【真説】安珍・清姫伝説   作:稲荷猫

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納得の出来ではないけど、2話だけ投稿します。納得いくまで書き続けるって難しいですね……。





この世に並ぶ者なき最たる強者

勝鬨を上げる人形たち。

そのすぐ近くの家屋の上で空間に線が入った。それは人一人が通れる程に大きく開いていく。そうなれば中が見えるというものだが、その中は暗闇で満たされていた。何かを見透すことなど不可能なほどの暗闇だ。

 

そこから一人の男が現れる。特徴的な狩衣(かりぎぬ)を身に纏うその姿から、見るものがみれば男は陰陽師だと一見して分かるだろう。

 

黒の艶やかな長髪、玲瓏さを湛えた切れ長の目。その顔は冷々さ極まる秀麗なものであった。黒の烏帽子(えぼし)と白の狩衣を身に纏う姿は堂に入ったもの。一分の隙もないことは、見る者に雰囲気から悟らせてしまうだろう。

 

その男の存在に気づいた人形たちは一斉に顔を屋根の上へと向けた。

 

『御主人様だ!』

 

『御主人様!』

 

『御主人様!』

 

『どうしたの?』

 

『どうしたんだろうね?』

 

人形たちが一斉に騒ぎ出すのを、陰陽師は手を挙げるだけで制して、言い放った。

 

「人形どもよ、少し邪魔だ。私が許すまで動くでない。」

 

陰陽師のその視線は清姫へと向いていた。正確には、清姫の放つ、薄く輝く黄金の光にだが。

 

興味深く見据える視線。何が起こるのか、今か今かと待ちわびる様は、まるで童や研究者というよりも、求道者といった方が適切か。

 

陰陽師の視線を他所に、黄金の光は何かを手繰り寄せようと明滅する。

 

そして一際強く光が瞬いたとき、その中心から一人の僧が現れた。法衣を纏い、編笠を被り、錫杖を手に携え、概ね一般の僧侶と同じ格好である。僧侶は直ぐに陰陽師の存在に気付き、家屋の屋根に立つ陰陽師を視線鋭く射抜いた。陰陽師もそれに返すように、法師が現れたという謎に愉快さを滲ませ視線を向けた。

 

片や、闇の中より出し陰陽師。

 

片や、光の中より現出せし僧侶。

 

片や、家屋の上から見下ろし。

 

片や、地から見上げる。

 

立場や実力差がそのまま表れているように見えるのを、この二人は気付いているのだろうか。いや、気付いていない。

 

どちらも少なからず、闇と光のどちらに属するのかは気付いている。だが、実力はまだ正確に把握しきれていない。どちらもが相手を実力者だとは勘づいている。だが、力を未だ隠しているが故、どれほどの力量なのかは分かっていない。逆に言えば、お互いが実力を隠せる程の強者であるということだ。

 

僧は辺りを少し伺い呟いた。

 

「これはまた奇っ怪な状況のようですね。」

 

凶器を手にする不気味な人形たち。恐らく平安京と思われる都。足元にて傷だらけで倒れ伏す清姫。消耗を避けるためか、人の姿に戻っていた彼女を確認してから。

視線をまた陰陽師へ向けて一つ。

 

「これはあなたが?」

 

疑問、というのは少し違うだろう。ほとんど確信を懐いて問い掛けた言葉だ。確認の意味合いが強い。

 

「そうだ。私がやった。……いや、少し語弊があるか。私はこの異界を作り出し、人形どもを用意しただけ。そこの娘をやったのは人形どもだ。」

 

顔を少し歪ませ僧侶────安珍は呟いた。

 

「なんということを……。」

 

安珍は足元で倒れ伏して気絶している清姫へと屈み、俯せの状態から仰向けへと体勢を移行させる。一度清姫の状態を確認してから、懐へと手を伸ばし数珠を手にする。

 

陰陽師はなにもしない。法師が何をするのか興味があったからだ。ほぼ虫の息の娘に何をするつもりなのか。人形たちは陰陽師の最初の言を忠実に守っている。

 

安珍はやおら手を祷りの形で顔の前に持ってくると、一つの経典を唱え出す。それは人に救いを説く経典。名を『妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)』。

 

安珍が僧として入門したのは道成寺。そこの宗派は後に日の本で名を轟かす『天台宗』。

 

救いの経典は安珍の念により指向性を持つ。

 

救い。

 

この場では怪我を癒す方向へと、救いの力は安珍によって形を確たるものにした。

 

経典を唱え始めれば、清姫を淡い光が包み込んでいく。それは清姫が意識のない中で発していた黄金の光ではない。正に全てを包み込み救いを与える純白の光。

 

この夢の世界では魂とそれに付随する精神のみでの活動となる。その魂に負った傷を安珍は治癒していた。

 

(これはまた面白い。)

 

陰陽師は少しの驚愕と喜悦を滲ませた。

 

本来ならば魂に干渉することは困難だ。魂だけでの行動となるこの異界だからこそ、ここまでの魂への干渉が出来るのか。

 

どちらにしろ、半端者に出来る芸当ではない。

 

清姫への治癒を終わらせた安珍は、清姫へと護符の札を持たせる。更には石英から削り出された珠玉に、仏具としての施しがされたものを清姫の手へと握らせる。

 

そうすれば清姫の周囲に聖なる結界が張り巡らされる。悪意を持つものから守護するための強力な結界だ。

 

安珍は立ち上がり数歩移動することで結界の範囲から出て、再び陰陽師へと視線を向けた。

 

「良かったのですか?私の勝手を許して。」

 

「些事だ。どのみち、娘が死にそうになれば私が治してやったからな。」

 

ぴくりと安珍の秀麗な眉が動いた。

 

陰陽師のその物言い、魂の治癒など簡単に出来ると言っているようではないか。

 

(やはり。この陰陽師は相当な実力者のようだ。困った。かなり手こずりそうだ。)

 

すでに戦うことが決まっているが故の思考であった。

 

(それに……。)

 

「あなたが清姫殿を治す?それはまた可笑しな物言いですね。何が目的なのです」

 

「なんだ。貴様は気付いておらんのか。その娘の特異性に」

 

「……なに?」

 

「気になるか?その娘の特異性。いや、私からすれば希少性と言った方が適切か。どちらにしろ、そう言えるだけの要素をその娘は秘めているのだ。ここで死なすのは実に惜しいほどのものをな。」

 

「何が目的なのかと私は聞いた筈です。問に答えなさい。」

 

「なぁに、我が栄光の礎になるだけだ。法師ごときが気にすることではない」

 

「……このまま双方、往ぬるわけにはいきませんか?」

 

「ふん。馬鹿を申すな、法師よ。貴様がその娘を守ろうとしているのは明らか。そして私は是非ともその娘が欲しい。ならば争わぬ理がどこにある?」

 

「……これもまた仏の導きか」

 

「違うな。貴様は娘に導かれ、娘は私に導かれた。この出逢いは必然よ」

 

陰陽師の言を聞きながら、安珍は清涼な音を鳴らし錫杖を構えた。これから始まる戦闘へと意識を研ぎ澄ませる。

 

それを見届けながら陰陽師は言った。

 

「法師よ、名乗れ」

 

「………道成寺が一の僧、名を安珍」

 

「ふはっ。なれば私も名乗ろう!我が名は晴明!この世の全てを手中に収める者、安倍晴明なり!!その生の終焉に刻むがいい!!!!」

 

隠すことを止めた威が安珍を襲う。

 

安倍晴明(あべのせいめい)

 

平安の世においてその名を聞いた者に、敵うもの無しと見分けられる陰陽師。その者の右に出るものなし。あらゆる術に精通し、その知計においても他を凌駕する。

 

蘆屋道満(あしやどうまん)という陰陽師が安倍晴明の宿敵と目されているらしいが……。安珍はこの目の前の陰陽師から発される威の前ではそれも怪しく感じてしまった。

 

安珍の頬を汗が伝う。

 

しかしここに来て二の足を踏むわけにはいかない。それは敗北の色を濃くしてしまう。

 

安珍もまた実力を隠すことをやめる。その身から発される覇気により、晴明から感じる威が幾分軽減される。頬を伝う汗を拭うことなく、安珍は一歩を踏み出した。

 

安珍の踏み出した一歩は跳躍の一歩。

 

家屋の上に立ち此方を見下ろす晴明へと、その鍛え上げた剛の足により一足で辿り着いた。

 

常人には見えぬ速度で動いた安珍を晴明は捕捉する。安珍はそれに気付きながらも右手に構えた錫杖、その金属により鍛え上げられた刃の如し先端で突きを放つ。

 

晴明の腕が一瞬動いた。

 

安珍の突きが轟音と突風を起こし直撃。

 

──────してはいなかった。

 

晴明の前には巨大な五芒星、それを囲む円陣が出現。盾のように安珍の錫杖を受けきっていた。

 

晴明の手元を見れば、人差し指と薬指のみを立てた手刀の印。五芒星の中心にて本物の刃かと見紛う迫力を放っていた。

 

拮抗は一瞬。

 

晴明が力を込める。外見上は眼を少し見開いただけ。それだけで効果は劇的だった。五芒星が強く発光。安珍の身を主から遠ざけるように力が発動し、強く強く吹き飛ばされた。

 

「ぐぅっ……!?」

 

吹き飛ばされた安珍は背中から地面へと激突。地を盛大に抉りながら家屋をも壊して後退させられた。止まらぬ力を、体の弾機を利用して浮き上がることで宙返りを行う。着地と共に錫杖を握る手とは逆の左手を地に置き力を殺す。それでも数十()もの距離を滑り続けた。

 

上空から見れば分かるだろう。地面には数(ちょう)にも及ぶ爪跡が刻まれているということが。

 

「人形ども、やれ」

 

晴明の言が響き、人形たちが動き出す。一斉に周囲にいた人形が安珍に襲いかかるが、彼に動揺はない。手早く懐から仏具の一つ『独鈷(とくこ)』を取りだし気合い一声。

 

「破ァッ!」

 

安珍から周囲一帯へ光の波動が放たれる。それは己に害意を持つものを討ち滅ぼす光。人形たちは当たった部位から塵へと還っていく。

 

この独鈷は清姫の手にある珠玉とは異なるもの。清姫の手に握らせた珠玉の仏具は守りに特化したものであるのに対し、現在安珍が握る独鈷は持つ者によって力を変える。文字通り万能の仏具。

 

安珍が独鈷を持てば、安珍自身の放つ術やそれに類するものの効果を加増させる能力を発揮する。

 

金属で作られ、両端が鋭く一本に尖った短い棒状の仏具。

 

独鈷。

 

これより放たれた光の波動が人形たちを一体残らず消し去り、ついには晴明の元にまで到達する。

 

光の波動。聖の鳴動。破邪の光。例える言葉は様々だ。総じて言えるのは、この力は害意や悪意、邪悪に対して極大の効果を発揮するということ。

 

その光の波動を晴明は──────。

 

「児戯だな」

 

 

──────手刀の印を一振りし、かき消した。

 

「その児戯、付き合ってやろう。」

 

かなりの力を込めて放った波動が容易く消された。そのことに眼を見開く安珍を他所に、晴明はおもむろに一枚の人形(ひとがた)の紙を取り出す。

 

その人形を人差し指と薬指に挟み気を込める。

 

「させるとお思いかっ!」

 

驚愕から直ぐ様立ち直り、安珍は駆ける。離された距離を驚くべき速度で塗り潰していく。

 

しかし遅かった。晴明が人形を前方に放り、真言を口にする。

 

「顕現せよ。式神・赤門鬼(しゃくもんき)!」

 

同時に人形へと込められた力が特殊な力場を形成する。周囲の空気が人形へと巻き込まれるように吸い込まれる。まるで人形を中心に小型の竜巻が如く勢いだ。

 

そして()でた。

 

竜巻を四散五裂して現れる巨体。その体は気により形成されているため透明感のある浅葱色(あさぎいろ)であった。だが晴明より籠められた力は膨大だったのか、徐々に赤門鬼は色付いていった。

 

その名に違わぬ赤々とした色。三()はあろうかという体躯。金属の鎧を身に纏い、通常の槍へ三日月に見紛う刃を付けた三日月槍を持つ。顔には星型の面が後ろへ伸びるように張り付いている。星型の(かど)(つの)のように見え、まるで五つの(つの)が生えているようだった。

 

『晴明様の道を阻む者、この赤門鬼が滅ぼしてみせましょう』

 

「ならばその言、真実としてみせよ」

 

『はっ!仰せのままに!』

 

晴明と赤門鬼の掛け合いを聞いて安珍は驚いた。見ただけで分かる強力な鬼に、意思まで持たせるその技量。一から造り出した式神に意思を持たせるなど、擬似的生命体の創造に等しいではないか!

 

赤門鬼が動き出す。

 

安珍目掛け、その両手に握る朦朦たる槍を振るった。

 

『死ねぇえええ!!』

 

上からの強烈な叩き付け。地が割れる。

 

それを安珍は横へ飛びこむことで回避する。槍が追随するように横へ凪ぎ払われた。赤門鬼へ向けて跳躍することで回避。

 

左手に持ったままの独鈷に気を込める。

そして術を発動。

 

「装甲結界!」

 

安珍の左手を覆うように小型の結界が形成される。強固な結界で左手を覆い、触れたものに強力な反発作用をもたらす術だ。

 

「ふっ!」

 

呼気を小さく吐き、跳躍の勢いをそのままに殴り付ける。唸りを上げる左手の結界が赤門鬼に触れた瞬間、打撃と共に結界の反発作用が働き盛大に吹き飛ぶ。

 

家屋を押し潰しながら吹き飛ぶ赤門鬼を追走し、今度は錫杖で切り裂くために腰だめの状態をつくる。

 

駿足でもって追い付けば、一閃。

 

金属同士がぶつかり、音が響いた。

 

赤門鬼が槍を手元へ手繰り寄せ、安珍の錫杖を防いだのだ。

 

『おのれぇ!』

 

「くっ……!」

 

少しの拮抗を見せたら後、赤門鬼が錫杖を弾いて攻勢を見せた。負けじと安珍も体勢を整え錫杖を繰り出す。

 

そこからは連撃による打ち合い。

 

何度も槍と錫杖がぶつかり、離れてはまたぶつかる。

 

安珍と、その数倍の体躯を誇る赤門鬼。二人が打ち合うなど他人が見れば驚愕ものだ。体の大きさ、武器の大きさ、何から何まで違うというのに互角に打ち合っている。

 

何度目の衝突となったか。それはついに終わりを迎えた。

 

安珍の錫杖が吹き飛ばされたのだ。

 

赤門鬼からすれば絶好の好機!見逃すなど有り得ない!

 

『もらったぁあああ!!』

 

そして槍を振りかぶり盛大に振り下ろす最中。赤門鬼は気付いた。

 

──────安珍の手元にある光に。

 

握り拳の中にあるその光。安珍が手を開いたことで始めて気付くことができた。しかし、それに気付いたからといって赤門鬼に出来ることなどありはしない。

 

安珍の光を納める手が振られた。

 

そうすれば光は赤門鬼に降りかかる。

 

「喝っ!」

 

片手は振り切ったまま、もう片手に持ったままの独鈷を構えて一喝。光が電線となり、赤門鬼の総身を嘗めるように駆け巡った。

 

『ぬうぅ!?』

 

赤門鬼は槍を振り下ろす体勢のまま、動けなくなってしまった。ちらりと赤門鬼が自身の体に降りかかっている光を見る。雷を生み出しているかのような光はきらきらと光輝いていて。なるほど、近くで見なければそれがなんなのかは分からなかった。

 

『これは……塩かっ!?』

 

「ご名答です」

 

気を込めることで作り上げられた、邪を祓う聖なる塩。

 

それを害意に対して働くよう施した特別製。

 

術を行使する余裕がないときでも即座に使える優れものだ。それを安珍はいつの間にか手に握っていたのである。

 

「これで、終わらさせて頂きます」

 

独鈷を構える。

 

独鈷へと光が集まり、それは前方へと伸びていく。それを見たものは全て同じ思いを懐くだろう。

 

『………光の、剣』

 

それを最後に赤門鬼は消滅した。

 

安珍の光の剣が、赤門鬼の核となる人形を正確に見破り貫いたから。人形は四散し、それに合わせて赤門鬼もまた……。

 

 

 

 

 

 

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