インターホンが鳴った。
すぐに私は玄関へと駆けた。
待ちに待ったこの瞬間。
「お、おはよ。」
「おはようございます、夢明希くん!」
大きなバッグを肩から掛けた夢明希くんが立っていた。
その姿を見ただけで、私の胸は更に高まる。
「さ、どうぞ入って下さい。」
「おじゃましまーす。」
私は彼を招き入れた。
今日は私と夢明希くんの、初めてのお泊りだ。
「広っ!」
リビングに案内した夢明希くんの第一声だった。
「すげぇ〜…芸能人のお宅的なやつじゃん。」
「そんな…大げさですよ。」
とは言いつつも、本当のところは広いとは思ってる。
でも私とお姉さまの二人だけで暮らすには、広過ぎてむしろ持て余してしまう。
「ここならラジコンやり放題じゃん。フローリングだし。」
「んふふ、良かったらこれからも遊びに来ますか?毎日会えるなら、私は大歓迎ですよ。」
「マジで?じゃあそうしちゃおっかな〜。」
無邪気にはしゃぐ夢明希くんを見る度に、私は色んな悩みから解放された気分になる。
まるで、嫌な事を忘れさせてくれる妖精みたい。
「あはははは。なんてね、本当にそうしたらやっぱ、迷惑かけちゃうし。結構うるさいからね、フローリングで走らせると。」
迷惑だなんて。
私はそんなこと気にしないけれど、そんなとこに気を使ってくれる夢明希くんは、やっぱり良い人。
「大丈夫ですよ。その…夢明希くんといられるなら。」
「うーん…でも、家族の人に迷惑じゃない?亜梨主とか、慧梨主ちゃんの父さん母さんとか…」
「家族の…人…ですか?」
家族…
かぞく…
昔々の光景が蘇る。
もう二度と戻ることのない家族の幸せ__________
急に、今の幸せな気分が薄っぺらいものに見えてくる。
もしかしたら今この瞬間も、ただの幻影なのかも知れない__________
「…梨主…慧梨主!」
夢明希くんの声で、私は我に返った。
「え?あ…ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって…」
「もしかして…なんか、まずい事言ったかな…だとしたら謝るから…」
申し訳なさそうに謝ろうとする夢明希くんを、私は慌てて止めた。
「そんなことないです!大丈夫ですから!ちょっと、昨日ワクワクしちゃって…寝不足なんです。ごめんなさい、心配かけちゃって…」
「そっか、なら良いけど。無理しなさんなよ。なんかあったら言ってね。」
そう言ってニッコリと微笑む夢明希くん。
きらめくような優しい笑顔に押されるように、私は意を決した。
「あの…夢明希くん。」
「ん?」
「実は、夢明希くんに話さなきゃいけないことがあるんです。」
その言葉に、彼の表情が引き締まる。
「話さなきゃいけないこと?」
別に隠してたわけじゃない。
だけど機会が来るまでは、あまり口にしたくなったこと。
「私の家族のこと、なんですけど…聞いてくれますか?」
おそるおそる尋ねる。
「うん、分かった…無理しないでね。」
「あ…えへへ、ありがとう。」
無意識に緊張が身体に現れているのか、夢明希くんはそう言ってくれた。
桜ノ宮家は四人家族だった。
優しい両親のもとで育つ姉妹。
私とお姉さまが双子であること以外、なんてことのない家族だった。
昔から私は引っ込み思案だったけど、活発なお姉さまと外へ遊びに行き、夜は一家で食卓を囲む。
その時からこの家に住んでいるけれど、あの頃はもっと狭いような気がした。
「俺もなんとなく覚えてるけど、お母さんすっげえハイテンションな人だったよね。」
「そうなんですよ。お母さまの血はお姉さまに色濃く入ってて、私はお父さま似なんです。」
だけど、だけど…!
二人の優しい顔を思い浮かべた途端、ずっと抑えてたものが溢れてきた。
「あ…慧梨主!」
急に泣き出した私を見て、あわてふためく夢明希くん。
「ごめん、なさい…大丈夫ですから…」
「…」
「もう…いなくなっちゃったんです…お父さまも、お母さまも…」
あれは、中学一年生の10月だった。
忘れたくてもできない。
お昼休み、他クラスだったお姉さまと職員室に呼ばれた。
『親御さんが交通事故で病院に運ばれたそうだ。森山先生が送ってくれるから、すぐに帰る支度して教員玄関まで来て。』
そして数分後には、お姉さまのクラスの副担任の先生の車に乗っていた。
街の中の大学病院に到着し、急いで病室まで駆けつけたが、その時にはもう手遅れだった。
『お母さま…お父さま…』
『ママ!パパぁ…!』
そこには、顔の上に白い布が被されたお父さまとお母さまが並んで眠っていた。
私とお姉さまでいくら呼んでも、二人は二度と目を覚ますことはなかった。
それからはあまり覚えていない。
気がつくと、お父さまとお母さまは灰になって、骨壷の中に収められていた。
思えば、あの日から何もかもが変わった。
私もお姉さまも、私達姉妹の関係も…
全てが音を立てて崩れたのだ。
夜。
久しぶりに、誰かと夕食の並ぶ食卓テーブルを囲んだ。
お父さまとお母さまが死んで、お姉さまも引きこもるようになって、私はいつからか一人で食事をするようになった。
もう慣れっこだったけど、久しぶりに家で誰かと楽しく話しながら食べた。
「授業中にさ、ちょっと抜け出してったんよそいつ。こそっとスマホ持ってさ。ガチャでも引きに行ったかなーと思ったら、まあ割とすぐに帰って来たんよ。」
夢明希くんは、面白い話をたくさんしてくれた。
特に学校の話は面白い。
「まあトイレかなとか思うじゃん?で、昼休みになります、またどっか行きます。そいつ何持って帰って来たと思う?」
「…え、なんでしょう。」
ニコニコしながら質問する夢明希くん。
私は見当もつかず首をかしげた。
「そいつ…フハハ…ピザ三枚くらい抱えて持って来たんよ。テイクアウトの、しかもこんぐらいでっかいやつね。」
「え、もしかして…学校にピザ…デリバリーしたんですか?」
「そーなんよ、びっくりしたわ。しかも普通に校門前に呼びつけたらしいからね。その後さすがに担任に呼ばれたけど。」
こうやって、心の底から笑える日がまた来るなんて。
二人きりだけど、それでも充分過ぎるほど楽しい。
本当に幸せだった。
夜。
身支度を済ませ、私達は寝る事にした。
私はいつものベッド、夢明希くんにはその隣に敷いた布団に寝てもらう事にした。
「それじゃあ、その…おやすみなさい…」
「うん…」
そう言って、私は部屋の電気を消した。
男の人と、夢明希くんと同じ部屋で…
初めての経験で、胸がすごくドキドキしていた。
「ねえ、慧梨主ちゃん…」
「な、なんですか…?」
照れ臭そうに、夢明希くんは言った。
「手、繋いでも良い?その、寝れなくて…」
毛布から手を伸ばしてみると、夢明希くんの手が触れた。
そっと握ると、夢明希くんも握り返してくる。
やっぱりドキドキは止まらないけど、少し心がほっとした。
「…おやすみ。」
「おやすみなさい。」
私達は手を繋ぎながら、やがて深い眠りに吸い込まれていった。