今までで一番長い話となりますが、回収し忘れてた伏線も拾いきったつもりなので、読んで下さると幸いです。
程よい重低音を響かせて、黄色いスイフトスポーツは木々に囲まれた国道を駆け抜ける。
GW後半でありながら、幸いにして道はさほど混んではいなかった。
「桜綺麗ね。」
助手席で亜梨主が言った。
この地域は、桜前線が来るのが遅い。
「今年はベストタイミングだったね。」
ハンドルを握る俺が答えた。
木々の狭間から見える、黒々とした切り立った岩肌。
ところどころにある白い滝の流れと合わせ、この辺り一帯は紅葉の時期に一番美しい景色を見せる。
もう数キロ先には温泉街があり、観光地として国内外の観光客が多く訪れる。
「温泉入りたいな〜。」
「何言ってんだ、これから行くんだよ。」
「違うわよ、ここの温泉も入りたいの!今度連れてってよー!」
そう言って、亜梨主は肩をポンポンと殴る。
「やめろやめろ…金があればな。」
素っ気なく答えたが、頭の中では秋に三連休があるかを探していた。
“慧梨主”と約束したGWのドライブは、結局亜梨主と行くことにした。
予約したホテルのキャンセル料を払うのも嫌で、亜梨主がそういうノリじゃないと断れば高専の友人と行く気でいた。
だが、亜梨主は嬉しそうにOKし、今彼女はとなりでご機嫌に歌っている。
「くちーづーけをー、かわーしたーひーはー、ママーのーかおー、さえもーみれなかーったー…」
慧梨主の部屋に放って置かれたレベッカのCDを、スイスポのオーディオに取り込んで再生していた。
「どーこでー、こーわれーたーのオー、フレーンズ…」
楽しそうに口ずさむ亜梨主。
その表情からは、あの時の泣き顔は想像もつかない。
だが今も、彼女の心には深い深い傷が癒えずに残っているのだ。
………………
……………
…………
………
……
…
スイスポを走らせて一時間と少し。
途中から入った峠を登り、その頂上の休憩所に車を止めた。
「うわーすごーい!」
隣接する展望台の柵に手をつき、亜梨主は目を見開いていた。
眼下に広がる青々とした樹海。
その隙間から所々、チラリと谷を跨ぐ橋が見える。
「箱根みたいね。」
「見たことあんの?」
「無いけど。」
この峠は、この地域では最も標高が高い。
標高1000mを超えるこの展望台は、早朝で運が良ければ雲海が観れる。
秋は素晴らしい紅葉も見れた。
「小さい頃はこういう景色に感動しなかったものね。こんなのより、慧梨主と二人でそこの売店のお菓子ねだってたわ。」
駐車場のすぐ裏にはコーヒーが買える売店があった。
スターバックスっぽいおしゃれなコーヒー屋だったが、車を降りた時に見た値段は完全に観光客狙いの高額だった。
「…飲む?」
とはいえ、高いからとスルーするのも情けないので、一応亜梨主に聞いてみた。
「ジリ貧学生のアンタに奢らせられる値段じゃないでしょ。下僕じゃないんだから。」
お金を大切にしなさい、と母親に説教される子供のように、俺は
「…分かった。」
と返事をしておいた。
「あ、でもこの先しばらくコンビニとかないぜ?今あるやつ飲み切ったら…」
「だから言ったじゃない、一本多めに買っといたらって。そういうとこ昔っから変わってないのね!」
昔なら反抗しそうなものだが、今の俺はそんなことはしない。
「めんごめんご。」
「全く、ほっとけないんだから…」
この他愛のない言い合いが、夫婦みたいで楽しかった。
亜梨主もまんざらでもなさそうだった。
………………
……………
…………
………
……
…
またしばらく車を走らせる。
二時間後。
ツーリングのバイクや観光バスとすれ違いながら、違う峠の頂上付近まで辿り着くと、二つの大きな火山が見えた。
この辺一帯は火山と、その火山が大昔に爆発して形成されたカルデラ湖が密集している。
日本最大のカルデラ湖も含め、この辺りは原始的な姿を留める観光地だ。
「煙出てる。」
窓の外を見ながら亜梨主が言った。
「まあ…活火山だからね。割とやばめだから、気象庁の監視対象になってるはずだよ。」
「さっきから気になってたけど、アンタ意外と物知りなのね。」
「父さんとドライブした時に教わったからね。」
てか意外ってなんだ、意外って。
「ところでアタシ、マリモ欲しいなぁ〜!」
峠を下ってしばらくすると、マリモが生息する湖がある。
「知ってる?売ってるマリモってただの藻丸めただけなんだって。本物は特別天然記念b」
「どうして乙女の夢壊すようなことばっかり言うのよアンタは〜!!」
頬をぎゅっとつねられた。
「痛い痛い!てか危ないから!」
もう!意地悪しないで下さい!_________
亜梨主の怒りかたは“慧梨主”を彷彿とさせた。
確かあの時だ…ここへドライブに来ようって言ったのは。
慧梨主と亜梨主、そして俺の三人でいつか来ようと。
今や、その夢は二度と叶うことはない…
いや、あの時すでにその夢は潰えていたのだ。
あれは、叶わぬと知りながらも願い続けた亜梨主の願望が、そう言わせたのかもしれない。
仲良く並ぶ二つの火山を横目に、スイスポは快音を奏でながら山を下った。
………………
……………
…………
………
……
…
道中のラーメン屋でお昼を過ごし、さらに車を走らせた。
山の中へ続く道を登り続けると、段々と硫黄の匂いが強くなる。
目的地の駐車場に車を停め、ドアを開けるとそれは顕著になった。
「ゔぇ…」
猛烈な臭気に、俺は思わず嗚咽した。
眼前には、あちこちから白い蒸気を吹き出す黄色い岩山があった。
かつては硫黄の鉱山であったこの山は、現在では噴気孔の吹き出す山麓一帯が観光スポットになっている。
両親が若い頃は山頂まで行けたらしいが、落石事故で立ち入り禁止となった。
それにしても臭い。
硫黄特有の卵が腐ったような臭いは、幼い頃の俺を泣かせた。
今でも苦手だが、ここに来たのは亜梨主の強い要望からだった。
「ゲフっ…」
「そんな臭いかしら、昔より減ったんじゃない?」
亜梨主は平然とした様子で辺りを見回した。
「あたしが来た時は結構その辺からも吹き出してはわよ?」
「ん〜まあ確かに…」
言われてみれば迫力が減った気がする。
よく見ると、かつては噴気孔だった箇所が特に黄色く染まっていた。
「どうしちゃったのかしら…」
「ゔっ…地球も生き物だってことだろ?」
地中のマグマの動きが影響して噴気している。
脈動する大地の活動によって、地表の蒸気も常に動きが変わるのだろう。
「地球の神秘ねぇ…」
「それにしてもなんでこんな臭いとこ来たんだ?いくら観光地とは言え…」
巨大な噴気孔を側で見ながら、俺は亜梨主に尋ねた。
ドライブの目的地である湖とその近くにあるホテルはこの通り道なので、遠回りということは無かった。
だが、亜梨主は絶対ここに行きたいと言うのだ。
「そう言えば“慧梨主”も…」
「どうして慧梨主があいつを好きになったか…知りたい?」
てっきり家族との思い出を口にすると思っていた俺は、意外な言葉に驚いた。
「お…おん…」
「あたし達がまだ小学生になったばかりの頃、それこそGWの時にここへ来たの。家族でね。それで、あの娘ったら蒸気が出てるところに夢中になっちゃって…あたし達に置いてかれちゃったのよね。」
なんとも慧梨主らしいエピソードに、俺はちょっとほっこりした。
「すぐに下の方にいるのを見つけて、追いかけようとしたのは良いけど…転んじゃったらしいのよ。この地面でしょ?ひざを擦りむいちゃって…」
足元を見る。
植物を拒絶するような、ゴツゴツした岩の地面。
「その時に介抱したのがあの男だった。知らない土地で怪我して、それを庇ってくれたんだもの…好きになるのも無理ないわよね。そいつが遠い親戚だって、あたしと慧梨主はその時初めて知ったのよ。すごい偶然よね。」
ちょっとした少女漫画の冒頭みたいな話だった。
それよりも、俺は慧梨主のことを思い出して落ち込んでないかが心配だった。
車に戻った時、俺は亜梨主に聞いてみた。
「大丈夫か?その…」
「あたしはアンタが吐かないかの方が心配だけどね。」
俺の聞こうとしたことを察してか、亜梨主は冗談で返した。
「あたしは良いの。だってこれは、あたしにとっては慧梨主に捧げる旅なんだから…」
今回のドライブのスケジュールは、元々“慧梨主”と決めたものだった。
亜梨主はそれを、ほとんど変更しないでと言った。
この硫黄山もそうだった。
「きっと“慧梨主”も、小さい頃のあたしとの思い出を振り返りたくて、アンタにお願いしたはずよ。あたし、その時の気持ちはちょっと覚えてないけど…」
「…つらくはないのか?その…時間も経ってないのに…」
「つらいと言えば…つらいわよ。だって…どんなに願っても、二度と慧梨主とお出かけなんてできないんだから…」
今日初めて見せた、悲しそうな亜梨主の横顔に、俺は胸を痛めた。
きっと、俺が思っている以上に、彼女はギリギリなのだろう。
それでも前を向くために、亜梨主は今ここにいるのだ。
「さぁ!早く次いくわよ!」
気持ちを切り替え、亜梨主はバシバシと肩を叩く。
「だあ〜痛えよさっきからもー…」
「この桜ノ宮 亜梨主のサンドバッグになれるのよ?誇らしく思いなさい!」
「べーっだ!」
クラッチを踏んでエンジンをかけながら、俺は亜梨主の方を向いて舌を出した。
「うにゅにゅ〜っ!アンタって奴は〜っ!!」
それは突然だった。
気がつくと、亜梨主の顔が目の前にあった。
自分の唇に、亜梨主の柔らかく湿った唇の感触を感じる。
「っ〜!?!!??!」
キスされていた_________
シャンプーの香りが鼻を満たし、心拍数が跳ね上がってバクバクしていた。
「んぁ…これで満足かしら…?」
口を話すと、亜梨主は囁いた。
「…うん。」
「ほ、本気で照れるんじゃないわよっ!!その…アンタのためじゃ…いやアンタのためだけど…もうっ!!!さっさと車出しなさいよバカぁっ!!!」
自分の大胆さに今更恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして怒る。
理不尽だろとは思ったが、胸の高鳴りは反論をかき消した。
気持ちを抑えながら、俺はスイスポを発進させた。
………………
……………
…………
………
……
…
海と見紛うばかりのこのカルデラ湖は、湖畔の砂浜を掘ると温泉が出てくる。
自分で掘って即席の露店風呂を作れるので、この近辺ではかなり観光客が来ていた。
「ちょっとぬるいわね。」
掘って湧き出たお湯に手をつけて、亜梨主は不満そうな表情をした。
「言ったじゃん、まだ季節じゃねえって…」
5月初旬。
快晴で日が差してはいるが、さすがに水着になってお湯に浸かるのは寒い。
ぱっぱと手についたお湯を払う亜梨主。
「アンタには丁度良いんじゃない?運動した後だし…」
因みにこの風呂を掘ったのは俺である。
俺も手を突っ込んでみた。
ぬるい…
「いや…ぬるいわ。」
濡れた手を見て、俺の中にある陰謀が浮かんだ。
「亜梨主!」
「ん…ってちょっ!なにすんのよ!!」
手についた水滴を、亜梨主にめがけて飛ばしてやった。
慌てふためく彼女が愉快で笑いが溢れた。
「はっはっは、モロ引っかかってやんの!」
「ちょっと〜、やってくれるじゃないの…よっ!」
やり返すためにぬるい温泉に手を突っ込んだと思ったら、そのまま水をすくって飛ばして来た。
「うわっぷ…てんめぇ〜!」
バシャバシャと水がかかる。
「このやろ!」
常設されている出来合いの足湯に足を突っ込み、俺達は並んで座っていた。
「この歳になって水遊びしちゃうなんて、思っても見なかったわよ。」
ソフトクリームを食べながら亜梨主は言った。
「たまにはいんじゃない?その…恋人らしくって。」
「まあね。」
湖畔にはなぜか両端にソフトクリームを売る店があり、どちらもそれを大々的に宣伝していた。
俺達は“日本一”を謳っている方を選んだ。
「コラーゲンソフトじゃなくていいの?」
「だってこっちの方は日本一よ。ソフトでまでコラーゲン取らなくったっていいわよ。」
「…クッシーっていると思う?」
「どうかしらね。」
それきり俺達は黙って、ただただ周りの景色を眺めていた。
湖の上では白鳥ボートが走り、砂浜ではさっきの俺達のように温泉を掘っている人達が多かった。
両親が砂を掘り、子供がその砂で砂遊びをしていた親子連れがいた。
皆笑顔で楽しんでいた。
「ねぇ、夢明希。」
「ん?」
「あたし…ちゃんとお母さんになれるかな。」
亜梨主も同じ親子連れを見ていたらしい。
「なんてね。まだまだ先の話だけろうけど…」
「…なれるさ、面倒見良いし。」
「ありがと。」
「とりあえず、わんぱくな子になるのは間違いないわな。」
13歳で両親を失うまでは、亜梨主は幸せな家庭で育ってきたのだ。
子が親を失う苦しみを知っている。
「亜梨主は良いお母さんになるよ。ちょっと小うるさいけど。」
「あぁ?」
「冗談だって。」
いつかここに、家族を作って来よう。
心の中で亜梨主に約束した。
………………
……………
…………
………
……
…
俺達が止まるホテルは、湖から少し行ったところにある温泉街だった。
湖畔にもホテルがあるが、GWとなるとほとんど予約で埋まってしまうのだった。
「おっ!貴様俺に荷物持たせる気だな!」
トランクを開けると、亜梨主は小さめの鞄を取り出してその場を離れた。
俺のボストンバッグと、亜梨主のスーツケースが残された。
「何ィ〜?レディに重いモノ持たせるわけ?」
「重いたってコロコロ付いてるだろ全くもー…」
文句を言いながらも、俺は2つとも下ろしてスイスポの後部のドアを閉めた。
「ほらっ、早く行くわよ!」
そそくさとホテルの玄関へ向かう亜梨主。
やれやれと思いながら、俺はボストンバッグを肩にかけ、亜梨主のスーツケースを転がしながら後に続いた。
細長い角棒のついた鍵を刺し、ドアを開けたのは亜梨主だった。
「あらあらあら、中々良いじゃない。快適そうね!」
俺が大きい荷物2つを運び込んでいるのには目をもくれず、亜梨主は畳の上に寝っ転がった。
「だあ〜…」
やっとこさ荷物を畳の上に上げると、俺も倒れこむ。
部屋は6畳の畳部屋とテーブルと椅子二脚があるよく分からない窓際のスペース、それとシャワー付きトイレがあった。
装備はテレビと冷蔵庫、あとはコート掛けとハンガーそして下駄箱にはビニール袋に包まれたスリッパが入っている。
「えいやっ!」
スマホの充電器をコンセントに差していると、亜梨主が背中から抱きついてきた。
「ぐふ…ッ」
死ぬかと思った。
「ねぇ暇なんですけど〜!」
「どっからそんな元気湧くんだよ。」
「だってあたし隣で座ってただけだもーん!」
「そんなことで偉そうにすんな偉そうに。」
亜梨主の胸はそこそこ大きい。
背中にふにふにとした感触が伝わる。
「…意外と積極的なんだな。もっとこう…高貴な感じかと思ってた。」
「でも嬉しいでしょ?前言ってたじゃない、高専にいたら女の子と触れ合いが無いって。今のうちにあたしのおっぱい感じてなさいよ!」
意識して押し当ててたらしい。
「そ、そういうキャラだったっけ!?」
あまりの積極さに、俺は動揺しきっていた。
「べ、別にそういうのじゃないんだからね!可哀想だからこういう機会があっても良いでしょってことよ!」
やっぱり亜梨主も恥ずかしいのだろうが、俺はもう泡を吹いて倒れそうだった。
………………
……………
…………
………
……
…
辺りはすっかり夜になった。
「飯食うには良いんでない?時間的に。」
俺と亜梨主は並んで、夜の温泉街を散策しながら夕食を考えていた。
本当はネットで探してから行く気だったが、イチャイチャとしながら遊んでた疲れからか、二人揃っていつのまにか寝てしまった。
「もう目についたとこにしましょ。腹ペコよ…」
「んー…これでいっか。」
俺が指差したのは、年季の入ってそうな定食屋だった。
「そうね。」
俺はオムライスとキムチ、亜梨主はとんかつ定食を注文した。
民家っぽい佇まいの店内は、俺達以外にも客がいて、そこそこ賑わっていた。
中には韓国語っぽい声も聞こえてくるので、やはりGWだなと感じた。
ツイッターのタイムラインを流し読みしていると、思わず「え?マジか…」と声に出てしまった。
「どうしたの?」
「うちのクラスに甘党の奴いんだけどさ、駅前のケーキショップなくなったんだって。」
彼のツイートは、それを嘆き悲しむものだった。
「駅前の?」
「あのー…ロッテリアの上にあったじゃん。あれよあれあれ。」
その言葉で、亜梨主ははっとした表情になった。
「そう…なんだ。じゃあ、あそこの桃タルト、もう食べられないわね。」
亜梨主は、ほっとしたような表情を見せた。
「季節限定…だったっけ。」
「さあね、もうしばらく行ってないから。」
キムチの小皿が来たのは、ちょうどその時だった。
テレビには、いつも見ているバラエティ番組が放送されていた。
番宣でゲスト出演している俳優が、GWにピッタリなサービスエリアの名物をレポートしていた。
「サービスエリアに観覧車なんていらないじゃない、なんでそんなものつけるわけ?」
「客寄せだろ。素通りされたら商売にならんし、デカイの置いといて看板代わりにすんじゃね?知らんけど。」
無駄話していると、オムライスが先に来た。
「はーい、おまたせしました。あとは…とんかつ定食ですよね!もう少々お待ち下さーい。」
バンダナにエプロン姿の店員は、そう言ってそそくさと奥へ引っ込んだ。
「忙しそうね。」
「連休じゃあな。じゃ、いただきまーす!」
俺はスプーンを手にとった。
「はー食った食った。」
勘定して店を出る。
もうすぐ午後9時になるが、あたりはチラホラと通行人の姿がある。
皆観光客らしかった。
「ちょうど良いわね、風。」
「去年はひどかったからな…真ん中の平日以外全部降りやがって。」
「アンタと出会ったのも今頃よね。」
「そうだよ。だから出かけよって思ったんだ。」
“慧梨主”の夢にちょっとでも近くためというのもあったが、ちょうどGWが記念日でもあった。
「あたしちゃんと覚えてるわよ。アンタのラジコン壊れて部品拾いに来たのが始まりでしょ?」
今の亜梨主の中にある“慧梨主”の頃の記憶は、全てが思い出せる訳ではないらしい。
それでも、二人の出会いはちゃんと残っていた。
「よかった、覚えててくれて。」
ホテルに帰る途中、俺達はならんでベンチに腰掛けた。
「小さい頃は、こんな関係になるなんてね。」
亜梨主は言った。
ホーロー看板の背もたれに背中を預け、俺は「そうだな」と返事をした。
「去年、河川敷行ったの覚えてる?」
「あぁ。」
それは、“慧梨主”の口から慧梨主の失恋の話を聞いた場所だった。
「あの場所…“慧梨主”があいつと抱き合ってるあたしを見たって話、あれ本当は逆なのよ。あたしが抱き合ってる時に、歩いてる慧梨主を見たの。」
なるほどと俺は思った。
“慧梨主”が自分が見た記憶であるように俺の荒れた小学校時代を語れたのも、そうやって亜梨主の記憶を自分のものとして改変していたからなのだ。
俺と“慧梨主”で小学校のときの記憶に食い違いがあったのも、亜梨主が意思を持って演じている慧梨主ではなく、彼女の中で“慧梨主”という自我が生まれたからこそ起こった記憶と事実との齟齬だった。
「でも、あの時に慧梨主に勘付かれたってあたしは思ってる。だって中庭でキスしたのを見たなんて、見ようと思わなきゃできないわよ。」
色々な活動の手伝いに引っ張りダコだった亜梨主と異なり、慧梨主は放課後になると逃げるように帰って行ったという。
兄さまは部活をしていたらしく、たまにしか慧梨主と帰れなかったらしい。
つまり、慧梨主は意図して残っていたのだ。
亜梨主を監視するために_________
「きっと、そんなはずは無いって、あの娘はあたしを信じて…信じたからあたしを見張ってたのよ…」
その瞳には涙が浮かんでいた。
「亜梨主…」
「どうして、もっと早く気づけなかったのかしら…別に難しいことじゃないのよ?あの時のあたしは狂ってた…」
俺は亜梨主の肩を抱き寄せた。
「ごめんなさい…アンタに頼る資格なんかないのに…」
「良いさ、別に…慧梨主ちゃんは許してくれるよ。亜梨主が、誰かに慰めてもらうのを。」
小さな街頭と居酒屋の看板を照らす灯りが、俺達を照らし続ける。
俺達は肩を寄せ合い続けた_________
………………
……………
…………
………
……
…
一階の大浴場で温泉を堪能し、俺と亜梨主は部屋に戻った。
「あ〜気持ち良かった〜…」
既に敷かれていた布団に突っ伏した。
「おじいちゃんじゃないんだから…」
となりの布団に、亜梨主が呆れながら座った。
「コーヒー牛乳とモンエナ、冷蔵庫入れといて良い?」
「あー待って待って!コーヒーは飲むー。」
俺は亜梨主に手を伸ばした。
瓶のコーヒー牛乳を受け取ると、ビニールの包装とキャップを外して一気に飲み干した。
「あたしは銭湯のおじいちゃんと付き合ってるわけ〜?」
「何を言うか、古き良き日本の文化ぞ。」
実際はどうか知らんけど。
「モンエナは?明日飲むの?」
「うん。多分寝て起きたら運転する気力無くなってそうだから、気合い入れてかないと。」
温泉の効能なのか、いつも入ってからひと晩眠ると脱力感がものすごい。
魔剤はそのために買っておいた。
「気持ちは分かるけどね。」
亜梨主は半分ほど飲み干したミネラルウォーターのペットボトルを、冷蔵庫に閉まって蓋をした。
「さーて寝るk…ってうわ!」
消灯した部屋で、灯り代わりに着けていたテレビを消そうした途端、亜梨主が俺の布団に侵入してきた。
「〜♬」
テレビを消して横になると、亜梨主が覆い被さるように抱きついてきた。
お湯のせいで火照っているのか、気持ちの問題なのか、亜梨主の頬は赤かった。
「もっとツンデレな奴だと思ってた…」
「ぐすん…イヤ…だった…?」
わざとらしくショックを受けた表情をする亜梨主。
そのいじらしさで、俺は確信した。
「まさか…っ」
背中へ肩を回し、一気に自分の方へ抱き寄せた。
「っ〜!?」
驚く亜梨主を無視してキスをした。
「ちょ…ちょっとぉ!」
「昼間の仕返し。」
「アンタ、なんかすっごい積極的じゃない!?もっと奥手だと思ってたのに…」
「チャンスを狙ってただけ。まあ…人よりは奥手かも。」
「何が…こんないきなり…あたしを萌え殺す気ィ?」
亜梨主が離れようとしたが、腕に力を入れてホールドした。
俺がここまでするとは思わなかったらしく、気が動転した亜梨主は耳まで赤くして目を逸らした。
しばらく抱き合ってる状態のまま、お互い黙り込んでしまった。
目を逸らし続けていた亜梨主だが、やがて…
「あたしのこと…好き…?」
じっとこっちを見つめなおして、尋ねた。
「…うん、大好き。」
なんだ急にと一瞬言いかけたが、無粋なことは口に出してはいけない。
「あ…あた…あたし……は、初めてだから…その…」
その恥じらう姿に、亜梨主の今考えてることが分かってしまった。
そして、俺の胸もどんどん鼓動が激しくなる。
部屋中に、二人の胸の音が響いてるような気がした。
「俺…も……うん…初めて…」
いつかこの日が来ると思ってはいたが、いざとなると緊張感が凄まじい。
「あたしのこと、こんなにしたんだから…責任、とってよね…!」
「は…はい…」
やっぱり亜梨主は亜梨主、女王様だ。
素肌を重ね合わせ、間近に彼女の甘い吐息を感じながら、俺は思った。
彼女の流れに抗う術もなく、夜は更けていった_________
………………
……………
…………
………
……
…
《…くん…夢明希くん!》
俺はあの河川敷にいた。
振り向くと、そこにいたのは慧梨主だった。
綺麗すぎる夕日を背に微笑む彼女は、今にも消えてしまいそうだった。
聞きたいことは山ほどあった。
だけど、どうしても口に出ない。
すぐ側にいるのに、手を伸ばしても触れられない。
慧梨主ちゃん_________
呼ぼうとしても声が出ない。
夕日が沈んでいく。
俺は焦燥感に襲われた。
慧梨主は全てを分かっているのか、俺を安心させるように微笑んだ。
《元気そうで、何よりです。》
違う!忘れたわけじゃ_________
《心配しないでください。私は、大丈夫。だって、お姉さまの妹なんですから。》
胸を張る慧梨主。
《私はいつでも、みんなの側にいます。ですから…》
夕日と共に消えて行く_________
慧梨主ちゃん待って、俺はまだ_________
《夢明希くんも笑顔でいて。》
手を伸ばしても、どんどん慧梨主は消えて行く。
《短い間だけど、楽しかった…ありがとう、夢明希くん…》
大好きでした_________
………………
……………
…………
………
……
…
目を覚ますと、下着姿の亜梨主が心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫…?」
俺は泣いていたのか、頬が濡れていた。
「今、何時…?」
「もう5時半よ…ねぇ、どんな夢…見てたの?」
「慧梨主ちゃんの…慧梨主ちゃんが、ありがとうって…」
閉めてあったカーテンの隙間から明るい光が漏れ、部屋の中を照らしていた。
「そう…慧梨主…」
亜梨主の中にあった、慧梨主の記憶と愛情が“慧梨主”を生み出した。
文字通り血を分かち、16年間共に過ごした双子の妹になった亜梨主。
その究極の成り代わりは、“慧梨主”に慧梨主の魂を宿していたのだ。
「…きっと、
「ほら!ダラダラしないで支度しなさい!風呂行くわよ。」
「えーだる〜…あと5分…」
一旦は起き上がっていたが、うつ伏せになって布団に戻る。
昨夜のツケが残っている。
「何言ってんの!昨日のでベッタベタよ!」
「汗だくになったよねぇ…」
亜梨主を見やると、どんどん顔を赤くしていた。
「ぁぁぁああ思い出しちゃったぁぁぁッッッ!!!もう!!バカ!!変態!!」
「なんだ急にグハァッ…」
いきなり起き上がろうとした俺を踏みつける。
「ゲホ…殺す気かテメェ!」
「いやいやいやん!!あんなのあたしじゃないわよ!!酒乱よ酒乱!!」
「…酒飲んでねえんだからシラフだろ?」
「うるさい!シラフだけど酔ってたの!!もう…っ、先風呂行ってるわよ!!」
朝っぱらから暴れまわった亜梨主は、タオルと着替えを持ってそそくさと部屋を出た。
………………
……………
…………
………
……
…
チェックアウトを済ませ、スイスポに荷物を積み込んだ時には、午前8時を過ぎていた。
「ぷはっ…よっしゃ行くど!」
魔剤を1/3ほど一気に飲み干した。
スタートボタンを押し、エンジンをかける。
1600ccのエンジンが、快音を立てて始動した。
「マフラー替えたいなぁ…もっとちゃんと音出るやつに。」
「昨日のコーヒーだってあたしが奢ってあげたのに、ちょっとはお金貯めること考えなさいよ。別にあたしに貢ごうとかしなくていいから!」
まるで母親みたいな言い方に、俺は思わず笑いが溢れた。
シートベルトを締めながら亜梨主が言った。
「あたしさぁ、昔から…っていうか小学生の頃から思ってることあるのよね。」
「何さ。」
またそうやって俺の黒歴史で弄びやがって…
腹が疼くようなネタに身構えつつ、俺はクラッチペダルを踏んでシフトレバーを1速に入れる。
「アンタさぁ…」
あたしのこと
好きだったでしょ_________
「!?!!??!!?」
驚きのあまり、クラッチを踏む足がペダルから離れた。
「きゃっ!」
カクンとつんのめり、スイスポのエンジンが停止した。
「な、な、何言ってんのお前!?」
エンジンをかけ直す。
亜梨主はニヤニヤとこちらを眺めていた。
「あはははっ!冗談よ、冗談。そ・れ・と・も…本当に好きだったのかしら?」
「ほらほら、バカなこと言ってないで。事故るぞ、俺が。」
勘弁してくれよ〜と思いながら、俺はスイスポを駐車場から発進させる。
きっと、亜梨主とはどちらかが死ぬまでずっと一緒にいることになるだろう。
もちろん、お互い慧梨主への愛は忘れない。
彼女の面影を胸に、これからは二人で手を取り合い、前を向いて生きていく。
俺は叶わなかった慧梨主への愛を悔むだろうし、亜梨主は己の罪の重さに嘆き涙を流すこともあるだろう。
それでも、俺達は前へと進む。
慧梨主のためにも_________
決して簡単な事ではない。
この車が走る道のように、
カーブがあり、
アップダウンがあり、
雨が降れば吹雪が視界を遮る日もあるだろう。
でもきっと大丈夫。
隣に亜梨主がいて、そして心の中に慧梨主がいる限り_________
湖を横目にスイスポは駆け抜ける。
「わりぃ…音楽かけて。」
ハンドルを握る俺に代わり、亜梨主にオーディオ操作を頼む。
「良いわよ、何聴きたい?」
「んー…あ、こないだのラジオの曲入ってるよ。どうする?」
亜梨主は少し考えたが、首を横に振った。
「…そんな気分じゃないわね。」
「だろーね。じゃあ、フットルースってやつで。」
亜梨主が再生ボタンを押すと、テンポの良いノリノリの曲が始まった。
「これも古いんじゃない?」
「そうだよ。あれ以来あのラジオにハマってさ、これもそれで流れてたやつ。」
Kenny・Logginsの“Footloose”。
以前にファストフード店のCMで聴いた覚えもあって、なんとなく入れておいた。
「盛り上がるだろ?」
「そうね。さぁ今日も遊び尽くすわよ!」
「イェーイ!」
古い陽気な曲を車内に響かせ、スイフトスポーツは木々に囲まれた直線道路をひた走る。
あたしは慧梨主を愛してる_________
いつまでも_________
いつまでも_________
最終話より書きたかった後日談です。
家族で道東をドライブした時に、この景色を背景にした小説が書きたいなぁと思い、それが本作の後日談として実った形になります。
ぼくのかんがえる平常時のツンデレ亜梨主さんも書けて、だいぶ満足かな。
改めて、今まで読んで下さりありがとうございました。