勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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お久しぶりでございます。
約四ヶ月ぶりの投稿となりますがなんとか続きをかけました。


第36章「[結束]の光」

こつん、こつん、と。恐る恐る歩けば歩くほど靴音が耳に残る。

自分は歩いているのか、戻っているのかすら、ともすれば分からなくなりそうな道において唯一の道しるべは目の前に灯る光のみ。その光さえも見失ったらと思うとぞっとしない。

 

目の前に見える背中の歩みは慎重に、けれども決して臆することなく緩まない。その背は他に頼る物のない俺にとってどこまでも大きく優しいもので、すぐに足が竦んでしまうヘタレな俺の勇気の源に他ならない。

 

ミネルヴァ=スカーレット。

迷いのない歩みは、彼女が騎士であるという事を悠然に語っていた。

 

言うまでもなく、ここに一人で放り込まれたのならば俺は歩くことも戻ることもできずに限りのない闇へと溶けていってしまったことだろう。

どろり、どろりと。心さえも。

 

しかし、今は溶けることを反響する靴音が許さない。

そこに俺はいるのだと、進んでいるのだということを否が応でも肯定される。

お前は悪魔の巣に挑み、侵入したのだ。逃げることなどは許されない。

 

俺は乾ききった唇を舐めてから湿らす。

駆り立てられるように足を動かしながら、その事を強く、強く自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人工物?」

 

ぬかるんで歩きにくい洞窟をそれでも励んで進む事十数分。俺とミネルヴァさんが見つけたのは地下へと続く先の見えない階段であった。

階段は石造りで、その形状は自然にできたものとは思えない程度には舗装されている。所々ひび割れてかけている岩肌から僅かに覗く無骨な鉄筋が人工物であることの証拠だ。

 

この状況において俺の胸中に真っ先に浮かんだのが「何故ここに人工の階段が」という疑問よりも、人の知恵の入った空間があるということに対する純粋な安堵だった。全くもって緊張感がないと言われればそれまでであるだろうが、それが常人の思考という事で許していただきたい。

俺はそんな自分の生っちょろさを気にすることもなく、他に道はないか辺りを見渡し始めた。

 

「他に道は……ない、みたいですね。行き止まりだ」

 

「ここまで一方通行とはな。気味が悪い」

 

階段に向かって吐息を漏らしながらミネルヴァさんは悪態をついた。

確かに、ここに来るまでドロドロの土と隆起した岩を除けば妨害など一切なしの一方通行。ともすれば只の洞窟探検と勘違いされそうなくらいに危険はなかった。

だというのにいきなりこのような異質な建築物を見せれたのだ。普通の感性を持つ人間ならば気味が悪いと感じるのは至極当然のことと言える。

 

『中々遊び心のある奴のようだな。歩く者の興を冷めさせない、いい作りだ』

 

が、普通の感性を持っていない奴が俺の中に約1名。

感心するような声で階段を作った者を褒めるのは晴れて俺の魂の中へと舞い戻ったオルガニアだ。通信魔法石を挟んだかのようなくぐもった声質を聞くのは僅か数日ぶりだというのに変に懐かしく感じる。

 

「やっぱお前って、迷宮作る側の奴なの?」

 

『いや、我は特にそういうのには携わらん。まぁ気にくわないものがあったら取り壊させるのだが』

 

「出たよ自分は何もしないのにダメ出しだけして帰っていく奴! しかも壊す辺り余計にタチが悪い」

 

どれだけ必死に構想を練って建物を作ろうとも、それの存続はオルガニアの匙加減1つ。改めてこいつの世界は政治形態含めパワーバランスがどうにかしてると思うが、それは今更だ。

 

「何をしているんだアルス=フォートカス。進むぞ」

 

「って、ちょ。置いてかないで……!」

 

階段に足をかけ始めるミネルヴァさんは見失う程遠くにはいないが、それでも一人になることに拒否感を覚える俺は慌てて後を追おうとして――不意に後ろを振り向いた。

 

「……あれ、今」

 

『どうした、アルス』

 

知っている香りが鼻をかすめたかと思ったが、後ろを向いても何もない。

あるのはただミネルヴァさんの光に照らされた岩肌だけだ。

右を見ればさっきまで歩いて居た道。左を見れば行き止まり。

誰も、いない。

 

「なんか、今、通らなかったか? 俺の後ろ……」

 

『今は魔力を探知していないから分からん。まぁ、何が居てもネズミには変わらん。それよりも我は先に進みたい』

 

「子供かよお前は。……んー」

 

いくら目を凝らしても見えなかったものは仕方がない。

さらに物珍しいものをお求めの好奇心旺盛な魔王に命じられれば逆らうわけにもいかず、先へ進む事を優先するべきと考えた俺は頭に引っかかったものを脇へ追いやってから階段を降りていくのだった。

 

「何かを見つけたのか?」

 

「あー、いや。気のせいでした。すいません」

 

「……そうか。些事なことでも見逃すな」

 

上で止まっていたのを訝しんでミネルヴァさんが尋ねてくるが、俺は首を横に振って答える。

出会った当初こそ俺の一挙手一投足を疑惑の目で睨んでいたものだが、意外なことにミネルヴァさんはそれとなく忠告だけを残して前を向き直った。

 

「それにしても、深いですね。この階段」

 

「もう終わりが見えた。油断はするな」

 

俺の視点からははっきりと見えなかったが、間も無くミネルヴァさんの言う通りに無限に続くかと思われた階段は終わりを告げた。

転倒しないようにゆっくりと最後の一段を降る。

地下は、地上の洞窟に負けず劣らずの暗闇で支配されていた。入り口から差し込む太陽の光がないから、上よりも暗いのかもしれない。

俺は唾を飲み込んでひんやりとした空気を肌で感じた。

 

洞窟とは打って変わり、光にぼんやりと照らされて見えるのは古ぼけたレンガ。壁一面にそれは敷き詰められており、先ほどまでのいつ崩れるかも分からない土くれの壁とは安定感が違う。年季の入り方から見て、最近作られたものではなさそうだが。

 

「ここって、一体どんな場所なんでしょうね?」

 

「さぁな。こんな場所は見たことがない。……不自然なことだ」

 

『ふむ……お前達の目が節穴だった、というわけではないか』

 

「お前は言葉の端々がトゲトゲしてんなぁ……」

 

嫌味ったらしいオルガニアの軽口をほどほどに受け流し、騎士団が、しかも副団長たるミネルヴァさんがこの近辺を把握できていなかったという事実に疑問を感じる。

なるほど、ミネルヴァさんのいう通りこの建築物はかなり不自然だ。単純に考えるとここは魔王軍が作った拠点か何かだろうが、そう考えると侵入者に対する罠の一つもないのがより不気味だ。

 

靴音を聞くのもすっかり飽きてきた頃、あまりにも何も起こらないせいで俺の気が一瞬緩んだ時だった。

 

ふっと。俺の頰を柔らかな風が撫でた。

いい加減陰湿な空間にうんざりとしていた所に清涼感を届けてくれた涼しい風に感謝をする、が――

 

頭を切り裂くような、痛烈な違和感。

 

……風?

 

情景を繰り返し説明するが、ここは地下。そしてレンガで壁は一面囲われ、暗闇のせいで通気口の有無は確認できないが、あれほど分かりやすい風が吹くことはないだろう。

 

「地下、なのに、風?」

 

「……なに?」

 

風を感じたのは俺だけのようで、ミネルヴァさんは訝しげな目を呆けた表情の俺に向けた。

実際、感じたことをそのまま口に出してしまったので、自分が何を言ったのかを遅れて理解する。

そうだ、今確実に風が吹いた。十中八九勘違いではないほどにはっきりと。

俺は慌てて周囲を見渡すと、自分たちがいつの間にか少しだけ開けた場所に立っていることに気づいた。

道は以前一本道。このまま先に進むこともできる、が。

 

「何か、いる――ような気がする……!」

 

「……ッ。ハッ!!」

 

さっと顔から血の気が引いて俺の頭に警鐘が鳴り響く。

その様子を異常と判断したミネルヴァさんはより鮮明な視界を得るために剣先から灯す光を強くし、全体を一気に照らしてみせた。

一瞬、爆発的に上がった光量に目がくらむが、それもすぐに慣れてくる。

恐る恐る目を開けてみると、目の前には

 

「待っていた」

 

長身の男が、亡霊のように佇んでいた。

 

「勇者達よ」

 

「――!!」

 

一歩、男が前へ進みでる。

その頭に初めて会った時の帽子はない。目の下に濃いクマを作り、虚ろで身をえぐるような目つきをみることができた。

目つきの悪さで言えば俺以上だ。泣く子はもっと泣き叫ぶ、そんな空気をひしひしと感じる。

男は静寂な空気を纏ってはいるものの腰に差した剣は早く血を吸いたいと猛るがごとく、その銀色の刃を覗かせている。

 

俺の意識は嫌でも額に持っていかれるが、それを押し殺して俺は口を開いた。

 

「お、おま、おまおままお前! エミィはどこだ!?」

 

「エミィ? ……ああ、彼女か。彼女は無事だ。彼女は正しさを証明してみせた」

 

「なんだその、なんか、なんだぁ!?」

 

分からない。こいつはなにを言っているんだ?

ついでに自分の言っていることも支離滅裂になってきて冷や汗が止まらない。

だってこいつ怖すぎるんだよ。目とか本気で睨み殺せそうだし、手がさっきから柄に添えられていていつ切られてもおかしくない。

とにかく背筋がぞわりと凍り、額のささくれがトラウマとなって俺の心を縛る。

 

「いくつか質問させてもらおうか。こんな穴倉に隠れてまで……一体なにが目的だ!」

 

「……答える気は無い。君らは知らなくてもいいことだ」

 

いつか聞いたものと同じ文句で突っぱねられて取り付く島もない。男は完全に俺たちと話をする気はないようでそれきり閉口してしまう。

そっけないを通り越して性格悪いその振る舞いにミネルヴァさんも苛立ちを隠さずに舌打ちをする。

まぁ、魔王なんかに加担する奴に人格を求めてもと言いかけるが、シルクの存在が脳裏をよぎって口を噤む。

もしかしたら、この男にも何かやんごとなき理由があるのかもしれない。

 

「私の名は、イェルス。つまらぬ善を、無意味な善を斬りし者」

 

「意味わかんね……ぇ!?」

 

いよいよ焦ったさが限界に達した俺も怒鳴りそうになったが、それよりも先に轟と唸る剣閃が地を抉るのが先だった。

不意の衝撃と共に俺の視界は真横に吹き飛ぶ。

何かに無理やり攫われたかのような感覚に既視感を感じつつ遅れて驚きの声をあげる。

 

「惚けるな! 次が来るぞ!」

 

「えっちょっ、早くない!?」

 

会話のキャッチボールが成り立たないのが分かってから攻撃までの間隔がほぼなかった。

そのことに意義を立てる暇すらもなく俺は半ば本能に従って走り出す。刹那、俺が蹴り出した後ろで見えない刃が三閃、またしても床と壁を削り取っていく。

 

「お、おっかなすぎる! 剣から何か飛ばしてるのか……? どうなってんだ?」

 

「下がっていろ、アルス=フォートカス」

 

胸のポケットから精霊石を取り出したミネルヴァさんは躊躇いなく指で石を小突く。

精霊石に宿る精霊たちが呼びかけに応えて大気へと一斉に飛び出し、封じられていた魔法が発現した。

ミネルヴァさんが持つ精霊石に込められた魔法は強化【フィジカルビルド】。ミネルヴァさんの能力を最大限に生かすための身体強化の魔法だ。

 

「……」

 

イェルス、と名乗った男が一度剣を握る手に力を込めれば強風が吹きすさび、地が割れる。

ある国に伝わる居合いという剣技に酷似している気がするが、この男がまともに剣技を修めているかは定かではない。

兎も角、この男の放つ斬撃はどこまでも速く、迅い。それだけは断言できる事実であった。

実際、身体強化を含めたミネルヴァさんでも回避に集中しなければ裁けないほどの速度だ。

 

「速度以前に、数が多い……なんだ、これは……!」

 

しかし均衡を保っていた状況は早くも崩れ始める。

止め処なく放たれる斬撃をかわしきれなくなりミネルヴァさんが苦悶の表情を浮かばせ始めてしまった。

それでも彼女は歯を食いしばりながらも剣で斬撃を跳ね除け、続けざまに放たれものを身を翻して躱す。彼我の距離は徐々にではあるが近づいていき、ようやくミネルヴァさんの攻撃圏内にイェルスが収まった。

 

「せぇああああ!!!」

 

身を翻したその勢いのまま強引に剣を叩きつけ、金属同士の奏でる不協和音と共に両方の刃から火花が散る。

間髪居れずに二閃、三閃と追撃が続き、いっそ見惚れるほどに鮮やかな剣戟は留まることを知らない。

剣と剣の接触音が十を超えたところで、ズンとミネルヴァさんが地面をへこますかのような踏み込みで構える。それを見たイェルスは直ぐに後退することで剣戟は終わりを迎えた。

 

「ふぅっ――きっとっべぇぇぇぇええええ!!!」

 

その一撃は足元に剣を振り下ろす――のではない。

踏み込んだ足で更に地を蹴り、もう一歩、大きく前へと進む。

大きな踏み込みと共に動いた者と、唐突に後ろへ体を飛ばせた者。どちらに分があるかは訊くまでもなく、ミネルヴァさんの体は爆ぜるように動き、後ろへと飛びずさったイェルスとの距離を一気につめた。

 

後退を予測した追撃の技。悪魔の首狩りを思わせる必殺の凶刃はイェルスの眼前へと迫り――

 

「甘いッ!!」

 

「なっ……あっぐ!?」

 

「うわっ! ミネルヴァさん!」

 

一刀両断。となる前に吹き荒れる風に阻まれた。

4度、空を切り裂いた鎌風はミネルヴァさんの体を攫い、壁に打ち付ける。

それほどの突風はもはや剣の風圧などでは説明できない。イェルスの繰り出す攻撃は魔法と見て間違いはないだろう。

しかし、何故詠唱せずに魔法が使えるのか……

 

「って、それどころじゃ……!」

 

壁に当たった衝撃はかなり強かったようでミネルヴァさんは歯を食いしばってうずくまってしまっている。

最悪骨にヒビが入っているかもしれない。

慌ててミネルヴァさんに駆け寄るが、震える足で立ち上がるミネルヴァさんは俺を無言の圧力で制した。

 

「遅いな。そして軽い。さて、その身体強化は今日で何度目になるのやら」

 

「……っ!」

 

イェルスの言葉にはっとなった俺はここまでのミネルヴァさんの戦いを思い出す。

ガストの時に動体視力と腕、足。俺の時にも恐らく同じ回数。計6回以上はくだらないはずだ。

身体強化で体力は強化できない。そのためミネルヴァさんの体に限界が来ようとしているのだ。

そもそもガストとの戦いで上級の魔法の詠唱を切り詰めて行うなど、大分無理をしていたはずなのだから、疲れていない方がおかしい。

本人もそれを分かっているようで、荒くなる呼吸を隠そうともせずに汗をふき取りながら、ふっと笑みをこぼした。

 

「本当は……もっと、手を抜いて戦うつもりだった」

 

剣を握り締め、目だけは敵を捕らえて離さない。

 

「だが……手を抜くのは失礼に当たると感じてしまった。……任務よりも感情を優先するなんて、私も……未熟だな」

 

「それが君の弱さだ。その弱さごと、私が斬ろう」

 

「ふん、言い訳をするつもりはない! やれるものならやってみろ!」

 

ふらつくミネルヴァさんに向かって、イェルスは剣を構える。ダメージを負ってしまった今のミネルヴァさんでは今度こそあのかまいたちは防げないはずだ。

しかしそんな中、動けずに固唾を飲んで傍観していた俺の目に、ちらりとなにかが映る。

 

「首に……魔法陣?」

 

イェルスの長い襟足の髪の毛でかなり隠れているが、首筋には刺青のような魔法陣が刻まれていて、淡く発光している。

あの魔法陣には、見覚えがあった。

 

王都の森であったグランウルフを召喚していたという少年。彼に刻まれていた魔法陣と、イェルスのそれは正に瓜二つではないか。

 

「じゃあやっぱあれは……!」

 

何故詠唱もなしに魔法が使えるのかは分からないが、あの光る謎の魔法陣。

それはかまいたちの正体は魔法であると結論づけ、そして俺をミネルヴァさんの前に躍り出るに至らせるには充分過ぎる証拠だった。

 

「なに……っ!?」

 

「なっ……アルス=フォートカス!」

 

「おおお、たんと喰らえオルガニア! 目の前にあるのは……蓋の開いた料理(むき出しの魔力)だぞ!!」

 

イェルスもここで俺が動くとは思っていなかったのであろう。ミネルヴァさんを仕留めようと構えていた手は止まらず、無警戒のかまいたちを飛ばしてしまう。

だがそれは俺には通用しない。しないはず。通用したら俺は死ぬ! 女神なんぞ頼りにならない。だからお願いします、魔王さま!

 

『我に命令するな馬鹿』

 

掌を正面にかざして半ば匙を投げるような祈りを捧げると、魔王はぶっきらぼうに応えた。そして――俺は賭けに勝った。

空気が爆発するかの如く猛烈な音が炸裂し、掲げた掌が衝撃で揺れる。けれど俺を両断するはずだった風は俺の目の前で跡形もなく消えたのだった。

 

「――!!」

 

この事態をすぐさま異常と判断したイェルスは一気に壁際まで跳躍して距離を取る。さて、本番はこれからだ。

 

「勇者の力……要するに光には、必ず意味があるんだ」

 

むせ返る程の土埃を払いもせずに、俺は自分の持つ専用神器(アーティファクト)を見つめて、呟くように言葉を溢す。

 

「大神官レストは分かりやすいよな。あれは[浄化]の光だ。闇を払って、魔を打ち消す。光の本質のような感じ」

 

「……」

 

唐突に始まった勇者の解説にイェルスは訝しげな態度を取りながらも俺に向かって切り掛かっては来ない。恐らく警戒しているんだろう。何かしら俺が隙を見せれば、また攻めてくるはずだ。

 

「じゃあ、ミネルヴァさんは? ……あれは[守護]の光。質量を持った光は、後ろに立つ者達を包んで守る。ほんと、どこまでも騎士向きだと思うわ」

 

「……」

 

ミネルヴァさんも、今は俺の言葉に耳を傾けて動かない。彼女は俺の言葉の真意を図ろうとしているのだ。

勇者の力を最初に使った時の高揚感はいずこへ。冷静になった今は激しい憤りに変わっている。俺はこの力に気づいてしまったが故に女神の理不尽さを痛感してしまったからだ。居場所が分かれば怒号を撒き散らして殴りかかってしまいそうな程に。

 

「じゃあ。じゃあさ! 俺のは、なんだったと思う?」

 

浄化だとか守護だとかいう名前は一部の人間が呼んでいる称号に過ぎないが、俺の勇者の力を漢字2文字で例えるとしたら、きっとこうなるだろう。

 

「……[結束]」

 

ポツリ、と。

本来は喜ぶべきだった自分の力の名前を俯きながら吐き捨てた。

灯台や松明があるように、光の下には人が集まる。そうして周りには街ができ、発展して文化を築く。光は人を集めてより強くできる。

俺は所謂、その力の拠り所なのだ。

早い話が、俺の勇者の力は他者から魔力を譲り受けた時に、貰った魔力を誰よりも強力に、巧く使える力なんだと思う。

 

それだけ聞いたら正に勇者らしいと誰もが言うだろうが、これは大事なことなので二回言う。言わなければならない。

これを聞いたからには全ての人間が女神の正気を疑うだろう。

 

――この世界に、誰かに魔力を渡す手段は無い。

 

繰り返す、誰かに魔力を渡す手段は無いのである。

 

つまり俺の力のコンセプトはのっけから完全否定されており、使いたくても使えない産業廃棄物なのだ。酷い、酷すぎる。ジョークだとしても笑いを通り越して恐怖で身体が戦慄するというものだ。

女神は俺に嫌がらせでコイツを寄越したんじゃないかと思うことをどうか許してほしい。誰であろうとも「ふざけんな」と叫ぶこと必至だ。

そんなわけで俺の胸中は力が見つかったことへの喜びと、女神に対する憤りでごっちゃごちゃ。

 

それでも、俺には一抹の希望が残されていた。

 

そう――オルガニアの存在である。

 

『よく自分の力に気がついたな。その利用法も』

 

「いやさ、考えてみたら俺、オルガニアの魔法バンバン使えちゃってるし、もうこれしかないかなーって。はは、ごめんなオルガニア」

 

『全くだ。我を利用するなど千年早い……が。こんなはした金ならぬはした魔力なんぞいらんから、お前にやろう』

 

的外れでもないが、俺の謝罪の意味をどこか履き違えているオルガニアに、そういえば俺はオルガニアに頼ってばっかりだなと自嘲気味にうすら笑う。

誰に許可を取ったわけではない、自分の意思に従って俺の口は詠唱を始めた。

 

「冷皮の魔法。湧き立つ血肉は銀の冷気を身に纏う」

 

『冷皮の魔法だと? 待てアルス。お前には冷気の魔力はもう残ってな――』

 

左手には、冷気を。

 

「次ぐ極光の魔法により。日出る空よ、無に光を」

 

そして、右手に電撃を。

 

起きている現実にいよいよオルガニアが俺の魂の中で目を見開いて声を震わせた。

 

『今吸収したのは我の世界にはない風の元素……? いや、だが……何故……お前は……』

 

オルガニアが二度俺に見せてくれた風の魔法。それを完成させるために必要なのは冷気と電撃の元素だ。

冷気を生み出す冷皮の魔法と、静電気を生む極光の魔法は、正にお誂え向きと言えるだろう。

 

「ごめんなオルガニア。俺ってやっぱ……見よう見まねでやっちゃうタイプだったわ」

 

『アル――』

 

静止の声を振り払い、そうして俺は一線を踏み越える。

 

雑ぜる(・・・)盾嵐の魔法により。巡れ! 咆哮!」

 

かくして、風は吹き荒れた。

 

 

 

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