インターホンを押した。
すぐに扉の向こうから足音が駆けてくる。
待ちに待ったこの瞬間。
「お、おはよ。」
「おはようございます、夢明希くん!」
ドアが開く。
慧梨主は俺の顔を見るなり、それはそれは嬉しそうな顔をした。
「さ、どうぞ入って下さい。」
「おじゃましまーす。」
俺は慧梨主に招かれ桜ノ宮家の中へ入っていく。
今日は初めてのお泊りだった。
「広っ!」
外見からなんとなく予想はしていたが、リビングのあまりの広さに驚いた。
「すげぇ〜…芸能人のお宅的なやつじゃん。」
「そんな…大げさですよ。」
ラジコンマニアの性なのか、ついつい頭の中でサーキットを広げてしまう。
流石に1/10じゃ広過ぎるし、ミニッツ辺りが良い感じだろうか。
「ここならラジコンやり放題じゃん。フローリングだし。」
「んふふ、良かったらこれからも遊びに来ますか?毎日会えるなら、私は大歓迎ですよ。」
「マジで?じゃあそうしちゃおっかな〜。」
いっそ京商のミニッツシリーズを一台買って、ここで二人で好きなだけ走らせても良いかも知れない。
「あはははは。なんてね、本当にそうしたらやっぱ、迷惑かけちゃうし。結構うるさいからね、フローリングで走らせると。」
妄想から現実に戻る。
さすがに人様の家のリビングでラジコンはまずいだろう。
「大丈夫ですよ。その…夢明希くんといられるなら。」
「うーん…でも、家族の人に迷惑じゃない?亜梨主とか、慧梨主ちゃんの父さん母さんとか…」
何もマズイことは言ってないつもりだった。
「家族の…人…ですか?」
途端に、慧梨主の顔がどんどん青ざめていく。
「え、慧梨主…?」
吸引機で全身の血を抜き取ってるみたいな、ヤバイくらいの血の気の引き方だった。
何か、ものすごいタブーに俺は触れたのだろうか…
「慧梨主…!」
真っ青な顔で呆然と立ち尽くす慧梨主。
その瞳には、彼女の目の前にあるものは何も写ってはいない。
「慧梨主!」
3回目で、慧梨主はようやく我に返った。
「え?あ…ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって…」
「もしかして…なんか、まずい事言ったかな…だとしたら謝るから…」
まだ顔が青い彼女の表情を観ると、とても申し訳ない気持ちになる。
「そんなことないです!大丈夫ですから!ちょっと、昨日ワクワクしちゃって…寝不足なんです。ごめんなさい、心配かけちゃって…」
見え透いた嘘なのは慧梨主自身よく分かってるだろうし、寝不足くらいであんな血の引き方は有り得ないのは俺でも分かる。
以前に試験期間に3徹かました奴もいたが、そんな風にはならない。
「そっか、なら良いけど。無理しなさんなよ。なんかあったら言ってね。」
でもこれ以上掘り返すと本当に倒れてしまいそうなので、俺は笑って信じたフリをした。
慧梨主はしばらく俺を見つめていたが、やがてぎゅっと唇を噛み締めて、そして口を開いた。
「あの…夢明希くん。」
「ん?」
「実は、夢明希くんに話さなきゃいけないことがあるんです。」
短い間にとてつもない決心をしたのが見て取れた。
「話さなきゃいけないこと?」
「私の家族のこと、なんですけど…聞いてくれますか?」
不安げに尋ねた彼女の言葉に、俺は小さな恐怖を感じた。
慧梨主と俺の、小学校時代の記憶の違い。
単に彼女の記憶力が良くないと決めつければ良いのに、未だに胸の内で燻らせ続けていた。
燻る疑念が、より確かなものになるのが怖かった。
「うん、分かった…無理しないでね。」
「あ…えへへ、ありがとう。」
とは言え、彼女の決意を確証のない俺の妄想で無駄にしてはいけない。
俺は快く受け入れた。
桜ノ宮姉妹の両親は、二人が中一の時に交通事故で亡くなっていた。
そして慧梨主も亜梨主も深い心の傷を負ってしまったと。
泣きながらその事を話し続ける慧梨主に耳を傾けてながら、俺ははある事に気付いていた。
慧梨主と再会してから、俺は一度も亜梨主を見かけていない。
とにかくうるさい奴というイメージを勝手に植え付けているが、気の弱い慧梨主を心配してクラス別で行動する時以外は基本いつも一緒にいた。
うるさいけど責任感も強かったあいつが、親を失った彼女を放って閉じこもってしまうことがあるだろうか。
ましてや、色んなグループで常にリーダーシップを発揮してた
まあ、親が死んだらそうなるもんなのか…
新たな疑問がくだらない妄想の材料にならぬよう、俺はそう自分に言い聞かせた。
夜。
慧梨主と二人で食卓を囲んだ。
好きな人と食べる夕飯は、楽しくもありちょっと緊張感があったりと、なんだか不思議な気持ちだった。
仲の良いクラスメイト達と安い食べ放題に行く時よりは賑やかさに欠けるが、充分過ぎるほど幸せだった。
「授業中にさ、ちょっと抜け出してったんよそいつ。こそっとスマホ持ってさ。ガチャでも引きに行ったかなーと思ったら、まあ割とすぐに帰って来たんよ。」
良くも悪くも、俺の同級生は面白くてヤバイ奴らの巣窟だ。
そんなところで学生生活を送れて、そして昔から想っていた慧梨主を恋人にできて…
俺は充分恵まれている。
「まあトイレかなとか思うじゃん?で、昼休みになります、またどっか行きます。そいつ何持って帰って来たと思う?」
「…え、なんでしょう。」
全く分からないと首を傾げる慧梨主。
笑いをこらえながら答えを言う。
「そいつ…フハハ…ピザ三枚くらい抱えて持って来たんよ。テイクアウトの、しかもこんぐらいでっかいやつね。」
「え、もしかして…学校にピザ…デリバリーしたんですか?」
「そーなんよ、びっくりしたわ。しかも普通に校門前に呼びつけたらしいからね。その後さすがに担任に呼ばれたけど。」
クラスで今だに語られる伝説の一つだった。
真面目な人間には下らないことだと吐き捨てられるようなバカ話だったが、慧梨主は笑ってくれた。
付き合い初めて…というよりは出逢ってから初めて見るような笑顔だった。
慧梨主も今、幸せを感じてくれているんだろうか。
身支度を済ませ、俺達は寝る事にした。
慧梨主はいつものベッド、俺はその隣に敷かれた布団に寝る事になった。
「それじゃあ、その…おやすみなさい…」
「うん…」
そう言って、慧梨主は部屋の電気を消した。
慧梨主の部屋で、慧梨主と一緒に過ごす夜。
ドキドキと胸が高鳴る一方で、急に不安になってくる。
隣のベッドで寝ている慧梨主が、いなくなってしまうんじゃないかと。
彼女の儚さと胸の中で燻る疑念から来る不安が、暗闇の中で我が物顔で大きくなって俺を苛む。
「ねえ、慧梨主ちゃん…」
「な、なんですか…?」
俺は手を伸ばし、お化けを怖がる幼子のように頼んだ。
「手、繋いでも良い?その、寝れなくて…」
ちょっと照れ臭かった。
慧梨主は毛布から手を伸ばし、そっと俺の手を握ってくれた。
俺も握り返した。
手から伝わる温もりが、慧梨主の存在を確実に伝えてくれる。
「…おやすみ。」
「おやすみなさい。」
ずっと慧梨主の側にいたい_________
そう願いながら、やがて俺は深い眠りについた。