【完結】アリス・イン・ワンダーランド   作:さくらのみや・K

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Track.15 パンドラの匣

小学生の頃、近所に住んでた塾の先生に半ば強引に押し付けられた本に書かれていた。

 

パンドラの箱_________

 

ギリシャ神話において、人類の災いとして神々が送り込んだ人類初の女性、パンドラ。

彼女が好奇心で開けた箱からは、様々な災いが飛び出した。

そして世界は様々な災厄で満ち溢れてしまったと_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

俺は暗い夜の桜ノ宮家で、慧梨主を探して彷徨っていた。

そっとしておく方が良いかなとも思ったが、やはりパニック状態で飛び出して行った以上、放っても置けなかった。

万が一彼女が早まったら…

そう考えると居ても立っても居られなかった。

 

 

慧梨主の部屋は一階と二階を繋ぐ階段のすぐ側にある。

何回かお邪魔したことのある家だが、2階は彼女の部屋以外は踏み入れたことがない。

慧梨主も、雰囲気で俺に入らせないようにしているらしかった。

 

今夜は満月だった。

突き当たりの窓から差し込む月明かりを頼りに、俺は忍び足で廊下を進んだ。

自分家とは比べ物にならない長さの廊下には、いくつものドアがあった。

「さすがに片っ端から開けてくのもまずいよなぁ…他人ん家だし。」

そんなことに今更気づき、手がかりもなくただソロソロと廊下を歩いて行く。

 

もうすぐ突き当たりという時に、不思議なドアを見つけた。

ネームプレートらしきものがかけられたドア。

しかしピンクのプレートには何も書かれておらず、ただ木の板が引っ掛けてあるだけの状態だった。

「?」

変わったことしてんな…と思ってよく見ると、プレートとドアの間に隙間があった。

「裏返しになってるだけじゃん。」

どうやらネームプレートが裏返しになり、板に取り付けられた文字によって生じた隙間らしかった。

 

そーっとひっくり返した。

ピンク色の板に、白く塗られた木製のアルファベットが貼り付けられていた。

 

ELISU_________

 

「エリス…」

どうやら、慧梨主の部屋のネームプレートらしかった。

 

なぜ慧梨主の部屋でもないのに、こんなところに彼女のプレートがかけてあるのか。

単純に邪魔になって、とりあえずほかのドアに引っ掛けてあるだけだろう。

そう言われればそれまでのことだが、俺はそんな単純なものではない気がした。

 

俺はドアノブに手をかけた。

恐れからか僅かに躊躇った。

だが、慧梨主への心配と、何より好奇心が勝ってしまった。

 

鍵はかかっておらず、ドアは簡単に開いた。

 

カーテンが締め切られた部屋は廊下より暗かった。

しかし月明かりがカーテンをすり抜け、暗さに目が慣れた俺には充分な明るさだった。

 

部屋は至って普通の広さで、学習机やクローゼット、ベッドなどがあった。

どれも生活感があり、置いてある衣服や小物類を見る限り、女子の部屋であるのは見て取れた。

掃除をしてないのか、ところどころ埃を被っていた。

「亜梨主の部屋…なのか?」

慧梨主以外で暮らしている女子と言えば、亜梨主以外思いつかない。

亜梨主は、この部屋でこもっていたのだろうか。

 

爪先に何かが当たる。

床に、CDケースがいくつか散らばっていた。

「えぇ…古っ。」

しゃがみ込み、薄い月明かりに照らしてジャケットを見た。

レベッカのアルバムだった。

近くには古いCD付きのラジカセもあった。

 

立ち上がろうとした時、ふと横を向く。

大きなクローゼットの陰で見えなかったものが、目の前にあった。

棚かなんかだろうと気に留めていなかったそれは、埃を被った小さめの仏壇だった。

 

 

初めて泊まりに来た時のこと。

あの日、慧梨主は泣きながら亡くなった両親のことを話してくれた。

『ねぇ、慧梨主ちゃん。』

『なんですか?』

慧梨主は、まだ目を真っ赤に腫らしていた。

『その、できれば二人に挨拶したいんだけど…慧梨主のおとうさんとおかあさんに。』

人として、慧梨主の彼氏として、亡くなったとは言えご両親に挨拶するのが礼儀だと思った。

 

両親の仏壇は、一階の玄関を入ってすぐの和室に置かれていた。

仏壇の中央には、二人が笑顔で並ぶ写真が置かれていた。

生前、とある結婚記念日に撮ったツーショットだと慧梨主は語った。

 

俺と慧梨主は並んで、二人の仏壇に手を合わせた。

 

 

これはまだ見たことのない、二つ目の仏壇。

こんな部屋に置かれているのも不思議だった。

 

わざわざ閉じてある仏壇の扉を開けるのはし申し訳ない気もしたが、中を見たら手を合わせて謝ろうと言い聞かせた。

好奇心が俺を突き動かす。

 

 

開けてはいけないパンドラの匣_________

 

俺の人生最大の過ちを挙げるとするならば、それは間違いなく今この瞬間の行動だろう。

 

 

俺は扉を開けた。

線香の香りがふわっと漂う。

 

「…嘘だろ。」

 

中にあった遺影の人物は、暗い部屋のなかでも見間違えようがなかった。

 

肩より少し長めのセミロングヘアーの少女。

 

可憐で儚げな笑顔をこちらに向けている彼女を見て、俺は思考が停止した。

 

桜ノ宮 慧梨主_________

 

仏壇の中の遺影に写っていたのは、疑いようもなく彼女だった。

 

 

よろよろと立ち上がる。

ふと背後に気配を感じた。

 

ゆっくり後ろを振り返る。

 

「どうして…」

彼女は、俺を睨みつけてそう言った。

髪型も、パジャマも、何もかもがさっき見た慧梨主そのものだった。

「約束したじゃない、大切にしてあげてって…」

ただ唯一違うのは、右手に握りしめたゴルフクラブ。

月明かりを反射して光るアイアンの番号は8番だった。

「9番はないわ…慧梨主を傷つけて、殺した奴を…アイツを生かしておけなかったから…」

彼女の顔つきは、とても慧梨主とは思えない、憎しみを湛えた鬼の形相だった。

「亜梨主…どうして…」

「あたしは…あたしは慧梨主を愛してる、ずっと一緒にいられると思ってたのに…」

亜梨主は8番アイアンを振り上げた。

 

怒り、憎しみ、悲しみ、ありとあらゆる負の感情を湛えた彼女の表情。

その恐怖に怯み、俺は身じろぎもできなかった。

 

 

鈍い打撃音が部屋中に響いた_________

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