4月の半ば、彼女もキャンパスライフに慣れ始め、俺も来年に控えた就職活動を向けて少しずつ進路を考え始めた。
慧梨主と付き合い始めて、もうすぐ一年になろうとしている。
相変わらず仲は良いが、関係が深まれば深まるほどに不安になる。
あの夏の夜、慧梨主と全く同じ格好をした亜梨主を見た_________
あれ以来、同じようなことはなかった。
そして、しばらく勘繰っていた俺だが、最近はそのことに関して目をそらすようになった。
慧梨主と亜梨主が同一人物であること。
もしそれが本当で、俺がその真実に触れてしまったら…
その瞬間、俺と慧梨主の関係は崩れ去ってしまうかもしれない。
慧梨主の傷ついた心の平穏を壊してまで、知りたい真実など無かった。
二人の正体は、開けてはならないパンドラの匣なのだ_________
俺はそう自分に言い聞かせた。
それでも俺は、ついつい考えてしまう。
もし本当なら、“もう一人”はどこにいるのだろうか。
あの広い桜ノ宮家のどこかに隠れているのか、
違う土地で別々に暮らしているのか、
あるいは_________
たとえ真実がなんであれ、俺は祈るしかなかった。
慧梨主との長く長く続く幸せを。
できることなら、パンドラの匣が開かないうちに彼女と結ばれることを。
………………
……………
…………
………
……
…
夜。
今日は、私が大学生になって初めてのお泊りだった。
夕飯も食べ終え、今は私の部屋で二人並んで座っていた。
「GWのドライブさ、泊まるとこショボいけど良い?」
夢明希くんが私に尋ねた。
「やっぱあそこは混むわ〜。ホテルでそこそこのとこは全部埋まってた。」
「連休ですものね。私は全然構いませんよ、夢明希くんが一緒なら。」
好きな人とするお出かけなんて、楽しくないはずがない。
夢明希くんとなら、野宿でも怖く無かった。
「ンフ…ありがと。高いとこならあるにはあったんだけど、クルマ買っちゃったから金無いんだよね。」
「じゃあ、新しい車でお出かけできるんですね!楽しみです!」
「ま、中古だけどね。マニュアルだからエンストしたらごめんね。」
しばらくして、夢明希くんは家族で出かけたときの色んな話をしてくれた。
「一番ビビったのはGWに山越えた時だなぁ〜。父さんのグラツー夏タイヤに交換してたのは良いんだけど、セミスリックで溝あまりなくってさ。それで峠越えようとしたら上の方アイスバーンでつるっつるさ。」
「えぇっ、それで大丈夫だったんですか?」
「なんとかね。でも5、6台事故ってたよ。マジ後ろ乗ってて死ぬかと思った…」
その話で、私は自分達がその1台の中にいるのを想像して怖くなった。
「今年は大丈夫でしょうか…」
「予報だと結構暖かくなるらしいね。安心してよ、スイスポはラリーにも出てるしね…って関係ないか。」
夢明希くんの頼り甲斐のある表情を、私は信じることにした。
「慧梨主ちゃんはそういうのないの?家族とお出かけとか…」
夢明希くんはそこまで聞いて、バツが悪そうな顔をした。
「あ…ごめん…」
「いえ、良いんです。大丈夫ですよ。」
もちろん、死んでしまった二人の事を思い出すと悲しい。
けれど、家族の思い出は楽しいものばかりだった。
「小さい頃はよく行きましたよ。動物園とか、遊園地とか。もちろん、夢に出てきたところも。4人で手を繋いで歩いて、色んなものを見て周りました。」
あの頃が一番幸せだった。
お母さまがいつも元気に仕切っていて、お父さまと私達姉妹がそれに着いて行く。
自然に囲まれた公園の中で遊ぶ私とお姉さま、それをベンチに座って笑顔で眺めるお父さまとお母さま。
平和なひと時だった。
だけど両親が死んでからは、お出かけすることもなくなった。
車を運転できる人もいないし、しばらくしてお姉さまも姿を隠してしまった。
「最後にお出かけしたのは、高校に入ってすぐでした。」
付き合い始めたお兄さまと、どこかへ遊びに行こうと約束した。
どこへという訳ではなかったけれど、久しぶりの、それも好きな人との初めてのお出かけ。
私は嬉しかった。
「ふーん…それで、その人とは結局どこに行ったの?」
夢明希くんが尋ねた。
「えーっと確か…」
私は記憶を呼び出そうとした。
……
…あれ…
思い出せない………
「私、どこに行ったんだろう…あれ?全然思い出せない…」
心拍数が上がる。
お出かけした事だけじゃない。
お兄さまと約束してから後のこと、私がどのように裏切られて、転校して、綾瀬ちゃんと仲良くなったのか…
夢明希くんに出会うより少し前からの記憶しかなかった。
「慧梨主ちゃん?そんな無理して思い出さなくてm」
「私はどこに行ったの?ずっと何をしてたの?思い出せない…何も、何も覚えてない…!」
急に全ての記憶が霞んで行く。
家族との楽しい想い出も、綾瀬ちゃんと仲良く過ごした高校生活も、そして夢明希くんと育んだ幸せな記憶も…
全てが遠のき、真っ暗闇に消えていく。
私は誰?
「慧梨主ちゃん!どうしたの!?慧梨主!!」
「いやッ!!」
パニックになった私は、夢明希くんを突き飛ばして部屋を飛び出した。