DEATH NOTE―next Level―   作:内海鳥

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第三頁―side Wons―

 性別、男。年齢、不詳。身長164センチ。ブロンドの髪。ヴァイオレットの瞳。

 2016年12月14日。北欧。

 

 あどけない顔立ちの彼は、部屋でインターネットを見ていた。

 検索内容は、とある探偵について。

 彼は、その探偵の事を深く知りたいと思っている訳ではなかった。知りたいのはむしろ、表面的な部分だ。あらゆる側面から表層を知り、自分の表面をそれで飾りたいと思っていた。

 L。

 世界の警察を動かす事のできる探偵。

 誰も顔や本名を知らない。

 そんな存在になれる事を、彼は望んでいた。渇望と言っても良い。

 正直に言えば、探偵でなくても良かった。警察など動かせなくても構わない。欲しいのは誰からも認められる仮面であり、称号や肩書きそのものではなかった。

 誰かに、本名以外の名で呼ばれたい。そしてそういう存在として成立したい。

 詰まるところ彼は、自分以外の誰かになりたかった。

 そしてちょうどいいと思ったのが、Lという存在だった。

 世界にLの存在が公になった事件に、キラ事件があった。インターネットを用いれば、極東で起きた不可解な大量殺人事件くらい簡単にアクセスできる。それによってLを知った彼は、キラよりもLの方にのめり込んでいった。

 Lになりたい。

 Lのようになりたい。

 Lのような存在だと見做されたい。

 どんな分野でも構わない。

 どんな程度でも構わない。

 自分を自分だと主張できる、他の誰も自分に到達できない、認められた仮面が欲しい!

 彼の存在は誰にも知られていない。

 実の両親ですらもう何年も彼の顔を碌に見ていない。友人なんてそもそもいない。

 それでも外界に触れていた。コミュニケーションを取っていた。

 オンラインという場で、適当な仮面を被る事はできていた。

 様々な情報を得ていた。

 

 そんな彼の背後に、何か紙のような物が落ちる音がした。

 ヘッドホンを着けてLに関する動画を観ていた彼は、最初は空耳かと思った。しかしふと振り返り、床にある白いノートのような物に気づく。

 訝しんだ彼はヘッドホンを取り、その存在について思案する。

 自室の入口は常に視界に入るようにしている。部屋は薄暗いので、ドアが開けば外の灯りに気がつくはずだ。カーテンを閉めてある窓も同様。つまり、他者が部屋に入れば彼が気づくはずだ。そして整頓してある部屋に、自分が知らない物があるというのはおかしい。

 彼は天井を見た。屋根裏に仕舞われていた物が落ちてきた可能性を考えたのだが、しかし屋根に穴などない。

 あらゆる可能性を模索し尽くし、彼はあっさりと諦めた。

 自分が全力を以って思考し、それでも正体やカラクリが掴めないのだ。自分ではどうしようもない存在なのだろう。

 ある種自暴自棄とすら言えるほどに自分の負けを認め、彼はそのノートを拾い上げた。その瞬間、今まで誰もいなかった目の前の空間に他者の存在を感じた。

「――――!?」

 彼は声にならない声を上げて大きく仰け反り、床に尻餅をついた。

〈はじめまして……私はヲンス。死神だ〉

 白と黒の外套のようなものを被り全身を隠した、身長2メートルを優に超える()()は名乗った。フードで顔が隠れており、その風貌を窺う事はできない。

「死神……!?」

 彼は動悸が治まるのを待って、ゆっくりと起き上がった。

「そうか、死神……」

〈ほぅ……もう驚いていないと見える〉

「ん、うん……というか、少し落ち込んでる」

 彼が直接誰かと対面して会話するのは、実に8年振りの出来事だった。独り言が多いタイプなので、声を出す事自体は久し振りではない。

 それについて何か思う以上に、彼は驚きと喜び、そして挫折を感じていた。

〈落ち込む?〉

「うん――」

 彼はヲンスを見上げて言った。

「――()()()()()()()()()()()()()()()()

〈…………〉

「物理的なトリックだったら見破れないのはオレの力不足って認められるんだけど……こっち方向の思考を現実に持ち込める柔軟さくらい持ってないと、Lみたいにはなれないかなって」

〈ほぅ、珍しい人間だ。死神相手にそんな感想を持てる人間は、多分そういない。見込み通りだ〉

「そうかな」

 心底興味なさそうに、彼は呟いた。

 実際に、興味はなかった。

 Lならこれくらい読めたかなと、それだけを気にしていた。

「このノート……ヲンスが落としたの?」

 早くも初対面の死神を呼び捨てにしながら、フランクに彼は聞いた。

〈そうだ〉

「何でわざわざオレの部屋に入って、こんな真似を?」

〈お前にそのノートを託したいと思ったからだ〉

「?」

 ヲンスは、人間界に落とされた――或いは落とされる事になる――6冊のノートについて、そして自分たちの目的について話した。

〈――だから、お前には6冊のノートをすべて回収するか……もしくは所在を突き止めてもらいたい〉

「ノート探しゲームって事か……面白いけど、どうしてプレイヤーにオレを選んだの?」

 それこそ、と彼は思う。

 Lにでも頼めば適任ではないか、と。

「あ、もしかして死神でもLの正体ってわからないの? だとしたら、やっぱLってすごい!」

〈Lに託す事も考えないではなかったが……〉

 ヲンスはやおら腕を上げた。外套の隙間から出てきた腕は、まるで黒い骨のように細く、長く、指は鋭利だった。

 6本ある指の内の1本で、ヲンスはパソコンの画面に映るLのロゴを指差した。

〈お前が、あんな風になりたいと思っている事を知ったからだ〉

「Lみたいに?」

〈かつてノートを使って犯罪者を裁いていたキラを、Lは倒した〉

「そう、だろうね。キラはここしばらく音沙汰がなかったし、最近のは全部パチモノだっていうのはわかるよ。それにしても、Lはこのノートの事を推理して突き止めたのかな」

 ただただ募る、Lへの感情。

 Lが一気に自分と繋がりを持つ存在に感じられた事への喜び。

 自分がLのようになれるかもしれないという可能性と、希望。

 彼の身体の中で、それらが臓腑を掻きむしっているかのようだった。

 ヲンスは言った。

〈お前は、L以外にLと同様のノート集めができる能力がある者だと思った。Lよりもお前の方が私の性に合っていた。だから選んだ。これでお前は、このゲームにプレイヤーとして参加できる〉

「プレイヤーになれるだけの資格があるって死神に見込まれるなんて光栄だね――感謝するよ、ヲンス」

 彼はニヤリと笑った。

「じゃあヲンス、早速教えてくれるかな――他の死神たちの性格を」

〈何……?〉

「少なくとも今回のデスノート分配には、君たち死神の作為がある。これまで報道されてきた劣化キラたちのところにデスノートが落とされたのは、故意か偶然かはわからないけどね。しかもその目的は人間界でノートを守る――守らせるコト。それは基本的に、ノートを回収させる事を意味する。なら、死神たちの性格や方針から委託先がわかるかもしれない」

〈ほぅ……面白い。確かに、死神の性格についてならばいくら喋っても問題ないだろう。主観的だからな〉

「オレの予想では、1冊は警察にあると思うんだ。どこの国の警察かはわからないけど、多分アメリカか日本」

〈ふむ……グド、あるいはヒウならば、公的機関やLといった存在に預けてもおかしくない〉

「グドと、ヒウ……ね」

〈……おい、デスノートにメモを取るな〉

「別にいいじゃないか、名前くらい。どうせ顔がわからないんだし、死神はデスノートじゃ死なないし。こんな贅沢なデスノートの使い方をする所有者、絶対他にはいないよ!」

〈死ななければいいという問題ではないだろう……そういう事をされる方の気分にもなってみろ〉

「死神にそんな説教されるとはね」

〈…………〉

 デスノートに名前を書くという、本来なら致死級の呪いを死神相手にしでかす彼の神経に、ヲンスは絶句した。しかも死神に道徳を説かれた上黙らせられる始末だ。

 その奔放さに期待する気持ちもあるのだが。

「他の死神は?」

〈……あぁ……セーヘルなら、所有者を使い潰すくらいの事はしそうだ。チコは、いざとなれば自分でノートを回収するくらいの真似をしかねない。それくらいに、正義感に燃えている〉

「死神が正義感に……? ギャグ?」

〈ギャグというより、バグだな〉

「何ちょっと上手い事言ってるんだこの死神は……」

〈ニュケイは小者……小心……いや、臆病か。事の渦中にはいたがらないタイプだ〉

「隠れんぼが上手いタイプ?」

〈存在を忘れられてみんなに帰られてしまうレベルでな〉

「それ、ある意味今回は強敵だね。障害にはならないけど」

〈……そういえば、チコは熱心に話を聞いていたな〉

「話? 誰に?」

〈リュークという、かつてキラと呼ばれた男に憑いていた死神だ〉

 彼の瞳に、一際強い光が灯った。

「……キラの話を?」

〈ああ〉

「なるほど……人間界でデスノートといえば、キラだろうね」

 キラとデスノートを結びつける事は、彼にとっても容易かった。そして、キラと聞けば居てもたってもいられない。

 キラを捕まえるのは、自分がLクラスの存在になる証明としては最高だ。

「……よし、いずれにせよこうしちゃいられない。こんな部屋に閉じこもっていても、何もできない」

〈随分と簡単に外に出る決心をするな……お前は引きこもりというやつだと思っていたが〉

「別に、外に出たくない訳じゃないからね。とりあえず夜になるのを待とう。それまでに日本とアメリカのどっちに行くか決めて……あ、その前に日本語はもうちょっと勉強しておかないと。Lがキラの居場所を日本に特定してから、もしかしたらLが日本に乗り込んでるかもしれないと思って日本語はずっと勉強してたんだよね。英語は大丈夫なんだけど、日本語はちゃんと会話できるかわからないし。ヲンス、練習相手になってよ」

 マシンガンのように言葉をバラ撒き、彼は言った。

〈死神は言語の壁を超えて人間と話せるから、構わないが……それより聞き忘れていた。お前、名前はどうする?〉

「名前……ああ、いいねヲンス。その質問をしてくれるのは、very goodだよ!」

 死神であるヲンスには彼の本名が見えているが、それには触れず名前を聞いたのは、彼がLの在り方を信奉していると弁えているからだろう。

 彼はしばらく考え、ネットで使っているものとはまったく関係ない名前を考えた。

「そうだな……シンプルでカッコイイ名前がいいな……あとLっぽくて……アルファベットそのままっていうのは狙い過ぎだな……あと本名に似てなくて、けど本名っぽい名前で、しかも偽名感がなくて、それでもやっぱり記号っぽい名前……うーん……」

〈…………〉

 思考やら願望やらが全部口からダダ漏れているが、彼は外界の事など一切関知せず呟き続ける。

「意味ある英単語っぽいのとか……そうだ、漢字もいいなぁ……クールだし……そうだ、漢字にあて字みたいな読み方をつけるのもカッコイイかな……Lみたいなロゴだって欲しいし……迷うなぁ……」

〈……例えば、私の名前を使ってみるとかは、どうだ〉

「ヤダ」

〈……………………〉

「いや、ダサいとかって意味じゃないよ。単に、他の死神にバレたら嫌だなってだけ」

〈……私は何も言っていないが〉

「よし、決めた!」

 ヲンスを無視し、彼は遂に答えを捻り出した。

「ライ!」

〈ライ?〉

「うん! オレの名前は、ライだ! 良いでしょ? カッコイイでしょ!」

〈……良いんじゃないか〉

 どうせ何を言っても聞きはしないだろうと諦めながら、ヲンスは相槌を打つ。

「よし、じゃあヲンス! これから日本語の練習だ! 変なところとかあったら教えて!」

 自分の仮面が徐々に出来上がっていくのを感じて喜ぶライはヴァイオレット色の瞳を輝かせ、初めて誰かに向けて日本語で言った。

「ヨロシク、ヲンス!」

 

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