勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:SK43

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第34章「まだ1人では立てなくても」

「くそっ……!」

 

 俺は無性に腹が立っていた。

 ぐらぐらと腹の中が煮え繰り返りそうで、何かを殴りたくなる衝動に駆られる。

 どうして、オルガニアはエミィが連れていかれるのを黙ってみてたんだ。オルガニアはエミィと過ごしている間、何も感じてなくて――全て演技で、あいつはやっぱり魔王なのだろうか。

 

 勝手にあいつの事を信頼してしまっていた自分が情けない。腹が立つ。

 

 俺は奥歯をぎゅっと噛み締めながらも、取り敢えず宴闘の観客席へ来ていた。

 エミィがいた席には、やはり誰もいない。

 代わりに、全身鎧を纏った騎士と思わしき人物が立っていた。

 俺はひとまず荒ぶる腹の虫を脇へ追いやってからその人に詰め寄るようにして話しかける。

 

「あ、あのっ! 騎士の人ですか!?」

 

「うぇ!? そ、そうでありますが、君は……? な、何かご用でございましょうか」

 

 顔は伺えないが声は若い男。俺と同じくらいだろうか?

 どうでもいいけどそんなに驚く程の剣幕だっただろうか。

 

「ここに、女の子が二人いたと思うんですけど……どこに行ったか分かりますか!」

 

「……あ、貴方は、勇者アルス殿、ですね?」

 

 騎士は迷いながらもおずおずと俺の名を確認した。どうして、と一瞬思うが恐らくさっきの試合を見ていたのだろう。

 俺はそれを訝しむ事はせずに「そうです」と一言肯定し、更に騎士に詰め寄った。悠長に質問をしている場合ではないんだ。

 

「連れ去られたのなら、協力させて欲しいんです!」

 

「え、ええと……当面の問題は下手人を暫く泳がせ、隙を伺っている最中でありまして、その……」

 

 煮え切らない騎士の言葉にいらいらが募るが、それを抑えるだけの理性はまだ残っている。ここで激昂しても良い結果には繋がらない。

 

「だったら、作戦出してる人は誰ですか? そいつに掛け合って……」

 

 しかしこのままでは埒があかないので、もっと上の人に掛けあおうとするが……目の前の騎士は慌てふためいたように首を激しく横に振った。

 

「い、いやいや! その必要はないであります! ええーと……しかし、うー」

 

「……まだ何かあるのか?」

 

「じ、じ、自分の権限を使って、勇者アルス殿に指示を出します。ですが、その。くれぐれも無理はなさらないようにお願いしたいのです」

 

 と、騎士は予想外なことを提案してきた。態度を見るにてっきりものすごく下っ端の方の人かと思ったのだが、そうではないのだろうか。

 

「ひょっとして、結構偉い人?」

 

「いいいいえ! 偉いなどとそんな事はありません! ……ただ、我々騎士は、各々が臨機応変に行動する事を許されています。行動を必ず他の騎士に伝える必要がありますが……」

 

「え、そうなのか……」

 

 ミネルヴァさんの事は調べたが、そういえば騎士のことなどまるで調べてなかったことに今更気づかされる。

 そのルールには一体どういう意図があるのだろうか。

 

「じ、人命を守るにあたって、戦場は刻一刻と状況が変動するであります。なので、えー、騎士は、自分が最善と考える行動を決め、実行します。な、なので……自分のような前線騎士は全ての前線騎士の行動と立案を把握する……。そのような、訓練を受けているのです」

 

 そこまでの説明を聞いて俺は愕然とした。それってつまり、部隊員全員のネットワークが完全に繋がってるって事じゃないのか。騎士団は臨機応変と言われるが、その徹底ぶりを垣間見た気がする。

 

「つまり、作戦を考える上司とかは、いない……ってこと?」

 

「そ、そうなります。なので、えっと、自分が怒られない程度に動いて貰えると助かるであります……」

 

「そっか……分かった。ありがとうございます」

 

 改めて目の前の騎士に感謝の意を伝えるのと同時に、やっぱり俺に騎士団の訓練は無理だということを再確認する。

 一人一人にかかる責任が尋常じゃない。ぱっと見頭のいいやり方のように見えるが、ハイリスクハイリターンなやり方だ。

 

「えっと、差し当たりアルス殿には人質がいる地点の偵察をお願いしたいであります。座標をお教えするので、到着したらこちらを使って欲しいです」

 

「これ……精霊石?」

 

「は、はい。操作【リモートワード】の魔法が封じられています。我々騎士団はこれを使って常に通信を取っているのであります」

 

 騎士が俺に渡した小さな石は、いわゆる通信魔法石と呼ばれる道具だ。魔法が使えない人でも操作【リモートワード】という離れた人に声を届ける通信の魔法を使うことができる。仕組みに関してはミネルヴァさんの使った精霊石と同じだ。

 

「続いて座標ですが……その、アルス殿」

 

「あ……何ですか?」

 

 エミィが囚われている場所を地図を広げて教えてもらっている最中に騎士はおもむろに尋ねてきた。

 

「そのですね……唐突でありますが、どう、思われました? ミネルヴァ副団長の事……」

 

「どうっ……て」

 

 藪から棒とも言える質問に俺はしばし固まった。まさか騎士からその事を尋ねられるとは思っていなかったのだ。

 

「あ、ああいえ! 心配しないでください。今の自分の通信魔法石は起動してないでありますので、この話が漏れてるという事はありません! じ、自分の素朴な疑問でありまして……」

 

「え!? あ、ああうん。そっか……んー、怖い人、かな」

 

「怖い人……でありますか。はは、たしかにそうですね」

 

 俺の答えに騎士は困ったように肩をすくめた。その表情は鉄仮面で伺えないが、なんとなく察する事ができる。

 もう少し言いたいこともある気がするが、取り敢えずまとめると怖い人、であっていると思う。

 

「そのぅ……ミネルヴァ副団長の事を、その、勘違いしないで欲しいのであります」

 

「勘違い、ですか」

 

 怖い人ではない、と言いたいのだろうか。しかしどうやらその事ではないようで、騎士は更に語り出す。

 

「先ほどの試合。ミネルヴァ副団長は通信を起動したまま戦っていました。試合の最中も我々の動きを把握したいから、と」

 

「そう、だったんですか」

 

 つまり、ミネルヴァさんと俺の会話は騎士たちに伝わっていた……ということか。なんか凄い叫んじゃったし、それはそれで結構恥ずかしいな。

 しかし突然の質問にもこれで合点がいった。この騎士はあの戦いに何か思うところがあったのだろう。

 

「どう、思いますか」

 

「……え?」

 

 唐突に、騎士の声色が真剣なそれに変わった。ただ、主語がはっきりしないため俺は疑問符を浮かべる。

 

「あ、ああ言葉足らずでした……。その、あれです。ミネルヴァ副団長が唱えた世界中の人を分け隔てなく救い護るっていう志であります」

 

「……無理、とまでは言わないですけど、ほぼ無理、なんじゃないかな……とは思います」

 

 この騎士はわざわざ会話は他の人に聞かれない、とまで言ったのだから俺がここで偽る必要はない。俺は素直に思っていた事を口にする。

 騎士は、俯いた。

 

「あの言葉は、我々騎士の目指さんとする理念でありまして、あの場では副団長は勇者と言いましたが……元々は、何世代も前の団長が考えたものなのです」

 

「……」

 

 騎士はゆっくりと語り出す。

 その理念は立派な事だとは思う……が、分からない。実現可能なのか、そうではないのか。

 俺はなんと答えていいのか分からず、口を噤んで唸った。

 

「あ、あの、なんか変なこと言って申し訳ありません」

 

「え? ああいや、大丈夫……ですよ。そういう目標の人が沢山いるのが、騎士団なんだな」

 

「あ……そうであります。ですのでどうか! ミネルヴァ副団長の事を誤解しないでいただきたいのであります。ただ無謀な事を口にしているだけではなく、あの人は……信じてるのです。人の力を、何処までも」

 

「ちょちょっ! わ、分かった、分かりましたから、顔上げてください!」

 

 この人腰曲げすぎってかヨロイ着てるのにそんな曲がる!?

 俺は慌てて土下座する勢いの騎士を宥める。

 

「あっ……じ、時間を取らせて申し訳ありませんでした。座標はこの辺りであります。お、お気をつけて!」

 

「……はい、ありがとうございました」

 

 我に返ったかのように騎士は敬礼をして畳み掛けるように話を終わらせてから姿勢を正した。この騎士さん、少し情緒不安定なような気がするが……きっと凄くいい人なのだろう。

 

 俺は協力してくれたことにお礼を言ってから、地図を握りしめて走り出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そういえば……これ」

 

 祭りで賑わう王都の中心から離れ、王都の森の辺りまで走った頃、俺はポケットの中に入れた精霊石の存在を思い出した。念のため、言われた通りに使っておこうと精霊石を取り出す。

 目的地は王都の森を横切り、更に離れた森林の中。距離はまだあるし、今のうちに精霊石を使っておいた方がいいだろう。

 

 えっと、使い方は耳にはめてから……二回叩く。

 俺は指先で耳に当てた精霊石を二度小突いた。

 

 キーン、という金切り音が少し続いたかと思うと、すぐに声が聞こえてきた。

 

『――ふ、フェルドより立案。えっと、以上の事により、勇者アルス殿に偵察を要請した次第であります』

 

 真っ先に聞こえてきたのは先ほど俺に指示を出してくれた騎士の声だ。彼の名前はフェルドというのか。

 話の内容的に早速騎士団のネットワーク内で俺のことが知らされているようだった。

 

 と、フェルドの報告を受けて、続いて間延びしたような女性の声が聞こえてきた。

 

『マキュリーよりフェルドへー。いいんじゃなーい? なんだったら突撃してもらおーよ』

 

『ロルドより立案。反対だ。奴は強力な力を持っているが戦場に慣れているわけではない。いざという時に足を引っ張るぞ』

 

 次に聞こえてきたのはガストよりも更にドスの聞いた声。

 

『で、ですが本人の強い希望がありまして、その……えっと』

 

『あ、割ってごめんけどマキュリーより行動報告ー。あたしE-5地点に移動するね。じゃあなんかあった時用に誰か行かせてあげればー?』

 

「…………」

 

 な、なんか、凄い。会話が止まらない。騎士は行動中に会議をし続けてるのか。

 ……さて、俺はどのタイミングで会話に参加すればいいのだろうか。

 

「え、えーと。これ、もう聞こえてるのか?」

 

『……あっ! アルス殿! 大丈夫であります、聞こえています。首尾はどうでありましょうか?』

 

 あ、よかった。ちゃんと通信はできているようだ。フェルドの安堵した声が聞こえてくる。

 

『……ミネルヴァより騎士フェルドへ。発言方式は伝わりやすいように、はっきりときちんと守るようにと何度も言っているはずだ』

 

『はっ、はっ!! 申し訳ありませんでした!』

 

 ミネルヴァさんの声も聞こえてきた。このネットワークに繋がっているのは知っていたが、どう反応するべきか困る。

 

『ふ、フェルドより立案! アルス殿。そのまま目標地点まで到着したらご報告を。動きがあればこのように随時連絡をお願いいたします』

 

 騎士団の勢いに押されそうにもなったが、こうしているとなんだか騎士団と協力している感じが強くして、胸が熱くなる。

 俺は頷きながら、はっきりと答える事でフェルドへの返事とした。

 

「アルスより、行動報告……。了解、これから言われた場所に行きます!」

 

『ぷっ、あはは。あたし達に合わせなくても別にいいんだよ〜』

 

「アッハイ」

 

 俺は、穴に入りたい衝動に駆られた。

 

『……ミネルヴァより、全騎士へ』

 

 顔が熱くなるのを感じていると、ミネルヴァさんからの通信が入った。

 全騎士への通達ということは、俺は含まれていないのだろうか。

 

『アルス=フォートカスの援護には私が行く。各騎士は各々が考える作戦を引き続き実行するように』

 

「……!」

 

 通信でつながっている騎士達が三者三様の返事をして、通信は一旦終わる。

 ということは……ミネルヴァさんがここにくるということか。頼もしい限りだが、なんだかすごく気まずい。

 それに俺を敵視していたミネルヴァさんが真っ先に来るなどと言ったんだ。何もないわけがない。

 

「……行こう」

 

 何を言われる結果になろうとも、俺は立ち止まるわけにはいかない。やけ気味になっているのは分かってるが、それに身をまかせる。

 

 俺が目的地に到達する頃。引っ切り無しに続いていた騎士団の報告の中でひときわ大きな声が響いた。

 

『ふ、フェルドより現状報告! 宴闘会場が巨大な障壁によって包囲されました!!』

 

「……っ!?」

 

 巨大な障壁という単語を聞き、俺は真っ先にとある人物が頭に浮かんだ。

 会場を覆うほどの障壁を貼れるのは間違いなくシルクこと、シルベル=シュレイクだろう。

 退治してから短い期間でまた現れるとは。あの時の精神ダメージはもう癒えたのだろうか。

 

 ……あんなことはもう二度としまい。

 思い出して俺の目頭がふと熱くなる。

 

『マキュリーよりりつあーん。あたしの読みどんぴしゃだったねー。という事でフェルドは中の人の案内お願いねー』

 

『ロルドより立案。マキュリー、結界の解除は後回しだ。外側に出てる俺たちで一度街の守りを固めるぞ』

 

『ほいほーい』

 

 状況が変わったことにより騎士団達はまた動き始める。宴闘の会場が結界で封鎖される事はマキュリーという騎士が予想していたようで、全員が閉じ込められたわけではないようだ。

 宴闘の会場内は今頃パニックになっているだろうが……フェルドだけで大丈夫なのだろうか。

 

「王都の防衛は他の者に任せておいて大丈夫だ。さて……」

 

「ミネルヴァ……! さん……」

 

「ここか。人質がいる場所は」

 

 ミネルヴァさんの視線の先には恐らく大型の魔物の巣であったのだろう洞窟が広がっていた。一寸先には光が届かず、漆黒の空間が広がっている。オルガニアの波動の魔法を彷彿とさせる場所だった。

 騎士の言葉が正しければ、エミィはここに捕まっているはずだ。

 

「騎士フェルドが余計な事をしたようだが……貴方は、もう帰るんだ」

 

「か、帰らないさ! 俺も戦う!」

 

「何度も何度も……同じことを言わせるなッ!!!」

 

 ミネルヴァさんの空を切り裂くような怒号が俺の耳を貫き、しんと空気に溶けていった。すわ何事かと木々に止まる鳥たちが一斉に羽ばたく。

 

「お前に戦いの知識はあるのか? 経験はあるのか? 他者の命を奪えるか!」

 

「そ、それは……でも」

 

「確かにお前の勇者の力は強い! だがそれだけだ。勇者の力だけで全てが覆るわけではない! そんな、都合のいい世界はないんだ……!」

 

 溜まった物が吐き出されるかのように、まるで自分を責めているかのように、ミネルヴァさんは怒鳴る。その表情は髪の毛に隠れて伺えない。俺は完全に剣幕に飲まれていた。

 

「勇気と無謀を、履き違えるな……アルス=フォートカス……!」

 

「むぼ……」

 

 胸にぐさりと刺さって、俺は言葉を失った。

 それは今の俺には一番効く言葉だ。

 逃げないと決めて、自分の中で見え始めた答えを証明しようとして――ここに来ることに決めた、けど。

 

 ここまで突っ込んで来た事は無謀、だ。

 実力の伴わない勇気は――無謀だ。

 中途半端な正義感だのなんだの言ってる俺が、一番分かってた、分かってたと思っていた事。

 

 熱されていた俺の頭にその言葉が冷や水のように降りかかる。

 俺は何も言い返せず、ただその場で立ち尽くす。

 

「じゃあ、俺……どうしたらいいんだよ……」

 

 気持ちだけじゃ、どうにもならない。その事が今はただ悔しい。残るオルガニアの魔力は魔法1つ分。確かにこれじゃあ本当に邪魔になってしまう。

 

「話は終わったか?」

 

「っ!?」

 

「え――」

 

 膝が折れかけ、諦めそうになった時――木々の合間を縫って現れたのは、小さな少女。オルガニアだった。

 

「オルガニア……どうしてここに?」

 

「お前を探すのにも慣れてきた」

 

 雑に言い捨てたオルガニアは歩みを止める事なくつかつかと不機嫌そうな足跡を立てて俺に近づき、そして……

 

「ふんッ!!!」

 

「ぶふぁ!?」

 

 惚けていた俺の顔面を容赦なく殴りとばしてきた。

 倒れる俺のマウントを取り、更に連続で顔を殴る。殴る。とにかく殴る。

 姿は子供なので膂力はそれほど強くないようだが、流石に本気で殴られると痛い……!

 

「いたっ、いっ……まっ、シヌ、死ぬ!」

 

「お前を追うのに散々走り回らされた……ランニングで少しは頭が冷えたかこの大馬鹿者が!」

 

「タンマ、ギブ! ほんとにちょっと……血、出てるから……!」

 

 オルガニアの拳がほんのり朱に染まり始めたあたりでようやく俺は解放された。

 脳震盪でしばらく立ち上がれず、俺は寝たままオルガニアを見る。

 思ったんだけど幼女にタコ殴りにされる光景って、はたから見るとどう映るのだろうか。

 

「貴方は……」

 

「我は魔王オルガニア。騎士の娘、ここから先は我の好きなようにやらせてもらうぞ」

 

「邪魔をしないでいただきたい。おつむの足りない魔王などに動かれては洞窟が倒壊しかねないからな」

 

 オルガニアが俺の中にいた時もそうだったが、早くも二人が火花を散らす。これは倒れている場合じゃないと俺は慌ててあいだに入る。

 

「い、今は喧嘩してる場合じゃ……」

 

「五月蝿い黙れ」

 

「寝ていろ、アルス=フォートカス」

 

「……はぃ」

 

 駄目だこの二人。目が鬼のそれだ。

 うん、思う存分喧嘩をするってのもたまには大事だと思うんだ、俺。

 殴られた痛みに身を任せて俺は再度地面に寝転がる。言い合いは聞こえないふりをして。

 

「アルス、立て」

 

「……なんだよ?」

 

 喧嘩は終わったのか、オルガニアが俺に話しかけてきた。

 その奥にいるミネルヴァさんは不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向いてしまっている。

 

「気分はどうだ?」

 

「……最悪」

 

 寝たまま、オルガニアの方を見ずに答える。

 

「……我がどうしてここに来たか分かるか?」

 

 そういえば。

 何故だ? オルガニアはエミィの身の安全には全く興味がないと言っていた筈だ。

 俺は起き上がってオルガニアの顔を見る。

 

「我は借りを作るのが非常に。そう、非常に嫌いだ。それはあの小娘とて例外ではない」

 

「どういう事だよ?」

 

「……押し売りされたようなものだがな。お前の額を切った男が我と小娘の元に現れた時――」

 

 眉をひそめて面倒そうに俯くオルガニアはその時を思い出すかのように語る。

 オルガニアの口から語られたのは、驚くべきエミィの行動だった。

 

 ――ニーアちゃんには、手を出さないでください。

 

「小娘は我を庇って前へ出た。――それがあの場で起こった事だ」

 

「そう……だったのか……」

 

それを聞いた俺は、開いた口が塞がらなかった。

その話の真偽はわからない。わからない、が、ただ一つ分かることがある。

 にわかには信じられないが、エミィならそんな無茶をやりかねないのだ。あの殺気の漲る男を前に、怯え、畏れながらも前にでてその身を盾にする少女。それが彼女、エミィであると。

そうか……エミィは、またあんな無茶を。

 

「まぁ、お陰で我も下手に力を使って目立つ事は避けられたがな。あの小娘は良くも悪くもお前によく似ている」

 

「似てる、か? どこが?」

 

 言っちゃあなんだがそれは失礼というやつではないだろうか。エミィに対してだが。俺と一緒にされては向こうも不本意の極みだろう。

 

「対して強くもないのに無駄に正義感が強い所とか、特にな」

 

「似てる……かな、それ」

 

「そういう奴は我から言わせれば馬鹿だな。あと迷惑極まりない」

 

 俺とは違ってエミィのは筋金入りだ。誰に対してもあのような行動ができるという、不退転の覚悟を感じる。俺は……本当に命の危険に晒された時は怖くて迷ってしまうだろう。

 オルガニアはバッサリと切って捨てるが、その声色に嫌味は感じない。

 

「だが、愚か者ではない。この話をまたする必要はないな?」

 

「…………」

 

「さ、て。我はこの世界を十分楽しんだ。……そろそろ頃合いだと思っていたのだ」

 

「って、え?」

 

 オルガニアは唐突に話を切り替えて、軽く伸びをした。頃合いとは、どういう意味だ?

 

「我は今からお前の中に戻る。我もお前も……共に受けた借りを返しに行くぞ」

 

「……っ!」

 

 少しだけ残念そうにしたが、オルガニアはすぐに無表情に戻って告げた。

 そのまま一緒に行こうと言いたくなるが、オルガニアはこの世界で目立つことを良しとはしない。オルガニアの魔法はあまりにも派手すぎるのだ。

 

「……何をするつもりだ?」

 

 横で話を聞いていたミネルヴァさんが訝しんでくるが、オルガニアは意地の悪い笑みを見せるだけで、何も答えない。

 

「それに、お前の力は我が居なければ使えないだろう」

 

「え、魔力の受け渡しは顕現しててもできるんだろ?」

 

「我の言わんとしてる事は直に知るだろう。いや、勇者的に言えば思い出す、か? ……全く、お前の力なのに何故我が先に答えに辿り着くのだこの鈍感」

 

「悪かったな、鈍感で」

 

 詰るようなオルガニアの視線に俺はバツが悪くなり、目をそらして流す。

 何はともあれ、オルガニアが俺に力を貸してくれるなら願ったりだ。そのためなら乗り物にくらいなろう。

 そして、俺の力でエミィを助ける!

 

「ではしばしの間眠れアルス。夢の中で、また会おう」

 

「でもすぐには眠れな――」

 

 オルガニアはそう言い終わるや否や、後頭部に痛烈な一撃が入る。

 ぐわんと激しく目眩がして……間もなく俺の意識は闇の彼方へと消し飛んだ。

 

「……文句を言う暇もなかったじゃないか」

 

 俺が次に身を起こした場所は、一面の星の世界だった。眠らせる方法って物理かよ。

 この景色には見覚えがある。となると……。

 俺は辺りを見渡してオルガニアの姿を探した。

 

「最後に、確認をしておこう」

 

「っ!」

 

 ゆらり、と。不意に小さな魔王の姿が闇の中から現れ俺は図らずも身構えた。

 

「守るとは、他者の代わりに命を賭けると言うことだ」

 

「そんな洒落た言い方しなくても、分かってる。……頑張るよ。死にたくないし、死なせたくもないんだ」

 

「ふん、精々今回も我を楽しませろ。……では、名を――」

 

 最初の時と同じ質問をされる。

 俺は口を開き……

 

「アルス=フォートカス」

 

 意を決して、告げた。

 

刹那、世界はぐるりと反転して現実にいる俺の目は開かれる。

腹は決まった。力ももらって勇気ももらった。

 

『行くぞアルス。お前は――』

 

「この世界で最も強い、だろ?」

 

魂の中から聞こえる、オルガニアの少し靄のかかったような声を聞くのも久しぶりだ。

 

 そうだ、死なせたくない。死にたくもない。

 誰に何と言われようと、その覚悟だけを胸に、俺はもう一度ミネルヴァさんと向き合う。

 

「俺も、連れて行ってください」

 

「っ……。もう、好きにしろ。……なるべく私の側を離れるな」

 

 怒りや勢いでもなく、中途半端でもない。ようやく固まった俺の覚悟を感じてくれたのか、今度こそミネルヴァさんは折れ、洞窟の中へと歩を進める。

 俺はその後ろにぴったりと付き、敵の根城へと足を踏み入れたのだった――

 

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