「いいんじゃないの? なに、なんか駄目な理由でもあるの?」
「もう少し真剣に考えてくれなませんか? こっちはかなり切羽詰まってるんですから……」
博麗神社。
別名、妖怪神社。
幻想郷の核とも言える神社ではあるが、見るまでもなく、参拝客はいない。
今日も今日とて、博麗の巫女――素敵な楽園の巫女、博麗霊夢は、誰も通らない神社の境内を掃除する。
告白された華扇は、博麗神社内の掃除をしていた霊夢に相談を持ち掛けていた。本来ならば自分が一人で考えることなのかもしれないが、という思いはあったものの、なにせ初体験の出来事である。自分一人で考えても煮詰まるであろうことは想像に難くなく、だからこそ気は進まなかったものの霊夢に相談することにしたわけだ。
だがまあ、霊夢が真剣に考えてくれるかどうかというのは割と五分五分の賭けだった。性格的な問題もあるが、意外と霊夢は初心だったりするのだ。そういうところを目撃しただけで赤面してしまうくらいには。
だから、まあ、言い方は悪いがあまり期待はしていなかった。
「って言ってもねえ……、そいつ本当に本気だったの? なんか悪戯だったりってことは?」
「……自分を追い詰めるような発言にはなりますけど、あの目は嘘を吐いている目ではなかった。それだけは、確かに、しっかりと分かってしまった。だからこそ、困っているんです」
もし仮に、あの男が言っていることが嘘だったならば、適当にあしらってその場を立ち去ることだってできた。だがそうではなかった。男はただまっすぐに華扇を見つめていて、瞳の色を見るまでもなく、声の震えを感じるまでもなく、今の発言は本気だと覚ることができた。
ある意味、返事を先送りにして博麗神社へ避難してきた華扇は、男から逃げたと言えてしまうのかもしれない。色恋沙汰に免疫のない少女が、逢引を目撃しただけで赤面して目を逸らしてしまうかのように。
現実から目を逸らしたのかもしれない。
「困ってる、ねえ。まあ、確かに困ってはいるんでしょうけどね」
「……なによ、なんだか冷たいわね。なにか気に障ることでもしましたか?」
「気に障るっていうことはないわ。ただ、あんたにしては少し、考えが浅いなと思っただけよ」
「考えが浅い?」
霊夢のその発言に、華扇は憤りなどをおぼえることもなくただ困惑した。考えが浅いも何も、そこまで深く思考できるような何かがこのやり取りのどこかにあっただろうか。
基本的に霊夢は神社にいるときは脱力している。体面を取り繕わないというか、体裁を気にしないというかなのだが、ゆえに、霊夢がこのようにきっちりと意見を言ってくることは非常に珍しいことでもあった。
「……えっと、浅いというのは、具体的には?」
「あんたは今――」
そこで一旦、霊夢は言葉を止めた。思っていることを言うことは確定しているが、どのような表現で伝えるのかに若干迷ったのだ。あまり直接的に伝えるべきではないし、かと言って遠回しすぎるとこの鈍感仙人は気付かないかもしれない。
霊夢は箒で落ち葉を掃きながら、何でもない事のように言った。
「――断るのを前提にして考えてるかしら?」
「そりゃあ、もちろん?」
華扇は疑問文のようになってしまった言葉を訂正することもせず、最後まで言い切る。疑問文になってしまったのは自信がないからとかではなく、それ以外に答えが見つからなかったからだ。霊夢がそんなことを聞いてくる意図も理解できない。
「……まあ、そうよね。あんたはそうよね」
「……さっきからなんだか引っかかる言い方をしてくるわね。言いたいことがあるなら正直に言ったらどう?」
どうにも煮え切らないことばかり言う霊夢を、まるで諭すように華扇は言う。どちらかと言えば、今諭されている立場は華扇の方なのだが、本人にその自覚がなければ馬の耳に念仏もいいところだ。何を話しても右から左に流されては、話す甲斐もない。
霊夢としては他人の恋愛事情やら恋愛観にとやかくと首を突っ込むつもりもないが、少しだけ、華扇の言動に引っかかる部分があって、だから口を挟まざるを得なかったのだ。
魔理沙がいなくて良かったと思う。
「一つだけ聞かせてもらうわ」
「なにかしら?」
「――なんで告白を断ろうと思ったの? 特に考えることもなく、膠もなく、一拍置くこともなく、断ることを前提にうちに来たの?」
「え? それは、だって――」
そういいながら華扇は、必死にその理由を探す。
なんでと言われてもそれが自然なはずだ。告白されたからといってそうですかわかりましたありがとうございますこれからよろしくお願いしますだなんて言うわけがない。言うわけがないが、じゃあなぜ今霊夢が言ったように特に何も考えることなく断ることを前提において霊夢に相談に来たのだろう。そもそも告白を断るのに理由がいるのだろうかいやそれはもちろんいるだろうけど自分にその理由があるのか。性格や容姿もまともに知らないのだからそのあたりをもう少し考慮してから結論を出すべきだったのだろうか。いやいやというか今こんなことを考えている時点でもう明白なのではないか。
「……いえ、特に、理由があるわけでは」
「やっぱりね。だから考えが浅いって言ったのよ。考えが浅いどころか、あんたもしかしてまともに考えもしなかったんじゃないの? 条件反射みたいに、告白されたから断ろうみたいな短絡的な思考だったんじゃないでしょうね?」
「……否定は、できませんが」
霊夢の言葉に明確な反論ができない。自分にだって断る理由ぐらいあるんだと言い返してやりたいが、事実霊夢の言っていることは華扇の図星を突いているのだから否定なんかできるわけがない。
告白された瞬間に、直線的に断るという答えと結びついてしまったから、そんなこと考えもしなかった。振り返りもせず、思い返すこともなかった。
だって、普通そうだろう。
それが、普通なのだから。
「……でも、それでなにか問題があるの? 私が何も考えないままに告白を断って、それがなにか駄目? 霊夢は、私はその告白を受けた方がいいって思ってるの?」
「別にあんたが誰と恋仲になるとか、誰の告白を断るとか、私はそんなのどうでもいいのよ。どっちでもいい。失恋も、成就も、そこらへんに掃いて捨てるほどあるんだから。それこそ落ち葉みたいにね。私が言いたいのはそこじゃなくて、あんたが何も考えてないってこと」
「考えていないわけでは……」
「検討も想像もないまま、流れと惰性で何かを決めることを何も考えてない以外になんて言えばいいのよ」
「……それは」
これじゃあ、普段とは立場が逆だ。いつもは華扇が霊夢に説教をしているのに、今は自分が霊夢に説教をされている。別に不快であるとかそういうことはないが、その原因が色恋沙汰というのがなんだか変な話だ。
「言っとくけど、別にこれは説教とかじゃないわよ」
一瞬だが心を読まれたのかと華扇は驚くが、霊夢はなんだか自分の口調が説教のようになっていることに気付き、自分で否定しただけの話だ。
「これは単なる私の自己満足。あのね、仙人のあんたは若干忘れがちかもしれないけど人の寿命は短いの。花火よりも短い。花火みたいに人の記憶に残れればいいけど、大抵の場合そう都合よくはいかないわ。大体の人生は不発で終わる。あんたに告白してきた男は、花火を打ち上げたのよ。確かにあんたには、それを不発で終わらせるか、それとも咲かせるかを選ぶ権利がある。でも、権利は自由と等価値じゃない。打ち上げられたことにも気付かずに、選択することもなく不発で終わらせたのなら、それは権利を逸脱した冒涜よ。私は、そういうのは気に入らない。それだけよ」
霊夢は一気にそう捲し立てる。慣れないことをいつまでも続けるのが少し恥ずかしくなってきて、駆け足で終わらせたのだが、なぜここまで真剣に語ったのか霊夢自身にもわからなかった。人の気持ちを蔑ろにするのが気に入らないという霊夢の個人的感情ならばあるのだが、別にここまで言わなくてもという気持ちもある。
だが、誰かが何かを伝えたというそれが、どれだけ勇気のいる行為なのかを霊夢は知っていた。
とにかく、言いたいことは言い終わったので、さっさと境内の掃除を終わらせてしまおうと思い、箒を握りなおすと、華扇が口を開いた。
「告白を断るというのは、そんなに重い行為ですか?」
一瞬の沈黙の後、か細い声が聞こえた。
「……する方にとっては、投げたものを相手が受け取ってくれるかどうかの保証もない状態よ。投げたものがどこか自分の手の届かないところに転がっていってしまうかもしれないっていう恐怖を感じてる。それはきっとすごく重い。自分が潰されかねないほどに」
「…………」
「それを断るっていうのは、その重いものを受け取らずに受け流すってこと。断ることは、きっとそんなに重くない。でも……、受け流した時に、きっとその重さを感じる。感じて、実感する。受け取らなかったんだ、ってことを。……それに対してどういう感情を抱くかは、人それぞれだと思うけどね」
霊夢はそう言い終わると、今度こそ顔を背け掃除を再開する。その後ろ姿は、以前自分が巫女らしからぬと叱りつけたものなのだろうか。少しだけだが、なんだか霊夢が離れて行ってしまったように感じた。
ただ、話が終わってしまったかのようだが、華扇にはどうしても一つだけ気になることがあった。今の真剣な空気を壊すことになってでも、聞きたいことが。
「霊夢は、告白されたことはあるの? さっきのは、経験者ならでは助言なのかしら」
「…………」
少しだけ、沈黙が二人を包む。
角度的に、華扇から霊夢の表情を伺うことはできない。だが、雰囲気は否応なしに伝わってくる。聞くべきではなかったかもしれないと後悔するが、後悔先に立たずというやつだ。しかし、いまいち判断がつかない。この沈黙の重さは、何に起因するものなのだろうか。
霊夢が、箒を握ったまま振り返る。
口元に、影を帯びた笑みを浮かべながら。
「――さあ? どっちだと思う?」
―――――――――――――――――――――――
なんとなく、華扇は頭のシニョンキャップに触れた。そこに深い意味はない。さっきの霊夢の言葉を反芻していたら、無意識のうちに手をやっていただけだ。頭が痛いのは事実だが、頭を押さえても治らないのはわかっていた。
拒否する。
快諾する。
華扇の前には今、二つの道があって、そのどちらもが正解の道なのだ。華扇の人生においては、華扇が選んだ道こそが正解であり、そこに他者の介入は決して存在しない。その人の人生はその人だけのもの。華扇だってそれは理解しているが。
あの時あの道に進んでおけば良かったなどという後悔は、必ずと言っていいほど誰しもが経験しているものだ。一度進めば引き返せない。
片手で団子の串を弄びながら、自分の気持ちを持て余す。
何も考えずに食べている時ほど食べすぎる。すでに団子の皿は五枚も積み重なっており、一皿に三本ずつ乗っていた団子はとうの昔に華扇の胃袋の中だ。右手の串を皿に置き、右手を見つめる。
右手よりも、包帯を見つめているといった感じだが。
これもまた、告白を断るという考えに至った一要因でもある。
今日は、いつものような視線を感じることはまだなかった。先日の行動もあって自粛しているのか、他に何かしらの用事があるのかは華扇の知らぬところだ。だが。
見られている感覚がない方が団子は美味しい。
それだけは確かなことだった。
生憎と空には雲が満ちていて、あまり晴れ晴れとした気分とは言えないが、霊夢との会話を思い出しているうちに心の陰りが晴れてきたのは確かだ。別にどうするか具体的に決まってきたというわけではないが、なんとなくの方向性は見えてきたと言っても間違いではないだろう。
何も考えずに告白を断るな。霊夢はそう言った。正直言ってぐうの音も出ない正論だったと今はしっかり自覚している。しかしこう言っては何だが、やはり自分と男では立場が違う。
仙人である華扇と、普通の人間である男。
生活は違うし、住むところも違うし、考え方も違うし、そしてなにより寿命が違う。
わかってはいるのだ。男だってそれを承知の上で華扇に想いを伝えてきたのだろうし、霊夢だってそれを踏まえても適当に返事を返すべきではないと箴言してくれた。自分だけが真剣ではなかった。検討の余地も挟まないほど弾圧的に告白を断ろうとしていた。
その考えを改めるならば、自分は一体どう返答するべきなのか。
方向性は見えたと言っても、具体的に答えが定まったわけではないのだ。
短く息を吐く。ここまでなにかに悩んだのは、果たしていつぶりだろうか。考えることに若干の疲れを覚え、なにも考えずに爪先を見つめていると、頭上から声が降ってきた。
「あら、どうもこんにちわ。なにやら元気がないように見えますが……どうかなさいましたか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、白を基調とした巫女装束を身に着けた少女が不安げな表情で華扇を見つめていた。守矢神社の風祝、東風谷早苗である。右手に風呂敷を抱えているのを見ると、買い物の帰りと言ったところだろうか。
「いえ、別に大したことでは……。というより、貴女もどうしたんですか?」
「え? なにがですか?」
「右足の包帯ですよ。結構広い範囲に巻かれていますが、怪我ですか?」
声のした方向を見ようと顔を上げたときに、足に巻かれている包帯に気付いた。いつもと違い、足が露出されていたために少し目立っていたからなおさら目に入ってきたのだが、先に言った通り、右ふくらはぎのかなり広い範囲がぐるぐる巻きだ。大分痛々しい。
「ああ、これですか。……実は数日前に森で妖怪に襲われてしまいまして、ご覧の有様です。情けない限りですよ。森の妖怪を甘く見ていました。貴女も気を付けてくださいね」
早苗は、ばつが悪そうな顔をしながら華扇に事情を話す。華扇的にはなんと言うか意外だ。巫女って怪我するんだと言いたい気分だった。魔理沙が怪我をしているところなら見たことがあるが、霊夢が怪我をしているのは見たことがない。というか、幻想郷において巫女と言う呼称は、若干ながら強さの代名詞みたいな部分がある。だからこそ、心配でもあるのだが。
「ですが、包帯と言うのでしたら貴女だって右手がそうじゃないですか。あ、お揃いですね、お揃い!」
先ほどまでのばつが悪そうな表情はどこへ行ってしまったのか、目を輝かせ、笑みを浮かべながら華扇に顔を近づける。嫌なお揃いもあったものだ。怪我の重症具合の一致で燥げるというのは一体どういう感性をしているのだろうかと思うが、ひょっとしたら明るい雰囲気にしようと気を使ってくれたのかもしれないと思いなおす。もしそうだとしたら申し訳ない限りだ。
「確かにお揃いですね。お互いに早くお揃いでなくなった方がいいとはおもいますが……。えっと、とりあえず座りませんか? 立ったままでは足に響くでしょう?」
団子の皿を挟んだ長椅子の反対側を左手で示しながら、少しだけ皿を自分の方に寄せる。実際、積んである皿の枚数にいつ突っ込まれるだろうかというのは非常に不安だったが、早苗は特に指摘することもなく、風呂敷を足元に置く。
「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて座らせていただきますね。よいしょっと……。ふう、やっぱり怪我をしたまま歩くものではありませんね。行く先々で心配されてしまって……」
「いいじゃないですか。心配されるのも人徳の賜物ですよ。貴女の日々の努力の成果と言い換えても構いませんが……、こう言っては何ですが、霊夢ではそうはいかないでしょう」
早苗の言葉に華扇が前向きな言葉を返すが、早苗は寂しそうな笑顔を浮かべ俯いてしまった。自分は何か変なことを言ってしまっただろうかと華扇は内心で戦々恐々だが、早苗はすぐに顔を上げる。
「そうですかね……。すいません、私もお団子頼んでいいですか? 食べたくなっちゃいました……」
恥ずかしそうに華扇にそう言うと、近くの女性に団子を一皿注文する。漉し餡と粒餡のどちらを頼むのか耳を澄ましていたが、早苗が頼んだのは御手洗団子でなんとも言えない気持ちになった。そして同時に、やはり五皿はどう考えても食べ過ぎだという結論に至る。注文を終えた早苗は、少し笑いながら右足の包帯に触れる。
「我ながら情けないですよ……、なんでもないような下級妖怪にこんな怪我を負わされるなんて……。透明になれるんだか、気配を消せるんだかみたいな能力を持ってたみたいで、不意の一撃でこのざまです。弾幕に慣れ過ぎてたってことかもしれませんね。まったく……」
なんという返しが正しいのか、華扇にはわからなかった。ここ暫くの間は怪我らしい怪我などした記憶がないし、もっと言うなら最後に怪我をしたのがいつかなんて覚えていない。下級妖怪にしてやられたことで誇りが傷ついている巫女にかければいい言葉なんて、思いつくはずもなかった。黙っていると、御手洗団子が運ばれてくる。早苗は曇りのない笑顔でそれを受け取り、皿を椅子に置いて一本目を手に取る。それを口元に近づけながら、早苗は口を開いた。
「さっきの話に戻っちゃうんですけど――霊夢さんなら、って話です。私は、霊夢さんならそんな失敗はしないと思います。思っています。霊夢さんは、強いですから。たぶん里の人たちも、そういう安心感はあると思います。博麗の巫女は絶対に敗北しないっていう、不動の安心感が。だから今日もこうして、妖怪に怯えずに甘味処は営業中なわけで、私はその恩恵を被りお団子を食べることができます」
そう言い終ると、団子を一口。咀嚼し、思わず破顔。その一方で華扇は呆気に取られていた。なんだか深刻そうな感じで始まった話が結果的にそう着地するとは。ありがたい意味で予想外だった。これ以上に話の先が暗くなってしまうと本当に黙りっぱなしになってしまう。ただ、それと同時に、今、ほんの一瞬だけ見え隠れした間違いようのない博麗霊夢に対する劣等感。無理に話の最後を明るい方向へ持っていったのだろうことを考えると、たぶん今のは、早苗にとってもあまり表に出したくない本音なのだろうと思う。掘り返さない方がいいだろうと結論付け、今度は華扇から話を振る。
「……脈絡のない質問になりますが、貴女は、好きな人っていますか?」
「ぶっ。げほっ、ごほっ……。な、なんですか急に。藪から棒に」
「す、すいません。少し気になったから聞いただけで他意はありません。まさか吹き出すとは思っていなかったので……。すいません、不躾な質問でしたね」
早苗の反応を見て申し訳なくなったのか、肩を落としてしょんぼりとした顔をする。本当に他意はなかった。直前の会話が少し暗かったので、なにか明るい話題はないだろうかと考えて、今の自分の状況からついそういう質問になってしまっただけなのだ。なにか自分の考えを先に進めることのできる意見が出てくるのではないかといった期待が無意識になかったかと言えば、それはわからないが。
「……もしかして」
「え?」
「好きな人がいるんですか!? そういう質問をするっていうのはつまり私に! 助言を求めていると! そういうことですか!? そういうことですよね!?」
「え、ちょ、いや」
「お任せください! 不肖ながらこの東風谷早苗が! 現人神として、風祝として! あなたの恋を成就させるべくできる限りのお力添えをいたしましょう!」
その直前に好きな人がいるかどうかを聞かれて、吹き出していた者の発言とは思えないほどに元気溌剌とした言動に華扇は圧倒される。理解できない者への恐怖心からまともな言葉を返せないが、現段階ですでに信じられないくらいの誤解が発生しているし、目の前の現人神は先走っているし。というかなにこの食いつきっぷりはという混乱が隠し切れず眼球がぐるぐると回転する。団子を食べていたのに立ち上がって顔を近づけてくるし、目にはどういう理屈か無数の星が瞬いているしで、華扇の許容量はとっくに限界である。
「待ってください待ってください! 誤解です! 違うんです! 好きな人もいませんし助言も求めていませんから落ち着いてください!」
いっぱいいっぱいになりながらなんとか言葉を返す。このまま押され続けていたらしてもいない恋煩いを自供させられそうという恐怖が、華扇に言葉を取り戻させた。否定の言葉を並べられると、早苗はきょとんとした顔になり、少し首を捻り、薄く困ったような笑顔を浮かべた。後ろに下がって椅子に座りなおすと、持ったままだった串についていた最後の一つを口に入れ、その串を皿に置き、団子を飲み込む。
「なんと言うか、すいません。こちらに来てから初めてそういう話に触れたもので……。私たちってみんな年頃の女子なのにそういう浮ついた話の一つもないっておかしくないですか? 少し前から、誰か一人くらい、そういう話で盛り上がれる人でも思っていまして……」
「なんだか、こちらこそすいませんでした……。……まあ確かに、色恋の話で盛り上がれるような人って、全然思い浮かびませんね」
「そうなんですよ! 霊夢さんや魔理沙さんにこういう話を振ると煙たがられますし、咲夜さんや妖夢さんだと仕事が忙しいからそんな暇はないとか言うし! 鈴仙さんに至っては引き笑いされましたからね! もう少し女子としての自覚を持ってほしいものです!」
「……そういう貴女はあるんですか?」
「へ?」
「恋愛経験が」
華扇が短く尋ねると早苗は顔を逸らして黙り込む。おそらくはこうなるだろうことを華扇は予測していたし、だからこそ口に出して尋ねたのだ。人のそういう話を聞くのは好きだが自分がどうかと言えば恥ずかしくて黙り込んでしまう。普通の女の子らしい感性を持っているんだなと思うが、この幻想郷でその感性を持ち続けるのは正直しんどいだろうという心配もある。可愛いがしかし可哀想である。足の上で組まれた手が所在なさげにもしょもしょと動いている。
「……まあ、私もありませんけどね。今に至るまで重ねてきたのは年齢だけですよ。とはいえ、仙人が一体どうやって恋愛なんてするのかって感じですけどね」
多少の自虐を混ぜながら言葉をかける。これは偽らざる華扇の本音であったし、今一番の悩みの種となっている部分だ。向こうが少し本音を喋ってくれているのだ。こちらも少し本音を語るくらいで対等だろう。溜め息とともに言葉を吐き出すと、早苗が背けていた顔を前に向けた。
「……ないことはないんですけどね、そういう経験。外の世界にいた頃は何度か告白されたこともあります。でも、全然そういう気になれませんでしたし、どちらかと言えば神社にいる方がよっぽど充実してました。人のそういう話を聞くのは楽しいんですけどね」
笑いながらそう言うと、二本目の団子を手に持つ。華扇は店員の女性にお茶を二つ頼み、団子を食べる早苗の横顔を見る。同性から見ても整っている顔だと思う。髪に付けている装飾は少々独特ではあるものの、それも可愛さの一つにできるほどに。運ばれてきたお茶を冷ましながら口に入れる。お礼を言いながら早苗もお茶を飲む。
「えっと、一応お聞きしますが、そういうお話をしてきたということは、そっち方面のお話が何かあるのでは? これもまた勘違いだったら申し訳ないのですけど、先ほど声をおかけした時も上の空でしたし、私でよければ相談に乗りますよ」
二本目の串を皿に戻しながら早苗は言う。感情の機微に聡い人だと思う。感情豊かで感受性も豊かで、里で演説をするほどの社交性を持ち合わせているのだ。外の世界で告白されたのも当然と言っていいかもしれない。同性への対応まで心得ている。あとは先ほどのような暴走さえなければ完璧なのだけれど。
「……では、少し聞いてもらってもいいですか?」
二連続で巫女に相談するのはなんだかこの幻想郷においてとても贅沢なことのような感じがしたが、むこうから聞いてくれたのだ、ここで答えなければむしろ失礼と言うものだろう。そう思い、華扇は重い口を開く。少し前から里の中で誰かに後を付けられていたこと、数日前とうとう限界がきて振り返ったら告白されてしまったこと、断ろうと思っていたが霊夢に説教されてしまい今は悩んでいること。口を開く前は相談を軽く考えていたが、途中で死ぬほど恥ずかしくなってきた。なんで告白までの経緯を懇切丁寧に説明しなければならないのか。顔から火が出そうだ。この間霊夢に説明した時はこんな感じではなかったのに、なぜ。
「ふむふむ……、なるほどなるほど。…………あれ? 終わりですか?」
「終わりですが? どこか説明が足りない部分がありましたか?」
「…………」
華扇の反応を受けて、早苗はなんとなくではあるものの納得した。あの霊夢が、色恋沙汰などに一切の興味を持っていなさそうな霊夢が口を挟んだその理由を。心の中だけで少しだけ笑う。結局あの最強の巫女も人の子で、根底がお人好しなのだ。本人を目の前にしたらそんなこと絶対に言えない、もし言ったらどんな目にあわされるかなんて想像したくもない。ある特定の相手からの褒め言葉をあまり霊夢は好いていない節があり、その特定の相手の中には勿論のこと東風谷早苗も含まれている。一定以上の力を持った距離の近い人間からの褒め言葉を好いていないのだろうと推測しているが、そう考えるとなんだか可愛い。これも本人には言えないが。
「んーと……、なんて言うんでしょう。貴女は、どういう返事をしたいんですか?」
「……………………」
「質問を変えましょう。受けたいですか? 断りたいですか?」
「……仙人が人間からの告白を受けてもいいものかという思いがあるので、断るのを前提にしていたのですが、霊夢からの説教でよくわからなくなってしまいました。なんだか、受けても受けなくても、どっちの答えも間違っている気がして……」
俯きながらそう言う華扇に、早苗は、複雑だ、と思う。この幻想郷には人間よりも多いかもしれないほどの人外が住んでいて、その誰もが例外なく長い寿命を持っている。だからこそ、人間とそれ以外の間には深い溝があるのだ。早苗の近くのあの二柱だって、無限に等しい時間を持っているし、いったい自分はいつまで彼女らと一緒にいられるのかという不安もある。それを完全に払拭することはおそらく無理だ。だが、だからって。
「寿命差、ですか。お気持ちは察しますよ。私も、神奈子さまと諏訪子さまとどれくらい一緒にいられるのかわかりませんし」
「……ちなみに貴女ってどれくらい生きられるんですか?」
「どうなんでしょうかね、その辺って。現人神を名乗ってはいるものの、もちろん神じゃありませんし、かと言って死んだら神格化するのかといったらよくわかりませんし……って、そうじゃなくてですね。今は私のことじゃなくて貴女のことでしょう」
話が脱線しかかったものの、どうにか軌道修正する。わざと華扇に話をずらされかかったような気もしないではないが、その気持ちもわからなくはないのでわざわざ言うことはしない。実際、この幻想郷において寿命の差というのは悩まざるを得ない事柄であることに間違いはないのだから。だから、正直正面切っては言いにくい。ただ、恋愛経験が一切ないというのはなかなかに厄介だというのは理解したからこそ、言わななければ伝わらないというのもまた事実だった。
「……私が思うにですね、貴女は少し恋愛を神聖視しすぎていると思うんです」
「神聖視……? 私が、恋愛を、ですか?」
「はい。そもそも先ほどから話を聞いていて、言い方は悪いかもしれませんが、貴女の考えは固いということが分かりました。由緒正しい家柄の箱入り娘じゃないんですから、たかが一度の恋愛を、そんなに重く感じる必要はないかと思います」
由緒正しき家柄の箱入り娘とは。随分堅苦しい肩書を例えに持ってきたものだ。そう華扇は思うが、早苗からしてみればこの例えでももう少し足りないくらいだった。おそらくは数百年単位で恋愛をせず、仙人でい続けたのだろうことを加味すれば仕方のない姿勢かもしれないと、情状酌量の余地があることは認めざるを得ない。だが、それでも固いのだ。自分を大切にしているとか、清潔さを保っているとか、そういう風に捉えることはできるが。
「酷い言い方をするとですね」
「はあ」
「貴女は男女の恋愛に少々ばかり夢を見過ぎかと」
早苗の言葉に華扇は目を丸くする。これまた随分な言い方をしてくれるとは思ったし、言おうとしたのだが、喉より先に言葉が出てこなかった。目の前の巫女の、真剣で、それでいて心配さを滲ませた目を見たら何も言い返せなくなってしまったし、心のどこかで図星を突かれたと思っている自分がいるのもまた確かだったからだ。夢を見過ぎ。神聖視。考えが、固い。
「嫌な言葉を使いますが、告白されて付き合ったから今生は添い遂げなければならないなんて考えは前時代的だと言わせてもらいます。人には相性の合う合わないがありますし、一時の感情の昂ぶりで恋人になっちゃったけど今は後悔しているなんてよくある話です。少なくとも、私が知っている限りでは。人はずっと仲良しではいられないというか、どうしたって感情には波があるものですからね」
「ですけど、一番最初の相手と添い遂げられたのならば、それは素敵なことではないですか?」
「まあ、素敵ではありますよ。私だってそうなりたいと思っていないかと言われれば思っていると答えざるを得ません。ですけど、それをなせる可能性は途方もなく低いということも理解してください。理想と現実の壁といいますか、厳しいところと言いますか……。えーとですね、要するに私が何を言いたいかと言うとですね、一回目の男性がラストチャンスではないということです」
最初から上手くいくものは何事にしても少ない。それは仕事にしても勉強にしても交友にしても接待にしても挑戦にしても試練にしても練習にしてもそうであり――恋愛にしたって同じだ。双六のようなものである。良い目が出るかもわからないし悪い目が出るかもわからない。どの時点で最上の当たりを引き当てることができるかは完全に運否天賦だ。たかが一度の恋愛――されど最初の一回。
「ですが、私は、だからと言って軽い気持ちで、お試しのような気分であの真剣な告白にこたえることはできません。失敗してもいいからやってみようは確かに真理かもしれませんが、でもできるなら、私は……成功を掴み取りたい。数多の可能性の中から、唯一である成功を」
「……ま、そりゃそうですよね。知ってますよ。私だってきっと貴女と同じ立場だったら同じように答えたと思いますもの。どうせだったら最初が最後であってほしいものです」
直前までの真剣な表情を崩し、包帯の巻いてある足を前後に動かす。早苗だって何も本気で男なんて幾らでもいるからとっかえひっかえしてもいいんですよなんて言っていたわけではない。最初は一回しかないのだ。二回目はもう最初ではない。最初が最後であるというのは、少女にとって最高の成功だろう。ただ、少し解そうと思っただけなのだ。数百年の間にすっかり固まってしまった華扇の貞操観念と言うか、男に対する免疫のなさと言うかを。ただ別に早苗だって、前述の通り経験豊富というわけではないが。
「……そう思っているのに、私をあんな風に焚き付けようとしたんですか貴女は」
「そうじゃなくてですね、私にだってわかりますよ。どうせ私が何を言おうと、きっと貴女は参考にするばかりで、そこに答えを見出そうとはしないって。話してる最中に分かりました。私じゃ、貴女のお力にはなれません」
小さく溜め息を吐きながら早苗は言う。その溜め息はひょっとして自分に向けられているのだろうかと華扇は少し不安になったが、早苗の表情を見るに、どうも自分自身に対するもののようだった。それはそれで不可解だ。彼女の望む通りに動くことがなかったのは自分のせいなのだから、その失望を表すかのような溜め息は自分に向けるべきなのに。そうは思うが、その直前に早苗が言った言葉がどうにも引っかかった。
「あの、話してる最中に分かったって、なにがですか?」
「……気分を害すつもりでの発言ではないというのを先に言っておきます。貴女は、霊夢さんや私に相談しつつも、多分もう心の中で告白に対しての答えを出し終わっている。霊夢さんはきっとそれもわかっていたんだと思いますが……」
そう言いながら、早苗は三本目の団子を持つ。続きを話す気がないわけではない。口に出す言葉を慎重に選んでいるのだ。あの霊夢が口に出して言おうとしなかったのだ。普段は相手のことなどお構いなしにずけずけとものを言うあの霊夢が。言い方を変えれば、気を遣った。ならば、自分もそうあるべきだろう。咀嚼した団子を飲み込み、再度口を開く。
「貴女が返事に悩んでいることを嘘と言うつもりはありません。貴女が本気で悩んでいる事に嘘はない。でも、きっと到着点は一緒なんです。辿る道が違うだけ。極論、今ここにいたのが私じゃなくても、貴女はきっと同じ答えを出したと思います。だから、私から言えるのはもうこれだけですね」
早苗は困ったような、でも笑ったような表情を浮かべながら、右にいる華扇を見つめる。ああ、これは、惚れるのも無理ないかななんて、そんなことを思いながら。
「悩むだけ悩んでください。きっとそれが正解です」
なんだか多少の匙を投げられた感があるが、早苗は顔では笑っていても、それは軽薄な笑みではない。目の前の人物に不信感を与えずに安心させるためにするような優しい笑顔。だから、華扇もそれに笑って言葉を返すことができた。一言だけだが。
「……はい」
「ところで話は変わるんですけど、名前でお呼びしてもよろしいですか?」
「え?」
言った通り本当に話が変わったし、全くもって今までの話と共通点がないし、関連もないし、ここまでの話のどこにそんな要素があったのかもわからないしで内心てんてこまいだ。話の内容がころころとよく変わるのが女子なのですと、早苗なら言うだろうが。よくわかっていない顔をしている華扇に早苗はもう一度同じことを言う。
「貴女のことをですね、お名前でお呼びしたいのですがよろしいでしょうか?」
「……え、えっと、なぜ急にそんなことを?」
「先ほどから話をしていて、貴女貴女と言うのもなんだか呼び難くて。できれば名前で呼びたいと思ったんですけど、駄目ですかね?」
「いえ、別に構いませんが……」
華扇がそう言うと、早苗は両手を小さく握りしめる。実際、なんだか目の前の仙人に今まで距離を感じていたのも事実なのだ。だが、恋愛の相談をしてくれたという事実がここにできたことで、なんだか親近感を覚えることができた。ここで距離を詰めずにいつ詰めるというのだ。引かれようが気持ち悪がられようが、名前で呼ぶという既成事実さえあれば、後々の関係などどうにでもなるのだ。
「ありがとうございます! それで、お名前をお聞きしてもいいですか?」
「……茨歌仙、です」
「……それは仙人としてのお名前でしょう? あー、もしかして名前を教えられない事情のようなものがあったりとか……」
「えーと……」
実際その通りだ。本名を教えるのはどうにかして避けたい。霊夢たちにだって言っていないし、一番伝わってはいけないのが霊夢でもある。どうしたものかと考える。ここで早苗の頼みを無碍に断るのは簡単だ。だが、それでいいのかと思う自分がいる。思い返せば、自分は目の前の少女を名前で呼んだことがない。それは、どうなのだろうか。じゃあどうする。妥協だ。
「……華扇」
「はい?」
「華扇、です。私の名前は。華扇、と呼んでください」
「……はい! ……ちなみにどういう漢字ですか?」
「えっと、蓮華の華に、扇で……」
早苗は最後の串に残った団子を綺麗に食べきって、お茶を綺麗に飲み干す。皿の近くに自分が食べた分の代金を置き、そして足元の風呂敷を持って立ち上がった。右に体を回し、悩める少女の顔を見る。最初よりはすっきりとしている気はするが、まだ曇っているようにも見える。力不足かな。
早苗は、はっきりとした笑みを浮かべ、しっかりと口を開いた。
「頑張ってくださいね、華扇さん!」
「ありがとう……、……早苗」
不意に呼ばれた自分の名前に、つい顔が綻ぶ。こういう類の喜びは、抑えようと思って抑えきれるものではないのだからしょうがない。
途中何度か振り返り、手を振りながら早苗は神社へ帰った。華扇もそれに手を振り返した。
その二人の様子は、親しい友人のようだった。
早苗の頬の緩みは結局神社に帰るまで止まらず、それを見た神奈子に心配されることになったのは、また別の話。