勇者の俺は魔王に取り憑かれているが決して闇堕ちしてはいない 作:SK43
『……で、結局ここに戻るのだな』
「うっさいよ……もう、ほっといてくれよ……」
昼食を終え、あれから何か仕事を手伝おうとしても案の定エミィに駄々をこねる子供をしつけるような顔をされ、アルスさんには大切な使命があるんですから、と断られてしまった。
止むを得ず俺は剣を抱えて外に出てきたのだが、行く当てもなくこうして再びギルドの酒場の一角で項垂れていた。
ちなみに出かける時にエミィは今まで以上の明るい笑顔で送り出してくれたわけだが、今回ばかりは癒されるどころか俺の精神に多大なるダメージを与えてくれた。
『ふん、因果応報だな。調子に乗った罰とでも思え。これを機にして勇者稼業に真面目に取り組んだらどうだ?』
「お前は俺に死ねと?」
挙げ句の果てにはオルガニアも俺に説教してくる始末である。魔王のくせに勇者にまともに働けと言うのは如何なものかと思うが。
『それにしても変だな』
「んぁ? ……何がだよ?」
訝しげなオルガニアの言葉で、上半身を完全に机に預け、半目になりながら机の傷を数えていた俺は重たい頭を上げた。
変、とは何がだろうか。と俺はなんとなく首を回して辺りを見やると、確かに何時もと比べて人の出入りが激しいような。
それに酒場の方ではなく、ギルドに集まった人々からの依頼を受注する受付の方に列ができている。
『初めて見る光景だな。ここは随分日和った場所だと思っていたが』
オルガニアの言う通り、普段のここは傭兵や冒険者の憩いの場。楽しげな大衆酒場だ。
しかし今はギルドで列を成している冒険者や傭兵達は皆一様に真剣な顔をしている。
いつもは机で談笑している一団も、今日は真面目な面持ちで何かを話し合っていた。
異様な光景に何事だろうかと思考を巡らせると、俺の頭は直ぐに答えにたどり着いた。
「……しまった。もう活動期の季節か」
『カツドウキ?』
だとしたらヤバいシーズンにギルドに来てしまった。
いつもこの時期は少し高くても別の酒場や店に入り浸ったり、宿屋で1日を過ごしたりしていたのだが、色々とあったせいでその事が完全に頭から抜け落ちてしまっていたようだ。
『アルス、カツドウキとはなんだ』
「ああ、季節特有の恒例行事みたいなもんだよ。春の終わりら辺のこの時期には魔力を含んだ風ってのが吹くんだけど、その所為で魔物の動きが活発になって一時的に被害が増えるんだ」
『ほう……つまりその活発になった魔物討伐の依頼が増える、と?』
つまりそういう事だ。
傭兵や冒険者といった戦う事を生業としている人達にとっては稼ぎ時だし、一般的な民衆は身の安全を確保するのに必死になる。
例年の事とは言ってもこの時期は王都に魔物が攻め込んでくる、なんて案件もざらにあるので馬鹿にはできない。
魔王の軍勢が何かをしかけてくるのも当然この活動期の時期である。
と、ここまで説明したが何故この時期にギルドに来てはマズいかというと。
「あのっ! 冒険者か傭兵の方ですよね!? 今人手が足りなくて……良ければこれをお願いします!」
来た。早速来た。来てしまった。
先程まで走り回って忙しなく働いていたギルドの女性職員が俺の元に一枚の紙を叩きつけるようにして差し出す。
内容は王都周辺の森に溢れかえった吸血スライムの討伐。倒せるだけ倒してきてほしいとの事だった。
半ゲル状の物体であるスライムは家畜やら人に襲いかかり、分裂によって個体を増やす魔物である。
余程の変異体でない限り動きが鈍く弱いため、駆け出し冒険者などでも余裕で倒せる相手だ。
数ある依頼の中で簡単と言えるスライム種の討伐を選んで持ってきてくれたということは、ギルドに来る俺の格好がいつも軽装だったこと、更に普段依頼を受けない姿などを鑑みて俺を駆け出しと結論付けたからだろう。
今日は剣を持ってきているし、冒険者でも傭兵でもありません、という嘘は些か無理がある。
さてどう断ったものか。
「この紙を受付に持っていって判を貰った後に討伐に向かってください。では、よろしくお願いします!」
女性職員は早口で捲し立てると、俺が何かを言う前にまた次の仕事へと走っていってしまった。
俺はその背を引き止めようとするも、既に職員さんの姿はない。
「参ったなぁ……今までこの時期だけはミスらないようにって注意してたのに……なんで来ちまうかなぁ」
この時期に武器を持ってギルドにいる、イコール依頼を受ける事を受理する。というのが暗黙の了解だ。
俺は渡された紙を見て舌打ちをする。
『ほう、スライムか……中々強大な魔物の駆除を頼まれたものだな』
「ん? いやスライムはそんなに強くないぞ。動きもトロいし、柔らかいしな」
『む、そうなのか……。いやなに、我の世界でスライムというとそれこそ勇者にけしかける奥の手のような存在なのでな』
それは意外、と俺はオルガニアの物言いに少なからずとも驚いた。
俺の中ではチート魔王と名高いオルガニアが奥の手と言うとは、オルガニアのいた世界でのスライムとはいったいどれほどの化け物なのだろうか。
『体組織が殆ど水分だから切られても殴られても死なず、食欲のままに全てを飲み込み骨の一片も余さず消化するのだ。山程の巨大なスライムとなれば街一つは一晩で綺麗に無くなる』
「……ぉぉう」
オルガニアは自分の世界を懐かしむようにそう話し、俺は顔を引きつらせた。
体組織が水分、という事は俺の知るスライムと見た目は同じなのだろうがその危険性は雲泥の差だ。
俺の知るスライムは切ったり叩いたりすれば弾け飛んで死ぬし、山程のデカさにもならない。
オルガニアとのカルチャーギャップには毎度驚かされる。
「スライムならなんとかなるのかもしれないけど、怖いなぁ」
『ならば他者と行動したらどうだ?』
「いや、それも考えたんだけど、スライムごときでパーティ組むってのはな。組んでくれる人いないぞ多分」
ギルド内を見渡しても俺と組んでくれそうな駆け出しと思わしき人はいない。この時期になると危険な依頼も増えるので、駆け出し達は敢えてギルドには近づかないからだ。
スライムの討伐などという簡単な依頼は依頼の難易度指数が必然的に上がるこの時期には極めて稀なものと言える。
「なぁオルガニアー。魔王パワーでサクッと殺っちゃえないのか?」
『何故我がそんな事をせねばならんのだ。というより我はお前以外の外に干渉する事はできんぞ』
「うぐぐ……なんとかなんないのか? ほら、死んだ魔物から魔力を取ればいいじゃないか」
『それほど潤沢に魔力を蓄える魔物がいるのであれば考えなくもないが。特にこの世界は魔力の濃度が薄いのだから効率を考えねばならん』
オルガニアは面倒臭そうに俺の提案を却下する。
確かに、オルガニアの世界とこの世界の魔力の規格というか、最小値と最大値に大きな格差があるというのは薄々感じてはいた。
オルガニアが残った僅かな力でも大神官レストに完全勝利したことや、神器を軽んじるオルガニアの発言からしてその事は確実だろう。最早力が強い、だとか魔王だからだとかそんなレベルの差ではないのだ。
となればこの世界でオルガニアが回復するために少しでも効率を重視しなければならない理由も分かる。
俺は思考を打ち切って、机に置かれた紙を引っ付かんで立ち上がる。
「しょーうがねぇーな。まぁスライムくらいならなんとかなんだろ」
『この世界の魔物、我も興味があるな。さぁ行けアルス』
「俺はお前の乗り物じゃないっての……」
疲労の混じったため息を吐いてから俺は歩き出す。
オルガニアが新しい物見たさに興奮してはしゃいでいるのは、なんだか聞いていて悪くない、なんて思いながら。
「まぁギルドにハンコ貰ってから行かなきゃなんだけどな。待ち時間30分だとよ」
『ええい、面倒なシステムだな!』
短気なオルガニアには行列の相性は最悪だったようだ。
◆
王都ソルディースから15分程南に歩くと、舗装された街道から外れた所に広大な森が見える。
ソルディースに最も近く、魔物が出る場所と言えばこの森林だ。南の森、だとか王都の森などと呼称され、駆け出し冒険者達の修行の場になっている。
「騎士団の遠征訓練とかにも使われたりしてて……まぁ奥に行きすぎなければ安全な場所ってわけだな。今回みたいな活動期じゃなけりゃ魔物が溢れたりするほど多くないし」
『ふむ、確かに魔力を殆ど感じない。ただの森、だな』
まぁそのただの森に生息する貧弱魔物にですら重傷負わされかけるのが俺なわけだが。
忘れもしない、角が無駄に発達した肉食羊に追いかけ回され骨折したあの日を。
傷は魔法で治して貰ったものの、あれ以来俺の中で戦いは若干トラウマだ。
「……よし、行くぞ」
俺は腰に下げている剣の柄を握りしめ、固唾を飲んでまだ明るい森の中へと一歩踏み出した。
靴越しに足に伝わってくる草を踏む感触。
何処からか響いてくる鳥類の鳴き声。
鼻をつく花の香りや草木独特の青臭さ。
森に一歩入るだけで、そこに広がっているのは人工の平穏とは懸け離れた野生の世界。
俺は、久しぶりにこの空気を肌で味わう。
『少しは肩の力を抜いたらどうだ? 見ていて痛々しい程にガチガチではないか』
「え、え? なんか言ったか?」
頭の中に響いてくるオルガニアの言葉が聞こえないわけではないのだが、頭の中にその言葉は入ってこない。
全身から血の気が引き、柄を握る手は震えている。
『はぁ……おいコラ、頭を冷やせ』
「あっつぁ!? ……あれ? ちょっと……熱い」
『……手間をかけさせるな。ちょっと怪我をしたくらいで死にはせんだろう』
「……あ、ああ、うん」
オルガニアが呆れ口調で俺を諭すように言う。いつもの炭になるが如く高熱ではなく、今回はかなり控えめの温度だった。
ひょっとして、あのオルガニアに慈悲の心が芽生えたのだろうか。だとしたら俺は盛大な拍手でオルガニアを褒め称えなければならない。
「ありがとな、オルガニア」
しかしこんな所で一人拍手喝采というのも虚しいので、俺は素直に緊張をほぐしてくれた事に礼を言う。
俺の言葉に何かしら嫌味でも返してくるのかと思ったら、意外にもオルガニアは黙りこくってしまった。
我儘で自己中心的だが、もしかしたらオルガニアにも優しさや気遣いというものがあるのかもしれない。そう感じさせる一幕だったと思うんだがちょっと待て熱い。
「あっつ!? あっちちちちぃにぃああああああ何でぇぇぇぇえええ!?!?」
『……うるさいっ。気分だ』
「理不尽だぁぁあああああ!!!」
一頻り身体が焼けるような熱で悶えた俺は、やっぱりこいつは我儘な魔王だという事を再確認した。
「つぅ……こんなん毎回やられてたら死ぬ……精神が擦り切れて死ぬ」
『お前が我の気分を害さなければ良いのだがな?』
「それの難易度が高いっつーんだよ。やれやれ……」
オルガニアの自己中心的な発言に嘆息して、俺は重たい身体を持ち上げる。段々慣れていっている気がして自分の身体が怖い。
「しっかし……スライムがいないな」
『なんだ、場所を間違えでもしたか?』
先ほどから森を歩いてはいるが、スライムの姿は全く見当たらないのはおかしい。というか、ここまででこれっぽっちも魔物と出会っていない事態が不審なのだ。
今は活動期。かなり魔物が増えて森の入り口付近にも魔物がいて然るべきなのだが……。
「いや、かなり浅い場所に生息してるんだけど……あ?」
オルガニアにその事を説明しようとした所で、唐突に足に不快感が伝わってきた。
何事かと俺が足元を確認すると、そこにあったのは青色とも水色とも言えない独特な色をしたゼリー状の「何か」。
紛れもなくこれは、スライムの死体。もとい残骸だ。
「一個や二個じゃない……うわ、なんじゃこりゃ!?」
どういうわけか地面にはスライムの死体が無数に飛び散っていて、青白い絨毯が出来上がっていた。
見慣れない異常と言える光景には不気味さが感じられる。
「殺されてるな……俺の他にもここで依頼受けてる奴がいる、のか?」
ひとまずギルドへの報告用にスライムの残骸をバックパックに入れつつ考察を始める。
スライムの討伐以外にも依頼があったのかもしれないし、一応自然環境の維持のため、原則依頼内容以外の魔物を倒すことは禁じられているが、その強制力はそれほど強くない。誰かがこの場でスライムと交戦した事は十分に考えられる。
「……嫌な予感がする。すぐに帰ろう」
『嫌な予感、か。その野生の勘は思ったよりも当たるようだな』
「……はぁ?」
立ち上がって来た道を速やかに帰ろうと早足で歩き始める俺に、オルガニアが不吉な事を言う。
『我は周囲の魔力を探る事ができる。さて、逃げるなら走った方がいいぞアルス』
「……マジでか」
確かに、オルガニアに神器を探らせる為にその力を使って貰ってはいた。
危ないの分かってたなら、もっと早く教えてくれよ……と文句を言おうと口を開いた――直後。
バキ、という何かが軋んで、割れる音が遠くから聞こえてくる。
今のは木が折れた音。そして……折れているのは1、2本ではない。
鈍い音は徐々にこちらに、近づいてきている。
足音は2つ。1つは大股の獣。もう1つは、やけに忙しない。小動物か人間だろうか。
「……久々に出かけたらコレだよ……勘弁、しろよなっ!?」
とにかく、大きな何かが、強大な何かが後ろにいる。
俺は脱兎のごとく走り出した。