1月28日、14時10分。日本。
瑠璃原は内心頭を抱えた。
キラ再来のニュースは当然のように瑠璃原の下にも届き、瑠璃原がキラ捜査及びデスノート争奪戦の最前線に立つ事は確定したからだ。
暗号の仕込まれたLからのメールを読み、ただただ瑠璃原は悲嘆に暮れる。
それから瑠璃原はその日の警察署での仕事を終えた。
キラ対策室の仕事は、それから始まる。
警察署内で大っぴらに捜査できないキラ対策室の本部は、とあるビルの隠しフロアにある。会員制のバーやスポーツジム、ネットカフェが入っているビルだ。
20時18分、キラ対策室メンバー12名は本部に全員揃った。警察庁に偽名で入庁しており、家族のいない信頼できるメンバーで構成されている。その中には松田や相沢、摸木といった最初期からキラ捜査に携わっていた者はいない。彼らのようにキラを追う者としての経歴が明らかだと、ノートに操られて情報を漏らしてしまう可能性が極めて高いからだ。
今やキラ対策室は、完全に極秘の存在となっている。これはLと瑠璃原の手腕によるものだ。
「みなさんも既にニュースで知っていると思いますが、キラが現れました」
瑠璃原は言った。
メンバーである
「『犯罪者などの悪人を』『心臓麻痺で殺す』という点から、『ノート使い』ではなく正式にキラであるとしてこれから捜査していきます」
ノート使いという呼称を、瑠璃原は頻繁に使う。ノート所有者をキラとそれ以外の者とで差別化する為だ。
「キラによるものと断定されている心臓麻痺は最低でも250件。全員同時に死亡しました。時間は午前0時です」
瑠璃原が言うと、鬼頭が怪訝そうな顔で手を挙げた。年配の男性刑事で、キラ対策室の中でも最古参の熟練捜査官だ。
「午前9時ではなかったか?」
「日本時間ではそうなんですが、この場合はグリニッジ標準時間0時とするのが正確だと、私は見ています」
「根拠は?」
「あまりにきっちりしているから、です」
瑠璃原が言うと、11名の部下の内10名は首を傾げた。しかし、山蕗だけは納得したように手を叩いた。
「自分の情報を隠す為に、ですか?」
25歳と対策室で最年少だが、その着眼点や発想の柔軟さには特筆すべきものがあり、これまでの捜査にも彼はしばしば転換点をもたらしている。
「その通り」
瑠璃原は微笑んだ。
「裁かれた者たちの国籍はバラバラで、あまり偏りはありません。だからこそ死亡時間に『特徴がない』という特徴をつけていると、私は見ています。筆跡を隠す為に定規を使って字を書くようなものですね」
犯罪者の情報を得た際のタイムラグなどが出ないよう、キラはかなり苦心しているようだ。しかも適当な時間ではなくグリニッジ標準時間を指定する辺り、几帳面さすら覚える。
「かなり慎重ですね……」
「はい。ノートに片っ端から名前を書くのではなく、初めから同時に死ぬように設定しています。『名前を書いてみた』のではなく、まずどのようにして裁くかを検討してから実行に移している。そしてキラとしてのインパクトを与える事も考慮しているのは確実ですね。200人が同時に心臓麻痺で死ねば、キラの思想に基づいた死だと誰もが思うでしょう。この方法のさらに有効な点は、他にノート使いやキラを装う人間がいても、差別化しやすい点にあります。裁きのタイミングが読めず、傾向の異なる悪人を裁けば目立ってボロが出る」
「では、これからも同じ殺し方をするんでしょうか?」
女性捜査官の光本が言った。
「断言はできませんね。あくまでデビューの為だけの殺し方という見方もできます。私個人の予想では、おそらくこれからもこの形式で裁きが続きますが」
「もしかして、裁く事よりも隠蔽を重視するタイプのキラって事ですか?」
「はい。さらに言えば、これまでの――特に初代キラから学習しているのでしょう。より限定するならば、Lとの対決ですね。居場所をバラさない事にかなり気を配っている。これからの裁きも、すぐに名前を書くのではなく、どのタイミングで死ぬのが最適かを考えてからそこに合わせて殺すでしょう」
言ってからふと思いつき、瑠璃原は手を叩いて鳴らした。
「――あ、このキラは絶対に犯罪者以外を殺さないでしょう! 私のクビを賭けてもいいですよ!」
「室長、それわざと言ってるでしょう……」
苦笑しながら山蕗が言うと、他のメンバーたちもまばらに笑った。
「今までだって何度かそう言って大胆な予想を立てる癖に、ハズレないじゃないですか」
「こいつは対策室がこの形になった時から『辞めたい』『もう嫌だ』ばかり言っていたからな」
鬼頭が言うと、瑠璃原は頭を掻いた。
「室長っていうのが嫌なんですよ……早く、誰か私を使えるところまで昇進してください」
「昇進を決めるの、室長じゃないですか。実質的に
「私が決めたら、みなさん怒るでしょう」
「それはそうだ。少なくとも私がいる内は、『逃げるな』と首根っこを掴んでやる」
鬼頭はそう言い、豪快に笑った。瑠璃原含め、全員もそれに釣られて笑う。
「にしても、犯罪者以外は殺されないというのは何故ですか?」
暮田が言った。彼も初期メンバーの1人だ。
「簡単な事ですよ。これだけ慎重なキラなら、足がつくリスクを最小限にするはずです。初代キラにはある種の自己顕示欲が見られましたし、キラであるとアピールしようとする必要があったのは認めますが、今となってはそんな事をするまでもなく世界はキラに注目しますから」
「厄介ですね……炙り出せるんでしょうか?」
「死の時間を決めてから殺すというスタイルからして、犯罪者の情報をこちらが操作する事で捜査範囲を絞り込むという手段は効果が薄いでしょうね。Lが最初に使ったやり方から対策を練ったのでしょう。その犯罪者を裁いても安全かどうか、徹底的に検討しているはずです。数年分の犯罪者のストックもあるので、しばらくはまとめて犯罪者が裁かれるでしょう」
「このキラについて、Lは?」
「『キラは
それは過去の失敗から学び成長している、というだけではないだろう。裁きにおけるこの辛抱強さは、かつてLがキラを「負けず嫌い」と評していた事からも歴然としている。それなりに歳をとった人間がノートを持っているのかもしれない。
――こんな慎重な子供がいたとしたら、末恐ろしいにも程がありますしね。
瑠璃原は身震いした。
「さて……総括に入ります」
瑠璃原はあくまでも表面的な態度は崩さず言った。
「今回のキラはより慎重に、より周到になっています。それでもその能力は健在、このままでは被害は大きくなる一方でしょう。まず私たちは被害者たちの情報を入手できる経路から当たるとします。以上です」
瑠璃原は締め括り、メンバーはそれぞれ解散した。すぐに帰宅する者がいれば、ビルにあるジムでトレーニングしてから帰る者、残って捜査に手をつける者もいる。
瑠璃原は荷物をまとめ、キラ対策室本部を出た。廊下を歩き、エレベーターに乗る。そしてエレベーター内に設置されている瓶からショットグラスにバーボンを注ぎ、飲み干す。ティッシュでグラスを拭き、特定の階で降りた。隠しエレベーターは会員制バーの奥にあり、瑠璃原は今日はバーの客を装ってこのビルに来ている。バーから出て来た人間から酒の匂いがしないのは不審に思われるので、こうした仕込みをしている。
対策室への入り方には様々なパターンがあり、その使い方もメンバーによって様々だ。バーから入る者、スポーツジムから入る者、ネットカフェとバーを使い分ける者など様々だ。私的に施設を利用する者もいる。ちなみに、料金は自腹ではなく経費だ。
「ただいま、グド」
帰宅して電気を点けた瑠璃原が言うと、グドが応じた。
〈……ケイ、やはり他にどうしようもないか〉
「はい、我慢してください」
気が滅入ったように訴えかけてきた死神に、瑠璃原は笑顔で言った。
現在瑠璃原は、ノートの所有権を放棄している。ノートは二つ折りにして縛り、分厚い本のページをくり抜いてその中に収納してある。ちょうど地上にあるデスノートの冊数分をカバーできるシリーズなので、ちょうどいい。そして誰にも所有されていないノートに憑いたグドは、部屋から出ないよう瑠璃原にきつく言われている。
「誰も入って来てませんよね?」
〈うむ……しかし死神を軟禁するとは、ケイも相当だな〉
「グドがキラ対策室室長を所有者に選ぶなんて安易な真似をするからじゃないですか」
既に何度も繰り返されているやり取りだ。
「キラ対策室室長なんて、ノート所有者でなくとも命を狙われる危険があるんですから。しかも、ノートを使った事のない人間がただ所有権を捨ててもノートに関する記憶は消えないなら、所有権がなくとも僕がノートを隠していると読むノート使いがいてもおかしくない。他の死神にグドの考えを読まれている可能性も十分にある訳ですから。というか、僕が他の所有者ならそこから詰めます」
〈しかし、キラ対策室とやらは存在を秘匿しているのであろう?〉
「隠してても、バレる時はバレますよ。ただ、デスノート方面からバレないようにするのは僕の責任で、僕にノートを渡したグドの責任にもなりますから。グドが他の死神に目撃されてアウト、なんて事態は避けねば」
〈……死神に『責任』なんて言えるのもまた剛胆だな〉
「まぁまぁ。その分報酬も弾みますよ」
瑠璃原は提げていた袋から瓶を出した。
「今回はワインです」
〈葡萄酒か〉
「ええ。口に合うと良いんですが」
人間界で、グドは酒にハマっていた。
どハマりである。
種類を問わず、好んで呑んでいる。瑠璃原との晩酌が、軟禁されているグドの唯一の楽しみらしい。
「神の子の血って、死神はオッケーなんですか?」
〈神の子……イエス・キリストか。問題ないであろう〉
「ワインが死神の弱点だったら、それはそれで爆笑ものですよね」
〈時々思うが、ケイの思考は悪魔的だな〉
「そうですか?」
〈イヤらしい、と言うのか〉
「死神に言われるのは、さすがにキツいですね」
他愛のない話をしながら、瑠璃原とグドは2人で酒を酌み交わした。