この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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月輪の彩に泣きべそを

 

 

 

 

 

 

「やぁカズマ。随分と遅いお帰りだね」

 

「フィン…?」

 

 

要件を済ませて戻ったホームの玄関先で、お母さんを起こさまいと静かに靴を脱いだ俺を嘲笑うが如く、フィンは普段と変わらぬ様相でその場に現れた。

 

その笑みに隠れる感情は不確かで、まさか朝帰りを怒られるのか?なんて不安に思ったり。

 

 

「…俺だってもう大人だぜ?夜遊びを怒られるってんなら勘弁してくれよ」

 

「ふふ、別にキミがいつ何処から帰ろうが、僕に文句を言う筋合いはないさ」

 

 

そうかい。

ならばなぜ、廊下の真ん中で通せんぼしてるの?

しかも愛器の槍まで担いで…。

 

 

「ご察しの通り、俺も昨夜はハッスルしちゃったからさ。悪いが昼まで寝かせてもらうわ」

 

「あはは、随分とお疲れなんだね。寝ずに文献を読み漁り、バベルに住む神々へ注意を促し、ギルドの職員を襲って…、それはそれはお疲れだろうさ」

 

「…見てたのか?」

 

「親指が疼いたのさ」

 

 

親指有能過ぎるだろ。

 

フィンは笑みを崩さずに俺へと近づき、小さな仕草で右手に持った槍を俺の眼前へと向けた。

 

 

「何の真似だよ?」

 

「僕らは足手まといかい?」

 

「…え?何だって?」

 

「はは。カズマじゃ難聴系主人公にはなれないよ」

 

 

なんでだよ。

俺だってサブヒロインからの告白を聞こえないフリをしてスマートに流すことくらい出来るわ。

ただ俺に告白してくれる女の子が居ないだけだし!

 

 

「はぁ。何にせよ、その血生臭い槍を離してくれないか?話せるもんも話せないだろ」

 

「…。話すつもりはあるのかい?」

 

「もちろん」

 

「…ふむ」

 

 

数秒の静寂後に、フィンは納得したのか槍を俺から逸らした。

だな尚も真意を伺うフィンの実直な視線が俺を指す。

 

 

「場所を移そう。ここで暴れるわけにもいかないからね」

 

「暴れる気なの?」

 

 

.

……

 

 

場所を中庭に移すと、俺は一晩の疲労に耐えきれず、芝生の上にドカっと腰を下ろす。

フィンにも座るよう促すが、それを取り合うこともせずに立ち続けた。

 

…見下ろされてるようで屈辱なんですけど。

 

 

「で?」

 

「…。もう一度聞くよ。僕らは足手まといかい?」

 

「そんなことはないよ。いつぞやの遠征だって俺はおまえらに助けられてばっかりだったろ?」

 

「嫌味かい?あの時も結局、カズマが居なかったら僕らはデストロイヤーに殲滅されていたさ」

 

「お前らが居なかったら近づけすら出来なかった」

 

「それ以上に助けられたのも事実だ」

 

 

終わらぬ押し問答に痺れを切らし、俺は大きな溜息を吐きつける。

 

助ける助けられるなんてのは同じファミリアに所属してる時点で当然のことだ。

そう言ったのはフィンだったかリヴェリアだったか…。

 

 

「水掛け論はやめようぜ。言いたい事はなんだよ?」

 

 

互いの見地から述べられる、結び付きようのない論述。

俺は思わずフィンに悪態をついていた。

 

その瞬間に、フィンは目にも留まらぬ速さで俺の目前に槍を伸ばす。

 

風の音すらも聞こえぬ夜明け。

 

聞こえたのは俺が唾を飲む音だけ。

 

 

「っ!…な、なんだよ…」

 

「武器を取れカズマ。ロキ・ファミリアの責任と小人族の誇りを持って、僕はキミを倒してみせる」

 

 

その目にはほんの少しの冗談すら感じない。

俺が動こうものならその槍を直ぐにでも振り払いそうな程に張り詰めた雰囲気が、俺の身体から体温を奪う。

 

俺の悪行を見ながら、ニヤニヤと笑っていたフィンの姿はそこに居ない。

 

 

「…参った参った。やめてくれよ。俺に純粋な戦闘を挑んでくるなって」

 

「…」

 

「知ってるだろ?俺のステータス。イレギュラーも無いこの場で、俺がおまえとタイマン張って勝てるわけがない」

 

 

と、俺は静かに降参の意を示しつつ、この場でフィンを倒すための算段を考える。

 

庭に巡らせた罠への誘導か?

 

それとも気を抜いた瞬間にドレインタッチ?

 

いや、フィンを倒すにはその程度じゃ…。

 

 

「ふふ。僕を油断させる気かい?悪いけど、トラップも誘導も、カズマの手は全てお見通しさ」

 

「…ふん」

 

 

そう思ってたさ。

 

なんてたって、このチビっこは歴戦の勇者であり、曲者の多いロキ・ファミリアのまとめ役様だ。

 

こいつはどんな窮地であろうと周りが見えている。

 

周りが()()()()()いるんだ。

 

 

「…灯台下暗し。勇者じゃ悪者には勝てないんだよ」

 

「?」

 

 

周囲のトラップなんて要らない。

 

ドレインタッチもエクスプロージョンも魔剣も、俺を良く知るフィンには通用しないだろう。

 

だからこそ、俺はこの身一つでフィンを圧倒しなければならない。

 

 

…そんなの簡単だ。

 

たった1人を制圧することなんてな。

 

 

 

「死ね!目潰しレーザぁぁーーー!!!」

 

「!?っぐ、ぐわぁぁぁ、め、目がぁぁ!!」

 

「良い子は真似しないでねぇぇぇ!!!」

 

「み、見えないっ!何なんだ今の魔法は!!?」

 

 

魔法?

 

ポケットに忍び込ませておいたレーザーポインターだよ?

 

先生に教わらなかったかな?

 

レーザーポインターを目に向けてはダメだってね!

 

 

 

「クソチビがっ!俺に楯突こうなんて百年早いんだよ!」

 

 

「くっそぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

.

……

………

 

 

 

 

で。

 

 

「うぅ、まだ目がチカチカする」

 

「あんまりゴシゴシすんなって。そのうち治るから」

 

 

夜明けの庭園に体育座りをする俺とフィン。

 

フィンはいまだに目を抑えている。

 

ちょっと光源を強くし過ぎたか?

 

 

「まったく。僕の面目が丸潰れだよ。単純な体術でボコボコにしてあげようと思ったのに」

 

「え、俺を単純な体術でボコボコにしようとしてたの?」

 

「キミが1人で全てを抱え込まないようにね」

 

「確かにボコボコにされたら何も抱え込めませんね」

 

 

心配してくれてるの?

それとも苛立ちをぶつけようとしているの?

 

俺、分からない。

 

 

そんな戸惑いを見せる俺に、フィンが小さくため息を吐きながら、優しい声音で呟き始める。

 

 

「…1人で行くのかい?」

 

「…ん。1人で行く」

 

 

それは腹の底にそっと落ちるような問いかけ。

 

ほんの少しでも気を抜けば、俺はフィンやアイズ達に助けを求めて泣きついてしまうだろう。

 

ほんのりと柔らかい風が吹いた。

 

その風に乗せて、フィンは俺に問いかける。

 

 

「責任…、とは違うよね。…カズマ、キミは何を抱えているんだ?なぜ僕らを頼らない?…少なくとも、僕らはカズマの背中を支えることくらいなら出来るはずだ」

 

「……。支えてもらっちゃダメなんだよ。俺はそれに頼り切っちゃうからさ。……俺はただ…」

 

「…?」

 

 

陽が昇り始め、身を潜めていた影が大きく姿を現わす。

 

()()()()で浴びた陽の光は嫌に明るくて、怖くて、不安で…。

 

俺を否定するかのごとく、影だけを長く伸ばしていたっけ。

 

ゲーム明けの頭で、こんな俺が生き続ける理由を探して、それでも何かを変える勇気がなくて。

 

その苛立ちを向ける相手も居なかった。

 

 

だが、()()()()は違う。

 

 

喧嘩ができる相手も居る。

 

笑い合える相手も居る。

 

陽の光を共に見上げる相手も居る。

 

バカをやって笑ってくれる相手も居る。

 

…。

 

何より、頼ってくれる相手が居る。

 

 

だからこそ、俺は俺を認めてくれたこの世界をーーーー。

 

 

 

「ーーーこの世界を…、あいつらを、街を、神を…、全部守りたい…。俺の全てに代えても」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

 

 

ーーーこの世界を…、あいつらを、街を、神を…、全部守りたい…。俺の全てに代えてもーーーー

 

 

 

 

彼の背中越しに聞こえた言葉が、夜明けの空に小さく消えていく。

 

中庭で行われていたカズマとフィンの喧騒を遠くから眺めていた私は言葉を失った。

 

いつものように笑ってダンジョンを歩くカズマの姿と、瞳を滲ませながら、薄い瞼の裏でゆっくりと言葉を紡ぐカズマの姿があまりに乖離していて。

 

 

カズマは、私達を頼ってくれないんじゃない。

 

 

私達を守りたいんだ。

 

 

「……っ」

 

 

気づけば頬に涙が溢れていた。

 

どうして私はこんなに弱いんだろう。

 

強くなってカズマを守ってあげようと誓ったのに、いつもいつも守られてばかり。

 

全てに代えても私達を守ると言った彼の背中は、特段に大きなわけでもない普通の男の子。

 

冷たい風が私の金糸を泳がせる。

それを抑えつけようとすることもなく、ただただ私は彼を見つめ続けた。

 

 

彼はーーー。

 

カズマはいつも笑いながら、暖かい手と柔らかい笑みで幾ばくかの日常を過ごす。

 

そして私も、彼の日常に巻き込まれながら。

 

 

 

普段は見せない、カズマの少しだけ強張った背中を見つめて、私は、()()は静かに息を飲むことしか出来なかったーーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 


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