この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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悪どい小春に木漏れ日を

 

 

 

 

 

 

思わず、中庭に降ろしていた私の腰が浮く。

それは大きな爆発音と同時に空を支配する光。

青い空に咲いた大きなお花は、美しく、儚く、それでも一瞬の鮮やかさだけを残して消えていった。

 

…まるでカズマのエクスプロージョンみたい。

 

と、思いながら、私は腰に携えたレイピアに手を置いた。

 

あの方向は…、ダイダロス通りの…。

 

 

ふと、先ほどの召集でロキから伝えられた話を思い出す。

同時に、カズマの言葉も。

 

もしも、この光る魔法を使ったのが例のモンスターだったら、私は剣を……。

 

 

「…っ!」

 

 

ギュッとレイピアを握り締める。

 

これは恐怖とは違う感情だ。

 

身体の底から冷えるような重たい何かの正体。

 

…これは…、何…?

 

そう自分に問いかけるも、もちろん答えは帰ってこない。

 

こんなときはいつも、カズマが私の頭を撫でながら答えを教えてくれるのに…。

 

 

「…っ、か、カズマ…」

 

 

カズマはここに居ない。

 

そして、その轟音を伴う光はまたも空に打ち上げられる。

 

 

数度目の光。

 

 

すると、ホームの空中回廊から慌てた様子のロキが大声で私へ呼びかけていた。

 

 

 

「アイズーっ!緊急事態や!よう分からんが嫌な予感がする!すぐに向かってくれ!!」

 

 

 

.

……

 

 

 

 

光源の大体の予測は付いていた。

ダイダロス通りの奥へと近づけば、今尚、数分おきに繰り返し空を支配する光が目標となる。

 

私は屋根伝えに駆け抜けていき、その光を睨み続けた。

 

相変わらず心を覆うモヤモヤは晴れぬが、その光だけは止む事なく辺りを照らす。

 

 

「…テンペスト」

 

 

駆け抜ける風が私の身体を纏った。

 

風の速度で屋根を駆け、数分としないうちにその光源の元へと辿り着く。

 

そこは廃墟のような建物と、緑の広場に転々と置かれたヘンテコな建造物。

 

屋根から地面へと降り、私はその敷地に足を踏み入れる。

 

 

「…ここは…」

 

「孤児院だ…。アイズ、先に来ていたのか」

 

 

と、答えたのはリヴェリアだ。

後ろにはフィンも居る。

 

どうやらフィンとリヴェリアもロキによってココへ来たらしい。

 

なぜリヴェリアがこの場所を孤児院だと断言できたのかはさておき、私達は3人パーティで組まれた陣形の先頭に立ち、その孤児院内の探索を始めた。

 

 

「…っ、光が止んだ。…ルゥ達はどこに居る…」

 

 

そう呟くリヴェリアの顔は不安に歪む。

 

ふと、フィンにより止まれの合図が出された。

 

 

「…誰か居る」

 

 

フィンがそう言った通り、その誰かは扉の向こうから隠れる事なくドタバタと足音を立てて現れる。

 

 

「っ!ろ、ロキ・ファミリアん所の奴らか!?助かった!手伝ってくれ!」

 

「…君は?」

 

 

身体の大きな強面の男はフィンへ向けてディックスと名乗った。

ディックスさんは大粒の汗を垂らしながら、荒々しく繰り返される呼吸をゆっくりと整える。

 

どうやらディックスさんの話を聞けば、この人も空へ放たれた光源に嫌な予感を感じてここまで駆け付けたらしい。

 

 

「はぁはぁ、この爆発魔法を使ってる正体はまだ見つからねえ!だがここに居たマリアって女性と子供達はもう馬車に突っ込んだからあとは逃げるだけだ!」

 

 

そう言って指を向けた先には、ディックスさんの言う通りに()()()()()が既にこの場を走り去ろうとしている。

 

隣に居るリヴェリアから大きな安堵の息が聞こえた。

 

 

その時に、今までのモノよりも数倍大きな轟音か鳴り響く。

 

 

「「「!?」」」

 

 

フィンはその轟音に耳を抑えつつも、ディックスさんへ馬車に同行して逃げるよう伝える。

 

 

「…っ!音は孤児院の裏からだ!!」

 

 

まるで、私達を導くように。

 

嘲笑う光が道筋となって行く手を指し示した。

 

第1級冒険者をも弄ぶようなその行為に、思わず私はカズマを重ねてしまう。

 

 

『…もしもその知恵のあるモンスターが涙を流して命乞いをしようものなら……。おまえは剣を振るえるか?』

 

 

その言葉が深く心に刻まれていて、走る足取りが自ずと重くなっていた。

 

フィンとリヴェリアの後を追い、到着したのは孤児院の裏庭に当たる場所。

 

そこは瓦礫と獄炎に覆われ、もはや庭としての機能を保っていない。

 

まるで深層のダンジョンのごとく異彩を放つその場所で、私の頬から冷や汗が伝う。

 

 

…何か、強大で恐大な雰囲気を感じる…。

 

 

そう察したのは私だけではないようで、大きな瓦礫と火の壁が立ち込める其処を前に、フィンとリヴェリアも立ち尽くしていた。

 

 

「団長っ!」

 

 

と、ティオネとティオナ、そしてガレスにベートさんが後から到着する。

 

すぐさまに戦闘態勢を整えるも、私達の前にこの現状へと誘き寄せた者の姿は現れない。

 

小さく、息を吐き出しながら、私もレイピアを構える。

 

 

「…これはまた、一体何が隠れてるって言うんだろうね」

 

「さすがに、デストロイヤーが生き返ったなんてことはなかろう」

 

「はは。…、カズマはまだ着かないのかい?」

 

 

フィンのその問い掛けに、私の心臓が飛び跳ねる。

 

いつも隣に居て、へらへらと笑いながら強敵を圧倒する彼の姿は未だ無い。

 

すると、その問い掛けにベートさんがゆっくりと答える。

 

 

「カズマはレフィーヤとバベルに居るらしい。あそこからじゃ此処まで時間が掛かるだろうよ」

 

 

ロキからの伝言だ。と付け加え、ベートさんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

それは不安か、それとも不満か。

 

私達はいつのまにか、カズマ1人の存在に全ての荷重を乗せていた。

 

居ないという事実だけが、この状況をより悪化させるんだ。

 

 

だがーーーー

 

空を支配する光の魔法を放ち、私達冒険者を嘲笑うが如く誘き寄せた強敵は、音も無いままに姿を途端に現した。

 

 

瓦礫を踏みつけ獄炎を纏い、その姿は黒いローブに隠されているものの、ヒューマンと同等のサイズで片手には大太刀を携える。

 

 

知恵を持って、装備を整えるモンスター。

 

 

情報に嘘はなかったようだ。

 

 

「…っ!…あれが例の。…おまえが、この惨状の元凶か?」

 

「……」

 

 

フィンの問い掛けに、ローブ姿の敵は答えない。

 

瓦礫で少し小高くなった場所から私たちを見下ろす敵は、ゆっくりと太刀を持ち上げ、その剣先を私達に向けた。

 

ロキ・ファミリアの幹部パーティーを前にして、こうも堂々と剣を構えられる者が他にいるだろうか。

 

オラリオ最強戦力に、奴は怯むどころか相変わらず見下ろすように剣先を揺らしている。

 

 

そしてーーーー

 

 

「…オレヲ、コロスノカ?」

 

「っ!どうやら、本当に話ができるみたいだね」

 

「コタエロ」

 

「…」

 

 

数はこちらが圧倒している。

 

それにもかかわらず、その場を凍りつかせるような冷たい不安感と絶望感。

 

ーー。

 

私達は、ローブ姿の敵を一人前にして慄いているんだ。

 

 

「…タタカイハノゾマナイ。キョウゾンモカナワヌデアロウ。…オレタチ…、異端児(ゼノス)ハ、タダアンゼンナバショデクラシタイダケダ」

 

異端児《ゼノス》?

戦いを望まない?

安全な場所で暮らしたい?

 

それが…、それが本当にモンスターの言葉なの?

 

 

ふと、そんな強敵に向かってリヴェリアが一歩踏み出し叫びを上げた。

 

 

「ふざけるな!ならばなぜ孤児院を襲った!?この場所には冒険者も居ないだろう!」

 

「…はは。ガキ供なら…、ご、ごほん…。コドモタチナラ、ディックストイウオトコガホゴシタミタイダヨ」

 

「答えになっていないぞ!」

 

「……。ココハダンジョンカラノヌケミチダッタンダ」

 

 

ダンジョンからの抜け道だった。

 

だったと言うのは、おそらくこの瓦礫の現状が、既にその抜け道とやらを塞いでしまっているのだろう。

 

リヴェリアは小さな声で「わ、私のぶらんこが…」と呟きながら、怒りに震わせて拳を握っていた。

 

 

するとフィンが

 

 

「…つまり、君には戦う意思はないんだね?」

 

「アア」

 

「…君に無くとも、他の異端児《ゼノス》にはあるんじゃないのか?」

 

「ナイ…。テカ、スデニアイツラは逃したし」

 

「なんだと?」

 

「モウイチドキク。…おまえらに戦う意思はあるか?」

 

 

ローブの敵の言葉が少しづつ流暢になっていく。

 

それまるで本当の人間みたいな。

 

意思を伝えるべく言葉を選び、私達に理解させるような親切な口調。

 

 

フィンは、その言葉にゆっくりと思案を巡らせ、向けて居た槍を地面に刺すと、男に対して両手を挙げた。

 

 

 

「…はぁ。…無いよ。あぁ、君らと戦わずして和解できると言うならーーーー

 

ーーーー僕らに()()()()()()()

 

 

そして、フィンは小さく溜息を吐いた。

 

何かを()()()()()()

 

 

「それにしても、他の異端児《ゼノス》はどうやって逃したんだい?」

 

 

ふと、そのローブ姿の敵は口を開いた。

 

肩から力を抜いて、先程までの張り詰めた空気が嘘だったかのように、男は優しい言葉でぶっきらぼくに言い放つ。

 

 

「…はぁ。そこの年増エルフ。孤児院に居た子供の人数は覚えているか?」

 

「と、年増…っ。…た、確か6名程だったと思うが…」

 

「6人の子供とマリア1人、その人数を逃すのにあんな複数台の馬車は要らんだろ」

 

「…むむむ。…つ、つまり、あの馬車の中には…」

 

「ああ、異端児《ゼノス》達を押し込んでたんだ。そして今頃、あいつらは都市の外」

 

 

瓦礫の上からピョンっと飛び降り、ローブの男は腕をダラリとポケットへ突っ込み、面倒臭そうに事の顛末を語り出した。

 

 

「勘の鋭い神が何人か居てな。そいつらの目を欺くために、おまえらには少し踊ってもらったわけだ」

 

「き、貴様…、何を…」

 

「神の監視は今もバベルに居る()と、オラリオの最強ファミリアである()()()()に向いてるだろうよ」

 

「…監視だと?」

 

「ようは、神供とおまえらの注意を逃げ出す異端児《ゼノス》達から逸らしたかっただけ」

 

 

そう言いながら、人を小馬鹿にしたような物言いをする男は、私達の前でゆっくりとローブを脱ぐ。

 

その姿は、その言葉は、その雰囲気は、私達が絶対に知らぬ事の無い人物。

 

そして、その事実には驚愕と同時に安堵さえも覚える。

 

 

彼はーーー。

 

 

揶揄うような笑みを浮かべて

 

 

 

「俺1人にビビってやんの。ガチでわろたわ」

 

 

 

いつものように無邪気な物言いで、カズマはニヤリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

 

 

 

ーーーーーー★

 

 

 

 

 

「このボケこらぁぁハゲえぇぇ!!」

 

 

ロキ様の怒声がホームに轟く。

 

その声は団員のみならず、アイズさん達すらをも驚かせたと言うのに、応接間の3人がけソファーに寝転がっていた当の本人は呆気からんと耳を塞いだ。

 

 

「あぁ〜、うるさい。ねえロキ、俺疲れてんの!疲れてるんだから休ませて!!」

 

「クソボケがゴラァ!カズマ!おまえは何をやらかしてくれとんねん!!」

 

「レフィーヤが怯えてるだろ!おいでレフィーヤ!」

 

「あ、ぁぅ…」

 

 

と、カズマさんによって強引に引っ張られ、私はカズマさんの膝元に座らされる。

 

その行為に、なぜだか事の顛末を聞くべく集まった面々、特にアイズさんとティオナさんがジト目で睨んできた。

 

……あ、あぅ、わ、私は何もしてないのに…。

 

 

「モンスターを取り逃がしただけだろ。俺だって失敗くらいするさ。だってヒューマンだもん」

 

「失敗ちゃうやろ!故意的にモンスターを…っ、異端児《ゼノス》を逃しよって!!」

 

「おうおう!証拠はあんのか!?」

 

「おまえに証拠など要らん!おまえそのものがクソの根元みたいなもんなや!!」

 

「おま、ちょ、それは酷すぎないか?」

 

 

ロキ様は我を忘れてカズマさんの首を絞め上げる。

 

何が何やら…。

 

と、言うのも、今回の件について、私はなにも知らないのだ。

 

集められた幹部の面々には思う所があるようで、カズマさんによる独断犯行に踊らされたとかなんとか…。

 

 

「ウチはええ!ウチはもうおまえに振り回されるのも慣れとる!だがヘルメスやウラノスは耐性が無いねん!神として尊厳もプライドもズタズタや!」

 

「はっはっは。神の尊厳とか超ウケる。言っておくがな、俺はおまえらの事をアクア同様にダメ神としか思ってないからな」

 

「むきぃぃーー!!」

 

 

と、そんな2人の争いをフィンさんとリヴェリア様が割って入る。

 

 

「ロキ、落ち着きなよ。話が進まないよ」

 

「はぁはぁはぁ…っ」

 

「カズマ、今回の悪巧みについて詳しく聞かせてくれないか?少なからず、僕らも君に踊らされて良い気はしてないんだ」

 

 

踊らされた?

 

何のことでしょう…。

 

私を除け者にして舞踏会にでも行ったのかな…。

 

などと考えていると、膝元に座る私を両手で抱き締めながら、カズマさんはゆっくりと語り出す。

 

…あの、アイズさん、ティオナさん、あとティオネさんも…、睨まないでください。

 

 

「ヘルメスの馬鹿とウラノスのジジイが俺の異端児《ゼノス》脱出作戦に勘づきやがったんだ。たぶん、俺が普通に異端児《ゼノス》を逃がそうとしてたら、ロキと共謀しておまえら幹部を使ってそれを阻止してきたろうよ」

 

「…っ、そ、それは仕方がないことやろ!うちら神が、危険因子を無断にダンジョンから外に出されて指を咥えて見てるわけがあらへん!」

 

「だから一芝居打って、監視の注意を逸らしたんだよ。俺が異端児《ゼノス》に扮して、おまえらを誘き寄せる。もう1人の俺がバベルでレフィーヤとデートしてる。これで完璧さ」

 

 

も、もう1人のカズマさん?

 

え?

 

私がバベル前の噴水広場で一緒に遊んでたカズマさんって……。

 

 

「何やねんこらぁぁ!もう1人のおまえってどういうこっちゃボケぇぇ!!」

 

「リリだよ」

 

「は?」

 

 

カズマさん曰くーー

 

神によるカズマさん自身への監視を、リリさんが魔法で化けたカズマさん(偽)に逸らし、異端児《ゼノス》さんとやらに扮装したカズマさんがアイズさん達の注意を集め、その好きに馬車に隠れた本物の異端児《ゼノス》さん達を逃したと…。

 

 

そ、そういえば、今日のカズマさんは凄く常識的で、なんか身長も少し低かったような。

 

 

「…そ、そんな単純な作戦に、僕らはロキ達も含めて騙されたのかい?」

 

「騙したって言い方はよせよな!少し遊んだだけだろ!」

 

「…くっ。僕は情けないよ…」

 

 

単純な作戦…。

 

とは言え、カズマさん程の強さや、悪評と言う名の注目力が無ければ成功しなかった作戦にも思えます…。

 

すると、項垂れるように下を向くフィンさんを他所に、アイズさんがぐいっとカズマさんの前へと歩み寄ってくる。

 

そして、その鋭い眼光を向けて、小さな声に確かな感情を込めて呟いた。

 

 

 

「…カズマは、どうして異端児《ゼノス》の事を助けたの?」

 

 

 

その言葉に、荒々しかった室内の空気が止まる。

 

おそらく、この場に居る全員が全員、カズマさん1人に踊らされた事実よりも、異端児《ゼノス》さんを助けた真相の方が気になっていたのだろう。

 

 

カズマさんはそっと、目の前で不満気に唇を尖らアイズさんへ視線を打つける。

 

 

何か思うところもあるのだろうか、少しだけ言いづらそうに、それでも黙る事なくーーー

 

 

 

「…あ?そんなもん、金のためだよ。ちょうど暇だったしな」

 

 

 

「うそ…。…本当のこと、教えて」

 

 

 

その甘くて優しい空気を身体に纏うカズマさんの体温が少しだけ上がる。

 

珍しく、照れを隠すように頬を掻きながら、カズマさんはその質問に答えた。

 

 

 

 

「はぁ。…話せばいい奴らだったんだ。だから助けた。…理由なんてそんなもんだろ?……俺はーーーー

 

 

 

ーー俺は助けたい奴らを助けただけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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