東方墓石録   作:甲光一念

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離別、そして忘れ 『茨木華扇』
1 追想


 人間の里。

 幻想郷内部にて、特別な力を持たない一般的な人間が住居を構える場所。そこまで沢山の人間が住んでいるわけではないが、かと言って人が少ないかと言えばそんなことはないという、言ってしまえば、普通の人間の領域だ。

 その人間の里には割と妖怪が出入りすることもある。妖怪に限らずとも、巫女であったり、魔法使いであったり、メイドであったり――人間に害を及ぼすことのない存在がよく里には出入りする。

 あるいは――仙人であったり。

 少女と呼ぶべきか、あるいは女性と呼ぶべきかはいまいち判然としないが、女が饅頭を食べながら里を歩いていた。その饅頭はつい先ほど店先に並んでいた出来たてのもので、まだ中は熱く、湯気を吐きながら食べていたが、なかなかに美味しい。

 また行っても良いかもしれない。

 

 そう思う彼女の名は、茨木華扇。

 仙人としての名は茨華仙。

 彼女もまた、人ならざるモノでありながら人里に出入りする者の一人。

 

 饅頭を一つ食べ終えると、華扇はゆっくりとした動作で後ろを振り向く。

 そこにはなにもない。ただ、いつも通りの人里の喧騒があるだけだ。

 ここ最近、人里にいると必ず誰かの視線を感じる。でも振り返っても誰が自分を見ていたのかはわからない。仙人は人間よりは自然に近いところにいる。だから、そういう気配には敏感だ。気づけないということは、勘違いなのだろうか。

 だが、何回も感じているのだから勘違いということはないだろう。しかし、茨木華扇は饅頭を食べながら緩んだ顔をしていても警戒を怠ることはない。立場上、余り大っぴらに行動しすぎることもできないのだから、周囲に気を配るのは当然とも言えた。

 そして再び歩き出す。

 ここで視線に気付けていたら――というのは、少しばかり野暮かもしれない。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「はあ。最近はこれといった事件も起きてないわね。霊夢も毎日暇そうにしてるし……、まあ、平和に越したことはないけれど」

 

 華扇は神社への道を歩いていた。道とは言っても舗装されているわけではなく、何回も人が歩いたからその部分だけ草がない程度の道でしかないのだが。参拝客の少ない神社にはぴったりではあるか。

 そんなことを霊夢に言ったら鬼の形相で追いかけられそうだなと想像して、一人で軽く吹き出す華扇。

 なんとなく罪悪感が芽生えたが、霊夢ならきっとお土産を持って行けばすべてを許してくれそうだなと思うと、若干ながら霊夢が不憫でならない。

 特に今日は博麗神社に用事があるわけではない。華扇にとっては用事があるかどうかはあまり関係のない話なのだ。下心が全く無いわけではないのがまた微妙なところなのだが。

 それはそうとして。

 いまだに視線を感じるのは一体何の冗談なのだろうか。人間の里に入って少し経ってから今までずっとだ。時間にして一時間は軽く超えている。人里に入ってから感じ始めたので、多分人間の視線だろうとは思うのだが。

 自分をつけてくる意味が全く分からない。

 何か恨みを買うようなことをした覚えはないのだけれど。

 とりあえず気付いていない振りをし続けてはいるものの、さっき一回振り向いたときにもう止めておこうとはならなかったのだろうか。華扇としては、威嚇というか、牽制というかのつもりで振り返った節もあったのだけれど。

 博麗神社までついてこられるのは色々と問題が生じるし、もし魔理沙がいた場合、華扇の考えなどお構いなしに視線の主を捕まえるような気もする。いい加減この辺りで警告しておくか。

 華扇が前触れなく後ろを振り返ると、近くの茂みからガサガサと音がした。

 露骨。

 

「あの、先ほどからずっと後ろにいるのはわかっていますよ? 隠れていないで出てきてください」

 

 無音である。草が揺れる音もしなくなった。存在がバレているのになおも隠れ続けるその胆力は尊敬に値するが、やっている行為はとても褒められたものではない。仙人としては、少し説教でもした方がいいのかもしれない。

 

「……別に怒ったりしないので出てくる気はありませんか? さすがにこう長い間ついてこられると放置するわけにもいきませんし、要件があるなら聞きますよ?」

 

 無言である。呼吸の音すら聞こえない。存在がバレているのになおも隠れ続けるその胆力はもはや尊敬に値しないし、やっている行為は咎められるべき行為であろう。仙人として説教すべきだろう。

 

「……人のことをずっと追いかけておいて、バレたら黙るというのは少し卑怯ではありませんか? いい加減に出てきなさい。自分から出る勇気がないというのであれば、私の方からそちらへ行きましょうか?」

 

 先ほど音が聞こえた茂みと同方向から再び音が聞こえた。華扇は決して心が狭くはない。大概のことでは怒らないという自覚もある。度を越えればそりゃあ一般的な反応として怒ったりはするが、今回はさすがに本人の限界だった。

 今回が初めてではないのだ。常習犯なのだ。ここらでいい加減に釘を刺しておいた方がいいだろう。

 華扇は待つ。無言に耐えかねて相手が出てくるのを期待して。

 一つ、華扇が溜め息を吐くと同時に、茂みが揺れ、男が立ち上がった。華扇には見覚えのない男だった。そもそも人里の人間とはあまり深い交流はしていないのだ。距離を置いているというわけではないが、わざわざ深く関わる必要もない。だからなおさら不思議だった。

 一体、何の要件だというのか――男が口を開いて、そして言った。

 

「あ、あの! 仙人様ですよね!? 身の程を弁えていない発言だというのは自覚したうえで言います! す、す、好きです! 俺と――付き合ってはいただけませんか!?」

 

 華扇は固まった。

 茨木華扇は固まった。

 男を見ながら、何も言えず、ただ硬直した。

 仙人になる前も、仙人になった後でも、告白されたのは、これが初めてだった。

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