物語の執筆者 作:カボチャッキ―
クー・フーリン
ケルト神話には数多くの英雄が存在する。その中で最も有名なのは誰かと聞かれれば皆が口をそろえて彼の名を出すだろう。クー・フーリンと。
クー・フーリン、幼名セタンタ。彼は太陽神ルーと王の妹デヒティネを親に持つ英雄である。彼には豪快な逸話は多い。そんな彼が最初に成し遂げた偉業はクランの番犬を返り討ちにした事件だろう。この番犬は非常に強く数人の大人を返り討ちにしたそうだ。
しかし、考えて欲しい。いくら神の子供だったとして、こんなことを子供ができるだろうか? 答えは否である。だが、実際にセタンタはこの偉業を成し遂げた。
今から語るのはセタンタがどうやってこの偉業を成し遂げたのか、歴史の表では決して語られなかった、歴史の裏の物語である。
◇
セタンタ、年齢7歳は悩んでいた。その悩みの種は彼が所属するハーリングのチームが勝てないことだ。彼自身は優秀である。しかし、チームメイトに恵まれなかった。このまま負け続けるのは彼の性格上合わなかった。よって何とか打開策を出すためにチームメンバーと会議することになった。
「これ以上の負けは許せない。どうにかして勝ちたい。みんな意見を出してくれ」
セタンタの問いかけに一人の少年が意見を出した。
「あのー、噂の人に監督になってもらうのはどうでしょうか?」
「……それしかないか」
渋々頷くセタンタ。噂の人物はマッスルさんと呼ばれる7歳の少年である。何故マッスルさんなのかは分からないが教えるのが上手らしい。しかし、教育された隣の村の少年は性格が変わってしまったらしい。
セタンタは勝つためには背に腹は代えられないとマッスルさんの家を尋ねた。そして出てきたのは普通の少年だった。ただし雰囲気が只者ではないことが明らかであった。
「何者だ?」
セタンタは震えた。これが同世代の少年なのか、どう考えても歴戦の戦士じゃないか。
「あなたの教えを受けたいのです。どうか俺たちをハーリングの試合で勝たせてください!」
「……別にいいけど、俺の教えはスパルタだよ。命を懸けることになるけどそれでもいいか?」
「はい! どのような厳しい訓練でも耐え抜いてみます」
「分かった。では明日、ここの近くの山に来なさい。1週間の山籠もりをするから、その準備もしてきなさい」
「はい!」
セタンタはこの人に師事したら自分は確実に勝てると思い高揚した。しかし、翌日、彼とチームメンバーは後悔することになる。自分たちはなんて馬鹿なことをしたのだろうかと。
◇
翌日、山に到着した一行、マッスルさんは語りだした。
「これから君らに教えるものだ。みなからマッスルと呼ばれている。かなり厳しいと思うが頑張ってくれ」
「はい、マッスル師匠!」
こうして訓練が始まった。彼が最初にしたのは彼らの持ち物の食べ物をすべて預かることだった。
「さて、君たちに技術を教えても体が追いつかなければならないから今回はマッスル強化を中心にする。最初に走り込みとマッスルトレーニングだ」
なるほど、やけにマッスルを強調するな。これがマッスルさんの由来かと納得したメンバーは、案外普通な訓練に拍子抜けしながらも午前の訓練を終わらせた。
「腹減ったー。飯はなんだろう?」
「さぁ、でもあの人ならおいしい料理を作ってくれそうですよね」
楽しそうに戻ってきた彼らが見たものはマッスル師匠が猪を丸焼きにして食べているところだった。そして彼はセタンタたちを確認すると人数分のナイフを渡した。
「あの、これは何ですか?」
「ナイフだ。さっさと昼飯を狩ってこい。なければ飯抜きだ」
「はぁ⁉」
これには腹が減ったメンバーが切れた。
「何言っているんだ⁉」
文句を言った瞬間、彼はマッスル師匠にコブラツイストを食らった。
「貴様らは強くなりたいと言った。なら黙ってやれ。貴様らが話していい言葉は‘はい’のみだ。分かったらさっさと行ってこい」
あまりの痛さに声のない叫び声をあげているメンバーを見て焦って飛び出すセタンタたち。
「ちなみに逃げ出したら、生き地獄を味わわせてやるから逃げるなよ」
「はい!」
そして彼らは命がけの狩りが始まった。セタンタは無事に猪を狩ったが、他の者はできなかった。
「獣一匹狩ることができないのか。しかし、セタンタはよくやった。食べるがよい」
セタンタが美味しそうに食べるのを羨ましそうに見るメンバーにマッスル師匠は言った。
「貴様たちは今晩も狩りに行かなければならない。今から狩りの方法を教えてやる」
「え? いきなりですか? それよりこれがハーリングの試合で役に立つとは思えないのですけど?」
驚いた声を出す少年に今度は十字固めを食らわす師匠。
「先ほど言ったことを忘れたのか? 貴様らが言っていいのは‘はい’だけだ。しかし疑問を持ちながら訓練しても成長には繋がらないから教えてやろう。筋肉を付けるのに一番いい訓練は実践だ。実践ならば無駄な筋肉が付かないからな」
メンバーは‘だからハーリングとの関係は?’と思ったが黙ることにした。彼が怖いのだ。
「ではまずは実戦を見せよう。着いてこい」
そしてセタンタを残してメンバーを連れて行ったマッスル師匠は、返り血を浴びながら猪を仕留めてきた。その猪を最初だけということでメンバーは食べることを許されることになって喜んだ。彼らはマッスル師匠に一生着いていこうと決めた瞬間だった。
◇
そして夜、独自で狩りに行かせたメンバーの中でやはりセタンタが最初に戻ってきた。
「お疲れさん」
フランクに接してくるマッスル師匠に驚いたセタンタは質問した。
「さっきと雰囲気が違いますね」
「ああ、あれね。あれは役作りだよ。昔、こういう仕事してたからねその時の癖で」
「昔って、あんた何歳なんですか?」
「さあな、もう忘れたよ」
意味の分からなさに混乱しているセタンタを置いてマッスル師匠はさらに語る。
「君は厳しくしなくても結構できるから別にいいかなと思ってね。他の子たちは根性が足りないな。スパルタだったら死んでるかもしれないね」
「スパルタってなんですか?」
「最強の国」
「へぇ」
興味を持ちさらに質問しようとしたところで残りのメンバーが戻ってきた。
「遅い! しかし、よくやった! 全員ちゃんと狩れているな。明日からは訓練はさらに厳しくなるから覚悟するように!」
「はい!」
マッスル師匠の変わり身に感心するセタンタを置いて彼はおいしい調理の仕方を伝授するのだった。こうして一日目が終わった。
◇
そして無事に1週間の厳しい訓練を生き抜いた彼らは試合に望むことになった。
「君たちは俺の訓練を耐え抜いた。自信を持て。ここらへんで君たちに勝てるチームは私が指導したチーム以外は存在しない」
「はい!」
「よし、敵チームをやってこい」
「はい!」
選手が整列する。敵チームは弱小チームであるセタンタのチームをにやにやと見ていた。しかし、試合が始まると一気に表情が変わった。
セタンタのシュートは敵選手を吹き飛ばした。他のメンバーのパスは目で追えないレベルで早かった。
この試合を観戦に来ていたコノア王はドン引きした。‘あれ、私の知っているハーリングと違う’と思った。その感想を置いておいて、その中でも人外の動きをしているセタンタを鍛冶屋のクランの館に誘った。そして試合終わりに来るとの返答をもらい去っていくのだった。
ここで本来なら、鍛冶師のクランにセタンタが来ることを言うつもりだったのだが試合が異常な光景のせいで言うことを忘れるのだった。
そして後半戦も終わり、結果は圧勝だった。敵チームも負傷者を大量に出した。確実にトラウマになっただろう。
胴上げをして大喜びした後に各自解散となった。たまたま帰り道が同じだった、マッスル師匠とセタンタは館の前まで来ていた。
「じゃあ、世話になったな。ありがとよ」
「気にしなさんな。じゃあな」
訓練期間に一気に仲良くなったセタンタとマッスル師匠は相棒と呼んでも違和感がないぐらいの関係になっていた。
別れを告げた後にマッスル師匠が歩いていると後ろから大声が聞こえた。戻ってみるとセタンタが大きな犬に襲われていた。セタンタは犬を恐れ追い詰められていた。そこに声が聞こえた。
「何を恐れているセタンタ! あれぐらいの獣何度も仕留めただろう!」
「けど、あの時は武器があった!」
「武器なんて飾りだ。本当の武器は己の肉体だろう! 相手の犬が怖いならお前も犬になるのだ! 猛犬だ! 猛犬だ! お前は、猛犬になるのだ!」
「あああああああああああああああああ!」
セタンタは叫ぶと飛び掛かってきた番犬の攻撃を躱し、犬に跨るとそのままマッスル師匠に教えられた締め技を犬に使った。そしてセタンタはその番犬をそのまま殺したのだった。
◇
この騒動により、自慢の番犬を失い嘆くクランに、セタンタは自分がこの犬の仔を育て、更にその仔が育つまで番犬としてクランの家を守ると申し出た。そしてマッスル師匠に言われたとおりにクランの猛犬を意味するクー・フーリンと名乗ることになったのだった。
そして番犬として強くなるために少しの間マッスルさんに師事するクー・フーリン。この師弟関係が後にとある女性の耳に入る。そのことによってマッスルさんが恐怖のどん底の叩き落とされるのだが、それはまた未来の話。