あたしはうずくまる夢明希を見据え、8番アイアンを振り上げた。
あたしの“慧梨主”を、ようやく取り戻したあたしの愛する妹をこの世から奪った罪。
それを許せるわけがなかった。
死ね_________!!
腕に目一杯の力を込め、あたしは夢明希の頭に振り下ろそうとした。
単刀直入に言うけど…あの、
俺と、付き合って欲しい_________
突然、記憶にないシーンが脳内に再生される。
この記憶…夢明希が顔を赤くし、勇気を振り絞って想いを告白しているのを、胸の高鳴りを抑えながら聞いていた。
これは、あたしの記憶ではない。
「…?」
頭をかち割られる直前で動作を止めたあたしを、顔を覆う腕と腕の隙間からうかがう夢明希。
次々に再生される記憶。
どれもこれも、照れ臭そうに微笑む夢明希の、綺麗な眼が真っ直ぐこちらを見ていた。
あいつが慧梨主を見ていた時とは違って、彼は確実に“慧梨主”だけを見つめていた。
「な…殴らんの?」
夢明希が間抜けなことを聞く。
「できるわけ…ひっく……ない…じゃない……!…あうぅ…だって…だってぇ…!」
答えようとしたが、溢れ出る涙で上手く喋れなかった。
例え心が“慧梨主”だったときの記憶でも、身体には、夢明希と紡いだ一年間の甘い想い出が残っている。
この身体で夢明希を見つめ、共に笑い合い、愛を確かめ合った。
大好きだった_________
「大丈夫…?」
温もりがあたしの身体を包む。
気がつくと、夢明希がそっとあたしを抱きしめていた。
「ゔぅぅ…ごめんなざいぃ…あたし…ひっく…あたしは……」
“慧梨主”の記憶と恋心が、あたしの心と混ざっていく。
慧梨主だけでなく、愛した夢明希までも失おうとしていた。
泣いて許されることではないけれど、今のあたしには泣く以外何も考えられなかった。
「もう…ひっ…慧梨主は…うぅぅ…あたし…また…ひとりになっちゃったぁぁぁぁ!」
慧梨主はもういない。
子供のように泣きじゃくるあたしを、夢明希は頭から血が流れてるのも気にせず抱きしめ続けた。
「大丈夫、俺がちゃんといてやるから。だって…彼氏だろ?」
「ひぐっ…だけど…あぅ……あだ…あたし……もう…慧梨主じゃ……アンタの…彼女じゃ……」
すると夢明希は少し黙ってから、
「…ううん、
そういうと、夢明希は抱く力を強めた。
もう我慢の限界だった。
「ゔあああああああああああああ………」
決壊したダムのように涙が溢れて止まらない。
夜が明けるまで、あたしは夢明希の胸で泣き叫び続けた_________
………………
……………
…………
………
……
…
「おーしっ、だいぶ片付いたな。」
フローリングの床にへたり込む。
昼過ぎから慧梨主の部屋を片付け始め、気がついたら夕方だった。
「埃ヤバすぎ、鼻炎になったらどうしてくれる。」
「ぐじゃぐじゃうるさいわねー!文句言ってんじゃないわよ、男でしょ!」
鼻をすすりながら文句を言う俺に亜梨主が言った。
「あ、差別だ差別ー。」
「相変わらず減らず口ね。」
亜梨主はため息をついた。
慧梨主の仏壇のある部屋を綺麗に片付け、仏壇も整理整頓した。
さっぱりした部屋に、俺と亜梨主はならんで座っていた。
「ところでさ、アンタ。」
「ん?」
「本当にこれからも、あたしと付き合う気なの?」
正直あの時は、泣きまくってる亜梨主を慰めるために放った言葉ではあった。
だけど、中身が慧梨主でも亜梨主でも、今隣にいるのは確かに俺の恋人だった。
「ゆーてね、結構亜梨主っぽさもあったよ。だからそんなに違和感ない。」
「なによそれー。」
「だから、その…離れらんないよ。好きな気持ちは変わんないし。」
だが、見た目はほぼそのままと言えど、中身は別人なのだ。
もう違う人間だから別れろと言われたら、何も言い返せない。
「亜梨主が嫌なら、別に…」
「そんなこと言ってないじゃない!ただ…あたしはアンタのこと騙してたわけだし、それに…人殺してるのよ?あたし。アンタのこともぶん殴ったし…」
哀しそうな表情の亜梨主。
愛する妹を自殺に追い込み、人を殺し…亜梨主が生涯背負う罪の重さは、きっと俺の想像を絶するだろう。
それでも俺は寄り添いたかった。
口に出すのは恥ずかしいが、一度愛した女性を最後まで守り通すのが、義務かなと思った。
「亜梨主は俺のこと好き?」
「っ〜!!…まあね。」
「じゃあ良いじゃんまた新しく想い出作ればさ。」
「もしあたしがバレて殺人で捕まったら?」
「なんぼでも待つよ、ラジコンしながら。」
「バカじゃないの?ホントに…バカ…」
亜梨主は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「これラジオも聴ける?」
俺は部屋の真ん中にあるラジカセを指差した。
「いや…見れば分かるじゃない…」
「そうじゃなくて…まあいいか。」
壊れてないか聞きたかったが、とりあえずかけてみることにした。
電池はないので、コードをコンセントに繋いで電源を入れる。
モードをAMラジオに切り替えて周波数を調整した。
「なんでラジオなのよ。」
「なんとなく。」
ダイヤルを回すと、明瞭な音楽が流れてきた。
ポップなメロディに乗せ、女性達が歌っている。
洋楽だった。
やがて音量が小さくなり、代わりにDJの声が入る。
《Good evening!! さあ始まりましたMIYA-Kの“洋楽80's”!今日のオープニングはノーランズの“ダンシング・シスター”でした!》
「通りで古そうな曲だと思ったわ。」
タイトルコールを聞いて亜梨主が呟いた。
「いつも聴いてるの?」
「いや…でも色んな音楽が聴けるから、ラジオっていいよなって…」
「ふーん…気にしたことないけど。でもロマンチックね、そう考えると。」
「でしょ?」
「ところでさ、慧梨主だった時の記憶はあるの?」
俺はどうしても気になることを聞いてみた。
“慧梨主”として俺を好きだった記憶があるなら、他にも色々覚えているんじゃないかなと。
「ええ、曖昧だけどね。」
「その…どんな感じ?」
そうすると、亜梨主は考え込んだ。
「そうねぇ…」
《…今年のGWも是非、クールな洋楽とお過ごし下さーい!ではここでリクエストをいただいております!ラジオネーム“アキスロイド”さん、ありがとうございます!ガゼボですよ皆さん。ガゼボと言えば日本語カバーも作られた“I like Chopin”が有名ですが、これも中々いいですよ〜!》
少しの沈黙。
DJの話す声だけが、スピーカー越しに聞こえてくる。
《それでは行きましょう!Gazeboで、“Alice in Wonderland”_________》
「夢を見てた感じ…かしらね。」
亜梨主が答えたのと、妖しくどこか哀しげなメロディが流れ始めたのは同時だった。
「ふふっ…」
「な、何よ?」
「いや…亜梨主と一緒にアリス・イン・ワンダーランドを聴くって、おもしろいなぁって…」
「しょーもなっ…」
そう亜梨主は吐き捨てた。
「ひどくね!?」
「でも…そうかもね。不思議の国のアリス…あたしはずっと、夢の世界にいたのかも知れない…」
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この砕けた心を奪ってくれ
君が引き裂いたメトロノーム
チクタクと鳴り続けていたのは、
僕の記憶か空想か
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この世にいない妹と生きながらえた姉が、同じ世界で共存する。
常識ではありえない。
もしかしたら、それも慧梨主が俺と亜梨主に見せてくれた夢だったのかも知れない。
「楽しい夢だったわ…楽しくて、懐かしくて…だって、あんなに楽しそうな慧梨主は、パパとママが死んでから一回も見てなかったもの。」
「覚めない夢は無いってか…」
もしこの部屋を開けたのが運命だとすれば、憧れていたお姉さまが元のお姉さまに戻るようにという、慧梨主の導きだったのだろうか。
亜梨主を夢から目覚めさせる…現実に連れ戻すための。
「夢から覚めて、気付いたの。慧梨主は今も心の中にいる。これからも、あたし達は一心同体なのよ。」
亜梨主の笑顔に闇はない。
この自信に満ち溢れている姿こそ、慧梨主が憧れていた亜梨主なのかも知れない。
「…そりゃそうだ。でなきゃあんな風になれないよな。」
「さ、飯食いに行こーぜぇ。」
「良いけど、何にする?」
俺達はほぼ同時に立ち上がる。
「父さんの知り合いがやってるカフェあるんだ。山の方だけど…車出すから。」
「大丈夫〜?交差点でエンストとかしないでよね!」
「俺自学の先生にセンスあるって言われたから。」
「ところでこれどーするの?」
亜梨主はラジカセを指差した。
「そのままかけとこ。慧梨主が聴いてるさ。」
仏壇を見やる。
整えられた仏壇の中央で、慧梨主が微笑んでいた。
「…そうね、少しは寂しくなくなるでしょ?慧梨主。」
部屋を出て“ELISU”と書かれたネームプレートが掛かるドアを閉じる。
結局慧梨主への片想いは実らなかった。
だけど、俺に夢を見せてくれた亜梨主と、俺は一生寄り添っていくと誓った。
オレンジに染まった慧梨主の部屋の中で、ラジオはアリス・イン・ワンダーランドを流し続けていた_________
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君は不思議の国のアリス
スローモーションで舞いながら
不思議の国のアリス
時は無常に流れてく
僕の物語の狭間に
君は住んでいるんだ
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FIN_________
最後まで読んでくれた皆さん、心から感謝申し上げます。
本当にありがとうございました!