この素晴らしいダンジョンに祝福を!   作:ルコ

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背中の翼に輝きを

 

 

 

 

 

 

 

リュックに入れた文献を再度確認する。

そこには黒龍を討伐した記録どころか、生体から特徴、種別、属性に至る情報まで、全てが不明と記されている。

過去の戦闘では、黒龍が暴れまわり、破壊の全てを尽くした後にダンジョンの深くへ帰って行ったと残されているのみ。

 

結局、当時の二大ファミリアであるゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアをもってしても倒せなかった黒龍ってのはどんだけ強いんだ?

 

鋼鉄の皮膚だとか全てを焼き払うブレスだとか、どれも情報の信憑性にかけるし…。

 

……まぁ、攻撃あるのみか。

 

逃げて逃げて、転げ回ってでもエクスプロージョンを放ちまくる。

 

勝機があるならそれくらいだろう。

 

 

「…」

 

 

バベルの入り口は普段と違い、人の雑踏がまったく無い。

昨日の内に建てておいた立入禁止の立て札の効果であろう。

 

深呼吸をひとつ。

 

出来る限りの準備はしてきた。

持てるだけの爆薬と魔剣。

考えられる策もいくつか用意している。

 

今もなお、アクシズ教徒は金貨を持って黒龍の元へと深層を進んでいることだろう。

 

願わくば、寝すぎた黒龍がダラダラとしていてくれることを希望。

 

 

「…よし。どんどんどーなつドーンと行こー!!!」

 

「なに言うてんの?」

 

「ぬわ!?」

 

 

と、俺の背後から聞こえるエセ関西弁。

 

振り返らずとも分かるその正体は、俺のやる気を削ぐように、ケラケラと笑いながら現れたロキだ。

 

 

「なになに?どーなつってなに?」

 

「う、うるせえよ!そんなことより!なんでおまえがここに居るんだ!」

 

「神やもん」

 

 

ぬへへ、と笑みを浮かべ、ロキは俺の肩にポンと手を置く。

俺はロキから目を逸らし、何の気なしにその手を振り払おうとした。

 

だが。

 

 

「ほんで、カズマの親やもん。つまりはお母さんや。子供を心配するのは当然やろ?」

 

 

なんて、優しく俺の弱い所を突くものだから、俺は振り払おうとした手をポケットに戻し、不貞腐れたように精一杯の強がりを見せることにした。

 

 

 

「…っ。こ、子供扱いすんな!それに俺の親を名乗るならその断崖絶壁の胸板に山を盛ってこい!」

 

「おまえ何つったこらぁ!!!」

 

 

 

.

……

 

 

 

「胸はあかん。胸についてはあんまり言うたらあかん」

 

「ごめんごめん。そんなに気にしてるとは思ってなかったよ」

 

 

暴走したロキに付けられた引っ掻き傷をさすりながら、俺はロキに促されるようにバベルの塔の入り口で引き止められる。

 

水を差されて失う気力に辟易としながら、俺は仕方無しにロキのたわいもない会話に付き合うことにした。

 

 

「…カズマがこっちの世界に飛んできて、もう1年も経つやんな」

 

「なんだよ急に…」

 

「んや、少し感慨深くてな」

 

 

そう言うと、ロキは細目のままにコロコロと笑いながら、そびえ立つ塔のさらに上を、雲の少ない夜明けの空を見上げた。

 

 

「神にとって、1年なんてあっという間や。それこそヒューマンに換算すりゃ、1週間も経ってない程にな」

 

「…」

 

「だけどな?…この1年は今までに無いくらいに長くて、あっという間な1年やったん」

 

「なんだよ、それ」

 

 

長くてあっという間。

またコイツは訳の分からない事を言っている。

いつものように、高齢化によるボケが始まったのか?なんて笑い飛ばしてやっても良かったが、そよそよと語るロキの真剣な口調がそれを許さなかった。

 

 

「ようはアレや。…、おまえのおかげで楽しませてもらったってことや。みなまで言わすな恥ずかしい」

 

「…ああ。それは何よりだよ。酔狂な神々が楽しんでくれたなら、俺もこの世界に飛んできた甲斐があったってもんだ」

 

 

普段と同様に軽口を叩き合う。

ロキには俺の未来が見えているのだろうか。

それとも俺の行動を予測している?

どちらにせよ、ほんの幾ばくかの些細なやり取りが、心の隙間を次第に埋めていく。

 

神さまってのは意地の悪い奴らだ。

 

いつだって俺たちの事を優しく見守ってやがるんだから。

 

 

そして、ロキはそっと目を閉じ祝詞を紡ぐ。

 

 

「バカだけど可愛いウチの子供に、どうかご加護を」

 

「…ん。ありがと。じゃあ行ってくるわ」

 

 

神々しいなんて言葉は似合わない。

どちらかというとお節介?

でも、そんなロキのお節介のような優しさに、ビビリ腰で丸まった背中をしっかりと叩かれた気分。

 

 

ゆっくりとバベルの入り口へ歩きながら。

 

 

俺は一言、ロキへ振り向き言葉を送る。

 

 

 

 

「ソーマの神酒を勝手に飲んでごめんね」

 

 

「んじゃとボケぇぇ!帰ってきたらぬっ潰す!!!」

 

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

で。

 

物静かなダンジョンを歩む事数時間。

デストロイヤーの時と同様に、モンスターとの遭遇率が低いダンジョンは、どこまでも暗くてつまらない。

 

いや、あんまり強敵との戦闘を前に体力を減らしたくないからいいけどさ。

 

ゴブリンとか出たら即逃げですけど。

あいつらは強いからね。まじで故郷のヤンキー思い出すくらいに容赦を知らないから。

 

 

「…と、この縦穴を降りれば18層か」

 

 

ひゅーーーと風が渦巻く穴を覗き込み、今のステータスなら捻挫もしないと理解はしてるが、やはり肝がふわりと冷える。

 

よくもまぁ、アイズたちはこんな高い所から意気揚々と飛び降りれるよな。

 

俺なんて未だにロープを使ってるってのに。

 

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 

ショートカットも楽じゃないぜ。

だがこのペースなら3日と掛からんだろう。

18層と50層でキャンプを張れば、あとは黒龍が暴れているであろう層まで一気に降る。

 

…実際、黒龍が何層に居るのかも知らないけど。

 

 

「…ふむ。ご都合主義な物語なら、思い出の地で感慨にふけってりゃ敵さんから出向いてくれるものだが…」

 

 

と、呟きながら到着した18層。

 

リヴィラの街は賑わう事なく無人である。

事前にボールスとディックスに伝えておいたためだ。

 

最初こそ、『俺たちの街は俺たちで守るぜ!なぁ、おまえら!!』とか言ってたクセに…。

 

蓋を開ければファッション荒くれ者供は逃げましたとさ。

 

ちょっとは助けてくれると期待してたのに。

回復薬とか寝床を用意しておいてくれるとかさ。

 

 

「……む?」

 

 

不貞腐れながら、俺は街の一角に造られたチンチロ専用小屋に目を向ける。

そこにはお粗末な建屋の壁に設けられた木枠のボードが貼り付けられていた。

 

汚い文字が拙く浮かぶメッセージ。

 

 

 

【信じてるぜ英雄《アルゴノゥト》!】

 

 

 

……。

 

 

信じてるなら逃げなくてイイじゃん。

 

 

 

 

 

✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

 

50層ーーー。

 

現在確認されている中で最も深い場所に位置する安全階層《セーフティーポイント》である。

以前にリューと来たときは特段に長居する必要がなかったために、こうして50層をゆっくりと歩くのは新鮮だ。

 

灰色に染まった木々と途切れる事なく流れる青い水流。

 

深層に施された最後の癒しと言わんばかりに、ココは優雅に人の心を和ませる。

 

デートには打って付けの場所じゃん。

 

まぁ、数少ない冒険者にしか訪れることは出来ないだろうけどさ。

 

 

 

ゴォォォ……。

 

 

 

ふと、先程から時折聞こえる轟音と、身体を硬直させる地揺れ。

 

52層から58層にかけて、ヴァルガング・ドラゴンによる地面をも突き破る砲撃を受けたことがあるが…。

 

 

「それの比じゃねえな…」

 

 

果たしてこの50層とて安全かどうかは考えるまでもない。

少なくとも、ヴァルガング・ドラゴンの砲撃がこの層まで轟く事は無かった。

 

これだけ豊かな深層の安全圏をも脅かすモンスター。

 

 

ふと、心臓の鼓動が早くなる。

 

 

周囲を囲む灰色の自然は音も無くただただそこに在り続けた。

 

 

目を閉じると、ロキ・ファミリアの面々が、この自然を満喫しながら騒ぎ暴れる光景が浮かぶ。

 

 

木に寄りかかって眠るベート。

 

水を掛け合うティオネとティオナ。

 

静かに微笑むリヴェリア。

 

ちょこまかと動くレフィーヤ。

 

ビン酒を傾けるガレス。

 

呆れた様子でため息を吐くフィン。

 

 

 

そして、小さな笑みを浮かべ俺に手を差し向ける華奢な少女。

 

 

 

表情の柔らかくなったアイズが、俺に向かって何かを呟く。

 

 

 

…あ?聞こえねーよ。

いつも言ってんだろ。

大きな声で喋れって…。

 

 

 

『…カズマ、私も……』

 

 

 

と。

 

幻想の中でアイズの声が聞こえてきた瞬間に、足元から理解を覆す程の大きな揺れが轟音を伴って発生した。

 

それはデストロイヤーが地面を蹴って起こすような揺れではなく、まるで地面を割って、深い位置からマグマが溢れ出るような揺れ。

 

 

揺れの正体を突き止めるために、慌てて千里眼を発動させる。

 

 

「っ!?!?」

 

 

冷や汗が止めどなく流れる。

 

 

驚愕のあまりに、俺はその場で思わず立ち尽くしてしまう程に。

 

 

千里眼なんて必要がない。

なぜなら、モンスターを千里眼で捕捉する前に、そいつは驚愕の圧力と大きさを持って現れたから。

 

その影は、俺の知ってるドラゴン系のモンスターの大きさを遥かに凌駕していた。

 

これだけ広いダンジョンを所狭しと、下から層をぶち破ってきたそいつは、広げると100mはあろう両翼を羽ばたかせる。

 

 

地面が割れ、俺の身体は宙を浮く。

 

 

その時に、俺の身体程ある瞳と目があった。

 

 

フシュゥーーーーっ!!!!!と、荒い鼻息がさらに俺の落下を加速させる。

 

 

「…っ!こ、こいつが…、黒龍!?!?」

 

 

このまま落下したら死ぬかもしれないと言うのに、何を呑気な事を言っているのだろう。

俺が取るべき行動は、この浮遊状態から早く逃れること。

 

それにも関わらず、驚嘆の()()が俺の思考を停止させるのだ。

 

 

黒龍…。

 

唯一の核心は黒い龍って事だったはずなのに…。

 

その正体はーーーーー

 

 

 

「…き、()()じゃねえかーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 


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