「…ほんとになれちゃった、鬼に」
ヒーローものの番組で、主人公が初めて変身した時のような反応をすることりは、やっぱりみんな、こんなリアクションをするもんなんだなと思っていた。海未が見せた鬼の姿とは違う、白い姿、そして額に輝く白鳥の紋章を、木漏れ日がより鮮やかに映し出している。それを汚さんとばかりに、コダマが襲い掛かってくる。
「ことりちゃん油断しないで!」
「平気へいき!魔化魍なんて、みんなことりのおやつにしてやるんだから!!」
いつになく自信ありげにコダマを正面から迎え討とうとすることりに、凛たちは、頼もしさはおろか違和感すら覚えていた。二人はある結論に達し、本人に問いかける。
「…ことりちゃん、何か勘違いしてないかにゃ!?」
「え?」
「う、海未ちゃんが魔化魍に勝てたのは、魔化魍を退治した経験があるから、あくまで戦い方を知っているからなわけで」
「鬼になればどんな攻撃も聞かなくなるとか、一撃で魔化魍を木っ端みじんに出来るとか、そういうわけじゃないにゃ!」
「…え?」
しかし時すでに遅く、コダマの拳を直に食らったことりは、悲哀のこもった叫びとともに木々を次々と粉砕しながら、延々と続く森のはるか彼方へと飛んで行った。
「早くいってよぉぉぉぉぉぉ…」
「ことりちゃん!」
「だ、大丈夫にゃ。あれだけ図太い精神力ならそうそう死なないにゃ」
ことりの裏の顔をすこし覗いてしまった二人。でもある意味一番鬼に向いてるのかもしれない。その秘めたる才能を早々に開花させることが出来るとは、流石親鳥抜け目のない。
「…ってことは」
「今度の狙いは」
「凛たち!?」
もちろんだ、と言わんばかりの咆哮。さきほど消えていった仲間とそっくりに、一目散に逃げる、逃げる、逃げる…。
「…あれ?」
なんとかまくことに成功し木の陰に隠れた凛であったが、気づいた時には一緒にいたはずの花陽の姿はなかった。とはいえ、むやみやたらに歩き回ることは自殺行為であるのは明白だ。それゆえに凛はその場から一歩も動けずにいた。
「どうしよう、もう使う時が来ちゃったよ…」
凛には、真姫からすでに変身音叉・音角が手渡されていた。二人の仮説は、たった今のことりの変身によって証明された。つまりおそらく凛も、海未やことりのように鬼にはなることが出来る、凛自身にもそれは分かっていた。ただ、
「…自信ないよ」
魔化魍退治というものは、常に死と隣り合わせである。高校二年生、まだ16歳の彼女には、今の自分が消えてしまうことへの実感のなさ、不安を感じずにはいられなかった。
「あの時から、何にも変わってない…」
自信のないことに関して、いつも卑屈になる自分を嫌悪する凛。μ'sのメンバーとして過ごしていく中で、自分は少しずつ変われたと思っていた。穂乃果たちが不在の中、臨時のリーダーを務めたあの日。新しい自分を受け入れることのできたあの日から、強い自分になれた気がしていた。今の姿を見て、あの時の私はいったいどう思うだろうか。
『みんな言ってたわよ。μ’sで一番女の子っぽいのは凛かもしれないって』
『そんなこと...」
『そんなことある!だって私が可愛いって思ってるもん!抱きしめちゃいたいって思うくらい、可愛いって思ってるもん!』
思い出されるあの日の記憶。μ'sで出会った少女は人知れず人類の平和のために戦っていた。小さい頃からの幼馴染とは、背中を押しつ押されつ、互いに支えあって成長してきた。そんな仲間たちの危機を、今救わないでどうすると、凛は逡巡する。
「…また変われるかな」
ぽつりと呟く。
「かよちんを見つけよう」
極限状態の中で、このたった一つの想いだけが凛を突き動かしていた。その頃花陽は、先ほどの衝撃の跡をたどってことりを探していた。
「…どこまで飛んで行ったの?」
すでに20本を超える倒木を通り過ぎた。いま花陽のいる方向から、ひたすらまっすぐに続く一本の道。笑えない危機的状況であるにもかかわらず、それはあまりにもシュールな光景だった。
「おい」
背後からいきなり声をかけられる。この森に迷い込んだ人間が他にもいたのか、そう思って振り返る。
「お前、あの白い鬼と一緒にいた女だな?」
さっきの魔化魍が、自分に向かって話しかけていた。
「あいつらから聞かされてないのかよ、ヒトの言葉を理解できる妖怪がいるんだから、そりゃ魔化魍だってヒト語を話す個体はいるって…って気絶しちゃった」
どうしよっかなー、とコダマは軽々と花陽を抱え上げ、自身がなぎ倒した木々をなぞって歩き始めた。
「待って!」
倒木を見つけ、花陽と同じ考えでそのあとを辿っていた凛が、再びコダマと対峙する。
「君も一緒にいた子だよね」
「!…魔化魍が喋って」
「あー、うん。俺たちも進化するんだよ、一応。あと君には悪いんだけど、この子とさっきの白い鬼、貰っていくよ」
「そんなこと出来るわけない!何でそんなことするの!!」
「なんでって…そりゃあ、鬼を消して、人間も消して、俺たちの平和を取り戻すためよ」
魔化魍、コダマの話はこういうことであった。俺たちはもともと、この世界に存在していて存在しなかった、矛盾を抱えた生命体であるということ。なぜなら自分たちは、この世界で言う、森羅万象そのものであったからだ。そして彼らの気が付いた時には、その世界の一部分が異形の怪物と化していた。目的はただ一つ、人間を殺し、自然の脅威を消し去ること。
「俺も昔は、ここにあった森の木だったんだ。その幻をお前たちに見せているわけ」
魔化魍は人間を殺すことによって、自分たちの居場所を守り続けていた。しかしある時から、その魔化魍を浄化すべく立ち上がった者達によって、魔化魍は徐々に姿を消していった。
「…それが、猛士?」
「そゆこと」
「で、でもなんで二人を。それには関係のない二人でしょ!?」
「うーん、何だろうな。まあ、あんたら鬼にはね、俺たちの仲間結構やられちゃっているのよ。その中でこの間のサトリちゃんはもう勲章ものだったね、そのあとすぐやられちゃったけど」
海未ちゃんのことだ。あれから彼女とは一度も会っていない。凛はすでに、海未がなぜ私たちに嘘をついていたのかがなんとなくわかっていた。だからすぐに納得したし、こうして猛士に所属する決心が出来た。
「で、俺たちをつくった奴らが、その鬼についてもっと調べる必要があるっていうんで、鬼の回収を命令されてるんだ」
私たちは、環境問題やその他世界のことを、どこか他人事に感じがちである。それは、視覚や聴覚で痛感していないから。人間は、「痛み」に触れることで初めて、それに対して強い印象を生み出す。それがトラウマであったり思い出であったりになる。しかし、もうそんな余裕はなくなってしまったようだ。今確かにこうして、私たちの住処によって排除されようとしている私たちがいるのだから。
「まあ、私たちってのがそもそもの傲り高ぶりってやつだ。えっと、諸行無常ってやつだよ、全ては不変であるってやつ。何でみんな、覇権を握ることにそう固執するかねえ」
きっと魔化魍の正体は、地球の意思だ。地球からの警告を再三にわたって無視し続けた私たち人間に、直接裁きを下そうというのだ。
「だからごめんな。お前たちを憎むなんてのはお門違いかもしれんが、こうでもしなきゃ死んでいった仲間が報われないんだわ」
審判の日は近い。きっと近いうちに、今は水面下で繰り広げられている危険が姿を現してしまう日がきっと来る。それを止める権利は、我々人間にはないと思う。
「でも」
「ん?」
凛にはどうしても、ここで絶対に諦めたくないという衝動に駆られていた。
「人間は変われるんだよ!いい方向にも悪い方向にも。でも、どうすればいい方向に進むかなんて誰も教えてくれない。だって自分で信じた道を進むことは不安だから。誰かが敷いたレールの上の方が安心するから。私たちはまだ変わることが下手くそなだけ。その気になれば、誰だって未来を変えられるんだよ!!」
私は、その力とその可能性に賭ける。だからそれまでは
「私も私の信じる道を行く。ことりちゃんとかよちんは、あなたになんか渡さない」
「…へぇ、お前も鬼だったんだ?」
きっと私だけの力なんかじゃ、コダマの言う通り人類は魔化魍によって滅ぼされてしまうだろう。しかしいつまでも傍観しているほど馬鹿ではない。危機が迫らないと団結しないのはどうかとは思うが、もしそうなった場合はきっと一つになってくれるはず。私もその一人として、今はとにかく自分が正しいと思うことをしたい。
「…いくにゃ」
響く音叉の音が、期待で胸を熱くする。額に浮かぶ猫の紋章。黄と青緑が織りなす二色の光が、凛の身体を鬼へと変えていく。その輝きによって、不思議と力が湧いてくるのが分かった。戦う宿命を自ら背負った戦士は、高みを目指して鬼に変わる。
「あんまり喧嘩とか好きじゃないんだよなあ…、まあいいか」
コダマは、抱えていた二人を木の上に放り投げ、両手に岩のような鋭い剣を構える。
「お前も回収するまでだ」
この森に迷い込み、延々悩まされ続けてきた蔦がまた凛を襲う。
「安心しろ、一思いにやってやるからよ」
シュルシュルと勢いよく伸びる蔦が、凛の自由を奪わんと絡み
「無駄にゃ」
…つかない。縦横無尽に駆けずり回っていた蔦が、跡形もなく姿を消してしまった。
「な…!?馬鹿な!」
何度も伸び続ける蔦。しかしそれらは、全て凛の身体に触れることすらも敵わず散っていく。
「もう終わりにゃ?」
「…まいったな」
剣を構え、自ら攻撃を繰り出そうと接近を試みるコダマ。前方の敵に向けて走り出そうと、足に力を籠める。すると凛も両手にマラカスを構える。
「なるほど、それがお前の音撃武器か。試してやるよ」
両手の剣を、凛を切り裂かんと振り下ろす。が、紙一重のところで躱される。
「早いな」
剣撃が休むことは無く、次々と繰り出されるが、それを全て交わしていく目の前の小娘。そして、つい大振りになって隙が出来た一瞬の出来事であった。
「音撃欧・電光石火」
背後に、彼女がいた。
爆発かと錯覚するほどの強い衝撃がコダマを宙高く放る。あまりの破壊力に、思わず剣を手放す。体勢を変えようとするが、眼前に追撃に向け構える鬼の姿が見えた。
「…こりゃあ駄目かもなぁ」
宙に浮いた体が、真っ逆さまに地面に落下する。その威力は、放たれた一撃によって穿たれた地面が証明していた。
「…やった」
木にぶら下げられたことりと花陽を救出する。
「この森からでなきゃ」
すると空から何かが鳥のようなものが下りてくるのが見える。
「…そっか、かよちんが」
ディスクアニマルの一つ、アカネタカ。花陽は気絶する前に、これを使い空から脱出経路を見つけようとしていたのである。
「じゃあ見つけたんだね!この森から抜け出す方法!」
アカネタカが鳴いた。凛は鬼のまま二人を担ぎ上げ、アカネタカが飛ぶ方向へと付いていく。しかし安堵しつつも凛は、脳裏にひとつだけ引っかかることを残していた。森から抜け出すとはいっても、この森はそもそも存在していなかったはずなのだ。そしてこの森は、コダマが作り出した幻、ということは。
「そんなにたたきつけることは無いだろ」
コダマは、まだ倒されていなかった。構えようとするも、そんな気力も体力も残っておらず、かろうじて鬼の姿をとどめておくので精一杯の状態だった。
「あ、いいよもう。俺も今は戦う気無いから」
徐々にコダマの姿が消えていく。
「ま、待って!」
「安心しろ、そのうちまた相手してやるさ。ま、俺を追い詰めたご褒美ってわけじゃないけど、一ついいことを教えてやる」
森が消え、見慣れた町が姿を見せ始める。
「オロチが来る」
「…オロチ?」
「白い鬼の母親に聞きな。お前たちの日常は、もうすぐ崩れ去る」
邪悪な気配が消え、東の空には少しずつ陽が差し込んでくるのが見えた。それと同時に、凛も意識を失った。倒れる三人、凛は薄れゆく意識の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
「り、凛!あんた何その恰好…ことり、花陽も何でこんな所にいるのよ!?」
「その…声…」
「救急車すぐ来るから、しっかりするのよ!」
『いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない!笑顔にさせる仕事なの!
それをよーく自覚しなさい!』
その人は、誰よりもアイドルを愛し、μ'sを愛していた。
「…にこちゃん」
傷だらけの再会は、世界崩壊のカウントダウンを、またさらに加速させる。
にこ、襲来です。次回からまた急展開。
次回、「瞬く影」