勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない   作:市場龍太郎

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第6章「こんにちは労働者生活」

「よっ……と!」

 

 埃やら何やらがまとめて詰まったゴミ袋を全てゴミ捨て場に放り込む。

 宿屋というのは意外と大量のゴミが出るらしく、それだけでもかなりの労力を要する。非力な俺は何度かに分けることで、ようやく全てのゴミを処理し終える事ができた。

 これで掃除は終わり。次に何をするべきかエミィに指示を仰がねば。

 

 ……俺が勇者から宿屋の従業員にジョブチェンジしてから早三日。俺は早速清々しい汗を流して楽しい労働者生活を送り始めていた。最初は1日の仕事量に眩暈がしたものだが、それももはや慣れてきた。

 

 ちなみにだが、掃除は最初エミィがやろうとしていたのだが、譲って貰った。

 というのもまだ神器が力を失った事に気づいていないエミィが。

 

「わたし、お掃除してきますねっ!」

 

 なんていつもの調子で言うものだからつい衝動的に引き止めてしまったのだ。延命してもいずれ神器がただの道具になっているという事には気づいてしまうのだろうが、正直に言って見ていられなかった。

 ちなみに俺に掃除する事を譲ってくれたエミィは俺に神器……だった箒とちりとりを貸してくれたのだが。

 

「これを使うとすっごく楽チンなんですよ! それじゃあ……お任せしますね!」

 

 何も知らないエミィはそんな事を言う始末である。罪悪感といたたまれなさで一瞬死にたくなったが、俺は乾ききった笑いでその場をなんとか凌いだのだった。

 

 そして俺が掃除に向かおうとすると最後に。

 

「分からないこととかがあったら聞いてください。えと……な、なんでも、丁寧に、教えます、から」

 

 と、顔を伏せながら言った。顔が赤いように見えたが、風邪でもひいてしまったのだろうか。

 

『……おい』

 

 俺は蛇口を捻って一旦手を洗ってから、すこぶるイイ顔で額の汗を拭う。

 これが労働の程よい疲労感と楽しさ。今の俺の姿は正しく労働者の鏡といったところだろう。

 

『おい』

 

 さて、休んでいる暇はない。

 客がそれほど多いわけではないが、宿屋というのは仕事が目白押しらしいのだ。

 布で手を拭きながら俺は1階のエミィの元へ……。

 

『おいコラ』

 

「あっっつぁぁぁあああ!!!」

 

 行こうとしたところで散々無視し続けた魔王からの制裁が下った。

 全身が燃え尽きる程の熱に俺はたまらず廊下でのたうち回る。周りに人がいないのが不幸中の幸いといったところか。

 

 煙を吐きながら俺はピクピクと小刻みに身体を痙攣させ、白目を剥く。危うく意識が天に逝く所だった。

 

『いつまでそんな事をやってるつもりだ阿呆が。今のお前の姿を見たらお前を勇者に任命した女神は間違いなく泣くぞ』

 

「う、うっさいわい!? こちとらお前の尻拭いしてんだぞコラ! というか勇者が宿屋で働いて何が悪いんだよ!」

 

 オルガニアの所為で現実逃避していた頭が完全に引き戻される。

 折角人が労働の悦びに目覚めようとしていたというのに、こいつは悉く俺の邪魔をしてくれる。

 それにいつまでというが、俺が働き始めてからまだ3日しか経っていないというに。

 

「普段なーんにも社会に貢献してない俺がこうやって殊勝に働いてるんだぜ? 拍手喝采で讃えられて然るべきだろ」

 

『……む?』

 

 俺は態とらしく肩をすくめて得意げにそう語る。事実、こんな風に普通に働いている勇者だってこの世には沢山いるし、それで文句を言われる謂れはないというものだ。

 

「つか、俺が勇者って事は黙ってりゃバレないんだし、このままのんびり穏やかなホームシティ生活をだな……」

 

『どうでもいいが我はお前に一つだけ言っておきたい事がある』

 

「あ? なんだよ?」

 

 堂々と戦わない事を正当化できる理由を盾にいい気になっている俺に水を差すようにオルガニアが改まって物申す。

 

『お前は、学習をしない馬鹿者だ』

 

「はぁ? なんだそりゃ……あ」

 

「えっと……」

 

 振り向くと、そこには何かいけないものを見てしまった、とでも言いたげな顔をしたエミィが立っていた。

 なるほどオルガニアの言う通り、俺は学習をしない馬鹿者だったようだ。

 血の気が引き、俺の身体中の汗腺から一気に冷や汗が吹き出る。

 

 オーマイグッドネス。女神よ、何故私にこれ程までに辛辣な試練をお与えになるのですか。信徒ではないからですか。

 

 信徒にでもなんでもなるからこの状況をどうにかしてください女神様。

 

 ……などと祈ってみるも俺の声は女神には届かない。現実は非情である。

 

「えっとな、エミィ? 違くてだな」

 

 ともかくなんとか誤魔化そうと俺は顔を引きつらせて先ほどから目の焦点が合ってないエミィに語りかける。

 しかしエミィは聞く耳を持ってはくれず、ただ無言で首を横に振ると、ぎゅっと目を瞑った。

 

「……いえ、何も言わなくて大丈夫です。アルスさん。薄々分かってはいたんですけど……今ので、確信しましたから……」

 

 何を確信したのだろう。彼女は何を確信してしまったのだろうか。俺が白昼堂々恥も外聞もなく独り言を喚き散らす変態だという事をだろうか。

 

 だが待ってほしい。どうか弁明をさせてほしい。割と弁明の余地がないが取り敢えず何か言わせてほしい。

 そしてさっきから俺の中で必死に笑いを堪えているオルガニアが地味にうざい。

 

 俺が心の中で叫ぶ必死の懇願も虚しく、エミィは俺を真っ直ぐと見つめ返して、そして……。

 

「アルスさんは……女神様と交信なさっていたんですよねっ!?」

 

 ……言い放った。

 

「…………は?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からず俺の目が点になる。

 オルガニアはエミィの言葉を聞くなり堪えきれなくなったのか盛大に吹き出して大笑いしていた。

 

「あの……エミィ?」

 

「アルスさんが度々独り言を言うので、何かなぁって気になって聞いちゃってて……専用神器(アーティファクト)とか、勇者とかの話を聞いてしまって……盗み聞きして本当にごめんなさい! きっと女神様との交信は内緒にしておかないとダメなんですよね……?」

 

「あ、あぁ……うん、あぁ……」

 

 頭を下げて必死に謝るエミィを見る俺の口からは言葉にならない声しか漏れない。

 というか殆ど聞かれてたのか俺の独り言。恥ずかしいにもほどがある。

 

『あっははははっ! ふっふふはは! なんと愉快な小娘だ、気持ち悪いアルスの独り言を言うに事欠いて女神との交信などと解釈……滑稽すぎぶっ、あっははっ!』

 

 そして女神と勘違いされた魔王は俺の中で未だに笑い転げていた。初めて聞くオルガニアの大爆笑だが、俺はお前と会話してるわけで、気持ち悪い独り言とか言われるのは心外である。

 

 ……さて、この状況をどうしたものか。

 エミィに何かを言う前に俺は思考を巡らせる。

 

 適当に誤魔化すために、勘違いだ、それは全部俺の独り言で俺は独り言を言うのが趣味の変態なんだ。とか言ったら俺が社会的に死にそうなので却下。最終手段にも適用できない愚策と言える。

 

 かと言ってオルガニアの事を説明しても理解はできないだろうし、何より言って良いものかどうか。オルガニア本人に訊けば良いのだろうが、この場でまたオルガニアと会話……もとい独り言を言ってしまえばエミィの誤解を更に拗れさせる事になりかねない。よって、この案も却下だ。

 

 ならば俺に残された選択は一つ。

 

 俺は片手で顔を抑えて、フッと鼻で笑った。

 そして周りに誰もいない事を再度確認して、不安そうな顔をするエミィに向かって声高らかに打ち明ける。

 

「よく気づいたな、エミィ! そう、俺は勇者! そんでさっきは……えーと、女神と今後の方針を話し合ってたんだ!」

 

「や、やっぱりそうだったんですね!?」

 

 勘違いしてるのであればそのまま勘違いしていてもらおう。幸いにしてこの手段ならば、俺の痛い独り言もオルガニアの存在の隠蔽も両方カバーできる。

 俺が打ち明けた驚愕の真実にエミィは目を見開いて驚く。リアクションが大きくて見ていて楽しい。

 

「なんだか凄く親しげにお話しなさっていたので……ア、アルスさんって女神様とそこまでフランクに話せる程の力を持っているのかなって思って……」

 

「その通り、普段だらけきっている俺は仮の姿。本当はこう、なんか凄いこといっぱいできる女神に一目置かれる勇者なのだ」

 

「わぁ……!」

 

『こいつ、嘘に嘘を重ねたな』

 

 横からオルガニアのなじるような声が聞こえるが気にしない。

 エミィの俺を見る瞳がどんどんキラキラした憧れの眼差しに変わっていく。これくらい言っておけば取り敢えず変に疑われることもないだろう。

 

 女神の存在を簡単に連想することや、受け入れる辺り、もしかしたらエミィはセイクリア教に属しているのかもしれない。

 

「まぁそういう事で。俺の独り言については他言無用だぜ?」

 

「は、はいっ……絶対内緒にします! ……そっかぁ……女神様とお話できる勇者様……」

 

 夢見心地、とでも表せるほど惚けた表情のエミィを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 

 危機は去った。俺はこの戦いを見事乗り切ったのだ。

 女神よ、お前の救いが無かろうとも俺はやってのけたぞ。

 バーカバーカ女神のけちんぼ、おたんこなすー。お前の加護なんて必要ない事が証明されたな。

 

「でも……そうだとしたらごめんなさい」

 

 明るかった表情に急に影が差し、エミィは深々と頭を下げてきた。

 突然のエミィの行動の意味が分からずに俺は首を傾げる。

 

「え、なにがだ?」

 

「わたし、そんな事情も分からずアルスさんの優しさに甘えてしまって……やっぱりアルスさんは魔物との戦いで大変、ですよね」

 

「……え? いや、うん、いや、まぁね?」

 

 これ以上嘘を重ねると面倒な事になりそうだが、俺は止むを得ずしどろもどろになりながらも頷く。

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。

 それを裏付けるかのように、窓から差し込んでいた太陽の光が陰った。

 

「一緒に働いてくれるって言ってくれたのは……本当に嬉しかったです。でも、やっぱりアルスさんは、使命に集中なさってください」

 

「……え?」

 

 エミィは悲しそうに、それでも微笑を浮かべて俺を見上げてきた。

 目尻に涙を浮かべた彼女は可愛いな、などと思うがそんなエミィを目に焼き付ける余裕は今は無い。

 

「いや、あのさ、エミィ」

 

「いえ……何も、何も言わないでください。せめてわたしは、使命で傷ついたアルスさんのお帰りをここで待っていますから……」

 

 お願いだから勝手に話を進めないでほしい。そんな本当に悲しそうな顔をして言われると俺としても非常に困る。

 

「本当に短かったですけど、お手伝いしてくれて、ありがとうございました!」

 

 そして最後に飛び切りの笑顔でお礼を言い、締めくくってしまった。

 この空気ではもう挽回はできない。きっと俺が何を言っても彼女はそれを俺の優しさからくる気遣いと思ってしまい、揺らぎながらも首を横に振ってしまうだろう。

 勇者の俺に迷惑はかけられない。自分のために俺に時間を使わせてはいけないという気遣いで。

 

 エミィの純粋な心と優しさと気遣いで胸が痛い。あとついでに胃が痛い。

 

「じゃあわたし、これからお昼ご飯の準備、してきます!」

 

「あっ……」

 

 いつもの元気な笑顔で、エミィは駆けて行ってしまった。廊下に一人取り残された俺は、ただ呆然とその場に立ち尽くす事しかできない。

 

『……さて、愉快な茶番も終わったところで、次の神器を探しに行くか』

 

 口をぽかんと開ける俺の代わりにオルガニアが仕切り直す。

 

 ――ごめんなさい女神様。馬鹿とかケチとかおたんこなすとか言ったことまとめて全部謝りますから。

 

 どうか、盛大に自爆した哀れな俺にご加護をください。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
やったね主人公。勇者の肩書きを見事に取り戻したぜ!

これからもセコセコと更新を続けていくので、哀れな勇者とその作者を応援よろしくお願いしますノシ
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