勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:市場龍太郎
「はぁぁあああ……!!」
ろうそくの火が立ち並ぶ不気味な部屋で、神々しい光の粒子が見るからに熟練、といった風態の男神官から溢れてくる。
なにやら途轍もない力を感じるが、果たして。
「ハァッ!!」
『千年修行してから出直してこい。次』
「あばばばばばばばばッ!?」
俺の頭に手を乗せて力を放った神官は俺の中の魔王によって逆にその精神を蝕まれ、身体を痙攣させてからドサリという音をたてて床に伏した。
さて、こうして気を失った聖職者達がこれでもう何人目になっただろうか。
俺の周りには涎を垂らして白目をむいている神官達がゴロゴロと折り重なるようにして倒れていた。
正に死屍累々。これは子供にはちょっとお見せできない光景である。
俺をこの浄化部屋と呼ばれる簡素な小部屋に連れてきた最初にお祓いをしてくれたシスターさんは部屋の隅で顔面を蒼白にしながら小動物のようにガタガタと震えていた。ともすれば泣いてしまいそうである。
数々の聖職者達を千切っては投げを繰り返し、退屈そうに欠伸をしているオルガニアに俺は諌めるように言った。
「あのさぁ……お前もうちょい手加減しないの?」
『している。こやつらが小物過ぎるだけだ。というか緻密な硝子細工を作るような高度の魔力調整をしている我を少しは讃えてもいいのだぞ』
オルガニアは困ったように不平を言う。心なしか口を尖らせているような気がした。
それにしても熟練の聖職者をまとめて小物扱いとは、こいつの規格外さがよく分かる。
チートかこいつ。チート魔王。
加減してもこの有様だという事実にドン引きしていると、不意に浄化部屋の扉が開けられ、白髪を携えた老人が入ってきた。
「こりゃあ一体……なんの騒ぎですかな?」
「あ……だ、大神官様っ! おかえりになられていたんですね!」
大神官、という名を聞いて、俺の耳がピクリと動く。
扉の方を向くと、かなり細身の老人が顎髭を弄りながら立っていた。
真打登場、というにはあまりにも迫力のない登場の仕方だが、シスターさんはまるで女神でも見たかのように目を輝かせて涙を浮かべながら大神官に縋り付いた。
この人が、大神官レスト。ソルデにおいて最も力を持つ勇者……もとい大神官。
見た目はただの老人。覇気や威厳を感じさせるわけではなく、デコピンしたら死んでしまいそうなほどに弱々しく感じる。
というか小刻みに震えてる。大丈夫なのだろうかこの人。できれば今直ぐベッドで寝ててほしい程に危なっかしい。
「ほほう、呪いを祓えない、と……。はて、この教会にいる者たちは皆一様に手練れではあるはずですが……はてはて」
俺が観察している間にシスターさんが状況を説明してくれていたようで、大神官レストは俺の頭に手を乗せる。
……そして。
「あぁー。こりゃ無理ですな。諦めてくだされ」
「は、はぁ!?」
即座に尻尾を巻いて逃げ出した。
予想外の言葉に俺も見ていたシスターさんも口をあんぐりと開ける。
「はて……これほどの強い魔力。わたしは感じた事がないですな。およそこの世の物とは思えない。よって、無理です」
戦いを挑む前から白旗を振る大神官。その選択はもしかしたら正しいのかもしれないが、些か釈然としないものがある。
『ふん。その勘の良さは認めよう。だが我はお前の持つという神器が必要なのだ。逃げてもらっては困るな。女神の下僕よ』
「……ほほう。その御仁は女神様のお力を求めているのですかな?」
喧嘩を売りに行ったオルガニアの挑発的な物言いに大神官レストは目を細めて反応する。
「オルガニアの言葉が聴こえるのか!?」
「オルガニア……それがその者の名ですかな? しかし女神様を侮辱するその言葉はいただけない。女神様は人を下僕などとは考えてはおられない」
『女神がどのような考えであるなど知った事か。我から見ればお前達は立派な女神の下僕そのもの。お前は一体何年その現実から目を背けてきた?』
当然のようにオルガニアと話をする大神官レストの力は本物のようだ。
2人の話はヒートアップしていき、両者の間に火花が散る。訳のわからないシスターさんは徐々に高まっていく大神官レストの魔力におろおろとしながら俺に助けを求めるように涙目を向けてきた。
正直俺に助けを求められても困る。
そもそもオルガニアを宥める事など俺にできっこない。こうなる事はなんとなく分かってたし、大神官様には是非ともオルガニアと全力で戦っていただきたい。
「なるほど。そこまで言われてしまっては、女神様の名にかけて引くわけには参りませんなぁ」
『最初からそうしろ。そしてとっとと神器を寄越せ』
「……後悔なされるな、異界の王よ」
大神官レストがそう呟いた、次の瞬間。
爆発にも似た轟音と共に目を開けていられないほどの眩い光が部屋を支配する。
大神官レストが、女神から賜った
徐々に光が落ち着いていき視界が鮮明になると、大神官レストの持つ
錫杖のようなその神器は淡い黄金の粒子を振りまき、一振りするごとにその軌跡には光が奔る。
――これが、本物の勇者。
勇者の力を正しく振るうものが持つ神器というのがここまでの輝きを放つとは知らなかった。というか俺のと違いすぎてこれは若干ヘコむ。
「あ、あれ? というかこれ俺大丈夫? 俺消し飛んだりしない?」
「心配なされるな。人の身には影響は出ませんぞ」
先程の弱々しいイメージから一転。大神官の名に恥じない程の風格をまとった大神官レストは錫杖を構えながらそう言った。
これなら本当に魔王を祓う事ができるのでは無いだろうか。
俺の胸に期待が芽生えてきた……が。
『――粉の長は所詮、粒か』
オルガニアは、依然としてその態度を崩さなかった。
それどころか、何故だか冷ややかな目線を向けている気がする。
「参りますぞ。……キィェエエエエエエイ!!」
大神官レストは雄叫びと共に輝く錫杖を振り上げ、地面に突き立てる。
錫杖より放たれる光の魔力は大神官レストの右掌に集まり、その輝きは太陽を彷彿とさせる程に強大なものだった。
当然目を開けていられるはずもなく、俺は身体を強張らせてぎゅっと目を瞑る。
大神官レストの掌が、俺の頭に触れたような、気がした。
そしてそれと同時に――俺の中にいる少女の姿をした魔王が、フッと、笑った気がした。
『――浅薄』
刹那。
今まで輝いていた光の全てが弾け飛んだ。
俺に手をかざしていた大神官レストの放っていた光も、錫杖から溢れていた光も、全てが弾け、霧散した。
訪れる無音の世界。
誰もが口を開かなかった。
『話にならん。次』
しかしオルガニアは、いつもの調子で欠伸をしながらそう言うのだった。
大神官レストは何も言わずに俺から手を離し、ふーっと息を吐く。
「いやはや……完敗ですな」
「あ……ダメでしたか」
肩を落とす大神官レストを見て、俺も脱力する。少しだけ期待してはいたが、最初に大神官レストが言った通りやはり無理だったようだ。
「……しかし、それ程の力を持つ存在を内に宿してなんとも無いとは。貴方も中々に規格外な存在ですな」
「え、えぇ……」
「申し訳ありませんが、我々では力不足……。どうか貴方様にセイクリア様のご加護があらんことを」
結局、お祓いは成功せず、俺は大神官レストにお礼を言ってから教会を後にすることにした。
以前オルガニアの言っていた事が正しいのならば、オルガニアに残っている力というのは殆ど無い……。それほどまでに弱っているとの事だったが、こいつが万全の状態になったら果たしてどうなってしまうのだろうか。
世界を滅ぼすとかは簡単……とか言いそうだ。
ちなみに大神官レストの持っていた
『余すことなく魔力をいただいた。あれはもうただの棒切れだ』
だそうだ。女神を信仰している聖職者からしたら女神の力が込められた神器をただの杖にされるというのは耐え難い事だろう。今更ながら本当に悪い事をした。
俺は大神官レストに同情しながら、オルガニアに喰わせるのは持ち主のいない神器にしようと密かに決意した。
「……それでもまだ魔力は戻らないのか?」
『うむ、まだだ。あれがあと30本でもあれば少しは戻るだろうが』
「それでも少しかいな……」
こいつの胃袋のデカさにはほとほと呆れてしまう。俺はこれから神器を見た瞬間ポンコツに変える爆弾を抱えながら生きていかねばならないのかと思うと胃が痛くなった。
「……そういえば、大神官さんの魔力には手をつけなかったのか?」
胃をさすりながら、素朴な疑問をオルガニアに投げかけてみる。
いや、やれとは言わないが、やってもおかしくはないと思っていたのだが。
『命を持つ者から魔力を奪い盗るには、少し工夫がいる』
「……工夫、か」
『そう。殺してから奪い盗るのだ』
「工夫!?」
断じて違う。それは工夫という名の暴力だ。
なんでわざわざそんな事をする必要があるのかと今後の身の安全のためにも俺は聞いておくことにした。
しかし割と感覚的な物らしく、オルガニアが言うには……
『蓋の開いていない料理をお前はどうやって食べるというのだ?』
……だそうだ。そう言われれば確かに食えはしないが。
だとしたら、やはりオルガニアに与えるのは命を持たない道具限定という事になるか。塵はいくら積もうが塵らしいので、神器クラスの道具に限るが。
――ふと空を見れば、もう日が落ちていた。東を見ると僅かに太陽の光が見える。
……そろそろ夕食の時間である。
腹が減ってはなんとやら。嫌な事を考えるのは後回しにして俺は足早に宿屋へと戻るのだった。
清々しいまでの完封。異世界の存在だからこそできる芸当。魔王という存在はいつだって圧倒的でなければいけないのです。
ここまで読んでくださりありがとうございます(-_-)
なるべく読みやすく楽しい物語を、と思っています…。
助言や指摘は泣いて喜びますので暇な時にでも是非よろしくお願いします!