深夜。
目を覚ますと、繋がれた手は離れていた。
まあ当然だが。
トイレに行こうと、俺は身体を起こす。
隣のベッドを見ると、そこに慧梨主はいなかった。
別になんとも思わなかった。
彼女もトイレに起きたんだろう。
俺は立ち上がり、部屋を出た。
トイレで鉢合わせするのもなんだなと思い、俺は静かに一階へ降りた。
桜ノ宮家には一階と二階にトイレがあり、一階のは玄関へと続く廊下の途中にある。
その廊下へ向かう途中に、俺は人影を見つけた。
まさか慧梨主も一階に来てたとは思わなかった。
わざわざ降りて来た言い訳を考えていると、彼女の方から声をかけてきた。
「あ…夢明希じゃない。お久しぶりね。」
ニコッと微笑む彼女のその言葉を、俺は理解できなかった。
声も、顔付きも慧梨主本人だった。
極め付けは服装で、羽織っているカーディガン以外は慧梨主と同じ。
その彼女に久しぶりに会ったみたいなことを言われ、俺は動揺した。
「何よ、あたしがここにいておかしいわけ?あたしだってこの家の人間なのよ。」
奇妙に見られたことに腹を立てたように彼女は言った。
その口調から、俺の混乱している頭はなんとか目の前にいる人物を割り出した。
「え?…じゃあ、亜梨主なのか?」
それでも、やっぱり見た目は慧梨主そのものだった。
「…何ジロジロ見てんのよ。」
「だって、まあ…その…慧梨主ちゃんそっくりだなぁと。」
「だって双子だもん。もしかして知らなかった?」
そうは言われても、やはり信じることができない。
ましてや今彼女が着ているのは、さっきまで慧梨主が着ていたパジャマとなんら変わりないのだ。
万が一パジャマがお揃いだったとしても、身体的に似てるところがあり過ぎる。
「でもさ…前は結構違ってたじゃん。割と見た目ですぐ区別ついたし。」
「小学校の頃の話じゃない。今年で18になるのよ?そりゃ成長の仕方によっては似たりもするわよ。まあ、髪型変わったっていうのはあるかもね。」
彼女はハッキリと言い切った。
そこまで言われると何も言い返せなくなるが、それでも釈然としない。
「あぁ…なんで慧梨主ちゃんと一緒にしたの?」
「さあ…なんでだったかしら。単純にポニテに飽きたのかもね。結構髪伸ばしてたけど、洗うのめんどくさかったっていうのもあるかも。」
信じた訳ではないが、それ以上疑う要素もない。
別々に見てるから気付かないだけなのか。
そう考えるしかなかった。
「で?あんた何しに降りて来たのよ。慧梨主と寝てたんじゃないの?」
「え………あぁ…いや…だって俺んち庶民だから。トイレなんて家に一個しかねーもん。トイレしに階段降りるのは…」
さっきまで慧梨主向けに考えてた言い訳を、思い出しながら俺は言った。
「素直に言いなさいよ、忘れてたって…」
「…さーせん。」
敗北を認め、俺は素直に謝った。
すると亜梨主はそれを見て笑い出した。
「え?なに?」
「いや、あんた変わったわね。随分素直になった。」
「そうかな。」
多少自覚はあるが、そんなにだとは思わなかった。
「びっくりよ。そうだ…せっかくだし、久しぶりに色々話しましょう?」
「別に良いけど。」
「じゃあ着いていらっしゃい。ジュース奢ってあげるから。」
「あ、ありがと…」
俺は、玄関に向かって歩き出す亜梨主の後を追った。
あ、トイレ…
俺達は近くの公園のベンチに腰掛けた。
奢ってもらった缶コーヒーの封を開ける。
「慧梨主とはどう?上手くいってる?」
「多分ね…俺さ、慧梨主ちゃんが初めての彼女なんだよね。だから今が良いのか悪いのか…大丈夫だと思うけど。」
「あんたなら大丈夫よ。このあたしが言うんだから間違いないわ。」
随分慧梨主そっくりだが、性格はやっぱり変わっていない。
ハキハキと、そして堂々とした感じは、やはりあの亜梨主だった。
「あ、でももうちょいお洒落に気遣ったら?オタク丸出しよ?」
「高専に染まるとこーなんのよ…自覚はあるけど。」
こういう小うるさいのも変わってなかった。
この後しばらく世間話をしていたが、やがて亜梨主は話題を変えてきた。
「…あんたに、どうしても伝えておきたいことがあるの。」
真剣な面持ちでそう言った。
「俺に?何のこと?」
「慧梨主の、恋愛のこと。」
まだ何かあるのか…というのが、俺の正直な思いだった。
親を亡くした挙句、恋愛でも何かトラウマがあるのかと。
「慧梨主と付き合う以上、知ってもらわないとね。あんただって下手に傷に触れて、あの娘を悲しませたくはないでしょ?」
「…そうだね。」
それからどれくらい経っただろう。
亜梨主からそれはそれは壮絶な話を聞かされた。
慧梨主の出逢いと別れ。
亜梨主がどのように関わって、そして慧梨主を傷つけてしまったのか。
慧梨主と亜梨主の仲がどのように引き裂かれたのかも、全て話してくれた。
「姿も見せてくれないし…もしかしたら、この髪型にしたのもそれが理由なのかもね。」
何としても引き合わせたい。
慧梨主の感情も知っているが、それを口に出そうとして思いとどまった。
今はまだダメなのだ。
同じ屋根の下に何年いても分かり合えないのは、それだけ互いに負った傷が深いから。
二人が自分で決心しなくては意味がないのだ。
そして俺には、その時二人の架け橋にならなくてはいけない。
慧梨主を愛し、二人の心の傷を知った者としての責任だ。
帰り際。
「夢明希、約束して欲しいの。」
亜梨主は立ち止まり、俺の方を向いた。
「何?」
「今日話したことは、慧梨主には言わないで。そして、これからも大切にしてあげて。」
心の底から慧梨主を心配している、亜梨主の真剣な願いだった。
亜梨主が慧梨主そっくりなのも、もしかしたらその想いがそうさせているのかもしれない。
「もし悲しませたりしたら…」
「したら…?」
亜梨主はニコッと微笑んで、ひと言こう言った。
殺すわよ?_________と。
亜梨主と別れ、俺は慧梨主の部屋に戻った。
「…」
月明かりで僅かに照らされる慧梨主のベッドの上には、誰もいなかった。
もう、ただの妄想だと言い逃れは出来ない。
だが、今はもう頭がいっぱいだった。
俺は自分の布団に潜り込み、目をつぶって眠ることに努めた。
何事も無く、明日の朝が訪れる事を祈って。