〜西涼〜
馬一族を指揮する国、西涼。馬の扱いなら右に出る者はいないと評される一族。もちろん、その武力も認められている。
その一族は今……
「……クソッ!」
窮地に立たされていた。
一族の長である馬超は片膝をつき、相手を睨みつける。
その相手は……
「思ったよりも時間がかかりましたね……流石と言ったところでしょうか」
于吉であった。
白装束を連れ、突如として馬超の前に現れたのだ。それに驚きながらもすぐに槍を持ち、応戦する。しかし、数の暴力に負け、現在に至る。
「アンタらの目的は何だ? こんなことをしてタダで……」
「まあ落ち着いて下さい。余興はまだおわりではありません」
そう言って指を鳴らし、ある人物たちを招き入れる。
それは……
「ッ!? 鶸! 蒼!」
「「………………」」
馬超の妹たちの馬休と馬鉄であった。
しかし、彼女たちからは生気が感じられず、まるで人形のような状態であった。それに気づかない馬超ではない。
「テメェッ!!」
「彼女たちは一足先に術をかけさせて頂きました。最後まで抵抗しましたがいい収穫です」
「2人から……離れろ!!」
ボロボロの身体に鞭を入れ、高速の突きで于吉を狙う。
「………………」
「……ガハッ!!」
「ッ!?」
于吉はその場から動くことはなく、その槍は横にいた白装束の男が盾となり、受け止めた。全くの躊躇もなく、死ぬことも恐れない白装束。まるで駒のように于吉を守る。
馬超はその不気味さもあり、もう一度距離を置く。
「では、先の質問にお答えしましょう」
「ふざけるな!! この後に及んで……!!」
「彼女たちがどうなっても?」
すると馬休と馬鉄は小刀を自分の首元に突きつける。
「ッ! やめろ!!」
「ならば……わかりますね?」
「…………クソッ!!」
そして馬超はその場に槍を投げ捨てる。
それを見た于吉は合図を出すと馬休と馬鉄は小刀を下げ、先の続きを始める。
「では答える前に一つ問題を。この騒動を起こし、得をするのは誰だと思いますか?」
「………………」
「わざわざ戦争をせずに領主の首を取り、戦力をそのままに活かせるとしたら……これほどの魅力はないかと」
「…………曹操だと言いてえのか?」
「……フッ」
于吉は肯定も否定もせず、ただ不敵な笑みだけを馬超に見せた。
「その名が出てきたということは……何か思い当たる節があるのですか?」
「………………」
「私からは何も言いません。思うのも疑うのも自由なのですから」
馬超は悩んでいた。曹操という人間は母の時代から聞いている名であり、かなりの野心家というのも聞いている。それと同時に誇りも持ち合わせているとも。
だからこの妖術にまで手を出したというのは考えにくい。
ただ、一つ確信したことがある。
「……どうされましたか?」
この妖術師は誰かに従う人間ではない。それだけはハッキリと理解した。
その時……
「お姉さま!」
「ッ! 蒲公英か!」
馬超の従姉妹である馬岱が息を切らしながら入ってきた。
馬岱は遠征に行かせていたので難を逃れたが、馬の落ち着きのなさに違和感を感じ、馬超の様子を見に来たのだ。
「おや? 随分と早い……」
「てい!」
勘が働いたのか、于吉が何か言う前に馬岱はすかさず動く。
懐にしまってあった玉を地面に叩きつける。するとたちまち辺りが白い煙に覆われる。
これはかつて
そして煙が晴れると馬超と馬岱の姿はなくなっていた。辺りを見渡すと窓の扉が開かれている。
「ふむ……逃げられましたか」
「追いかけますか?」
「いえ、構いません。このままにしておきましょう」
「はっ」
すると白装束らは音もなく消えていき、残ったのは于吉と馬休と馬鉄のみ。
「ここで潰しても面白みがありません。物語に必要なのは“道筋”です」
于吉は2人の耳元で囁くと糸が切れた人形のように倒れていく。
「それでは皆様。今日はこの辺で……フフッ」
不気味な笑みを見せ、その場を去る于吉。
〜数時間後〜
「ん?」
深い眠りから覚めた馬休。隣には馬鉄がぐっすりと眠りについている。
「なんでこんなところで寝てたんだろ?……まだ姉離れが出来ていないのかな?」
馬休は立ち上がり、空いていた窓を見つめる。
「しっかりしなきゃ、私。これだと天国の母さんや……“姉さん”にまで笑われちゃうよ」
〜曹操サイド〜
「消えた?」
自室にてある発言が耳に入った。報告に来たのは華侖、柳琳、栄華の3人。そして発言者は世話役としていた華侖からのものだった。ちなみに裸である。理由はいなくなってモヤモヤしていたからだそうだ。
「そうなんすよー。今日、部屋に入ったら誰もいないんすよー。今はみんなで街を捜索させてる最中っす」
「ね、姉さん……服を着てください」
失踪ね……
「ふむ……ならその捜索でも見つからなかったら中断しなさい」
「いいんすか?」
「いいも何も彼はあくまで客将としていたまで。これまでの功績ならばこちらから褒美を渡さないといけないけど……いなくなってしまったら仕方ないわ」
「むぅー……出来れば一緒にいたかったっす」
客将として招いたけど、これほどまで面白い結果になるなんて思ってもみなかったわ。
「華侖」
「うっす」
「欲しいというのなら望むのではなく、掴み取るものよ。曹家の人間ならばね」
「……了解っす! そうとわかれば善は急げっす!」
「姉さん! せめて服を着て!」
そう言って華侖は裸のまま部屋を飛び出していき、柳琳は
華侖服を持って追いかけて出ていく。少し騒がしいけど、あの子の良さが出てるわ。
「全く、少しは淑女としての嗜みを心得て欲しいですわ」
「……それで、動きはあったの?」
華侖の情報も有難いけど、本命としては栄華の方が優先的ね。
「はい。実は商人らに話を聞きましたら……劉璋が大量の武具を購入したとのこと」
「劉璋……あの凡人ね」
「各地制圧のためなら頷けますが、それでもかなりの量とのことです。そうなると起こりうる可能性は……」
「戦争ね」
「恐らくは」
叩けば叩くほど溜まっていく埃。掃除をするにしても善意でやっているわけではないのに。全く。
「ですが具体的な証拠もありませんので、動くのは得策ではありません」
「ええ。けど、軍師たちには報告をしといてちょうだい。何処とやるかはわからないけど、万が一もありえるから」
「御意」
……劉璋の動きと彼の失踪。
「まさかね」
〜荒野〜
「ハァ……ハァ……」
「………………」
何日続いたのか。それすらもわからない。だが、決着は見えていた。荒野に存在するのは二つの命。最強と謳われる呂布と江東の虎、孫堅であった。
辺りは抉れた大地と無数の斬撃痕。凡人では決してたどり着けないほどの決闘であったのだろう。互いに大量の血を流しているのか、所々に黒い血痕もある。
孫堅は息をするのが精一杯だが、決して剣を落とさずにいる。対し呂布は傷はあれど、疲れた様子はみえない。
「全く……最強に偽りなしかい。これでも地元では強い奴と戦ってきたんだがな」
「…………恋は、強い。それだけ」
「はん……だろうな」
そう言って再び剣を持ち上げ、呂布に向ける。
「だが、剣はまだ折れちゃいない。決着をつけようじゃねーか」
「………………わかった」
呂布も血を流し、冷静になれたのか、先ほどの殺意はなくなっており、純粋な戦いの決着を望んでいた。
互いに武器を構え、暫くの時間が流れる。
そして……
「「………………ッ!!」」
凄まじい速さで距離を詰める2人。まさに一瞬。
その決着は……
「ぬっふぅぅぅぅん!」
「……ッ!?」
「ちぇぇぇえすとぉぉぉぉぉ!」
「な……ッ!?」
謎の闖入者により、その決着はつかなかった。
筋骨隆々の大男の2人は呂布と孫堅の腹部に拳をぶつける。呂布と孫堅は対応できず、直撃をくらい、意識を手放す形になる。
「ごめんなさいね、呂布ちゃん。今は大変な危機が迫ってるのよん」
「さて……ようやくこの世界にも入れた。後は転生者に会うか」
「ええ。けど……まずは華佗ちゃんを見つけましょう」
「だーりんにか?」
「うっふん。どんな時代でも恋する乙女ね、
「当たり前よ
「素敵よん卑弥呼。華佗ちゃんを見つけて……この世界の転生者に会わないと」
「うむ!ならば急ぐぞ貂蝉!」
「了解よ! ぶるぁぁぁぁあ!!」
筋骨隆々の2人……貂蝉と卑弥呼は呂布と孫堅を担ぎながら嵐のように去っていく。
于吉の暗躍、臧覇の失踪、謎の闖入者……これらが意味することとは。
于吉は書いててすごく楽しい。悪らしい悪をつきぬけてますからね。
ん? 主人公?
……君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
ありがとうございました。