勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:市場龍太郎
――魔王との生活が始まって一週間が経った。魔王との生活って表現がもう色々と参るが、それでも一週間が経ったのだ。
取り敢えずオルガニアは意外とお喋りだという事が分かった。
気になることは何でも俺に聞くし、事あるごとにコメントする。なんというか、好奇心旺盛で聞いてて飽きないけど俺は始終独り言を言っているように周りに見られるので、正直受け答えはあんまりしたくない。
かと言って無視しようとすれば。
『おい、我の言葉が聞こえてないわけではないだろう』
などと言いながら俺の全身を焦がしにかかってくる。
オルガニアの姿はあどけない幼女なわけだが、あの姿のまま頬を膨らませて拗ねるだけならまだ可愛いと言える。
だがオルガニアの拗ね方はお世辞にも可愛いなんて言えない程にアグレッシブだ。
灼熱の苦しみを味わった後には俺の口から煙が吐かれる。
俺は少しでも開放感を求めてギルドにやってきているのだが、それでもオルガニアの口は止まらない。
『ふむ、人間と言うのはああいうのが好きなのか。年端もいかない小娘如きが色気付きおって』
『おいアルス、乱闘が起こってるぞ。お前も参加してきたらどうだ? ……なんだ、すぐにつまみ出されてしまったな、つまらん』
『ほほう、この世界の人間の料理というのは初めて見るがこれは豪勢だな。ところでアルス。お前は紅茶だけでいいのか? ……金がない? なんだそれは』
現に今も、喋り倒しである。
露出多めの制服を着るウェイトレスを見て、酔った冒険者の乱闘騒ぎを見て、周囲の机に並べられている料理と俺の目の前にある冷めた紅茶を見比べて、もうベラッベラ喋り捲る。かれこれ1時間はこの調子だ。
そして俺は金が無いのではなくて、単純に無駄遣いが嫌いなだけだ。
「なぁ、オルガニア……楽しいのか?」
『うん? ……ああ、そうだな。我は万を超える年月を転生し、生きてきたが、異界に来るのは初めての事。――我にとっては全てが魅力的な刺激なのだ』
遠い目をするかのように、オルガニアは語る。
オルガニアが言っている事は分からなくもない。
きっと自身の世界にはもう知らない事などないのだろう。逃げてきたらしいし、オルガニアはただ純粋に命の脅威のないこの世界を楽しんではしゃいでいるのかもしれない。
そう考えると途端にオルガニアが本当に珍しい事に目を輝かせる年相応の少女のように思えてくる。
普通の少女、という風には思わないが、楽しんでるならそれは結構な事だし、それに水を差すほど俺も無粋ではない。
「お前ってさぁ、変に人間味あるよな」
『なんだ、それは? 馬鹿にしているのか』
「いやいや、違うって!」
再び身体を焼かれそうな雰囲気になったので俺は慌てて全身でそれを否定する。ギルドは今日も賑わっているおかげで、俺の独り言は喧騒の中に掻き消えていってくれた。
確かに万年生きる魔王に対しては不敬な言い方だった気もするが、普通に感想を言っただけだ。許して欲しい。
『……ふん。まぁいい。それにしてもアルス、お前は本当に1日街から出ないのだな。流石に飽きてきたぞ』
「……いやだってさぁ、街の外って危ないじゃん?」
『……はぁ?』
心底わけがわからない、というようなオルガニアに俺も何を言ってるんだお前はという意味を込めて息を吐く。
「魔物が出るんだぞ? 強いんだぞ、怖いんだぞ? お前はこんな非力で温室育ちのお坊ちゃんに戦えっていうのか?」
『そんなに威張っていう事ではあるまい……というかお前は温室という程に裕福な家庭には産まれていないだろうが』
なんと言おうが俺は絶対に外に出ない。それは例えこの身を焼かれようが決定事項だ。どうせ外に行けば遠くない未来俺は死ぬ。焼かれるのと大して変わらん。
外に出るくらいならとっとと死を選ぶ。
無様なニートの俺を焼くならば焼け。さぁ焼けすぐ焼け今焼けほら焼けバッチコイ。
『何故お前はそういう変なところで豪胆なのか……わからん奴だ』
「まぁ子供が追い払えるくらいのウサギ型魔物なら俺も戦うのは吝かではない」
『お前、自分が情けないとは思わんのか……』
疲労感たっぷりのなじるようなオルガニアの声が俺の胸に突き刺さる。
情けないとは思う。当然ながら思う。だけど戦おうとは思わない。
自分を情けないと思うのと戦いに出ようと奮起するのはまた別の話だ。
いのちだいじに。この物騒な世の中では非常に大事な言葉である。
「前にも言ったかもだけど俺は剣振ったことないし、頼みの綱の
これ以上外に出ろとか言われるのは嫌なので、俺はオルガニアのしたことを盾に嫌味ったらしく屁理屈をこねることにした。
『お前の勇者としての魔力はお前そのものの力だろう。神器が無くとも戦えないということはあるまいて』
「……それができたら世話ないんだよ」
つくづくこのちんちくりん魔王は無茶を仰る。
俺だって最初は自分の可能性を信じて訓練をしていた。その中で勇者の力を使ってみようとした事もあったが……どういうわけか、俺の魔力はうんともすんとも言わなかったのだ。勇者は女神から使命を授かった瞬間、その力の使い方をまるで知っていたかのように覚えるらしいのだが、俺は全くこれっぽっちも覚えてなかった。
「つまり、俺には才能がないんだよ」
『才能、か。お前がその言葉を使うにはまだ早過ぎるとは思わんか』
「早かろうが遅かろうが俺はもう諦めたんだよ。俺の行動の一切を阻害しないんだろ?」
『確かにそうは言ったが』
不貞腐れるようにして机に突っ伏した俺にオルガニアはまだ何か言いたげだったが、俺はそれを無視するようにして目を閉じた。
『だが神器集めはやってもらうぞ』
「……へーいへい」
これだけは言わせてもらうとオルガニアが釘を刺す。それについては俺もできる限りの協力はするつもりだ。身体は乗っ取られたくない以前に殺されたくない。
しかし果たして危険な橋を渡らずに神器を集める方法はあるのだろうか。
俺はそれだけが不安だった。
『女神という奴も間抜けだな。お前のようなサボリ魔を放っておくとは……。我ならば生まれてきた事を後悔させるほどの天罰を与えるところだ』
暫くじっと黙っていたオルガニアが、ふとそんな事を言った。
相変わらずさらりと空恐ろしい事を言うが、そこまでされたらもう反省する前に再起不能になるんじゃなかろうか。
『役立たずの下僕は居ないのと同じだ。早々に殺してしまうに限る』
オルガニアの声色は何か冗談を言うような軽い物だった。
まるで育ちの悪い植物を間引くような、さも当然のように命を軽んじている感覚。
魔王というのはやはり死生観というものも逸脱しているのだろうか。
「俺の意思ガン無視で勝手に任命したのにサボったからって天罰か……それ仮にされたらマジでどんなブラック企業だよって話だぞ。低賃金労働者もビックリだわ」
『まぁ、神とは身勝手なものだ』
本当に身も蓋も無い事を言ってくれる。
だがその意見には概ね同意だ。
……さて、無駄話も程々にして。俺は神器を集める方法を考えなければならない。
この前のように持ち主のいる神器、ないしに
となると当然探すべきは野生の神器……もとい持ち主のいない神器を探す必要があるのだが、ノーヒントで見つけるのは難易度が高すぎる。
そこで何かしら力添えを期待できないかと、俺はオルガニアにある事を尋ねてみることにした。
「なぁオルガニア。お前は神器の場所とかって探せたりするか?」
『さぁな。だが魔力を探ることはできる。大きな魔力の元へと向かえば神器もあるのではないか?』
それだ。魔王をレーダー代わりにするというのはなんだか贅沢な気がするが、その魔力探知の機能を是非とも活用させていただこう。
「そうとなりゃ善は急げ。オルガニア、王都にあるでっかい魔力を探してくれ!」
『やる気なのは良いことだ。だが王都限定で良いのか? 我がその気になればこの世界丸ごとくらいは探索範囲に入れる事ができるが』
「だから外出たくないんだっての」
絶対引きこもり宣言を改めてすると、オルガニアは今度こそ諦めたように嘆息した。
『……良いだろう。では我の導く通りに進め』
「おう、分かった」
その気になればこの世界に探索範囲を広げられると豪語するオルガニアに戦慄しながら、俺はギルドを後にして言われた通りに歩きだす。
大きな魔力の反応はそう遠くはないらしい。
『ほれ、あの建築物だ。あの中に魔力を感じる』
「ああ? ここって……宿屋、だな」
魔力の反応があるとオルガニアが指したのは、あろう事か俺が贔屓にしている、というか現在進行形で泊まっている宿屋だった。まさかここに神器があるというのだろうか。
『兎も角、入れ。もう少し詳細に探してやる』
「あ、ああ……うん」
促されるままに俺は宿屋の扉を押し開ける。
1階のラウンジには受付であるカウンターと……待合席がいくつか置いてある。フローリングの床にはやはり埃一つ見受けられず、今日も店主の少女の掃除は完璧なようだった。
「あ、おかえりなさいませ!」
「た、ただいま戻りました……」
オルガニアの探知結果の報告を待っていると、不意に奥の扉が開き、箒とちりとりを持った少女が現れた。
店主の少女はいつものように屈託の無い笑顔で俺を出迎えてくれる。
彼女のふわふわの髪の毛からは一房の髪がぴょこんと癖っ毛になっており、何かするたびに右へ左へと揺れているのが見てて面白い。
『アレだな』
はて、この宿屋に神器らしき物はあっただろうか……と考えかけたところで、オルガニアが突如反応して声を上げた。
アレ、とはどれのことだろうか。
『あの小娘の持つ箒とちりとりだ。神器と呼べるほどの魔力を宿している』
「え、えぇええ!?」
「ひゃっ! ど、どうされましたか!?」
「あ、ああいえ、何でも……」
いきなりの大声量にビクッと肩を震わせた少女に俺は何でもないとアピールして誤魔化す。
思わず派手にリアクションしてしまったが、ここで話すのはマズい。
俺は不思議そうな少女の視線から逃げるようにして駆け足で部屋へと戻った。
俺は焦燥を隠そうともせず、すぐにオルガニアに問い詰める。
「ど、どういう事だよオルガニア。箒とちりとりって神器になるのか!?」
『それは我の知るところでは無いが……
「なんてこった……」
近場で見つかるとはなんたる豪運、と喜ぶべきなのだろうが、決して手放しで喜べない。
またしても持ち主のいる神器だからだ。
驚きはしたが、仕方がない。今回のは見なかった事にして諦めるとしよう。
『さて、ではいただきにいくぞ』
しかしちんちくりん魔王様は諦めていないようで早速ポンコツを作りに行きたいと言い出した。
お願いだからやめてくれ。きっとアレはあの少女には必要不可欠なものに違いない。
神器がいきなりただの道具に成り下がって泣く彼女を俺は見たくない。というか自責の念でいっぱいになって俺はこの宿屋にもう泊まれなくなる。
『問題ない。我が魔力を喰った証拠は残らないからな。事故として処理すれば……』
「俺の良心がズッタズタになるんだよ、このお馬鹿!」
『なに、ちょっとだけ。ちょっとだけだ。一瞬で終わる』
「分かった、待て、早まるな。俺があの子に交渉して神器を譲ってもらうから。それまで待ってくれ。な? 頼む待っててくれマジで」
やる気満々に目をギラつかせるオルガニアを必死に宥めて引き止める。
その気持ちが伝わったのか、オルガニアは暫く押し黙った後、仕方がないなと折れてくれた。
よかった。このまままた犠牲者を出してしまった日には俺が良心の呵責で首を括ることは不可避だっただろう。
『そこまで言うならば、しっかりとあの小娘から神器をふんだくってこい。殺しても構わんぞ』
「勘弁してくれ……まぁ頑張るけどさ」
とんだ地雷を踏んでしまったと俺は頭を抱えてうんざりする。
こうなっては仕方がないが、果たして俺はあの少女から神器を譲り受ける事ができるのか。
……ひとまずは、少女と接触。更にはあの箒とちりとりがどういう物なのかを知らなければならないだろう。
ここまで読んでくださり感謝の極みです。
今の所だいたい1日に一回ペースで更新できている……書きだめがあるからできる芸当だがこれが何時まで続くのか……応援よろしくお願いいたしますノシ