この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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淡き刹那に黄金を

 

 

 

 

「ぁぅ…。ぜんぜん疲れが取れてないよぉ…」

 

「おいおい、これから深層へ行こうってのに、それじゃあ先が思いやられるぞ?」

 

「誰のせいだと思ってるのよぉ!」

 

んがーー、とティオナは赤く染めた頬を隠そうともせずに、俺の背中をぽかぽかと優しく叩いた。

 

19層への階段を目の前にして、今更疲れているので戦えませんなどと言われても困る…。

 

俺は仕方なしに、ティオナの機嫌を直すべくドレインタッチにより魔力を分け流してみた。

 

「うひっ!?きゅ、急に触らないでよ!!」

 

「な、なんだよ。今日は反抗的だな」

 

「うぅぅ…。カズマのせいでしょ!」

 

「む?」

 

俺のせい?

昨夜はイチャイチャしながら一緒に寝て、良い雰囲気だったじゃないか。

 

擽って、腋を舐めて、なんか気付けば寝てて…。

 

…ん?

 

俺の寝相が悪くてリトさんばりのToLOVEるを起こしたとか?

 

「…。俺、何もしてないよな?」

 

「っ〜〜〜!な、何もしてくれない事が問題なのよ!バカ!!」

 

そう言うと、ティオナはずんずんと大股で階層を降りて行ってしまった。

 

アイツ何言ってんの?

 

本当に訳の分からん種族だな。

アマゾネスってのは。

 

これなら金を払えば従事してくれる歓楽街のお嬢供の方が扱いやすいっての…。

 

「はぁ…。今日はティオナタクシーに乗せてくれなそうだな。おーい、待てよティオナー」

 

溜息を1つ吐き、俺も階層を下るべくティオナの後を追う。

まだ19層の入り口だ。

ティオナが下手を打つとも思えんが、先ほどの調子じゃ何かが起きてもおかしくない。

 

俺は小走りにティオナへ追いつき、軽く肩を叩いた。

 

 

「まだ中間層とは言え慎重にな。今日のおまえは危なっかしいし」

 

「むむむぅ」

 

「ほら、手を出せって。魔力を分けてやるから」

 

「ぅぅ。べ、別にドレインタッチはしなくていいけど…、手はずっと繋いで…」

 

なんだかヒリュテ姉妹と手を繋ぐ機会が多いような…。

 

俺はそんな事を思いつつ、早く繋げとばかりに差し伸ばされるティオナの右手を掴んだ。

 

「ほら、行くぞ」

 

「…うん」

 

唇を尖らせながらも素直に頷くティオナを連れ、どこか薄暗いダンジョンを歩み進める。

 

 

……む?

 

 

何か今、変な視線を感じたような…。

 

 

念のために千里眼を発動させて周囲を見渡すも、そこにはモンスターの陰はない。

 

モンスターの陰は無いが…。

 

 

……冒険者か?

 

俺たちを刺すように睨みつけているのは…。

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

……。

 

憎き仇の姿を遠目から監視しながらダンジョンを進む。

 

ダンジョンの壁際に隠れるには大きすぎる自らの身体を精一杯に縮こませ、俺は抑えきれない衝動と殺意を身体に纏わせ()()()の後を追った。

仲睦まじく、褐色の女を連れてダンジョンを訪れるアイツは、18層を過ぎた頃くらいから仕切りに周囲を見渡す素振りを見せ始めた。

 

…気づかれたか?

 

…いや、そんな事はあるまい。

 

俺とて死線を潜り抜けてきたオラリオ随一の冒険者だ。

 

…。

 

()随一の冒険者か…。

 

陥落すれば築き上げてきた名声も全て朽ち果てる。

奴に負けた事実は直ぐにオラリオ中へ知れ渡り、挙句には我が主神をも懐柔されてしまえば為す術が無い…。

 

 

佐藤 カズマーーー

 

 

今やオラリオでこの名を聞かぬ日が無いほどに有名となった冒険者。

 

俺を負かした唯一の冒険者。

 

不可思議な魔法で付けられた傷は癒えども、心に刻まれた屈辱の文字だけは消えやしない。

 

されど、世界はまだまだ俺を見捨ててはいなかった。

 

死にかけて、暗闇に覆われたあの世界で出会った()()()()()は、誰をも魅了するであろうご尊顔で俺に手を差し伸べてくれた。

 

 

『汝、パット入りの偽巨乳女神に惚れた自惚れのクソ冒険者を懲らしめなさい。』

 

 

美しい女神はそう言って、俺にだけ特別な言伝を与える。

 

ーーー佐藤カズマの弱点。

 

恍惚な笑顔を俺に向けてくれた女神は、それだけ言うと暗闇へと消えていき、気づけば俺も、この世界…、オラリオへと戻ってきていたのだ。

 

…純粋な感動とは人の心を動かすのだな。

 

俺は胸に手を当て、静かに女神へ向けて祈りを捧げる。

 

 

 

 

「どうか、このオッタルにご加護を。…我がアクシズ教の祖。…アクア様…」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

中間層の大樹の迷宮を歩くこと数時間。

普段なら5時間は掛かる迷宮区を半分もの時間で突破しているのは隣を歩くカズマのマッピングによる所が大きのだろうか。

 

ふと、前にティオネが言っていた事を思い出す。

 

『あのバカ、無駄にダンジョンのルート選別は長けてるのよね…』

 

ダンジョンなんてどのルートを歩こうが変わらないだろうと思っていた私にとって、こうしてモンスターが少ない上に、最短のルートを進まれると、自らの浅はかさに恥ずかしさすら覚えてしまう。

 

変な所で頼りになるんだよなぁ。

 

私の腋をペロペロ舐めていたカズマと同一人物とは思えないよ…。

 

ふと、繋がれていた右手をカズマに引かれ、私はその場で立ち止まる。

 

 

「どったの?」

 

「…静かに」

 

「ん?」

 

「……」

 

 

途端に真剣な顔になり、カズマは周囲をキョロキョロとゆっくり見渡した。

 

…カズマ、さっきから何回も周りを見渡してる…。

モンスターの気配はしないけど…。

 

すると、周囲を見渡し終えたカズマは不思議そうに首を傾げ、私に向けてほんの少しだけ優しい笑顔を作る。

 

 

「変な感じ。まぁいいや。とっとと行こうぜ」

 

「…?」

 

 

なんだろう。

 

カズマはさっきから何を気にしてるの?

 

私だってレベル5の冒険者だけど、周囲に私達を脅かすような気配は微塵も感じない。

 

……でも、カズマの雰囲気が少しだけピリってしてるような…。

 

私は思わず、不安や恐怖とは違う何かに胸を締め付けられ、カズマの手を強く握ってしまった。

 

 

「ん。まぁ、大丈夫だろ。俺も居るし」

 

「え、あ…、うん…」

 

 

私の気持ちを察したように、カズマは尚も優しく私に声を掛けてくれる。

 

ほんとに、変な人…。

 

そういう気持ちの小さな起伏は察してくれるのに、夜の掛け布の中では私の気持ちを理解してくれないんだもん。

 

熱くなる頬をカズマに向けて、私はそっと、呟いた。

 

 

「…カズマは、きっと私達の英雄様なんだね」

 

「はは。姉妹そろって同じ事を言うんだな」

 

「んーん。私やティオネだけじゃなくて、カズマが守ってくれてる人達は皆、カズマを英雄様だと思ってるよ」

 

「守ってるつもりはないんだが…」

 

「守ってるよ。守られてる」

 

「…そっか」

 

「そうなのだ」

 

 

フィンやガレスはカズマを強く信頼している。

 

リヴェリアやレフィーヤはカズマに強い憧れを抱いている。

 

アイズやティオネはカズマの強さに惚れてる。

 

私は…、カズマの優しさに心の中を柔らかく包み込まれている。

 

カズマは無頓着で下世話で節操の無い男の子だけど、なんだかんだ私達のことを1番に考えて、大切に守ってくれているんだ。

 

 

あっという間に追い抜かれちゃったな…。

 

でも、少しだけ嬉しい…。

 

 

この混沌とした世界に現れた一筋の光は、楽しくて、面白くて、幸せに、オラリオ中の暗闇を取り除いでくれたから。

 

 

「えへへ。ずっと一緒に居ようね、カズマ」

 

「…ちょっとドキっとした。なにそれ?俺プロポーズされてるの?」

 

「ふえ!?ち、違うよ!あ、ち、違くないけど、違うっていうか…、うぅ、あの、ずっと一緒に居たいってだけだよぉ!!」

 

「あ、あぁ、うん。出来る限りは一緒に居ようね」

 

「へへへ」

 

 

顔が柔らかくなっちゃう。

 

カズマの隣は暖かくて幸せだ。

 

繋いだ手はすごくポカポカで、きっと私の知らない魔法でカズマが幸せを分けてくれているのだろう。

 

…一緒に居たいなぁ。

 

やっぱり。ずっと一緒に…。

 

 

そう思って

 

 

そっと、私がカズマの肩に頭を乗っけようとした時にーーーーー

 

 

それは轟音を鳴らして。

 

 

屈強な身体を揺らしながら。

 

 

凶暴な表情を貼り付けた1人の冒険者が現れた。

 

 

「…37層。ココを覚えてるか?佐藤カズマ…」

 

 

その声に、その雰囲気に、その虚栄心にーーー

 

私は思わず息をするのも忘れ、その場に立ち尽くして驚愕に目を見開く。

 

な、なんで…。

 

なんでアイツが…っ!

 

 

「お、オッタル…っ!なんで、アンタが…っ!?」

 

 

と、私が声を振り絞るも、オッタルの一睨みに身体を硬直させられる。

ただ睨まれただけなのに、私の身体は奥の底から冷え切ったように冷めていった。

 

 

「黙っていろ小娘。貴様に用はない」

 

「…っ!」

 

 

脚が震える。

心は逃げろと叫んでいた。

 

目の前に居るのは冒険者だ。

ただの冒険者。

 

味方では無いが敵でもないはずの冒険者が、ただただ目の前に居るだけ。

それなのに、オッタルが纏う空気だけで気付いてしまう。

 

オッタルが放つ殺気は、明らかに私達に向けられていたから。

 

 

それでも、私が膝を折らずに立ち続けられる理由ーー

 

 

「…ティオナ、下がってろ」

 

 

それは優しく握られたカズマの手。

 

カズマは小さく呟くと、私を背中に隠してオッタルと向かい合った。

 

 

「さっきからコソコソ見てたのはおまえか?」

 

「ふん。気付いていたのか」

 

「下手な尾行だったよ。それで?俺に何か用か?」

 

 

カズマが不敵に笑うと、それへ返すようにオッタルも不敵に笑う。

 

 

「分かっているだろう?」

 

「む。なんだ、自信がありそうだな」

 

「ふふ。蒼き麗しい女神より、貴様の弱点を授かったのでな」

 

「…ほお」

 

 

レベル7のカズマとレベル7のオッタル。

戦えばお互いに無事で済むはずがない。

いや、経験値を多く積んだオッタルの方が若干有利か…。

 

私は震える手に力込め、カズマの手を強く握る。

 

 

「貴様の魔法は効果範囲の広い爆破魔法だ。この距離では俺だけじゃなく、貴様も爆風に飲まれるだろう。ましてや背中の女を庇いながら戦うと言うのなら尚更だ」

 

「……」

 

「…っ、か、カズマ…」

 

 

背中からは見えないカズマの表情。

 

オッタルの言葉に、私は拭いきれない罪悪感を覚えた。

 

私がカズマの足手まといになっている。

 

その事実こそが、今、私の胸を黒く染めている正体だろう。

 

 

…っ、わ、私の、私のせいで…。

 

 

そんな私の焦燥を他所に、オッタルは尚も口を開き続けた。

 

「純粋な冒険者としてのステータスでは貴様など取るに足りん。この場で、この俺のステータスを持ってすれば、貴様の爆破魔法を制限させることなど容易なんだよ」

 

「…」

 

「ここで散れ、佐藤カズマ。貴様の強さに免じてそこの女の命だけは保証してやろうーー

 

 

ーーーだから

 

 

安心して逝け」

 

 

そうオッタルが呟いた時に。

 

ふわりと

 

一瞬の風が私の身体を包み込んだ。

 

その風は甘い香りを運び、まるで私の不安を全て取り除くように、優しく、暖かく、静かに周囲の醜悪な空気を吹き飛ばす。

 

気のせいかもしれない。

 

でも、私は確かにその風を感じたんだ。

 

カズマを取り巻くその風を。

 

 

「よく喋るじゃないか。アクシズ教徒はどうやら口が軽いらしい」

 

「…なんだと?」

 

 

柔らかく弾むカズマの声に、凍りついた私の身体はゆっくりと落ち着いていく。

 

…不思議な声…。

 

カズマの声は、聞いているだけで気持ち良くて暖かい。

 

すごく安心しちゃう…。

 

 

「蒼き麗しい女神だと?ぷーくすくす、あの駄女神が麗しい?阿呆らしいの間違いだろ?」

 

「き、貴様…っ」

 

「アクア如きのバカ知恵を貰って強くなったつもりか?……猪野郎、おまえのレベルを俺が改めて教えてやるよ」

 

「くっ、……ふ、ふぁーっはっはっは!強がりはよせ!貴様に私を倒せる術は…っ!」

 

 

オッタルの高笑いが止まる。

 

途端に訪れた静寂。

 

その光景は、私ですら思わず目を疑ってしまう程に。

 

それは圧倒的なまでの()

 

一振りですら高額なソレを、数えきれない程にカズマが振りかざしていた。

 

 

「き、貴様…っ、な、なんだと言うのだ…!な、なぜそれ程までの…っ、()()()()()しているっ!!」

 

「戯言を抜かすなよ雑種…。俺の宝物庫に数などと言う概念はない。…この王の財宝(ゲートオブバビロン)を前に、おまえは何秒耐えられるかな?」

 

「くっ…っ!ぬっっぉおおおぉぉぉ!?!」

 

 

お、王の財宝!?

なにそれ聞いた事ない!

ていうか、そのリュックに何本の魔剣を入れてきたのよ!?

 

魔剣は数回使っては壊れるものの、カズマはすぐさまリュックから新しい魔剣を取り出し、何度も何度もオッタルへ向けてソレを振り下ろした。

 

 

「はぁーっはっはっはっは!!!この英雄王の前にひれ伏せ雑種が!」

 

「ぐわぁぁぁ…っ!」

 

 

眩い光に包まれた数十の魔剣が、恐ろしい程の威力をもってオッタルの膝を、身体を、心を折る。

 

す、すごい…、悪魔のような強さだよカズマ!!

 

すると、光の連撃を終えたカズマは、土煙に塗れて横たわるオッタルを見下ろしながら、冷たい声で最後の言葉を放った。

 

 

「これがエリス教徒の力だ!!」

 

 

…つ、強い…。

 

いや、今までだって強いと思ってたけど、カズマは私の想像を遥かに超える場所に居る。

 

あのオッタルを瞬殺するなんて…。

 

 

「す、すごい…、すごいよカズマ!カズマすごーーい!!」

 

「ティオナはケガないか?」

 

「うん!カズマが守ってくれたから!」

 

 

私の言葉に安心したのか、カズマはホッと一息吐くと、いつものように無邪気な笑顔を浮かべながら私の頭に手を置いた。

 

 

「そっか。それなら良かった。ティオナのおかげで俺も頑張れたよ。ありがとな」

 

「ぁぅ、わ、私は何もしてないよ…」

 

「一緒に居てくれたろ?それだけで凄く力になったんだ」

 

 

私は頭に乗ったカズマの優しい手触りを感じながら目を細める。

 

土煙が舞うダンジョンは、暗い上に冷たい空気が充満しているのに、カズマの周りはいつも暖かい。

 

安心からか、気づけば私はカズマに抱きついていた。

 

 

 

「それならずっと一緒に…。…カズマの近くにずっと居てあげるよ」

 

 

 

 

ボロ雑巾のごとく地面に倒れた猛者を尻目に、その場を支配する甘くて幸せな香り。

 

カズマは強いから、きっと私達をずっと守ってくれる。

 

きっと、これからも。

 

 

カズマは私達と一緒にーーーー。

 

 

 

 

 

 


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