「カナ…」
六唯が出した名前を呟く。
遠山金一。
武偵庁所属の武偵。
去年の冬に起きた浦賀沖海難事故により行方不明となり、後に死亡と断定された。
しかしそれは、イ・ウーへと潜入するための偽装だったのだ。
彼はイ・ウーに潜入し、内部から壊滅させようとした。
だが、彼がイ・ウーに潜入したのと同じタイミングに、別のある武偵もイ・ウーの内部で確認されている。
さらにその武偵はイ・ウー壊滅の1ヶ月ほど前に、神崎アリアと遠山金次に東京武偵高で接触しているのだ。
その武偵の名が、カナ。
彼女は以前から武偵として活動している。
しかし武偵庁にカナという武偵は登録されていない。
それは身分を詐称しているわけだが、彼女が罪に問われたことはない。
なぜかというと、彼女の活動はなぜか遠山金一が行った事になっているからだ。
つまり彼女は、遠山金一と深い関係にあると思われる。
親友、あるいは恋人、または相棒等々が思い浮かぶが、彼女が武偵免許を取得しない理由は未だ不明だ。
ともかく、なぜ六唯がカナの名前を出したかというと、彼女は浦賀沖海難事故以前にカナと出会い、連絡先を交換していたらしいのだ。
カナの正体は不明瞭な点も多いが、彼女本人もイ・ウーに所属していたし、カナとの繋がりが推測される遠山金一の手がかりを得られるかもしれないと考えるならコンタクトを取っておいて損はない。
そんな事を考えていたら、車から出て電話をしていた六唯が戻ってくる。
「カナさんと連絡が取れました!さっきまで東京から出ていたらしいのですが、ちょうど戻って来るらしいです!」
六唯が満面の笑みで報告してくる。
女性の最高の化粧は笑顔だってどこかで見たが、六唯のものはまさにそれだ。
「と、遠山金一のことはどうだった?」
あまりに可愛くてちょっと噛みながら尋ねる。
「それが、新宿のお店に金一さんを連れてきてくれるそうです!」
思ってもない大収穫だ。
遠山金一は要調査って書かれてたし、カナもイ・ウーにおいて峰理子とジャンヌダルクの上役だったらしい。二人よりも質の高い情報を持っているかもしれない。
「早速行きましょう!」
「うん!」
新宿では車より徒歩の方が移動の効率がいい。
なので、車を武装検事局に戻してから電車で行くことにした。
「そういえば、詩音さんのご先祖様で滋賀県出身の方はいますか?」
車を運転しながら、六唯が尋ねてきた。
「僕の祖父がそうだったみたいだね」
「やっぱりそうなんですね。私の生まれ育った場所が
六唯が滋賀県出身なのは資料にあった。
六唯も僕の出身が東京なのは資料で見たみたいだ。
でもこのまま行くと家のことも聞かれるかも知れないので、会話をそらすことにした。
「へー。ところで、大学時代にカナに会ったときはどんな感じだった?」
「そうですね、すごく優しくてとっても綺麗な方でしたよ…」
最初は楽しげに話してたのに、なぜか最後の方になるにつれて少し言い淀んでくる。
何かに危機感を抱いているようだ。
「そ、それはそうと今日会った武偵高の子たち可愛かったですね!」
「ん、そうだね…」
いきなりどうしたんだろう。顔がどんどん赤くなってるし。
「し、詩音さんはどんな女性が好みなんですか!?」
「はい!?」
顔を真っ赤にして、大声で六唯が言う。
いきなりなんでそんな事を聞いてくるんだわけがわからない!
「え、えっと……、それより前!前見て運転しないと!」
「あ、すいません!」
とりあえず前を向かせる。
幸いな事に、2分とかからずに武装検事局に着いた。
「こ、この車戻してきますね」
「うん、ありがとう…」
なんかギスギスする。
車は、武装検事局に貸し出されているものだ。
なので六唯が停めてくる間、武装検事局の前で立って待つ。
人の考えていることを見抜いたりすることは得意なのだけど、六唯はたまに何を考えているかわからない。
まぁ、今日会ったばかりの異性だからしょうがないのかも知れないけど。
駅に行き、二人で電車に乗る。
さっきの事は、歩いてる途中に別の話題をふりまくることでうやむやにした。
「新宿はあまり行ったことがないな」
「私もです。カナさんが指名してきたお店も、駅からは少し離れてるみたいですね」
時刻は7時を過ぎ、8月と言えどもう日は落ちてしまっている。
電車内もそこそこの混み具合だ。
武装検事局のある霞が関と新宿は電車で10分ほどなので、大して苦ではないが。
あっという間に新宿駅に着く。
しかし、新宿駅は魔窟だとかダンジョンだとか言われる通りかなり複雑だ。
時間に余裕はあるとはいえ、あまりぐずぐすもしていられない。
やっとの思いで西口から出ると、六唯と二人でスマートフォンとにらめっこを始める。
「これがあのお店ですよね?」
「そうだね。じゃああっちに進めばいいのかな」
スマートフォンのGPSを使ったマップを使って進んでいく。
普通ならこんな便利なマップがあればすいすい進めるのかもしれないが、僕は方向音痴で初見の場所では大体道に迷う。
六唯も僕ほどではないが、似たり寄ったりな感じだ。
二人で苦労しながら、歌舞伎町に入っていく。
カナが指定した店は、歌舞伎町の中でも特に治安の悪い場所にあるようだった。
カナはイ・ウーの一件以降姿を消しているので、あえてそうしたのだろうけど。
暗い路地に入っていく。
「おい!」
後ろから声をかけられた。
歌舞伎町に入ってしばらくした辺りからつけられていたのは僕も六唯もわかっていたが、巻く前に向こうから接触してきた。
「なんでしょうか?」
僕が答える。
「お前のそのバッジ、検事ってやつだろ」
「そうですが」
「俺のダチがよ、この間検事に捕まってよ、だいぶむしゃくしゃしてんだよ」
嘘だ。普通の検事は基本的に裁判の書類制作や裁判所での原告などが主な仕事だ。
逮捕権を持った検事は、武装検事をはじめとした一部しかいない。
そして、国家クラスの問題に立ち向かう武装検事は歌舞伎町のチンピラを相手にするような暇はない。
「お気の毒ですが、僕にはどうすることもできません」
おそらく、この男も嘘がばれることは承知の上だろう。
今のはつまり、金目のものを出してさっさと失せろ、という意味だ。
「なんだと?」
何でもするので許して下さい、という答えを期待していたのだろう。男の眉間にシワがよる。
「おい!」
今度は僕たちじゃない他のものに呼び掛けた。
するとずらずらと僕達の前の道を、ガタイのいい男たちが6人ほど現れてふさいでいく。回り込まれたな。
「いいから俺達の言う通りにしろよ。そうすりゃ痛くしねぇからよ」
目は口ほどにものを言うけど、あの男の目は口よりも嘘が下手だな。
その自信も、この人数とあの男の隠し持ってるもののせいだろう。
ここで馬鹿正直に、あなた達が死ぬほど痛い目にあいますよって言っても挑発にしかならないので、黙って片付けよう。
僕が後ろで道をふさぐ男たちに一歩踏み出そうとしたときに、六唯が僕の手を掴んだ。
「私にやらせて下さい」
読んでいただきありがとうございます。
ペースがおちるかもしれませんが、読み続けてくれたらうれしいです。