この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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神の右手に獄炎を

 

 

 

 

 

破壊神話(デストロイヤー)

 

そいつは蜘蛛の如く数本の脚を生やし、機械的な動きと共に、真っ赤なアダマンタイトを動力とした機動要塞だ。

硬そうに黒ずむ鋼鉄の図体を所狭しとダンジョンの壁にぶつけながら、デストロイヤーは砂埃を大きく上げて現れた。

 

その大きさたるや…、正に機動要塞だな…。

 

てか、近づけないし…。無理ゲーだろ、コレ。

 

「あれだけ大きければ格好の的だな。どれ、私の最大火力の魔法で殲滅してやろう」

 

…リヴェリア、流石は第一級フラグ建築士。魔法が効かなくて青ざめるおまえの顔が脳裏に浮かぶよ…。

 

ドォォォン!

 

で。

 

「な、なに…っ!ま、魔法が…、効いていないだと…っ!?」

 

「…おまえ、本当にお約束な奴だな」

 

リヴェリアの放った魔法は見事に的中したものの、デストロイヤーの装甲には傷一つ付いていない。

つか、装甲って…、もはやモンスターでも何でもないじゃん…。

 

「くっ、魔法障壁か!?」

 

「だろうよ。おまえさ、先ずは単発の弱い魔法で様子見をしようとか思わないの?」

 

「わ、私としたことが…」

 

「はいはい。ドレインタッチで魔力を分けてやるから逃げる準備でもしてろ。役立たずの年増エルフが」

 

「ぐぬぬ」

 

失態からか、リヴェリアは俺の罵詈雑言に言い返しては来ない。

リヴェリアの頭を掴んで魔力を分けつつ、俺は尚も立ち向かおうとするフィンに声を掛けた。

 

「なぁ、フィン。どうする気だ?」

 

「戦うさ。血が滾るよ」

 

「…ちなみに、どうやって戦う気?」

 

「…えっと、まずは僕らが頑張って足止めをする」

 

「うん」

 

「誰かが魔法障壁を解除する」

 

「うん」

 

「強い魔法を誰かが放つ」

 

「うん」

 

「…完璧だろ?」

 

「うん。逃げよう」

 

フィン、おまえの作戦、穴だらけだぞ?

なに?その作戦、タンスに何年くらい置いておいたの?

そんなに虫に食われた作戦初めて聞いたよ。

 

「撤退だ撤退。あんなもん、俺たちだけでどうにかなるもんでもないだろ。ロキとかギルドに相談した方がいい」

 

「…それもそうだね」

 

あはは、と、フィンは苦笑いを浮かべながら俺の意見に賛同した。

おそらく、フィン自身もデストロイヤーに勝てる算段が無かったのだろう。

ただ、勇者の二つ名を持つ建前、ヤバイから逃げようとは言い出せないものなのだ。

 

よーし、撤退撤退。

 

リヴェリアのバカのせいで、デストロイヤーが明らかにこっちに向かってきてるし、さっさとトンズラここうぜー。

 

冒険者としてのプライドを持たない俺は、フィンを始め、その場に残っていたバカどもの背中を押しながら退散する。

 

退散しようとしたのだが…

 

「…テンペスト」

 

「あ?」

 

いつものように小さな声で、風を纏った、柔らかくて細い彼女がデストロイヤーへ向かって走り出していた。

 

「お、おい!アイズ!?」

 

俺の声はアイズへ届かない。

いや、届いていたのかもしれないが、アイズは俺の声に応えなかったのだ。

 

彼女の背中から感じる強い意志。

 

それは先程まで手を繋いでいたアイズからは想像が出来ないような強い意志だった。

 

私は、逃げたくない。

 

そう、言っているような。

 

「…あ、アイズ!やめろ…、戻れ!」

 

違うんだ。

違うんだよアイズ。

敵から逃げないことだけが強さじゃない。

おまえが俺に何を求めてのかは知らないが、少なくとも、俺は人生の多くから逃げてきた卑怯な男だ。

 

だから、そんな弱々しく、切なそうな瞳で俺を見ないでくれ…っ。

 

お、俺に…、()()してんじゃねえよ!!

 

「…っ!…リヴェリア!補助魔法をアイズに掛けろ!フィンとガレスは俺がアイズを連れ戻したら逃げる準備を!」

 

気付けば、俺はアイズの後を追うように走り出していた。

背後からはリヴェリアの詠唱と、フィンの指示が聞こえる。

理解が早くて助かるよ…。

 

戦えば死ぬ…、それは俺やフィンの直感でなくとも分かることだ。

だから、何としてでもあのバカを殴り飛ばして、連れ戻す…っ!

 

……っ。

 

アイズは既に、デストロイヤーの視線と同等の高さまで飛び上がり、そのか細い腕からは想像の出来ない速度で剣を振り下ろしていた。

 

だが、その剣戟もデストロイヤーの装甲どころか、魔法障壁に弾かれる。

 

そうして、予想以上の硬さに跳ね返されたアイズは空中で体勢を崩してーーー

 

 

 

「あぁぁーーっ!もう!おまえも死んだらアクシズ教団の一員にしてやるからな!!」

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

巨大なデストロイヤーの前に、戦う姿勢を見せていたフィンも、カズマの説得により撤退を決めた。

他のみんなも、それに同意するように、デストロイヤーに背を向ける。

 

なんで…、逃げるの…?

 

私達は冒険者で、ダンジョンに出てくるモンスターは何が何でも倒さなくちゃいけないのに…。

 

……。

 

…でも、私はカズマを信じてる…。

 

どうせ、いつもみたいに、ヘラヘラしながら倒してくれるんだと、そう、信じていた。

 

「……」

 

それなのに、カズマは普段では絶対に見せない真剣な顔で、撤退の二文字を口にしたから…。

 

なんでだろ…、心が黒くおちていく。

 

カズマなら、カズマだったらって、勝手に信じていた私がいけないの?

 

カズマが居るなら戦えるって、勝手に思っていた私がいけないの?

 

…悪いのは、私なの?

 

カズマを信じちゃ…。

 

 

ダメだったの?

 

 

「…あ、アイズ!やめろ…、戻れ!」

 

 

その声が聞こえた時には、私は既に走り出していた。

強硬で強大な、かつてない程に絶悪なモンスターを相手に、勝算の見込みもないまま、私はデストロイヤーに剣を振るっていた。

 

キーーンッ!!

 

と、まるで超上質なアダマンタイトを叩いたような衝撃が、思わず私の身体を痺れさせた。

 

「…っ!」

 

空中で体勢が崩れる。

そこに、デストロイヤーの赤い目が私に照準を合わせた。

 

その赤い目に光が集まったと思うと、ソレはまるでレフィーヤのアルクス・レイのように光の矢となってーーーー

 

 

「あぁぁーーっ!もう!おまえも死んだらアクシズ教団の一員にしてやるからな!!」

 

 

私を貫くべく放たれたソレは、身体の寸前を掠め、背後に位置する壁面を大きく破壊した。

 

「…っ、はぁ、はぁはぁ」

 

「…カズマ」

 

彼は私を裏切った人。

 

信じた私を裏切ったくせに、誰よりも早く、誰よりも暖かく、私を空中で抱き締めて、デストロイヤーの脅威から身を呈して守ってくれた人だ。

 

「…どうして、カズマは…、弱いのに…」

 

「…っ!弱いからだろ!弱いから逃げんだよ!」

 

「…っ、で、でも、カズマは、弱いのに…」

 

弱いのに強いから。

私はカズマを信じてしまったんだ。

 

信じ過ぎて、頼っていたんだ…。

 

そっと、カズマは私を抱き締めながら息を吐き出し走り出す。

デストロイヤーの攻撃は嵐のように降り注ぐのに、ただただ走るカズマには当たらない。

 

「…運が良いのか悪いのか知らねえがよ、俺にはおまえみたいに強敵に挑む度胸も無いんだ」

 

「…っ」

 

「っ!はぁ、っ、だ、だから、俺はおまえらを頼るんだろうがぁぁっ!!」

 

…っ!

 

…そう、なんだ…。

 

カズマも、私を頼ってたんだ…。

 

「…そっか、私、だけじゃなかったんだ…」

 

「あー!?」

 

「…ふふ、カズマも、私を頼ってたんだ…」

 

…弱いくせに何でも1人で解決してくれるカズマも、誰かを頼るんだ。

そして、その頼る人は私。

 

…私だけ。

 

私だけなのだ。

 

「…私、だけ。…ふふ」

 

「お、おまえ、もう降りて走ってくんね?」

 

尚もギュッ〜とカズマの身体に抱き着く私を、カズマはデストロイヤーの猛攻から逃げながらもジト目で睨んだ。

 

「…今度は、一緒に倒そうね」

 

「次はもうねえよ!?おまえ帰ったら説教だからな!」

 

またまた…。

カズマは直ぐにそうやって照れ隠しをするんだから…。

今みたいに、また妹キャラの私を守るために、一緒に戦ってくれるんでしょ。

 

「…素直じゃない。徹底してる、カズマのツンデレ…」

 

「おまえマジで置いてくぞ?…っと、ちっ、おら!フィン!受け取れーー!」

 

そう言うと、カズマは私をピョーンっと投げ飛ばした。

私は弧を描くように、それは見事なまでにフィンの元へと投げられた。

 

「……わぁ」

 

「…おっと。はぁ、アイズ、後でカズマにお礼を言うんだよ?それと、お説教も忘れずにね」

 

「…ぐぅ」

 

…お説教は嫌だ。

嫌だけど、カズマに慰めてもらおう。

あ、カズマも怒ってるのかな…。

…カズマなら怖くないからいいや。

 

 

そう思っているとーーー。

 

 

ピューーーっ!ドーーン!!!

 

 

と、デストロイヤーの攻撃が、走り抜けるカズマの足元を捉えた。

 

 

「「「「あ」」」」

 

 

……?

 

あれ?

 

カズマがゴミ屑のように吹き飛んでる……。

 

ひゆーーーー。ゴキンっ…。

 

……。

 

 

「…カズマ、首が90度になってる…」

 

 

 

 

  .

    .

     .

    .

    .

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   .

     .

      ☆

 

 

 

「…んはっ!?え?え?俺、いまめっちゃ空飛んでなかった!?……って、あれ?ここは…」

 

そこはいつものあの場所。

ここに来るのもこれで3度目か。

確か、俺はアイズを助けて、デストロイヤーから逃げて、足元にビームを撃たれて吹き飛んだ…。

そんで変な音が首からしたと思ったらココ…。

 

ほう…。

 

俺、死んだ…?

 

「…またかよ。おーい!アクアー!駄目神のアクア様ーー!」

 

「…あ、えっと、あはは。今日、アクア先輩は有給休暇でお休みです」

 

そう答えたのは、どこか女神然とした美しい女性。

今回、目の前に現れた女神は、あの駄目神みたいな色物枠じゃなくて、こう、正統派なヒロインみたいな…。

まぁ、うん。

普通に可愛い。

 

ま、待て待て。アクアだって見てくれは悪くないんだ。

きっとこの女神だって性格に難があるに違いない。

 

「私の名前はエリスです。…あの、佐藤カズマさんですよね?どうぞ、椅子にお掛けください」

 

「結婚してください」

 

「ほぇ!?」

 

「結婚してください」

 

「あ、あの、カズマさん?じょ、冗談ですよね?あ、あははー」

 

顔良し、性格良しときた…。

おいおい、死してヒロインと巡り合うってどんなエロゲ?

 

「えっと、とりあえず、カズマさんは1度の転生後に再度死んでしまいました」

 

「はい。結婚してください」

 

「っ、ご、ごほん。し、神界のルールとして、2度目の方には転生や再生の類は…」

 

「大丈夫です。ここで過ごします」

 

「えぇ!?こ、ここ?…ここは、駄目です。あ、あの、天国なんてどうです?良いところですよ?」

 

「嫌です。僕の天国はここなので」

 

「…ぁ、ぁぅ、えっと…」

 

「エリス様」

 

「な、なんで近寄って来るんですか?」

 

「いや、エリス」

 

「なんで顔を近づけるんですか!?」

 

「…可愛い顔をしやがって」

 

「んぁぁっ!や、やめてください!!ち、近いです!なんなんですか!!」

 

エリス様は慌てた様子で顔を赤めながら、俺を優しく押し退けた。

あらら、もう少しだったのに。

 

「と、特例です!貴方をもう一度オラリオへ転生させます!」

 

「な!?ま、待ってください!」

 

「幸いなことに!貴方の身体はあちらのお薬で元どおりになっていますし!」

 

「俺はここでエリス様と子供を作りたいんです!」

 

「つ、作りません!」

 

作らないのかよ!

女神は我儘な女ばかりだ!

 

って待て待て、オラリオに転生?

デストロイヤーが居る以上、どうせまた直ぐに死ぬよ?

 

「あ、それはご心配なく」

 

「む?」

 

「カズマさんにデストロイヤーの魔法障壁を破れる魔法を与えます」

 

「へ?いいんすか?」

 

「あ、あはは…。アクア先輩が間違えてデストロイヤーをオラリオに転移させたなんて言えない…」

 

…聞こえてるぞ、エリス様。

やっぱり、あのクソ女神の仕業か。

なんかオラリオの世界観と違うなあって思ってたんだよ。

 

今度会ったら泣かす…。

 

「あの、それでは、カズマさんに良き旅を…」

 

「…エリス様には、また逢いに来ます」

 

「…もう死なないでください」

 

 

 

 

  .

    .

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   .

     .

      ☆

 

 

「…っ、む!?…も、戻ったのか?」

 

目を開けるや、薄暗いダンジョンの天井の壁面が目に入った。

相変わらずの轟音と、地響き。

あぁ、戻って来たんだなぁ…。

 

なんて、思っていると。

 

「…っ、か、カズマ?」

 

「おう、アイズ」

 

むくっと覗き込むように、アイズの顔が俺の視界を覆い尽くした。

頭の下に感じる柔らかい物はアイズの膝だろうか。

…まったく、なんだってエリス様じゃなくてアイズに膝枕をされてんだ、俺は。

 

「…ちっ、おまえかい…」

 

「…む。なに…」

 

「エリス様とチェンジ」

 

「……」

 

と、茶化してみたものの、アイズの目尻が少しだけ赤くなっていることに罪悪感を覚える。

 

なんだって泣いてんだよ…。

 

冒険者だろうが。強くあれよ。

 

「…おまえは怪我無いのか?」

 

「…うん。カズマは、ちょっと寝てた方が良い…」

 

「そうは言っても、デストロイヤーが…」

 

「…デストロイヤーは、止まってる」

 

「は?」

 

アイズはそう言いながら、なぜか動きを止めているデストロイヤーを指差した。

それを遠巻きに見るように、フィン達が武器を構えちゃいるが、やはり魔法障壁により攻撃は届かないだろう。

 

「…はぁ。…倒してやろうか?」

 

「…へ?」

 

「弱い俺が、おまえの望むようにデストロイヤーを倒してやる」

 

柔らかいアイズの膝から頭を起こし、俺は動きを止めるデストロイヤーへと近付いた。

 

「カズマ、平気なのかい?」

 

「万能薬ってのは本当に万能だな。見ての通りピンピンだ」

 

俺はフィン達に少し下がるよう伝え、頭に浮かぶ魔法のスペルを口にする。

 

なんだってアクアのケツ拭きをしなくちゃならんのだ。

 

そう思いながら、腕をデストロイヤーへ向けて上げた。

 

次第に、身体の底から湧き上がる魔力が手の先に集まり出し、それは光を伴って強く輝く。

 

 

 

「セイクリッド!!ブレイクスペル!!!」

 

 

 

俺が唱えた詠唱は魔法となって巨大な光を生み出した。

そして、その光は腕から放たれ、デストロイヤーを包み込む。

 

光りが星へと昇華するように、デストロイヤーから魔法障壁が消滅していった。

 

まったく、今回ばかりは本気で肝を冷やしたぜ…。

 

少しばかりファンタジーが強過ぎるんじゃないのか?

 

もっとさ、ほのぼの系ダンジョンの日常を過ごしたいんだっての…。

 

なんてな…。

 

 

「…歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)、俺の最弱(さいきょう)はちと響くぞ!」

 

 

 

 

神々しい光りを右手に纏い、俺はデストロイヤーへ向かって走り出す。

 

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!神の右手(ゴッドブロー)ーーーーーっ!!!」

 

 

 





いまじんぶれいかーーーー!

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