怪き会議に疑いを
あの日、俺は伝説になった。
数百年に渡り、伝説級の扱いを受けていたデストロイヤーの討伐は、瞬く間にオラリオ中へ知れ渡り、機動要塞の消滅は歓喜と同時に安堵を生んだ。
ギルドは討伐後の対応に追われ、数日間を忙しなく過ごしていたみたいだが、今ではその喧騒も落ち着き、普段と同様にダンジョンへのクエストを受理するために、受付嬢達は笑顔を振りまいている。
エイナ・チュールもその1人だ。
ただ、周りとの相違を上げるのであれば、冒険者達をさばくスピードが少し早い事だろう。
出来るハーフエルフだと前々から思っていたが、俺の目に狂いは無かったようだ。
「よっ、エイナ」
「…ちっ、カズマくん…」
「おい、舌打ちしたよね?いま。俺、デストロイヤーを倒した英雄だぞ?」
「はいはい。さすがさすが」
おざなりな対応に苛立ちを覚えながら、今や街の英雄として名を通す俺は、ちょっとばかし美人な受付嬢如きの愚行に怒るほど愚かじゃない。
「…ふふん」
「むかつくわね。それで?何の用?」
「おう。ちょっとクエストの発注をな」
「発注?受注じゃなくて?」
俺は訝しげな視線を向けるエイナに、クエスト内容の書かれた羊皮紙を差し出す。
「
「へ?そんな事でいいの?…って!なんか報奨金がすごいんだけど!?ほ、本当にいいの!?」
「おう、構わん。とりあえず、それを1番目立つ所に貼っといてくれ」
「ま、まぁ、分かったけど…。ねぇ…」
エイナは俺から羊皮紙を受け取りながらも、やはり腑に落ちぬ表情で尋ねた。
「あ?」
「何を、考えてるの?」
勘がよろしい事で。
うちのアホハイ・エルフにも見習わせたいよ。
「…バカどもの炙り出し」
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あの日、カズマさんは伝説になった。
彼は、デストロイヤーに殺されかけたアイズさんを救い出したと思いきや、途端に不敵な笑みを浮かべながら、溢れ出す魔力を放ち、魔法障壁を昇華してみせたのだ。
そして、熱を帯びる程の強固な魔力で覆った右手で、デストロイヤーの装甲を突き破る…、ことは出来ずに、殴った右手を痛めながらも、いつものようにエクスプロージョンを連発させて、あの機動要塞を滅ぼしてみせた。
正直、今回ばかりはどうにもならないと思っていたが、やっぱりあの人に常識は通用しないみたい。
それは私だけでなく、団長やリヴェリア様も同様に思っていることだろう。
「それにしても、あのデストロイヤーの魔法障壁を昇華させた魔法…、聞いたことも見たこともないです…、ってうわぁ!?」
ふと、背後から私の腋の下に伸びる両腕が、そのまま私を持ち上げた。
「高い高ーい。レフィーヤ、険しい顔して何を考えてんだ?」
「ちょ、か、カズマさん!下ろしてください!」
「はいはい。よっと…。ふぅ、無理したわ。腰が痛い」
「そ、そんなに重くないですよね!?」
アレだけの大魔法を使い、様々なスキルを持ち、あり得ない速度でレベルを上げる彼は、それだけの悠然たる雰囲気を纏うわけでもなく、子供のように私へちょっかいを掛ける。
本当に不思議な人です…。
「相変わらず修行か?中広場はもはやレフィーヤの定位置だな」
そう言いながら、カズマさんは私の頭を柔らかく撫でた。
最近では会う度に頭を撫でてくるのだが、以前、その光景を見たアイズさんが、まるでモンスターへ向けるような殺意を放ちながら私を睨んでいたことがある。
アレはなんだったのだろうか…。
「はい。カズマさんも修行…、なわけないですよね。お散歩ですか?」
「いや、ロキを探してんだよ。あいつ、どうでもいいときはヒョコっと現れるくせに、探すと見つからないんだ」
「え、ロキ様ですか?ロキ様なら神会へ向かいましたよ?」
「神会?…む、おかしいな。次の神会は来月の筈だが…」
「?」
カズマさんは何かを考えるように、顎へ手を置く。
「まあいいか。…ちょっと出掛けてくるわ。戻りは遅くなると思うから、リヴェリアには適当に言っておいて」
リヴェリア様への言い訳を私に任せないでほしいのですが…。
正直、カズマさんがどこかへ出掛けるとロクなことが起きない。
どうせまた、変な問題ごとを持って帰ってくるのだろうなぁ、なんて思っていると、カズマさんはひらひらと手を振りながらその場を離れていった。
やっぱり、掴めない人…。
何を考えてるのやら。
そう、思いながら、私はカズマさんの背中を見送った。
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バベルの塔 30階
普段なら数ヶ月に一度で開催される
もちろんウチも参加者の一人なわけやが、なぜだか先程から、恨みがこもった視線でフレイヤがこちらを睨んでいる。
長い付き合いやから、恨まれる事も多々あるだろうけど…。
あからさますぎひん?
ウチ、そないに睨まれるような事をしたか…?
と、なんとなく愛想笑いをフレイヤに返してみると
「…っ!ろ、ロキ…、あなたは、私に謝る事があるんじゃなくて?」
「ほえ?な、なんや?」
「あなたの子供が私に大変な迷惑を掛けているのよ!」
「……ぁ、オッタルの事か?それは、まぁ、災難やったな…」
そんなもん、カズマに喧嘩売るオッタルの責任やろ…。
ちょっとオッタルには気の毒やけど…。
「違うわ!」
「へ?」
「あの子、私の部屋に勝手に魔石の保管庫を作ったのよ!」
「な!?」
「ホームまで持ち帰るのが面倒だからって…、ダンジョンで取ってきた物を私に許可も得ず部屋に置いていくの!」
「そ、それは…、ほんますんません…」
「ぅぅ…、私の愛用している椅子も奪って自分の物にしちゃうし…。どうにかしてちょうだい!!」
……あいつ、帰ったらシめる…。
何を人様の神様ん家に上がり込んでんねん。
しかも保管庫て…。
あと、フレイヤの椅子は奪っちゃあかん…。
「はぁ。ほんますまんな。迷惑かけて…」
「…でも、マッサージ機って神アイテムを作ってくれたことには感謝しているわ。ありがとうって伝えておいてね」
「どっちやねん」
ゲシっ、とフレイヤを蹴り飛ばし、ウチは溜息を吐きながら自席へ戻ろうとすると、その光景を見た他の神も、なにやら次から次へと苦情を申し入れるべく押し寄せてきた。
やれ、私の子供に変な知識を植え付けないでだとか。
やれ、ヒュアキントスを歓楽街へ連れていかないでくれだとか。
やれ、歓楽街を仕切るのはやめてちょうだいだとか。
もはやPTAも真っ青な苦情の嵐に、流石のウチとは言え平謝りを繰り返すことしか出来なかった。
…な、なんでウチが謝らなあんかんねん…。
「…あの、すんません。カズマにはよく言っておくわ。ほんますまんな…」
「ロキ!カズマくんに、じゃが丸をいつも沢山買ってくれてありがとうって伝えてくれよ!」
「ど、どチビ…。ん?なんや、じゃが丸?」
「うん。カズマくんはうちの常連なんだぜ?1人で20個も買っていってくれるからね。良く食べる子は成長も早いってもんだよ」
ロリ巨乳のお紐様は、ニコニコと笑いながら、犬猿の仲とまで言われているウチに、素直にお礼を言う。
てか、コイツまだじゃが丸のアルバイトしてんのか…。
…1人で20個も…。
カズマ、そないにじゃが丸好きやったのか?
いや、以前にじゃが丸を食わせた時、なんだこのクソ不味いジャンクフードはと腐していたな…。
そないな奴が、1人で20個も…?
「……解せん」
と、カズマの行動に疑念を抱いていると
「えー、んっ、ごほん!それじゃぁ皆んな!そろそろ神会を始めようか」
今回の仕切り役であるヘルメスにより、その思考は一旦止められる。
仕切り役、つまりは今回の緊急神会を開催させた張本人であろうヘルメスは、額に汗を浮かべながら、カズマの悪評に賑わう神々の注目を集めた。
「え〜、今回集まってもらったのは他でもない、カズマくんの事なんだが…」
「ぶっ!?ちょ、待てや!そないな事、ウチは何も聞いてへんぞ!」
「あ、落ち着いてくれよロキ。別に彼を街から追放しようって話じゃない」
「…そ、そか」
「ちょっとウラノスからも色々と聞いていてね…」
ヘルメスは両肘をついて眉間に皺を寄せる。
大袈裟に神々の視線を集めると、静まり返った会場で、仰々しく口を開いた。
「…彼が、また何かをやらかそうとしているらしい…」
「…な、なんやって?」
口々に、慌てた神がざわめき出す。
歓楽街の私物化に、ダンジョンでのドンパチ騒ぎ、挙句にはデストロイヤーとヤリ合うだけに飽き足らず、次は何をしでかすんだ?
ま、まさか、本格的にオラリオの領主を狙っているとか…?
いや、我ら神々へと手を広げるつもりかもしれん…。
っ!つ、遂に神にも手を出す気か…っ。
なんて、笑い話にもならない憶測が飛び交うも、カズマの事となると、あながちあり得ない話でもないから困る。
「…正直、僕だけじゃカズマくんの監視はままならない。ロキ、キミから強く言ってもらえないか?」
「…わかった。子の管理も出来ないようじゃ神失格や。この問題はウチが預かる」
その言葉に、神々は安堵の溜息を吐き出した。
あの厄介者も、ロキの手にかかれば大人しくするだろうと…。
……。
そんなわけあらへん。
アイツがウチの言う事を聞くわけがないやん…。
ぁぅ、どうすればええんや…。
「よかった!本当によかったよ!今日はロキの懸命な判断を祝して一本締めで締めようじゃないか!!」
や、やめてくれ!
そんな期待の眼差しをウチに向けんな!
「よーーーっ!」
パンっ!!
…どないしよう。
ほんま、ウチを悩ませる奴なんて、1000年先にも後にもカズマくらいやで…。
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「もぐもぐ。うん、でね、よく分からないけど神会ではキミの話になったんだよ」
「ほぅ。
「んぐ。うまい!やっぱりじゃが丸くんは最高だぜ!」
バベルの近くに構える、じゃが丸くんの売店用引き車の近くで、俺はヘスティアから餌付けという名の情報収集を行なっていた。
待ち伏せしていた甲斐があったぜ。
どうにもこのタイミングで神会が開かれるのは嫌な予感がしたしな。
…ふむ、それにしても神ってのも中々鋭いもんだな…。
「…さて。どうしたものか…」
「む?何か悩み事かい?僕で良ければ話くらい聞いてあげるよ?」
そう言いながら、口元にじゃが丸くんの食べカスを付けたヘスティアが俺の瞳を純粋に覗く。
「なにおまえ?無邪気な妹キャラでも狙ってんのか?」
「ん?なんの事だい?」
呆れながらにも、俺はヘスティアの口元をハンカチで拭いやると、ヘスティアは驚いたような、喜んでいるような、そんな不思議な表情で静かに目を細めた。
「優しいじゃないか。どうだい?ロキの眷属を辞めて僕のファミリアに移籍するなんて」
「悪くない提案だな。その内に気が向いたらな」
冗談なのか、本気なのか、ヘスティアの移籍勧誘を笑って聴きながら、俺はそろそろかと重たい腰を上げる。
「じゃ、そろそろ行くわ。また来るなー」
「おうともよ!またサービスするからいつでも来てくれたまえ!」
.
…
……
ヘスティアと別れ。カサカサとじゃが丸くんが大量に入った袋を持って歩く事数分。
オラリオの街中はいつもと同じ様に喧騒で包まれ、激しくも懐かしい活気に包まれていた。
夏祭りを彷彿させる出店の数々に顔を出しながら、俺は目的地へ向かって歩く。
「む?カズマか?」
「げ。リヴェリア…」
歩いていたのだが、その街中の喧騒で一際目立つ風貌の冒険者が、普段の戦闘スタイルとは違って落ち着いた雰囲気の服装に身を包み、そこに立っていた。
「げ、とは何だ。それよりも、今日は帰りが遅くなるとレフィーヤから聞いていたが?」
「遅くなるよ?だから飯はいらん」
「まったく…。夜遊びばかりに興じて、帰って来たと思えばぐうたらと惰眠を貪る。随分と偉くなったものだな」
まるで俺のオカンのように、リヴェリアは腕を組みながらぐちぐちと小言を零す。
「はぁ。説教なら後で聞くよ。じゃ、俺は行く所があるから」
「待て」
「な、なんだよ?」
「どこへ行く気だ?その格好でダンジョンへ行くわけではあるまい」
眼光鋭く睨みつけるリヴェリア。
それ、仲間に向ける視線か?
「友達ん家だよ」
「ダウト!おまえに友達などいないであろう!!」
「おま、言っていい事と悪い事があるぞ!」
なんなんだよこの年増エルフ!
俺の痛い所を的確に突きやがって!
友達くらい居るっての!
…ね、ネットの中だけど、良くチャットする奴も居たし…。
「はぁ。目を離すと何をしでかすか分からんからな。どれ、今日は私が付き合ってやろう」
「ふざけんな!なんで母ちゃんと街を歩くみたいな真似事をしなきゃならねえんだよ!」
「か、母ちゃんだと!?私だって見てくれは悪くないのだから、そこはデートで良いだろう!!」
「親孝行か!?親孝行をしなくちゃなんねえのか!?」
「だからデートだと言ってるだろうが!!」