物語の執筆者   作:カボチャッキ―

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第二十八話

「それがそなたたちが探していたものか?」

 

 ネロは藤丸君から離れマシュちゃんが持っている盾に入っていく聖杯を見つめながら尋ねた。

 

「そうです。これで私たちは目的を果たしました。あなたのおかげです、ありがとうございました!」

 

 藤丸君とマシュが頭を下げる。そして俺も一緒に下げた。彼女とはこのままお別れなのが辛い。そう考えていると体が透けてきた。どうやらお別れの時間らしく荊軻やブーディカの体も消え始めた。

 

「おい、そなたたちの体が消えてきているぞ! まさかこのままお別れなのか? まだ、褒賞もだしていないのだぞ!」

 

 ネロが泣きそうな顔で言った。

 

「未来から来たと言っていたのだ、いつか別れが来るのは分かっていた。けれども、こんな急な別れでなくてもよいではないか! 春樹! お前は、また、いきなり余の前から消えるのか」

 

 俯きながら尋ねてくるネロに俺は言った。 

 

「大丈夫だよネロ」

「え?」

「俺はすぐに君と会えるよ」

「本当か?」

「ああ。この俺が言うのだから本当だよ」

 

 今、思い出しても恐ろしかった。逃げ出して僅か三日で俺は捕縛された。ローマの首都から近い町の宿で寝ていたら、次の朝には例の部屋で寝かされていたのだから。

 

「なら、すぐにお前を見つけ出すぞ」

「俺は君を待っているよ。きっと」

 

 そう言うとネロは涙を拭いて前を見た。頑張れこの時代の俺。

 

「そうだ、約束しよう春樹!」

「何を?」

「春樹が言っていたサーヴァントは過去の英雄なのだろう。ならば英雄である余もお前を助けに行くぞ! 未来で待っておれ!」

「……待ってるよ」

「よし、ではこの前藤丸に教えてもらったことをしよう」

 

 すると、ネロは小指を出してきた。ああ指切りか。そう思い小指を出しネロの小指に絡める。

 

「指切り拳万嘘ついたら幽閉して一生飼いならす、指切った」

 

 うん? 疑問符を浮かべながら藤丸君を見る。すると藤丸君は思いっきり首を横に振った。

 

「俺の知ってるのと違うけど」

「もちろんだ、死なれたら困るからな。もし嘘ついたら殴って動けなくしてから幽閉してやるぞ」

「……」

 

 あの召喚するときに使う石粉々に砕いておこう。俺は心に決めた。

 

 ネロは俺から離れ、俺たち全員に言った。

 

「ありがとう。そなたちがいなければこのローマは滅んでいたかもしれない。だから、礼を言おう。そなたたちの働きに、全霊の感謝と薔薇を捧げる!」 

「ありがとうございました! また会いましょう!」

 

 藤丸君が手を振ってお別れを言っている。俺は言葉が見つからずに無言で手を振る。そうしていると俺は気を失った。

 

 

 帰還した二人を迎えたDr.ロマン、オルガマリー、ダ・ヴィンチと医療チームの人々はすぐに夏目春樹を医療室に運んだ。彼が気絶することはすでに想定されていたからだ。

 

 あまりにもてきぱきした動きに藤丸はこれがプロの動きかと感心した。

 

「落ち着いたところで、ご苦労様でした。聖杯も無事に回収できたことは私たちにとって大きな進歩であると思います」

 

 夏目が運ばれた後に残った三人の中で代表であるオルガマリーが話し始めた。

 

「所長、回収ってあれでよかったんですか?」

「大丈夫です。回収のためにマシュのその盾に少し細工していますから。ちなみに改造したのはダ・ヴィンチよ」

「私の盾にそんなことしていたんですね」

 

 驚いているマシュにダ・ヴィンチは近づくとすぐに聖杯を回収した。

 

「ひとまず、二個目の聖杯に喜びましょう」

「けれどレフの目的は結局分かりませんでしたね」

「気にしなくてもいいです。私たちもレフがそんな簡単に白状するとは考えていませんでしたので」

「分かりました」

 

 頷く藤丸に満足したオルガマリーは今日はゆっくり休むように言った。そして二人が部屋に戻るのを確認して三人で会話を再開した。

 

「レフの言ったあの名前……本当だと思うロマン、ダ・ヴィンチ」

「……確証がないから何とも言えないけど、もし本当だとしたらかなり厄介な敵ですね」

「そうだね。これは天才である私も予想していなかった。あんなビッグネームが世界を滅ぼそうなんて考えるとは」

 

 全員が黙る。レフが名乗った名前。フラウロスはとある魔術師の使い魔である。もしその魔術師が本人だとしたらこれからの特異点も大変だと考えるべきだろう。

 

「そういえば春樹は大丈夫なの?」

 

 心配そうにするオルガマリーに対してダ・ヴィンチとロマンは安心させるように笑った。

 

「任せてくれたまえ。ここにいる医療チームはスペシャリストの集まりなのだから」

「しかし、なんで春樹だけ気絶するのかしら?」

 

 その疑問に対してロマンが説明する。

 

「たぶんだけど、彼が特異点で実際に生きていたことが関係しているのかもしれない」

「どういうこと?」

「所長も特異点で死んだ人が辻褄を合わせてこちらの世界で死んでしまうのは知っていますよね」

「もちろんよ」

 

 このことは三人だけの秘密であった。藤丸と夏目に知られると彼らに想像を絶するプレッシャーを与えるかもしれないとロマン発案で内緒にされている。

 

「未来に生きている僕たちには関係がないのかもしれないけどその時代に起きた春樹には直接影響がでると思われます。いわばAルートで生きていたのに急にBルートの記憶が混ざる感じですね」

「なるほど」

「それを整理するために眠るのだと考えられます」

 

 ロマンの言葉にオルガマリーは頭をがしがしとかくとため息を吐いた。つまり彼は特異点を修復するたびに気絶するってことだ。どうしようもないことだが彼が不憫だとオルガマリーは思ってしまった。

 

 彼について考えているオルガマリーはふと思い出したように尋ねた。

 

「春樹って結局ネロ帝とどうなったのかしら?」

 

 その言葉に対してダ・ヴィンチが反応した。

 

「根拠はないけど春樹らしき人物が出る物語があるけど聞くかい?」

「どんな物語?」

「物語と言うより劇だな。教えてあげよう」

  

 ダ・ヴィンチは演説するように話し始めた。

 

 

 この劇には歴史的価値は全くない。いつ書かれたのかも分からないものである。けれども一部の地方では今も人気のある劇だよ。

 

 え? どうして歴史的価値がないかだって。

 

 それはネロ・クラウディウスを女性として書いているからだ。男性と考えられており、実際に像でも男性として造られているネロ・クラウディウスを女性として書いているのだから、誰かの適当な妄想だと考えられたとしても仕方ないだろう。

 

 それでだ、この劇は三部構成なんだ。一部では彼女とその夫との出会い。二部はそこから結婚して幸せに過ごすところ。三部は夫に別れを言って元老院と戦うところだね。三部はとても興味深いから読んであげるよ。

 

 ネロ・クラウディウスは苦悩した。自分がこのまま元老院と戦ったとしても負けると分かっているからだ。

 

 ここで彼女は二択を迫られる。一つ目は皇帝としてローマを繋げるために最後まで戦うか。そして二つ目は家族と過ごすために戦わずに逃亡するかだ。

 

 苦悩する彼女に夫は言った。‘あなたはあなたらしい道を選んでください。けれども覚えておいてください、私はどんな道を選んだとしても着いていきます’とね。

 

 この夫の名前は何かだって? 不思議なことにいくら調べても出てこないんだ。

 

 続けるよ。そうして彼女は皇帝として戦うことを選ぶ。そして彼女は歴史の通りに追い詰められて自害してしまう。自害した彼女の死体を彼が丁寧に埋葬して墓の前で涙を流しながらお別れを言ってこの劇は終わる。

 

 少し飛ばし気味に説明したけど、どうだった? 確かに悲しい物語だね。

 

 何だって? じゃあ、この夫が春樹だとして、もしネロ・クラウディウスが召喚されたらどうなるかだって?

 

 さぁ、それは本人たちの問題だから知らないな。でも、今のカルデアではマズイことになりそうだね。

 

 

 笑うダ・ヴィンチに対してロマニとオルガマリーは気の毒そうな顔をした。


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