1 人形
七色の魔法使い。
魔法の森に住む魔法使いにして人形師、アリス・マーガトロイド。
魔法使いは基本的に他者との接触を好まない。本来魔法使いと言うのはそういうものではあるが、魔法使いとなって日が浅いため、アリスはかなり頻繁に人里を訪れている。
食事をしたり、睡眠を取ったり、人間としての慣習からまだ脱却できていない。
彼女が何をしたいのか。彼女は何をしたくて魔法使いになったのか。
人間に友好的でありながら、自らの人間を捨て去ったのならば、そこには必ず理由があるはずなのだ。
里の人間曰く、人形の様に美しく。
里の人間曰く、人形よりも端麗で。
里の人間曰く、人形が如く――冷淡である。
見る者によって印象が変わるのが彼女である。その根底にあるのは、どこか浮世離れしたような彼女自身の雰囲気であり、周囲を寄せ付けないかのように放たれる高貴さだ。
では逆に、彼女の要素はそこだけなのか。
これは、彼女が自分を知る話。
知って、失望して終わるだけの話である。
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ある日の昼過ぎ、一人の男が人里を歩いていた。何かしらの目的があったわけではない。なんとなく暇だから散歩をしよう程度でしかなかった。別にそれは今日に限ったことというわけではなく、昨日も一昨日も同じであり、そしてきっと明日も明後日も同様に暇なのだろうと男は理解していた。ある意味では自業自得なのだろう――という思いがあり、現状を打破しようという気概もない。
端的に言ってしまって、彼は退屈だった。
しかしだからと言って、それを見つけたとき、彼は特に運が良いとは思わなかった。
むしろただひたすらに疑問だった。
里の中の薄暗い路地。
そこに倒れるように落ちていた、美麗な人形を見つけても。
「……これって、人形劇の人形……か?」
精巧に作られた人形を丁寧に拾い上げ、男はそう呟いた。見覚えのある人形だったのだ。というより、里に住む人間ならば、おそらくはほぼ全員がこの人形を見たことがあるはずだ。里に時折、人形劇を披露しに来ている、美しい金髪に輝く瞳持つ彼女が使用している人形。これはそれで間違いないだろう。と言うか間違えようがない。
名前は、確か、なんだっただろうか。
「……届けた方がいいのかな」
次に人形使いが里に来た時にでも渡せばいいのだろうが、じゃあその時までこの人形をどうするのかという話である。この人形を家に置いておくのは少し――かなり気が引ける。変な話だが、この人形を家に置いたらこっちが委縮しそうだ。上手く言えないが、そういう不思議がこの人形にはある。ある種の威圧感と呼んでもいいかもしれない。
可及的速やかに持ち主の元まで届けたいのはやまやまだが、あの人形師がどこに住んでいるかを男は知らなかった。里の人間に片っ端から聞けば誰かしらが知っているかもしれないが、この人形を持ちながら里内を歩くのは危険だと思ったし、しかしだからといってここに一先ず置いていくというのは選択肢としてありえないだろうとも思う。
こんな薄暗い所に置いてあるから誰の目にもつかないのであって、例えば、表に出しておくというのはどうだろうか。そうすれば流石に人目を引くはずだ――とは思ったが、なんだかそれだと、自分の後に拾った誰かに責任を擦り付けようとしているみたいで気が咎める感じはある。
首を傾げながら考えるが、打開策、解決策と呼べそうなものが思い浮かばない。
と、不意に、手の中の人形が動いた。
「うおっ!」
驚いてしまった男は反射的に手を放してしまった。落としたと思った。覚悟した。しかし、手放したその人形は重力に従うことなく空中で静止した。瞬きを幾度となく繰り返してしまうが、いつまで経っても人形が落下する気配はない。まあ、落ちなかったのならば、疑問はあれど文句はない。再び持つために手を伸ばした――が、人形はその手から逃れるように勝手に移動し始めた。
人形とは単体で移動できるようなものだっただろうか、いや、そんなことを言っている場合ではない。どこへ行くかは知らない。ひょっとしたら持ち主であるはずの人形師の元へと帰って行ったのかもしれない。だが、そうではなかった場合が怖い。
もし全く見当違いの方向に人形が行ってしまったら、そのまま永遠に行方不明のままという可能性も十分にありうる。あの美しい人形がどことも知れない場所で朽ち果てるというのはどうにも忍びない。
「……はあ」
男は空気を思い切り吸い込むと、徐々に小さくなり、速さを増している人形を追いかけるため、地面を蹴った。