東方墓石録   作:甲光一念

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3 正誤

 数日後、華扇は人里を歩いていた。手になにか食べ物を持っているわけでもなく、どこか美味しそうな店を探しているわけではない。さすがにそんな四六時中腹を空かしているわけではない。彼女は人を捜し歩いていた。その相手は言わずもがな、例の男である。

 早苗から助言をもらって早数日が経ち、どうするかが見えてきたのでわざわざ人里まであの男に会いに来たのだ。自分の中の感情が変に揺らがないうちに言いたいし、こういうのはなるべく早めに伝えるべきという、仙人らしい固い常識が華扇の中にはあった。どこぞの邪仙がどうだかは知らないが。仙人だって十人十色なのだろうが。

 にしても。

 

「……見つかりませんね」

 

 もう人里で男を探し始めて二時間は経っている。こうも見つからないと告白時のいろいろな問題点がどうにも細かく気になって地味に腹が立ってくる。

 いつまでに返事を下さいとか、答えが決まったらここに来てくださいとかあるだろうに、なぜそういうことをあの男は言わなかったのか。あの時は男は緊張していたし、自分は固まっていたしで仕方ないと思ってしまっていたがよくよく考えたら全然仕方なくないぞあれは。人に想いを伝えるなら必要最低限の礼儀というものがあるだろう。そもそも数日間自分は後をつけられていたのだ。変質者に告白という形で犯行を誤魔化されたみたいな告白のどこに早苗が求めるようなときめく色恋が介在する余地があったというのか。

 考えれば考えるほどにあの告白の不完全な点が溢れてくるものの、今更それで返事が変わるとかはあり得ない。自分の中でもうすでに固まっている答えだ。それなりに優柔不断であるという自覚はあるが、意志が弱いつもりはない。

 なにせ仙人なのだから。

 不完全というなら、自分の答えだって相当に不完全なものではあるが。

 結構早いうちから探し始めたのでまだ正午くらいではあるが、段々と今日はもう見つからないのではという気がしてきた。数日前に早苗と話していたときも、思い返せば視線は一度も感じなかったし、もしかして見つかった勢いで告白したはいいものの、恥ずかしくなってしまい姿を見せないようにしているとか。

 こっちだって恥ずかしかったですよ、と叫びたくなるが、あくまでも冷静に。

 冷静になって一回何かを食べよう。

 そう思い立ってからの行動は迅速だった。近くのそこそこ人が入っている蕎麦屋に入り、蕎麦を一杯注文する。一度も入ったことのない店ではあったが、何故か慣れた風に振る舞う仙人。

 もしかして探し人がいたりしないだろうかと店内を見渡すが、やはり見つからない。日が悪いのかなとも思うが、なるべく早く見つけたいところだ。不味いのだ。もうそろそろ男の顔を忘れそうである。

 視線を感じたらあの男だろうなと思っているので、そんなに顔を忘れることに危機感は覚えていないが、本当に少しだけ申し訳ないなと思う気持ちがないわけではない。実際に忘れたらそれはそれで困るし。

 運ばれてきた蕎麦を行儀よく啜りながら、一昨日のことを思い出す。

 

「告白? ふーん……。そりゃおめでたいことだ。よかったじゃん?」

「何がよかったの? 私が今困っている現状で貴女に一体何の得があるの?」

「いや、別に私に得があるわけじゃないって。そんなに怒るなよ」

 

 瞬時に放たれた華扇のオーラに圧され、焦ったように手を横に振る魔理沙。怒らせたりするとそういうところばかり仙人らしく面倒臭いというのは知っていたので、誤解がまだ初期段階の内に明確に否定しておかなければならない。

 もし相手が霊夢だったならばここで誤解を否定せず、こじらせることで更に面白い方向に持っていくことも出来ただろうが、流石に霊夢と同じような対応をしていい相手を選ぶだけの分別は魔理沙にもあった。というか、魔理沙の他者へのからかいは、あくまでもそれをするに適している相手にだけ行われる、言ってしまえば信頼と理解の証だ。

 かと言って、別に魔理沙は華扇を信頼していないというわけではない。からかいにも種類というものがあるのだ。

 不審な部分が多すぎるので、完全に信頼しているというわけもないのだが。

 

「じゃあ何が良かったっていうの? 私は今凄く困っているんだけど?」

「……本当か?」

「え?」

「お前、本当に今困ってるのか?」

「…………ここ数日思うんだけど私ってそんなに分かり易いのかしら?」

 

 霊夢にも早苗にも、言っていないことを表情や雰囲気から読み取られているという事実に若干の危機感を華扇は覚えていた。そもそも自分は基本的に隠し事をしている立場だ。誰かに悟られては不味いような種類の隠し事を。

 萃香にはほぼほぼばれているようだが、それでも誰にもまだ悟られていない隠し事だってしている。それらも全て読まれてしまうような分かり易い仙人であったならば、これまでの努力含めいい面の皮だ。

 ただでさえ、異変すら直感で解決できるような常識外の巫女と、他者の僅かな変化すら敏感に察知する魔女を日常的に相手にしているのだ。もしそうなら何かしらの対策を講じる必要があるわけで。

 それに関しての疑問をその本人に投げかけるのが何かおかしいのは分かっているが。

 

「いや、普段のお前はわからんよ。全く分からん。でも今のお前は分かり易い。前々から思ってたけどさ、お前って不測の事態に弱いよな。ちょっとだけど」

「そう……かしら? 自分ではそういう感じはないけど」

「自覚があったら直してるだろ。まあ今回の場合は、あたふたしてる、って言うべきなのかもな」

「あたふたって……」

「浮足立ってる、でも可だ」

 

 自分自身ではそこまで追い詰められているという認識は無かったのだが、魔理沙から見るとどうやら自分は相当な所まで来ているらしい。華扇としては、最初から今まで、結論を出すのこそ遅れたものの、一貫して落ち着いて対処できていた気がしていたのだが。

 霊夢や早苗がそれを聞けば、苦笑いを浮かべること必至である。

 少なくとも、誰かに助言を求めた者の認識ではない。

 

「普段の振る舞いを思い出してみろよ。いつもの落ち着いた感じの上から目線がどこにもないぜ?」

「……私って普段魔理沙にそういう風に見られてるの? まあ、周囲に教えを広めるのも仙人の役目ではあるから、自然に上からみたいになってしまうのは見逃してほしいんだけど……」

 

 魔理沙に他人をよく見ているという自覚はない。彼女はあくまでも自分が思ったことを素直に口に出しているだけだ。嘘つきだが、決してそれはほら吹きではない。

 おそらく、幻想郷において嘘を最も自分にとって有用に使っているのが誰かというならば、紫、幽々子に次いで、魔理沙がランクインするだろう。

 

「ていうかそれだと私らしさの象徴が上から目線みたいじゃない?」

「違うのか?」

 

 端的に言う魔理沙。肩を落とす茨歌仙。

 自身の思い描いていたものと、周囲からのものがあまりにも違い過ぎることにショックを隠せないわけだが、今の自分を鑑みて、確かに分かり易いのかもしれないと思う。自分に正直であると言えば聞こえはいいが、周囲に見せびらかすことになってしまっているのは自他共に迷惑以外の何物でもない。

 不幸自慢の類だ。

 誰がいい顔をするというのか。

 自分の言ったことと華扇の露骨なリアクションに少しだけ意地悪気な笑みを浮かべる魔理沙。

 

「冗談だよ冗談。確かにお前は説教が多いがそれが象徴とまでは言わんよ。お前らしさではあると思うけどな。自分でも多少はそう思うだろ?」

「……否定はしないけど……」

 

 改めてそう言われると肯定もし難い。それを認めるとなんだか凄い口煩い奴みたいになる。

 誰かの為にしている行いのはずなのになぜ自分でもそれを素直に認められなくなっているのだろう。なんだかなにかが逆転している気分だ。矛盾している事柄というのはそこまで嫌いではないが、当事者が自分の場合のそれは決して好きにはなれない。

 しかもこの場合、それは決していい意味にはならないのだから。

 

「そういうところ含め、そいつはお前に惚れたんだろ? だったら、伝えるべき言葉はそんなに多くないはずだぜ? そして、お前自身、もうそれに気付いてる」

「……まあ、ね」

「私にその話をしたのだって、別に大した意味があるわけじゃないんだろ? ただなんとなく自分の選択に自信がなかったから、私に話を振って反応を見てみよう程度でしかなかった感じが凄い出てるぜ」

「それは、何と言うか、すみません……」

 

 魔理沙も別に気分を害したというわけではなく、その顔には笑みが浮かんでいた。ただ、今回の件は下手に茶化すべきではないというのをしっかりと理解していた魔理沙としては、ここで自分が浮かべるべき表情を決めかねてもいたのだ。

 霊夢が目の前の仙人に対して、どういう言葉を送ったのかはある程度の察しがつく。魔理沙は霊夢を知っているし、霊夢がこういうデリケートな話題に対してどういう感情を持っているのかも理解している。

 後悔もしている。

 先に立たぬ後悔を。

 

「正直、私から言えることとかはない。どう断ったらいいかとかなら相談にも乗るけど、どういう対応をするべきかなんて人に聞くことじゃないはずだぞ?」

「それはその通り……なんですがね。……私は今までそういうことに縁が一切なかったので、何が正しいのかがわからないんですよ。どうするのが正しい道なのか、私には分からない」

 

 正しい道、というのならば、華扇にとっては天道がそれに当たるだろう。仙人らしい、と言えばそれはその通りなのだろうが、しかしこの場合のそれは、華扇に模範解答を示す道標にはならない。

 むしろ、華扇が個人で導き出さなくてはいけないはずの回答を阻害する役割を果たしてしまっている。華扇自身にそういう認識はない。彼女に正しい道を示すはずの天道が、自身を阻害する要因になってしまっているだなんて欠片も考えていない。

 宗教は人に道標を与えるが、それが必ずしも正しいとは限らない。

 この場合、無宗教の魔理沙はそれを誰よりも把握していた。

 巫女である霊夢とも早苗とも違う視点が自分にはあると、彼女は自覚していた。

 魔理沙は右手の人差し指を立て、左右に揺らす。

 

「正しい道ねえ……。そんなもんがあれば誰も苦労しないだろ。そもそもさ、この場合の正しい道って何なんだ?」

「え?」

「お前が悩まないで済む道か? 男が悲しまないで済む道か? 霊夢や早苗の助言を生かせる道か? 自分に後悔のない道か? 神様が望んでる通りの道か? 全員が幸せになる道か? 誰も彼もが笑顔でいられる道か? それは本当に正しい道なのか?」

「……どういうこと?」

「仮に、正しい道なんていうものが今回の件にあるとしても、それを誰が決めるのかって言ったら、お前だろ? 最終決定権はお前にあるんだ。誰かに自分の選択を任せるのは逃げだぜ」

 

 もしも、誰かが華扇に、貴女はこうすればいい、そうすれば皆幸せだと言って、それに華扇が納得したならば、おそらく彼女はその選択をすることに躊躇いはない。数ある選択肢の中から最善のものを選ぶのは、なるほど、確かに正しいのだろう。誰も不幸にならない、正しい選択なのだろう。

 だがそれは、全員が納得のいくものなのだろうか。

 平等な選択は、万人に受け入れられるものだろうか。

 今回の件での選択は、最初が最後であり、そしてそれは後から覆すことなど出来はしない。だからこそ、後悔をしない選択を華扇は選ぼうとした。禍根が残らない未来が模範解答だと考えた。

 

「真摯な回答では、ないよな。自分の意志も纏めて人に任せるんじゃ、仙人の名が泣くぜ?」

 

 蕎麦を食べ終わった華扇は、勘定を払うと店から出る。

 誰かに相談するという行為を魔理沙は咎めたわけではない。問題は、もしも返ってきた答えの中に華扇が納得のいくものがあった場合、彼女はそれを選んでいた可能性があったということだ。

 だからこそ、二人の巫女は回答を濁した。

 具体的な提案をせず、曖昧に終わらせた。

 

(魔理沙に言われるまで気付かなかったわね……。そんなに焦っていたのかしら、私は)

 

 急いては事を仕損じる。まさにその言葉の通りだと言うべきか。余裕がなくなっていたことは事実だが、冷静に対応できていると思っていた。過信していた。

 過信。

 過剰な自信。

 信じるべき自分は、果たして何処にいるのだろうか。

 

 そして彼も何処にいるのだろうか。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……どうも」

「……仙人、様? どうしてここに? え?」

「どうしてもなにも、返事をしに来たに決まっているでしょう?」

 

 その言葉に、青年は身体を強張らせる。不自然なほどに目が泳ぎ、今にも倒れそうなほど急激に心拍数が上昇する。青年は、自分にとって耳触りのいい返事など始めから期待していない。ただ伝えるだけでも、伝えられただけでも幸せで、それ以上は望んでいなかった。

 否定の返事も、肯定の返事だろうと、いらないとさえ思っていた。

 まさか直々に自分のところにやってくるだなんて想像だにしていなかった。

 なんだこれは、夢か。今日死ぬのか。

 そう思ってしまう程度には彼は今、幸福の絶頂にいたが、それは誰が聞いたって酷く自分勝手な話だ。言うだけ言って言われた側の気持ちも考えずに、回答さえ望もうともせず逃げようとしていたのだから。

 自分が他者に与える影響を一切考慮していない。典型的な自己中心的人間だった。

 華扇はそんな青年の思考に気付かず、話を続ける。

 

「……先日、里を歩いていたら誰かが後ろから付いてくる気配がしました」

「え?」

「気のせいかとも思いましたが、その次の日も同じように視線を感じました。最初は里に入ってから暫くしてから感じていた視線が、里に入った瞬間から感じるようになっていくまでに時間はかかりませんでした」

「…………」

「貴方ですよね?」

「……きづ、かれてたんですね」

 

 よくもまあ、あんな雑な尾行がばれていないと思えていたものだ。その愚直さは凄いが、尊敬に値するような高尚なものではない。むしろ、あまりに人間らしい。行動に対して手段を選ばない。

 それは、華扇が憧れているものでもあったが、しかしそれと同時に忌避し、手に入れる必要もないと思っているものでもあった。欲しいという気持ちは必ずしも欲望とは一致しない。

 近付きたくとも、なりたいとは思わないように。

 超えたくとも、外れたいとは思わないように。

 理想と至高は、全くの別物だ。

 

「……はい、俺です。最初の方は、偶然見かけたからちょっと後を追ってみようかなぐらいの気持ちだったんですけど、徐々に、距離が長くなっていってしまった。本当にすいませんでした」

「……いえ、私も気付いて放置していましたから。もっと早く貴方に向き合って、きちんと対処しておくべきでした」

 

 ここで華扇が少し下手に出たのは、ここからの会話を円滑に進めるために、青年の罪悪感を少しでも取り除いておこうという打算からのものだった。悪いという気持ちから正直なことを話さなくなってしまっては完全に本末転倒だ。

 とはいえ、実際にそうすべきだったとは思っている。

 

「返事をする前に、いくつか質問させていただいてもよろしいですか?」

「……はい」

「えっと、ですね。これ、自分で聞くのは凄く恥ずかしいんですが、私のどこが好きなんですか? こういう言い方はむしろ貴方に失礼かもしれませんが、私は仙人で、基本的に修行の日々を送っています。好意を抱くような要素が、私にありますか?」

「……あー、えっと、ですね」

「はい」

「結構前なんですけど、里で、酔っ払っていた人を説教した時の事って、覚えてますか?」

 

 結構前。確かに、結構前の話だ。かなりの量の酒を飲んだらしい二人組の男が里で騒いでいたため、説教した記憶がある。とは言っても、酔いを醒ますためと言って、店の女将に水を掛けられてずぶ濡れだった男たちをただ放置するのが忍びなかったというのがあった。

 ある程度諫めてやれば己の振る舞いを反省するだろうと考えての説教だったはずだ。

 実際、その後あの二人が誰かに迷惑をかけているようなところを華扇は見ていない。

 

「その時、俺もあの場にいたんです。……厳しく、でも優しく説教をする貴女を格好いいと思った。……そこから、まあ、なんて言うか、里でついつい、探してしまうようになっていってしまったというか……」

 

 言葉がぶつぶつと切れるが、それが恥ずかしさから来ているのだというのは顔を見れば分かった。

 華扇が甘味屋の前に並んでいる椅子に座っている彼を見つけ、その隣に躊躇なく座った時だって彼はあたふたして、少し距離を空けたのだ。今回は質問の方にデリカシーがなかったわけだが、早苗曰く、箱入り娘の華扇だ。大目に見てあげて欲しい。

 

「……そうでしたか。本分を果たしている私を格好いいと思ってくれたのならば、私にとってそれ以上に嬉しいことはありません」

 

 薄く笑みを浮かべながら、華扇は言う。

 

「こそこそ隠れる不審者ではなく、私のことを見て、格好いいと言ってくれた貴方となら、私は、友人になりたいと思います」

「…………?」

「貴方の想いにはまだ応えられませんが、貴方の思いを、受け取ることは出来ます」

 

 仙人と、人間。

 それはどうしようもないくらい深く関わるものであると同時に、どうしようもないくらい絶対に交わることがないもの。

 正しさの象徴と間違いの象徴。

 それはどちらが正しくてどちらが間違っているのかなんて誰にも判断できない未開の地だが。

 彼の想いは、きっと間違いではなかった。

 ならば、間違っているものは果たして何だったのか。

 茨木華扇という人ならざる仙人がそれを思慮するのは、全てが終わった後の話だ。

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