇者アルスの身体が発電してるよう、な――』

 

 ソナーの言葉が終わるよりも速く。

 全てを置き去りにする白い光が、爆発した。

 

『きゃぁぁああああああ!!!? 今度はなに!!?』

 

『ぅ。眩しいのは、得意じゃないわ……』

 

「「「「「ぎぃやあああああああああ!!!!」」」」」

 

 極光の魔法はすぐに役目を果たし、消えてしまったが、その効果は甚大な被害をもたらした。主に観客に。

 圧倒的な光量のお陰で殆どの人が目潰しを喰らってしまったのだ。あの光の大きさと強さはきっと眩しいどころの騒ぎじゃないだろう。

 観客席は人々の悲鳴の溢れる阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのだった。

 

「は、はは……やっちゃったなぁ」

 

 流石にここまでの被害をもたらすとは予想外で、俺はその光景を呆然と眺める事しかできずにいた。この後どう責任取ろうかと冷や汗を垂らしたが、そんな事より今はミネルヴァさんだ。

 

「ぐっ……ぅあ!」

 

 あれだけの光をまともに直視したミネルヴァさんは観客同様目を抑えて悶えていた。自分の光で相殺すらできなかったのだから当然の結果だ。

 こんな魔法があるなんて予想だにしていなかったのだろうし、ちょっと反則くさいがこれで最後の準備をするだけだ。

 

 言わずもがな、阻害系を含めた対象を指定する必要がある魔法は相手が見えていなければ使えない。

 

 つまり、これで安心して()()()()()()()()を行えるというものだ。

 

「ふぅー……。『絶えること無き力の流れは弱者と強者を隔てる壁也――』」

 

『み、見えないけど……勇者アルス、ここで詠唱を始めた! この絶好のチャンスに戦況は覆るのでしょうか!?』

 

 落ち着いて、一言一句間違えないように言の葉を紡ぐ。体中の痛みを堪え、枯れて焼けるような痛みを訴える喉が咳き込みかけるのを唾を飲み込んで堪え、ふらつく足に鞭を打って、詠唱を続ける。

 汗でべっとりと額に張り付く髪の毛がうざったいが、払っている暇はない。

 

 ああ、これほどまでにゆっくり詠唱できるなんて、普通の実戦ではあり得ないな。

 

「『静かなる囁きは神の力、騒然たる叫びは悪魔の力――汝、強者を討たんとするならば、声を聴き、力を求めよ。汝、弱者を理解せんとするならば、耳を塞ぎ、力を捨てよ』!」

 

「くっ……その、呪文は……!」

 

 なんと、ミネルヴァさんはこの魔法を知っているのか。

 俺は詠唱中にちらと聞こえたその呟きに驚いた。これは確かに有名だが何故か人の記憶に残らない代物だというのに。

 

「『汝、両者にならんとするならば。動を棄て、等しき人間として壁の上に立つがいい』! ……よし、喰らえ! 【ゼロ・フォース】ッ!!」

 

 灰色の光が腕から弾けて、広がる。

 俺を中心とした一定範囲内の魔力はゼロになり、ミネルヴァさんの身体強化の魔法すらも消す!

 

「ぜぇ……はぁ……ど、どうだ。決まった、ぞ」

 

「……っ!!」

 

 俺の宣言に、ミネルヴァさんは悔しそうに歯を食いしばる。視界を封じられ、更には魔法すらも封じられた。あとはタコ殴りにでもなんでもできる。

 

「でも……ちょっと、やば――」

 

 しかし、俺の体は残念ながら限界だった。

 腕はもう上がらず、足は恐怖ではなく疲労で笑っている。

 流血と痛みで目はかすみ、意識がだんだん混濁してきたようだ。

 

「うん、どう……ぶそく、だなぁ……」

 

 意味不明なうわごとを最後に、俺はその場に前のめりに倒れたのだった。

 

『うぅ……やっと、ちょっと見えてきたぁ……なにがどうなって……あっ!! ちょっと、救護班さん急いでお仕事! えっと、この試合は騎士ミネルヴァの勝利と――』

 

 最後のソナーの声は、殆どなにを言ってるのか分からなかった。

 

 

 試合は、終わったのだろうか。

 

 

 朧げな意識の中、俺が考えることといえばそれくらいだった。俺は、負けたのか。

 嫌だなぁ。騎士団生活なんて、生涯で体験したくなかった。

 

 ――「俺ね、勇者になったら強くなるんだ。強くなって、凄くなって……誰でもまもれるようになるんだ!」

 

 ぼんやりと聞こえてくるのは、邪気を全く感じない少年の声。

 

 ――「だってその方がかっこいいよ! ……へ? それが出来なかったら?」

 

 あ、これ……おれか。

 

 ――「うんとね、じゃあお母さんとお父さんだけまもる。好きな人だけなら簡単だよ!」

 

 勇者って、それでいいのかな。

 

 走馬灯とも言えない声は、そこでぶつりと途切れた。

 

 俺は、重たい目を開ける。目を開けるのは凄く久しぶりのように感じたが、目の前に座っている人物を見てすぐにそれは気のせいだということが分かった。

 

「おう、おはようごぜぇます勇者サマ」

 

「……ガスト?」

 

「ここは医務室だぜ。怪我はどうだよ?」

 

「……ちょっと、痛い」

 

 野太い声に迎えられ、俺は目を覚ます。

 なんだか、変な夢を見た気がするが、取り敢えず気にしないでおこう。

 

 俺は頭に手を当てつつベッドから身を起こして周囲を見渡した。打ちっ放しの無機質な壁は控え室と同じだが、仕切り用のカーテンや医療器具などが設置されているここは言われた通り医務室なのだろう。

 

 だいたい察するに俺はミネルヴァさんとの試合の後ぶっ倒れてここに運ばれたのち治療を受けた、といったところか。

 

「ありがとな、ガスト。看病してくれて……。俺、どれくらい寝てた?」

 

「あ? さぁなぁ……10分くらいじゃねぇか?。にしてもひでぇことするもんだな、あの騎士さんは」

 

「……そうかな。……辛そうだった」

 

 ミネルヴァさんの目は、はっきり言って死んでいた。俺に対する怒りとかよりも何よりも、早く終わって欲しいという気持ちが前面に出ていて、最後の撃剣はその気持ちの表れだろう。

 

 ガストは俺の顔を見てなにを言うわけでもなく、ただ髪を乱雑にかいていた。

 そしてやはり無言のまま立ち上がり、部屋を出て行く直前に俺の方に振り返った。

 

「取り敢えず、嬢ちゃんらには顔だしてやれよ。試合に負けた奴は自由解散だからな」

 

「あ……そう、だよな」

 

 ガストはまたもバツが悪そうに頭をかいて……そして今度こそ何も言わずに医務室を後にした。

 一人取り残された俺は枕に倒れかかるように横になり、声にならないうめき声をあげる。

 

「あー……」

 

 あれだけ大口叩いておきながら負けてしまうとは。……まぁ当然といえば当然か。いくらオルガニアの力が強いからって、全く戦ったことのない俺が勝てると思う事自体がおこがましかった。

 実際撃剣を使わず、滅多打ちにされ続けていたら手も足も出ずにやられていただろう。よしんば冷皮の魔法を詠唱しても身体強化したミネルヴァさんには通用しなかっただろうし。

 

「エミィに、なんて言おうかな」

 

 寝返りを打ち、ポツリと呟く。

 しんと静まりかえる医務室ではその呟きはやたら響いて聞こえた。

 

 怪我をしないで、と言われたがだいぶ大怪我をしてしまった。回復系の魔法で良くなったものの、あれを見ていたエミィはきっと気が気ではなかっただろう。

 頭に血が上っていたとはいえ、我ながら馬鹿な真似をした。

 

「……ん?」

 

 後悔ともなんとも言えない気持ちに苛まれていると、医務室の扉がひとりでに開いた。

 扉の影からひょっこりと姿を現したのは……無表情のオルガニアだ。

 俺はもう一度重たい上半身をベッドから起こす。

 

「思ったよりも元気そうだな。この世界の回復の魔法とは便利なものだ」

 

「いやまぁ、疲労はなくならないんだけどな。……どうしたんだよ?」

 

「いやなんだ。少し労ってやろうと思ってな」

 

「……へ?」

 

 くつくつと可笑しそうに笑うオルガニアに俺は首をかしげる。労うとは何かの皮肉だろうかと身構えていると、オルガニアは静かに俺の寝ているベッドの端に腰かけた。

 

「殴られまくったのは抵抗のつもりだったのか?」

 

「……一応。そうだと思う」

 

「随分と成長したではないか。降参しなかっただけマシだ。……したら今度こそ燃やしてやろうかと思っていたが」

 

「お前さっきと言ってることちがくね?」

 

 やれ戦うな、力を使うなと言っておきながら冗談とも受け取れない声色でそんな事を言うとはなんと身勝手なのだろうか。

 

「不用意に使うなと。危なければ止める、と言ったまで。それとは別に無様な行為に走ったらどうするかなど、今更驚くことでもあるまい」

 

「グッジョブ、俺……! 頑張って良かった……!!」

 

 決してその事を意識して頑張っだけではないが九死に一生を得た俺は過去の自分を大いに賛辞した。胸を撫で下ろし過ぎて削れる程にはホッとした。

 それにしても当たり前のように大事な事を言うあたり、オルガニアは本当にタチが悪い。

 

「あ。ところでエミィはどうしたんだ? 俺……やっぱ謝らなきゃなって。心配かけちまったから……」

 

「ああ、小娘なら連れていかれた」

 

「連れていかれた? って誰にだよ」

 

 連れていかれた、とだけ聴くと犯罪臭がして俺は一瞬ひやりと肝を冷やしたが、あまりにも緊張感のないオルガニアの言葉に俺は警戒を解いた。もしかしたらエミィの知り合いか誰かが現れたのかもしれない。

 

「お前の額を切った男にな」

 

「…………」

 

 だが、その期待を裏切られた俺の頭は石化したかのように動かなくなった。

 今日何回目だろう、こんな気持ちになるのは。

 忘れていたわけではない。むしろこびりついて離れなかった恐怖が、ここに来て手を伸ばして来た。

 

「どういう事だよ……オルガニア!? なんで、お前一緒に居なかったのか!?」

 

「居た。だがあの場で変に動けば我の立場が危うかったからな。だから――」

 

「なんだよそれ……! そんな事で!」

 

 呑気に外に出てる場合ではなかったと、ちゃんと探してあげれば良かったと、思ってもそれは後の祭りだ。俺の中の焦りが怒りとなって滲み出る。

 

「そんな事だと? 頭を冷やせ、我にとっては重要な事であり、我の外に見せる人格は全て演技であるとお前は知っているはずだ」

 

「そう……っだけど……っ!」

 

 エミィが危険人物に攫われた事をそんなに軽く言ってしまうなんて。俺はエミィの事もそうだが、なによりその事に驚きと怒りを覚えていた。

 だって、あんなに楽しそうにしていたじゃないか。あれすらも演技だったっていうのか。

 

「お前が我に神器を約束する限りお前の命は守るが小娘がどうなろうと我の知ったことではない。そんな事よりも……」

 

「っ……!! 分かったよ、それなら……!」

 

 俺はオルガニアの言葉を遮ってベッドから跳ねるように飛び出す。

 そしてその勢いのままドアへと突進するかのごとく走りよった。

 

「待てアルス! 何処へ行くつもりだ?」

 

「決まってんだろ、エミィを探しに行く!」

 

「お前如きが勝てる相手かよく考えろ。残る魔力は魔法1つ分……命を捨てに行くだけだ」

 

 分かってはいる。だけど、オルガニアは俺以外の人間のために力を使わない。それも分かってるんだ。

 オルガニアに頼らずとも騎士団がいるから大丈夫か? 俺なんかが飛び出すよりもミネルヴァさんやローガンさん達に任せた方が上手くいくだろう。

 

 そうかもしれない、けど……俺は、勇者だ。

 ここで逃げたら、また同じになってしまう気がしてならない。さっき叫んだ言葉も、今までの苦労も、泡沫に消える。

 そうなってしまうような……。

 

 俺はドアノブにかけていた手の力を緩めかけたが――再度力を込めて、医務室から駆け出した。

 頭は未だ混乱しているが、それでもやらなければならない事は1つだ。

 

「……馬鹿が」

 

 去り際に聞こえた罵倒も聞こえないふりをして、俺は一心不乱に未だ続いている宴闘の歓声の中で疾駆した。

 

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