Track.1 プロローグ
あたしは最後に、地下室の扉を閉めて鍵をかけた。
どうせ、前からあたししか使ってなかった部屋。
住人は最早あたしだけなのだから、鍵を捨ててしまえばもうこの部屋を開けることもないだろう。
あたしは扉に背を向け、1階へ続くコンクリートの階段を登った。
“ELISU”と書かれた、ピンクと白のプレートが取り付けられているドアを開く。
薄暗い部屋の中から、猛烈な臭いが吹き出す。
錆びた銅のような臭い…
愛する妹から溢れ、飛び散った、赤々とした血の匂いだ。
そっと頬に手を当てる。
雪のように白くなった肌。
着替えた服が血まみれになるのも厭わず、あたしは妹の亡骸を抱き寄せた。
「あたしもすぐに行くからね…」
あたしは、側にあったナイフを手に取った。
妹が自らの喉に突き刺し、刃の部分は真っ赤に濡れていた。
同じナイフで死ねば、同じ所へ行けるかも知れない。
本当のところは分からないけど、どうせ死んでしまえばもう考える事もない。
「待っててね、エリス…」
あたしは、自分の喉にナイフの先を押し当てた。
………………
……………
…………
………
……
…
私の一日は、目覚ましの電子音で始まる。
画面に表示された停止ボタンをタッチし、駄々をこねる身体を無理矢理起こす。
午前5時。
外はまだうっすらとオレンジがかっている。
この家の家事は私の担当。
朝ごはんも私が作る。
正直、朝ごはんくらいコンビニで済ませても良いのだけれど、やっぱり手作りの方が健康には良い。
と言っても気の利いた料理を作れるわけでもなく、メニューはトーストに目玉焼き、それにコーンフレークかスープ。
至って平凡な朝食を、家族分作るのだ。
「いただきます。」
セーラー服を身につけ、その上にグレーのコートを羽織る。
教科書類が入ったカバンとマフラーを手に、私は外へ出た。
玄関の鍵をかけ、学校へ向かって歩き出す。
歩いておよそ30分。
進学がメインの、公立の普通高校だ。
いつも早めに登校し、静かな教室で読書や友達とお喋りしている。
7時ぐらいに家を出るのが一番良い。
大体道の中程で、いつもの友達に会う。
「おはようさくらちゃん!」
「おはよう。」
綾瀬ちゃんとは3年間同じクラス。
転校してきた時、真っ先に声をかけて色々助けてくれた。
それ以来、お互いの事を話し合う親友になった。
「さくら」というのは、桜ノ宮という私の名字から来ている。
「今日から3年生かー。さくらちゃん、なんか勉強してる?受験の。」
「いや…あ、でも参考書は買ったよ。」
「えらいじゃない!で、やってみた?」
首を横に降る。
「…まだ袋に入ったままなの。」
綾瀬ちゃんはそれを聞くと、大口を開けて笑った。
「分かるな〜それ〜。私もね、特に親が買ってきたやつなんてほとんどやってない。分かんないし。」
「うーん、参考書ってやたら難しいよね。」
こうやって楽しくお話しながら、私は毎朝登校している。
こういう他愛のない時間が、とても楽しいし何にも代えられない幸せだ。
私がこうやって、仲の良い友人を作れたのは、何もかもお姉さまのお陰だ。
お姉さまはとっても外向的な性格で、気さくで友達もたくさんいる。
それに勉強も得意だし、体育でも良い点を取るし、何より人気だ。
ちょっと大人しい性格の私に、お姉さまは友達の作り方を教えてくれた。
それだけじゃない。
勉強も、運動も、係や委員会の仕事を上手くこなす方法も、全て教えてくれた。
怒る時のお姉さまはちょっと怖いけど、私をここまで明るくしてくれた。
お姉さまは、私のたった1つの自慢。
私の憧れ。
私もいつか、お姉さまのようになりたい。
そう願っている。