【完結】アリス・イン・ワンダーランド   作:さくらのみや・K

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Track.16 断罪

『ちょっと!あたしを待たせるなんて良い度胸してるわね。HRが終わったら、早く中庭に来なさいって言ったでしょ!?』

放課後、駆け足で中庭に駆け込んだ少年を待っていたのは、彼の女王様である亜梨主の罵倒だった。

わざわざ急いでやったのに…

つい不満が漏れそうになる。

『なぁに?その顔。文句でもあるの?』

顔に出ていた不満を、亜梨主が見抜く。

『ふん、アンタは私の下僕みたいなものなんだから…ちゃんとわきまえて行動しなさいよ?』

その言葉と強気な眼差しに負け、少年の不満な気持ちはたちまち消え失せた。

『…わかったよ。』

『分かればいいのよ分かれば。』

 

あのキスからしばらく経って、少年は完全に亜梨主の虜だった。

もはや彼の目に、お兄さまと慕う恋人の慧梨主など存在しなかった。

『二人でいるとこ、慧梨主に見られちゃマズイでしょ…?早く帰るわよ!』

そういうと亜梨主は自分の鞄を少年に押し付け、足早に中庭をあとにする。

彼も後を追った。

 

 

亜梨主はうーんと伸びをした。

『やっと定期試験も終わったし、ようやく羽を伸ばせるわね。』

開放的になった喜びを味わっている亜梨主を、少年は楽しそうに見ていた。

『なぁ、せっかくだし今度遊びに行かないか?』

『え?今度どこかに遊びに?』

そういうと、亜梨主は頭の中のスケジュール帳をめくる。

『そうねえ…今度の日曜なら予定が空いてr…って、別にアンタのためじゃないんだからね!偶然暇だから、付き合ってあげても良いって話よ!?』

真剣に予定を組もうとしている自分に気づき、顔を紅潮させて亜梨主は言った。

『じゃあ、また連絡するわね!』

少年から鞄を奪い返し、亜梨主は逃げるように帰って行った。

 

………………

……………

…………

………

……

 

桜ノ宮家。

亜梨主は自分の部屋に入るなり、鞄をその辺に放って、ベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。

 

『今日もなんだか疲れちゃったわ…』

自分の愛する妹を弄んだ少年を、彼女から引き離すために続けてきた関係。

彼に対する感情とは正反対の付き合いを続け、亜梨主の心はどんどん磨り減っていく。

もうボロボロだった。

 

意外とあっけ無かったわね_________

 

亜梨主は思った。

あの少年は意思が強い性格ではない。

誘惑されてもなお慧梨主を愛し続けられはしないが、世間体を気にして亜梨主に乗り換える度胸もない。

そう思って、彼女は本気で堕としにいった。

結果は驚くほどあっという間に、少年は亜梨主の虜になった。

『だけど…慧梨主はあいつのどこを好きになったのかしら。確かに、お兄さまーなんて言って懐いてたけど。』

一途さも無ければ、何か特徴があるわけでもない。

本当に普通の男子。

対して愛してもらえてるわけでもないのに、それでもずっと想い続ける慧梨主を、亜梨主は理解できなかった。

『でも、慧梨主の恋もこれで終わり…』

 

 

あとは、あたしが_________

 

 

ドアをノックする音がした。

『慧梨主?鍵なら開いてるわよ。』

そう言うと、そっと扉が開かれた。

『お姉さま…?ちょっと、いいですか?』

恐る恐ると言った表情で、慧梨主が入ってきた。

 

『どうしたの?慧梨主。ちょっと顔色悪いわよ?』

亜梨主が言うように、慧梨主の顔色は誰が見ても青ざめて見えた。

『お姉さま、私…お姉さまに確かめたいことがあるんです。』

『確かめたいこと?何かしら。』

『3日前の放課後、お兄さまと一緒に…帰りましたよね?』

ジワリ…亜梨主の胸に嫌な予感が滲み出た。

3日前は確か…

『え…そ、そうだったかしら?』

『私が、お姉さまを見間違えるはずがありません。』

真剣な眼差しに、亜梨主は焦った。

ジワジワと不安が胸に広がっていく。

『あぁそうそう!たまたま帰りが一緒になったから、鞄を持たせてたのよ。帰る方向は一緒だしね。』

亜梨主はなんとか平静を装った。

慧梨主は何を見たのだろう…

まさか…

『本当に、それだけ?他に何も…無かったんですか?』

問い詰める慧梨主。

彼女がここまで食い下がるのは、亜梨主は見たことがない。

『あるわけないじゃない…そもそもあいつは、慧梨主の彼氏でしょ?私全く興味ないし…』

『お姉さまは…嘘を言ってます!!』

 

慧梨主はそう言い放つ。

その瞳は真っ直ぐ、亜梨主の目を睨みつけていた。

 

『私…見てたんです…お姉さまが、お兄さまとキスしてるとこ…!』

怒りと哀しみが渦巻く、慧梨主の青い瞳…

亜梨主の心拍数が上がる。

焦燥感が彼女の胸を支配する。

体温が上がり、制服を着ている背中は汗ばみ焼けるように暑い。

『そんな…冗談言わないでよね…』

『冗談で私…こんなこと言えない…っ…ひどい…あんまりです!お姉さま…』

 

一番あってはならないことだった。

少年を堕とし、慧梨主から引き離す上で、何よりも重要だったのは慧梨主にバレないことだった。

慧梨主の目の届かないところで、注意しながら亜梨主は少年と関係を深めていった。

つもりだった。

『ご…誤解よ誤解!勝手に決めつけないでよね!』

しかも、よりによってキスしているところだなんて…

 

『私…ようやく変われると思ってた!お兄さまとお付き合いする事で、自分に…自信が持てるかもって!弱い…自分を、変えることができるかも知れないって…!』

『慧梨主…』

慧梨主を守るためにしてきた事を、慧梨主に責められる。

 

弁明するのは簡単だった。

何もかもぶちまけてしまえば、もしかしたら慧梨主と分かってくれるかも知れない。

だが、あんな男でも、慧梨主にとっては憧れのお兄さま。

小さい頃から慕っていた男に踏み台にされていた事を知れば、慧梨主はきっと立ち直れない。

 

『だけど…いつもそう!私が好きになった人は、友達ですら…みんなお姉さまに奪われてしまう!!』

慧梨主の言う通りだった。

亜梨主が慧梨主のためと言ってしてきたこと、慧梨主はみんな知っていた。

だからこそ、亜梨主は本当の事は言わなかった。

少年の本性を知って悲しむくらいなら、自分が慧梨主から奪ったということにすれば良い。

 

どうせ最後は_________

 

『誤解だって言ってるでしょ!?私の言うことが信じられないの!?』

声を荒げたことに、深い意味は無かった。

とにかく今の状況を打破したい焦りから、夢中で放っただけだった。

 

沈黙_________

 

亜梨主は自分の過ちに気付いた時には、何もかもが遅かった。

『お姉さま、あんまりです。この期に及んでも…』

 

本当のこと、

言ってくれないんですね_________

 

その目に迷いはなかった。

慧梨主は背中に隠していたナイフを、鞘から引き抜いた。

仕送りをしてくれる親戚がくれた、何かの記念品だった。

光り輝く綺麗な刃は、全くの未使用である事を示していた。

 

『なっ…それおもちゃでしょ?仕舞いなさいよ、そんな危ないもの!!』

亜梨主は完全に動揺していた。

慧梨主が何をしようとしているのか、言わずとも明らかだった。

 

『ひどい…ひどいお姉さま!嘘ばっかりのお姉さま!!』

その叫びは、おそらく亜梨主が初めて聞いた慧梨主の本心だった。

『でも…私…そんなお姉さまを、嫌いになれないの…だってお姉さまは、私のたった一つの自慢…私の憧れだから…』

『やめなさい慧梨主!死ぬ気なの!?』

今慧梨主を止められるならば、亜梨主はきっと何でもしただろう。

しかし全て手遅れだった。

 

『どんなひどい目にあっても私、お姉さまを憎むことができません!』

 

段々と慧梨主の息が荒くなる。

その瞳は、最早なにも見ていなかった。

 

『だけどもう!…はぁ…耐えられない!…お姉さまにも…お兄さまにも裏切られたこの世界で…私…生きていけないのっっ!!』

『やめてッ…!!馬鹿なことはやめなさい!!これは命令よッッッ!!』

『私初めて…!お姉さまの命令に背きます!!』

 

 

私…お姉さまの妹で…

 

幸せでした_________

 

 

最後に慧梨主は見せた、精一杯の笑顔。

可憐な微笑みと、それに似合わぬ虚ろな瞳。

 

そして_________

 

『だめよ慧梨主ッ!!やめてぇッッッ!!!』

 

慧梨主の首から噴き出す真っ赤な血液とその暖かさを、亜梨主は生涯忘れる事はないだろう。

 

『いやぁぁぁぁぁッッッ!!!!!』

 

亜梨主は泣き叫んだ。

 

………………

……………

…………

………

……

 

夜。

慧梨主の亡骸を、亜梨主は彼女の自室に寝かせてあげた。

慧梨主お気に入りのピンクの絨毯が血で染まってしまった。

 

『あいつさえ…あいつさえいなければ…こんなことには…』

散々泣き喚き、亜梨主の声は枯れていた。

慧梨主の冷たくなった亡骸を、彼女はいつまでも抱きしめていた。

 

今度の日曜日、あいつが会いに来る。

Xデーは決まりだった。

 

『許さない…絶対に許さないから…っ!』

 

少年を殺す_________

 

慧梨主を抱きしめながら、亜梨主は暗い決意をした_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

少年は桜ノ宮家のインターホンを押した。

すぐにドアが開き、亜梨主が出てきた。

『いらっしゃい!上がって良いわよ。』

笑顔で彼女が言う。

その目が笑っていないことにも気付かず、少年は靴を脱いで玄関へ上がった。

 

『慧梨主は?』

リビングに入った辺りで、少年は尋ねた。

『慧梨主なら自分の部屋で寝てるわ。ちょっと調子が悪くて…』

亜梨主は少年に振り返ることもなく答えた。

『そっか…なぁ、俺…慧梨主に本当の事を話そうと思う。』

『でも、慧梨主はアンタのこと…』

少年は真剣な眼差しでそう言った。

それはつまり、彼が慧梨主を捨てて正式に亜梨主を選ぼうという決意の表れだった。

『そっか、そんなにも私のことが好きなんだ。』

少年の表情で、亜梨主は確信した。

 

『じゃあ、慧梨主とのことは遊びだったってわけ?』

そんなことはわかっていた。

だが、人殺しを避けようとする亜梨主の最後の躊躇いが、こんな質問をさせた。

『ごめん…』

申し訳なさそうに少年は言った。

 

審判は下された_________

 

『ふーん、やっぱりそうなんだぁ…男って簡単に心変わりしちゃうのね?』

亜梨主の言葉に黙りこむ少年。

『じゃああたしも、遠慮することないわね!』

そう言うと、リビングの隅にあるゴルフバッグから、クラブを一本取り出した。

『これ?9番アイアンって言うんだって!』

ぶんぶんと振り回したながら亜梨主は紹介した。

『危ね…ゴルフするの?』

『え?あたしはゴルフなんかしないわよ。これはねぇ…』

 

 

こーやって使うのよッッッ_________

 

 

鈍い打撃音がリビングに響いた。

 

………………

……………

…………

………

……

 

『あ、気がついた?』

少年が目を覚ます。

亜梨主が見下ろしていた。

少年は両脚をだらりと伸ばし、コンクリートの壁を背もたれにして床に座り込んでいた。

『ここ、初めて来たでしょ?桜ノ宮家にある、あたししか使ってない地下室なんだぁ。』

正確には、しばらく紛失していた地下室の鍵を、たまたま亜梨主が見つけて隠し持っていただけだったが。

そしてこの家の住民自体、最早亜梨主しかいなかった。

『あったま悪そーな顔ー、状況を呑み込めてないって感じねぇ…』

9番アイアンを片手に、亜梨主は狂気の目で少年を見下ろた。

 

『くっ…』

ただならぬ雰囲気を感じ、少年は逃げ出そうとした。

『あははッ!無駄無駄!逃げられないわよ。』

両手は手錠で固定され、その手錠も床に固定されているらしかった。

そして両脚は_________

『その足じゃ…もう立てないわよねぇ?』

ぐちゃぐちゃになった足を見て、少年は初めて亜梨主の意図を悟った。

 

『アンタさえ現れなければ、あたしと慧梨主は…ずっと一緒にいられたのに…っ!』

躊躇いもなく、亜梨主は9番アイアンを少年の頭に振り下ろす。

鈍い音と共に血が吹き出た。

 

誰もが羨む学園の人気者も、高飛車だが優しさもある女王様もそこにはいない。

目の前にいるのは、復讐心に狂った殺人鬼だった。

『アンタのせいで…あたし達姉妹の幸せは…ズタズタになったのよッッッ!!!』

 

 

処刑が始まった_________

 

 

何度も何度も、亜梨主はアイアンで殴り続けた。

ジワジワと少年を嬲り殺していく。

そこに情け容赦など、微塵もなかった。

 

『わきまえなさいよッ!ゴミがッ!!天使のように清純な慧梨主を、お前らなんかに汚させはしないんだからぁッッッ!!!』

十数発目の殴打を加える。

『うっ……なんで…どうして……』

血と涙を流しながら、少年はそれでもこの状況を理解できずにいた。

 

ずっと想い続けた亜梨主に、こんな仕打ちを受けるなんて_________

自分が慧梨主を踏み台にしていた罪など棚に上げて、少年は亜梨主に救いを求めるような視線を向ける。

『ハァ…慧梨主の全てはあたしのものよ!!そしてあたしの全ても慧梨主のもの!』

アイアンを何度も振り回している亜梨主の体力はかなり消耗してきていた。

息を切らしながら、それでも亜梨主は止まらない。

 

『あたしは慧梨主を愛してる!!この世界で、一番!誰よりもねぇッッッ!!!!』

ただひたすら、体の奥底から湧き出す憎悪に身を任せ、罵倒しアイアンを振り下ろす。

少年意識があるのか、ないのか、はたまたもう息絶えているのか…そんなことはどうでも良かった。

 

音も光もない世界で、

永遠に謝罪しなさいよ_________

 

『この虫ケラァアアアアッッッ!!!!』

 

慧梨主に降りかかった全ての不幸に対する憎しみを少年に重ね、亜梨主は9番アイアンを全力で振り下ろした_________

 

………………

……………

…………

………

……

 

『ハァ…ハァ…ハァ…』

気がつくと、少年は絶命していた。

頭は熟れて弾けた果実の様になっており、変形していた。

9番アイアンは柄が曲がり、亜梨主の服には返り血がべったり付いていた。

 

慧梨主_________

 

アイアンを放り投げ、亜梨主は涙を流しながら呟いた。

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