ナツキたちが指令を受けて2時間後。作業員待機室では、3人がいまだに固い表情で、作戦書を読み込んでいた。一応は作戦なので情報班ができる限り成功率の高い、時間設定、行動予定を決めている。しかし、ところどころに無茶なことは書いてあるのがこの作戦書であった。
たとえば、ドラゴンと遭遇した場合の対処法であるが、通常はできるだけ距離を取り、逃げる。そして自衛隊の戦車砲に座標を伝え、支援要請を行う。これでもダメなら撤退。通常の自衛隊員他、作業員もこのプランで動いている。
しかし、この作戦書は違う。とりあえず逃げるところまでは同じである、しかし新宿総合病院は屋内。戦車砲の支援がない。そのため、殲滅する手段はないのだが、作戦書にはこう書いてあった。
<支援銃撃、支援魔術の行使後、接近戦を行う。装甲殻を破壊し、損傷部位を集中してドラゴンの殲滅まで攻撃を続ける>
つまり、20班単独でのドラゴンの撃破を求めているのがこの作戦書であった。S級のガトウやナガレでさえ安全にドラゴンを処理することが厳しい中、A級のナツキ達がそのような脅威に無傷で戦えるはずはない。それを理解できないムラクモ司令部ではないのだが、物資の減少と棗の焦りは、そんな作戦を決行させるに十分であった。
「どう考えても、神頼みに近い作戦……。こんなのを僕たちにやらせようって司令部は正気なのか!!」
黙りこくっていた20班であるが、とうとうシュウが怒りを抑えきれずに立ち上がる。叫んでもどうにもならない現状なのは理解できているが、いつも陽気な彼からは程遠い焦りの表情を見せていた。
シュウの気持ちをナツキやレンも痛いほど理解できていた。ただ、結論からするといま彼ら以外の戦力が補給作戦に向かうのも厳しい状況であり、やらざるを得ない任務なことも理解できていた。
また静かになる待機室。だがそこに外からノックの音が響いた。それと同時に入ってきたのは、自衛隊のイコマ、サスガの二人。今回の自衛隊のサポート役の二人であった。
「あちゃあ、元気がなさそうだね。まああんな任務じゃ仕方ないけど」
「まあリンみたいに激しく暴走するよりはいいんじゃね」
いきなり入ってきて、好き放題言い出す2人。それほどまでに20班は暗かったのだが、なぜか自衛隊の2人は明るかった。
彼らの様子に、少し毒気を抜かれた3人であった。そんな風に雰囲気を変えた中でさらにサスガが語りかける。
「で、俺たち自衛隊2人も今回の物資捜索作戦に参加するのは知ってるよな」
「ああ、そりゃ。けどこれはドラゴンと交戦したら死ねって言われてるような作戦だ、僕らはどうすりゃ」
イコマたちが来たとはいえ、状況は何も変わっていない。やっぱり落ち込み気味のシュウだが、そこに考えていない言葉が降りかかる。
「やばけりゃどうにか逃げればいいんだよ。俺たちだけで何とかするなんてどうせムラクモ総長さんは考えてない。そうだろ。イコマ」
「ああ、俺たちの力でやれることをやればいいんだ、そしてお前らには俺たちにない力があるんだし、なんとかなるさ」
いつの間にか、休憩室のコーヒーを手にしながらイコマも20班に語りかける。特殊な力がないのにもかかわらず落ち着いている2人。そんな2人の様子は、慌てふためいて落ち込んでいた20班が滑稽に見えるようだった。
「それもそうね。できるだけ、身を隠して逃げれるときには逃げて。私の氷の力があればちょっとやそっと、なんとかなるでしょうし」
「そうそう、そんな感じ、俺にも女神様と会うまでは死ねないって目標があるんだし。」
少しやる気を出したレン、それに軽口をたたくサスガ。先ほどまでどんよりしていた会議室はだんだんと明るい雰囲気になっていく。
「だね。みんなのために頑張るチャンス。希望のために頑張るチャンスなのだから、私たちが頑張らなきゃ」
「で、どうやってやる。この見取り図だと正面から攻めるしかないように見えるんだけど。さすがにそれは無謀だろ」
ナツキやシュウ皆がやる気を出し、見取り図を皆で真面目に囲みだす。そして議論は白熱していく。
「ああ、そこは別の部隊が陽動してくれるよ。確か救護専門部隊とか言ってたけど、まだそんなに外に出れてはいないが優秀な奴らさ。かれらならやってくれるさ。」
「じゃあ、突入はいいとしよう。ラビやブルーグラスは?」
「それはお前ら、何とかできるだろ。帰りは逃げかえることを優先しておけば」
「じゃあ、次ね」
それからずっと、待機室の明かりは就寝時間まで消えず、まわりの作業員たちは初めは落ち込んでいた20班がやる気をとり戻したことを知り、最初は喜び、そして就寝時間付近まで続く会議に文句を言うのであった。
そして夜が明けた。
地下シェルター前には、準備ができた2人の自衛隊員が待っていた。いつもと同じようだが、少し大きめのバックパックを背負い、できる限りの準備をした格好である。出発の30分前であり、そろそろ集合の時間だがまだ20班の姿はなかった。
「で、あいつら、今回は本気の準備をしてくるって言ってたけどなにをしてくるんだ?」
昨日の会議の後、20班の3人は今まで以上の準備をしてくると言って会議を終わらしたのだが、2人にはどんな準備かは伝わっていなかった。
「さあ、けど彼らがやることは想像ができないことばっかりだからね。ちょっと楽しみだよ。」
そんな2人が軽口をたたきあうこと10分ほど、3人がやっと姿を現した。
最初に来たのはシュウであった。彼はいつもの学ランではなく、忍び装束。どこに置いてあるのかわからないような古めかしい格好でやってきた。
それを見て面食らったイコマたちだが、とりあえず聞いてみる。
「やっと来たか。でシュウ。それはいったいなんなんだい…」
「ああ、これね。実家の伝統ある装束さ。いつものムラクモ戦闘服を中に着込んでいるけど、これを着ないと本気って気がしなくてさ、何とか避難時に持ち込めたんだ」
実家に忍び装束がある家、そんなものが現代にまで残っていたことに驚きを隠せない2人。だが、そんな彼らの前にまたまた変な恰好をしたレンが現れる。
「あら、シュウ。あんたそんなもの持ってたんだ。珍しいわねぇ」
そんな風に、シュウをめずらしがる彼女だが、白衣に緋袴、そして千早を羽織るその姿はまさしく巫女そのものであり、これまたいつもの学生服の姿とは違う、神聖な雰囲気を醸し出していた。
準備と聞いて何かしらの装備と思っていた彼らの想定外のものが次々と現れ、驚きを隠せないイコマたち。
「お前ら…それが準備なのか………」
「ええ、そうよ。清めた衣のほうが力は出るの。」
「一応ご先祖様から引き継がれてきて、ある種の術がついているとも聞いているんだけどね」
しかもそれは、本当に準備らしい。あっけにとられていた2人だが、まだ一人来ていないことに気付く。
「さすがにナツキさんはまともな準備だよな…」
そう思っていた2人だが、その期待は見事に裏切られた。
「お待たせ。ちょっと準備に時間がかかっちゃって」
そういって現れた彼女もまたとんでもない格好であった。刀を腰に差し、黒い着物に身を包む。腰の帯は朱色。どう考えても戦闘に行く恰好ではない。
「えっと…ナツキさん?その恰好は…」
「我が家に代々伝わる戦装束らしいの。敵が攻めてきた際はこの上に鎧を着ていたようですが、潜入作戦ですし」
そういって、笑顔で返してくるナツキ。そう言われて返せなくなる2人。
「じゃあ、いきますか」
忍者が号令をかけ、シャッターの扉が開いて行く。
そこに続いて行く、巫女さんと黒づくめの武士っぽい女性。
そして、その後ろを迷彩服で進む自衛隊員。
見送りに来た、作業員も自衛隊員も大変な任務の見送りだというのに笑顔に包まれていた。
そしてある自衛隊員は後にこう述懐した。
「あんときは、8月のお祭りかと。巫女さんと忍者がドラゴン退治って」